森と力
今回の投下は此処まで~
それで結局、私と言う存在は何なのか。
ジオ曰く、『世界の望んだ存在』 。
「森の子」と言う世界が廻っていく上で必要な歯車の様な存在らしい。
自然と共に生き、時には「人類」と関わり合いながら世界を見守る存在。
私と言う自我が芽生えているのは、元々人間であった魂を引き継いでいるからだとか。
「私は、私の前世は・・・人間なの?」
濡れた矮躯を外気に晒し、風の力で肌を乾かしながら私はジオに問うた。
ジオは先程とは違い、伏せの様な体勢で私に顔を突き出す様な格好をしている。距離も心なしか近い。
強面の顔が視界いっぱいに広がる為、自然と背筋が伸びた。
『普通ならその筈だ。森の子が人間と似た肉体であると言う理由もあるが、一番の理由は「知性」を持つからだ。
生まれた時より知識を有し、赤子と言う期間が存在しない。
赤子のまま生まれて、癇癪を起す度に天災が起きたら堪ったものでは無いかなら』
ジオの言葉を聞くと、一度森の子を赤子のまま生み出してしまったかの様なニュアンスが有る。
この世界も失敗を繰り返して今を作ってるのだろうか? ふとそんな事を考えた。
『森の子が何故人の形を取るのか、それは我にも分からん
もしかしたら「魂」の形に「肉体」が合わせているのかもしれん。だが我は神ではないのでな、知りたいのであれば世界に問うてみよ』
世界に問えとジオは言う。だが正直、私は姿が人間であろうとなかろうとあまり違いは無い様に思えた。
正しく返答するのであれば、別に知りたくは無い。
「別に、それはどうでもいい」
私はそう言って、大分乾いてきた肌を軽く撫でた。
ジオが苦笑を浮かべた気もするが、今は気に留めない。風が直接肌を舐め、乾いた肌は徐々に違和感を感じ始めた。
何か足りない。そんな気がする。それは記憶では無く、知識の声。
ジオに視線を送ると、数秒見つめ合った後首を傾げられた。
『何だ?』
「・・・服は?」
自分で言って気付く。そうだ、服が無いのだ。
流石に裸で辺りを闊歩するのはどうかと思う。それは人間の知識で言う「常識」だ。
しかしジオは更に首を傾げた。
『服が必要なのか?』
ジオはまるで「まさか」と言いたげな目線を送ってきた。
私は少し頬を膨らませながら「当たり前」と返す。ジオは少々考え込む素振りを見せた。
どうやら本当に必要ないと思っていたらしい、本気で悩んでいる様子が見て取れる。
そしてふと思い立ったのか再度伏せた顔を擡げた。
『本当なら武器か身を守る装飾にしようと思ったが、後でもう一枚都合すれば良かろう。
森の子よ、先程手渡した鱗を持て』
「鱗って・・・これ?」
直ぐ脇に置いていた、私の手には不釣り合いな程大きな鱗を持ち上げる。
ジオは『うむ』と一つ頷くと、一枚の鱗を覗き込むように赤い瞳で射抜いた。鏡の様に反射する鱗の表面に赤い瞳が写る。
少々時間が経過し、一体何をしているのかと疑問を抱いた時。手元の変化に気付いた。
鱗は徐々に形を変え、先程まて有ったずっしりとした重量が無くなっている。
見ればたった一枚の鱗が、新品同然の綺麗な女性服へと早変わりしていた。少々サイズが大きい気もするが特に文句は無い。
デザインはタンクトップとロングスカートを繋ぎあわせた様なデザイン。所謂ワンピースだ。
色は全面白で、面白味とデザイン性なんて言葉とはかけ離れた代物だが私は特に何とも思わない。
前世より引き継いでいるのが「知識」であり、「記憶」でない事に関係しているのだろうか。
『何分人間の服と言う文化には疎くてな。
偶に目にする行商の女服を真似たのだが・・・どうだろう?』
「ん、大丈夫」
そう言いながら早速袖を通す。竜の鱗というだけあって、質は良いらしい。
何の知識かは知らないが、私の知識の中に「ドラゴン=凄く希少」と言う意味の分からない知識があった。
それによるとドラゴンの素材での品は非常に質が良いらしい。実際、この服の肌触りも実に滑らかな肌触りだ。
満足げに頷くと、ジオは『そうか、良かった』と安心したように息を吐いた。
具合を見る様にその場でくるっとターンを決める。ふわりと裾を翻し、体は綺麗な円を描く。
勿論、下半身が露出しないように配慮はした。だがスカートが膝下と存外長い為、その心配はなさそうだ。
重力に引かれゆっくりと落ちる裾を脇目にジオに視線を送った。
『うむ、中々似合っているぞ』
ジオはそう言って褒めてくれる。何やら音がすると振り向けば、老樹の蔦達もクネクネと身を捩じらせて必死に何かを伝えようとしていた。
大方「似合っている」とでも伝えたいのだろう。
「ありがとう」と一言添え、老樹に向かって微笑んだ。
「ジオ、一つ質問」
スカートの膝裏を抑え、私はその場に腰を下ろした。蔦が私の体に絡みつく。
だがそれはじゃれる様な甘い拘束、指先でか細い蔦と戯れながら私は自分の情報を頭の中で反芻した。
芝生の柔らかい感触が何とも心地いい。
『何だ?』
「結局、私は何をすればいいの?」
そう。それが根本的な疑問。
私の事は分かった。私がどういう風に生まれて、前世が何であったかも。
だがジオは『今の私の話』と言った。それはつまり今世でやるべき事、私の存在理由も含まれているだろう。
私の生まれた理由、私が世界に望まれた理由。
ジオの巨体を見上げ、私は静かに問うた。
『・・・それは、我にも分からん』
返ってきた答えは、炎の様に熱い溜息だった。
『世界の意志とは我々形ある者には捉える事が出来ぬモノ、目に見えぬモノだ。
それ故に世界しか知らぬ。 主の様に繋がりを持つ者以外は知る術を持たなんだ 』
「世界に問えば、答えは返ってくる・・・?」
ジオは低い唸りを上げ、難しい顔をした。
『世界について知っている事など然程無い、故に絶対に答えるとも言えん。
そもそも我は世界に問うた事が無いのでな・・・』
「そう・・・」
私は溜息を吐くと同時に、戯れた指を止めた。ジオは私の役割を知らないらしい。
取り敢えずは世界に問う方向で考えを固めていたが、良く考えれば私はどうやって世界に問えば良いのかすら知らなかった。
どうやら生まれた理由を知るのはもっと後になりそうだ。小さく俯くと、ジオは言葉を続けた。
『兎も角主の望まれた理由は後回しでも問題は無い。
森の子が成すべき事として、一つだけはっきりしているものがある。 それを成す為にも、まずは力を使いこなす修練が必要だ』
そう言うジオはやけに意気込んでいた。赤い瞳が怪しげに光る。
「成すべき事って?」
『森の子と呼ばれる理由、それは森の守護者であるからだ。
同時に自然の守護者である事も意味する』
『自然を荒らす者達から自然を守らなければならない』とジオは続けて言った。
私の方に絡みつく蔦を大きな爪先で差し、これも私の能力の一部だと話す。私の能力は噛み砕いて言えば「自然の力を借りる事が出来る」能力。
あらゆる土地の自然の力を借り受ける事が出来、特にこれと言った制限も無い。だがそれ故に、戦闘は全て自然の力を頼る形になる。
私単身での戦闘能力は然程高くないとジオは言う。
赤子が癇癪を起しただけで大災害と言う意味が分かった気がした。
『森の子は全ての自然より愛される運命を持つ。
それらは主の意志とは関係無しに働くだろう。 つまり・・・』
其処まで口にして、ジオは少しばかり間を置いた。そして唐突に視線を外される。
ジオの赤い眼は直ぐ真横を見ていた。何かあるのだろうか? なんてつられて顔を逸らせば、轟音と共に疾風が巻き起こった。
ビリビリと大気が揺れ、思わず眼を瞑る。遅れて飛び上がる様に肩が上がった。
疾風で服の裾がはためき、バタバタと音を立てた。どこかで鳥の飛び立つ音が聞こえる。
反射的に十字に組んだ腕を前に突き出しながら、恐る恐る轟音の鳴った方へと薄目を開けると、巨大な黒い掌が視界一杯に広がった。
「っひ!?」
びっしりと生え揃った鱗に、長く鋭い爪を見てそれがジオの掌だと理解する。
その掌は、自分の僅か一メートル程先で停止していた。
地面に接した手首の部分は、地面を抉りながら突貫して来たのだろう。地面が何かを引き摺ったかのような後を残している。
そして、掌とジオの腕には数百本とも思える樹の蔦が所狭しと絡まっていた。
まるで「それ以上行かせん」とばかりに、ギリギリとジオの腕を締め付けている。
『・・・見ての通り、主に危害を加えようとすると周囲の自然が自動で防ぐ様になっている。
場所も種も問わん。その場にあるすべての自然が攻撃を阻止しようとするだろう、無論敵意を持たなければ自然は動かん』
ジオがふっと表情を和らげ腕を引くと、蔦は自然に解けていった。
先程までの力強さが嘘の様にバラけ、地面へと落ちていく。
『だがやはり無意識下の自然の行動は限定的になる。
主が意識的に自然を操れる様になるまで・・・っと、大丈夫か主よ?』
「っ・・・だい、大丈夫」
ジオに言われてハッっとなった。逃げ腰だった姿勢を戻し、今更ながら乱れた髪を言い訳の様に整える。
少しだけ荒れた呼吸を抑え、虚勢を張る様にジオを涙目で睨めつけた。
胸中で先程までの恐怖が燻っていたが、何やらジオに情けない姿を見せてしまった恥ずかしさと混ざっている。
何とも言えない感情が渦巻き、口を横一文字に結んだ。さぞ不機嫌に見える事だろう。
『むぅ、驚かせてしまったか?』
「別に」
嘘だ。
『すまなかったな』
「だから、別に」
そう言って顔を背けると、ジオに笑われた。何でか知らないけどムカついた。
そしたら突然地面が隆起して、大きな拳の形でジオの顎を打ち抜いた。ジオの笑い声が途絶し代わりに『うごぉッ!?』
と言う心の絶叫が木霊する。突然の事で面食らったが、ジオの顎を打ち抜いた地の拳が私にむかって親指を立てた事により胸の内にあった怒りがス
ッと引いて行く。今度は私が笑う番だった。
痛みで悶絶するジオを見て高笑いする。ざまぁみろ、私を驚かせた罰だ。
『ぐぬぅ、今のは主の仕業かッ・・・!?』
ジオは痛みから立ち直り、大きな掌で顎を擦りながら老樹を見た。
『まさか貴様が力を貸した訳ではあるまいな?』と言うが、対して老樹は蔦で器用にバツ印を作る。
老樹の葉の騒めきがジオを笑っている様で、低い唸り声を漏らしていた。
少しを時間を挟んで、私は再度ジオと対峙していた。辺りは少し薄暗くなり、沈む太陽が辺りを赤く染めている。
場所は老樹の周辺では無く、森の中心より少し離れて開けた場所。上から見れば森の中にぽっかりと穴が開いている様に見えるだろう。
其処にジオと2人だけで突っ立ていた。ジオも木々に挟まれて窮屈していたのだろう。
長い首や巨大な翼をのびのびと伸ばし、喉から気持ち良さそうな声が漏れていた。
周囲には生い茂った芝と無造作に転がった樹の残骸、彼方此方に咲きほこる花が見える。
『さて、では力の使い方について教えよう』
伸びも程々にそう言ってジオはガリガリと爪で浅く地面を削り、四方1メートル程の円を描いた。
そしてその場から数歩下がり、私を見る。意図が読めず首を傾げた。
『此処に先程我に一撃くれた地の拳を出してみよ』
「えっ」
唐突にその様な事を言われ、てっきりその拳の出し方などを教えてくれるのだろうと高を括っていた私は戸惑った。
出してみろと言われても、出し方を知らない。ジオの顎を打ったあの拳は良く分からない内に出現したのだ。
結果、私は突っ立っているしかない。それを見てジオは
『先程拳を出したのは主なのだろう? 老樹が否定したのだ、間違いあるまい。
一度出せたのなら二度も三度も同じだ、ほれ、さっさと出せ』
と急かした。
どうしたものかと困り果てふと考え込んだ時、拳を出した時の状況を思い出した。
確か私はジオに対して怒りを抱えていた筈だ。
何となくムカついて、ジオに対し素っ気ない態度を取っていた。
もしや、その感情が関わっているのではないか? 確信は無いが、そう思った。
ならば後は簡単だ、ダメでも試すだけ試す。兎角、ジオに対して怒りを抱いてみた。
燃料は何でも良い、取り敢えず私を驚かせた事に対して。この理不尽な修練に対して。
すると途端に自然が反応し、地面が隆起した。今度はその過程をきちんと目にすることが出来る。
地面が裂け、其処から突き破る様にして地の拳が生え出た。
ジオの描いた円の大きさを軽く凌駕し、急速な勢いで巨大化するソレは再びジオの顔面に迫る。
だが対してジオはまるで予想出来ていた事と、腕を一閃。
鋭い斬撃の様に爪が拳を切り裂き、巨大な地の拳は空中で無残に散った。
「あっ・・・」
『不意さえ突かれなければ易々と攻撃など受けん。ましてや一度見た技なら猶更。
しかし、やはり主は森の子としての覚醒が早い。 こうも早く能力を扱えるとは』
重々しい音を立てて拳は地に転がる。粉々に砕けたそれらは容易く風に攫われていった。
その一連の出来事を呆然と見ていた私は、ジオに話しかけられるまで意識を喪失していた。
『して、どうだ主よ。
能力を発動させるコツは掴んだか?』
「えっ、あ・・・たぶん」
『多分とは、何とも頼りないな主よ』
そう言ってジオは最初に修練の話題を出した時の様な笑みを見せる。
何処か含みのある、やけに意気込んだ笑みだ。
『確信が持てぬなら何度も繰り返すまでよ!
さあ主、任意で能力を引き出せるまで何度でも繰り返そうぞ!』
「!?」
そう叫ぶと同時、何やらチリチリと空気が熱を持ち、熱風が肌を撫でた。
見ればジオの口から灼熱が噴き出ており、剥き出しの牙の隙間から顔を出している。
口を開けば今にでも劫火が周囲を焼き尽くすだろう。
「ちょ、ジオ! まさか」
『我は実践こそ最大の修練だと思っておる!
故に主よ、戦いの中で学べッ!!』
私が叫ぶと同時、ジオが劫火を放った。熱いと言うより「痛い」と言う他ない熱が視界を覆い、寸での所で地面が隆起し壁を作った。
壁にぶち当たった劫火は四散し、轟音と共にその火の子を拡散させる。
草木に引火するのでは無いかと一瞬肝を冷やしたが、炎は何事も無かったかのように消え去った。
『我の炎が自然を燃やす事は無い! さあ、存分に腕を振るおうぞ!!』
二連、三連と劫火を放つジオ。その姿には容赦の「よ」の字すら無かった。
地より生まれた壁に劫火が衝突する度に爆発の様な衝撃が起き、風に体が押し出されそうになる。
靡く髪を鬱陶しく思いながら、私はジオを睨めつけた。
「くっ! ジオはさっきの仕返しがしたいだけでしょっ・・・」
呟いた言葉はジオの咆哮に掻き消され、私は再び地の拳を突き出した。
更新は一週間に一回くらいですかねぇ(´・ω・)
調子よければもっと早いかも。
遅くなっても怒らないでくだされ。(´・ω・)