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森の幼女  作者: トクサン
2/8

ぶっちゃけあんまりサイトに来たりしないので、小説を投下するだけの作業になりそうです。





 『まずは率直に問おう、主の前世は人間か?』


黒の竜は突然、そんな事を問うて来た。

その眼光は依然私を捉えて離さない、質問の真意はどうであれ真面目に答えなければならないだろう。

だが私は蔦に体を洗われながらも首を傾げた、前世と言う言葉に聞き覚えが無かったのだ。

少しばかり間を置いて、恐る恐る口を開く。

最初は唯の吐息しか洩らさなかった口から、聞き取れる言葉が漏れる。


「前・・・世?」


絞り出した声は酷く枯れた様な響きだった。

出た声に少々肩を落としながらも、声を出せた事に少しだけほっとする。

そしてふと思い至った。

私は体を自由に動かす事が出来る、今の様に意味有る声を出すことも出来る。それは当たり前の事だが、当たり前ではない。


『左様、主が今の肉体に宿る前の人生の記憶だ』


人生の記憶。

私は思い返す、だが頭を駆け巡るのは先程までの光景。それだけ。

それ以前の「記憶」など存在しない。有るのは意味を成さない暗闇だけ。

私は静かに首を振った。黒い竜はそんな私を見て目を細める。


『前世の記憶が無い・・・か』


「でも・・・なんとなく・・・分かる」


水に濁りが無い事を確認し、湖の水を小さな手で掬い上げると口元まで持ってくる。

透明な水を喉を鳴らし飲み干すと、喉の張り付いた様な感触が消え、凛とした声が顔を出す。

だがその声色には幼さが多分に残っていた。枯れた声よりは大分マシだが。


「声の出し方も、体の動かし方も・・・何となく」


そう言って私を支える蔦を恐る恐る手放し、二本の足で立とうと試みた。

多少体がふら付き、水の波紋で足が震えているのが分かったが何とか自力で立つ事に成功する。

途中私を手助けしようかと、出たり引っ込んだりを繰り返す蔦に笑みを零してしまった。


『記憶は無く・・・しかし知識は持つか』


考え込むように低いうなり声を上げる黒い竜

幾ら遠くても、思わず威嚇されているのかと吃驚してバランスを崩す。

それをそっと二本の蔦が支えてくれた。

どうやら会話が出来る様になっても黒い竜を私は怖いらしい。


「あ、ありがとう」


感謝の言葉を零し、二本の蔦は気にした風も無く私の肩を押し戻した。

そのまま水面の方に向かって肩をぺしぺしと叩く。

意図を理解しかねたが、残りの三本が髪に絡んできた事によって屈んで欲しい事を理解した。

言う通りに肩まで水面に浸かると、五本の蔦が私の長すぎる髪を思い思いに洗い始める。

黒い竜はふっと目を見開くと、静かに吐息を漏らした。


『我も未だこの様な事は知らなんだ

 故にこの件は保留とし、主の今を話そう』


「私の・・・今?」


髪を引っ張られながら黒い龍を見上げれば、神妙に頷く竜が見えた。

周囲には何やら甘い香りが漂っている。

あの粘液とは違った甘い匂いだ、何か髪に擦り込んでいるのだろうか?

動き回る蔦を他所に、今は目の前の話に思考を統一した。


『お主は今、森の子として存在しておる』


「森の子?」


それって何、と口にする前に頬を突かれた。

何かと思えば一本の蔦が背後を指している。背後に聳える樹は果ての見えない老樹。

太い枝を風に揺らし、その姿はどこか自分を誇示しているかの様に見えた。

その様を見て黒い龍は笑みを漏らす。


『確かに、そう言う意味ではこの老樹も主の「父」に当たるだろうな』


何かを感じ取ったのかそう告げる黒い竜

その言葉に思わず目を見開く私。

樹が子供を? だが確かにそれならば「森の子」と言う名も頷ける。

なんて思考をしていると、黒い竜は私の考えを読み取ったのか呆れ気味に言った。


『別にこの樹がお前を直接生んだのでは無いぞ?

 主は大地の意志、自然の意志、この世界の意志によって生まれたのだ』


そう言って顎先を少し離れた場所へ向ける。

追う様にして黒い竜が示した方向を半眼で見つめると、地面を突き破る様にして咲いた大きな花があった。

形は向日葵に良く似て、それでいて大きさはヘタな樹よりも大きい。

良く見れば中央にぽっかりと穴が開き、濁りの有る黄色い液体を垂らしていた。


『主の生まれた場所だ』


「えっ」


黒い竜の言葉に驚愕する。

私はあんな場所から生まれたのかと、少しばかり眼を疑ってしまった。

大きな花弁はちょっとした大人の大きさ位あり、人ひとり位なら容易く飲み込めそうな図体をしている。

それでいて地を裂く茎は太く、僅かに高い位置にある花を支えていた。

確かに投げ出された様な浮遊感を最初に感じたが・・・。

見れば大型の花は地面より数メートルは離れていた。


『あの花は「息吹の花」と呼ばれる森の子を生み出す神花だ

 この地上には滅多に姿を現さない希少種であり、全ての自然の意志が望んだ時に現れる』


その奇異たる様を眺めていると、花は唐突に枯れ始めた。


「!?」


ボロボロと根元から崩れていき、その様は枯れると言うよりも腐ると言う表現が近い

崩れた花弁や茎、葉は音を立てて地面に零れていった。


『「息吹の花」は役目を終えると急速に枯れていく

 これも又、希少と呼ばれる所以だ』


自分の生まれた場所が消えていく光景を見ながら、私は何とも言えない気分になった。

あの中での記憶などこれっぽっちも持ち合わせてはいないし、この感情をどう解釈して良いのかも分からない。

いつの間にか髪は解放され、僅かに髪から甘い匂いが漂っていた。

湖からゆっくり上がり、崩れていく生まれ故郷から目を逸らす。


『森の子よ、大袈裟に言ってしまえば自然そのものが主の父であり、母だ

 主が望めばその愛を肌に感じる事も出来よう』


今の気持ちを知ってか知らずか、黒い竜はそう続けた。

そしておもむろにその凶悪な手をかざし、手の甲に生え揃っていた鱗を無造作に一枚引き剥す。

それを私へと差し出してきた。

慌てて私は小さな手には有り余るその鱗を受け取る。

黒い、漆黒の夜を凝縮した様な色は、木々の木漏れ日に照らされ妖しく輝いた。


『私の名は「黒龍ジオ」 主の父である老樹の旧友だ』


「そして」と黒龍ジオは続け、その巨躯を起こしす。

地鳴りの様な音が木霊し頭一つ分程森を突き抜けた。


『自然のあるじであるお主を手助けする為の友でもある』


そう言うと、ジオはにんまりと笑みを見せた。

下から見上げるジオの顔は陰り、鋭い眼光が赤く光る。

先程まで獰猛に見えたその笑みは、やはり今でも変わらず恐怖を湧き起こす。

だが少なくとも、このジオと言う竜が悪でない事を私は理解した。



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