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インパクト4

 授業の終わった放課後。

 クラスメートの皆が帰り支度を整えてる中、私は一足早く詰めておいた荷物を手に立ち上がる。

 いち早く教室を抜け出して一人外へ。

 そうして階段を上って特別教室の並ぶ最上階へ向かう。

 階段を昇りきった先にある図書室前。ここで私は足を止める。

 黙って待ち人を待つ私。

 そんな私を何人かが横目で見て、どこか怯えたように顔を強張らせて早足に通り過ぎる。

 いつも通りの扱い。

 ただ私が立っているだけで皆萎縮してしまう。

 例外は本当にほんの少しだけ。

 その例外の一人。高月忍くん。

 私の噂や人をはねのける見た目を超えて、本当の私を見てくれた彼。

 彼のことを思うと、寒くなった心が温かくなる。

 この気持ちは彼にとって迷惑なのかもしれない。けれど、私の心は彼の居場所へ引かれる体と一緒に、どうしようもなく今まで以上に引きつけられてしまう。

「お待たせしました。遥ちゃん」

「あ……里美……」

 そう思う私の所へ階段を昇ってやってくる待ち人。

 高月くんと同じ、私を怖がらない例外の一人の里美。

 声色を気にして挨拶も満足に返さない私に、気にせず声をかけ続けてくれるいい子。

「それで、わたしに相談ってなんですか?」

 そんな私が相談があると一方的に頼っても、こうしていやな顔一つせずに来てくれる。

 本当に性格も、見た目も可愛らしくて、少し、妬けてしまう。

 里美になれたらどんなにいいか。

 そうなれたら周りの誤解に苦しむことも、胸に抱いた思いに迷うこともきっと無くなるに違いないのに。

 でも、私は私。

 逆立ちしても里美には、里美の贋作にすらなれるはずがない。

「どうかしたんですか?」

 そんな私の心の内なんてまるで気にしていないように、里美が首をかしげる。

「ごめん……相談っていうのは、その……高月くんのことで……」

 可愛く首を傾げる里美に、私は言葉を探り探りに相談の内容を告げる。

 本当に、上手く回らない舌が恨めしい。

「高月くんですか? あ、やっぱりそういうことなんですか?」

 里美は私の足りない説明でも理解して、両手を胸の前で軽く合わせる。

 少し飛び越えすぎだけれど、こうして察して、囃したてたりしないのは本当に助かる。

「……いや、その……私はただ、昨日から高月くん……その、元気がないみたいだから……なんとか、したくて」

 少しでも相談したい内容を正確に伝えようと回らない舌で努力する。

「そうですね。わたしも心配です」

 里美はそう言いながら、考え込むようにうつむく。

 そのまま真剣に考え込んでいた里美は軽く息を吐いて顔を上げる。

「とりあえず、話しながら落ち着ける場所まで行きましょう」

「……分かった」

 申し訳なさそうに苦笑する里美。そんな彼女に頷いて、私は足の向くままに廊下を西に歩きだす。



 クラスの皆が帰り支度を終えて思い思いに立ち上がる中。僕も同じように教科書を詰めた鞄を掴んで席から立ち上がる。

「忍。今日は一緒に帰ろうよ」

 後ろからの誘いの声に振り返る。すると鞄を左手に開いた右手を軽く上げる上野くんがいる。

「あれ? 今日は松下さんは?」

 僕の疑問の声の通り、上野くんの隣には女房役というか女房同然の松下さんの姿は無い。

 いつも一緒のコンビの片割れが欠けている事に僕は首を傾げる。

 すると上野くんは苦笑交じりに上げていた手を左右に振る。

「今日松下さんは用事があって別行動。……というか、別におれたちいつも一緒にいるわけじゃないんだけどな」

「あはは。面白い冗談だね」

「え?」

「ん?」

 思わず笑ってしまった僕に、心底不思議そうな顔をする上野くん。

 そうだ。上野くんはこういうことを本気で言う男だった。

 目の前の友達への認識を改めてより確かなものにして、僕は気を取り直して顔を上げる。

「ああうん……まあ気にしないでよ。じゃあ、一緒させてもらうよ」

「うん。行こう行こう」

 頷いて僕の横を通り過ぎた上野くんを追いかける形で、僕も教室前方の出入り口へ歩く。

 先に廊下へ出ていた上野くんの右隣に回り込む。

 彼の左隣は松下さんの定位置なので、彼女がこの場にいなくてもなんとなくそこに並ぶのは抵抗があった。

 ともかく僕が右横に着くと、上野くんは二組の方へ向けて止めていた足を踏み出す。

 それにワンテンポ遅れて、僕もまた急ぎ足に西階段へ向かう。

 追い付いて上野くんと横並びになった僕は、ふと高い位置にある彼の顔を見上げる。

 僕の身長は松下さんとあまり変わらないので、ほとんど彼女と同じ目線で友達の横顔を見上げている事になる。

 友達の彼女と同じくらいの身長。

 おまけに華奢な体つきなので、悪ふざけをしたクラスメートに無理矢理女装させられた事もあった。

 それを上野くんと松下さんが怒ってくれて、事件の時に二人には随分と助けられてしまった。

 苦い記憶と同時に二人の優しさを思い出して、悔しいやら嬉しいやら情けないやら、色々とごちゃ混ぜになった複雑なものが胸を埋める。

 顔はともかく、せめて隣の友達くらいの身長があればと思う。

 そうすれば二人にあんな手を焼かせることも無かっただろう。

 上野くんと松下さんは、そんなこと。と気にしていないだろうけど、僕としてはただ守られているだけの様な気になって、どうしても情けなさが拭い切れなかった。

「……しのぶ? おーい忍?」

 胸の内に溜まった情けなさにため息を零しかけていた僕は、その呼びかけに慌てて左上を見上げる。

「え!? あ、ゴメン! なに!?」

 心配そうにこっちを見下ろす上野くんへ慌てて聞き返す僕。

 すると上野くんは軽く吹き出すように笑う。

「そんなに慌てなくても平気だよ。一緒にいるって言ったら、忍だって大地さんとはどうなのかなって聞きたかっただけだよ」

「僕らは別に……一緒にいるって言ったって、昨日今日と僕が大地さんのお昼に押しかけてるだけだし、そんな……」

 そうだ。僕は大地さんと一緒にいると言ったって、ただ彼女を一人にしておけなかっただけで、彼女のパートナーとか、そういう存在になれるなんて思ってるわけじゃない。

「僕じゃ大地さんに釣り合うわけがないじゃないか」

 そう言って僕は上野くんの顔を見上げる。

 すると上野くんは眉根を寄せて首を傾げる。

「おれはそんな事ないと思うけどな……昨日も思ったけど、相性良さそうに見えたよ?」

「ありがとう」

 その優しいフォローの言葉にお礼を言って、僕は正面に目を戻す。

 そして前から歩いてくる男子一人を避けて上野くんの隣へ戻る。

「でも……僕じゃ無理だよ……大地さんは綺麗だし、僕みたいなチビなんかじゃ男友達としたって……」

 変な力で何度もぶつかってるにも関わらず、今彼女が拒絶しないで受け入れてくれてるだけでも、僕は満足なんだ。

 そう。僕はそれだけでいいんだ。

「何言ってるんだ! 釣り合いだのなんだの、体格で決まるものじゃないだろ!?」

 強い言葉で僕の言葉を叩き落とす上野くん。

 それに僕は上野くんを見上げる。けれど上から押し込まれる叱りつけるような鋭い視線に負けて、目を逸らしてしまう。

「でも、僕なんかじゃ……」

「でもも何もないだろ!? 忍は本当にどうしたいんだ? 大地さんが本当にどう思ってるのか確かめたのか!?」

 厳しい声が馬の尻を叩く様に僕を打つ。

 それで奮い立てるのなら、僕はどれだけ僕自身に向けた軽蔑と嫌悪から救われただろう。

 励まそうと叩きつけられた友達の言葉。

 諦めて逃げることに慣れた僕は、上野くんの思いにもただうつむくことしかできなかった。

 そうして僕は口を結んだまま人波の中を歩き続ける。

 その僕の耳に辺りの話し声に混じった上野くんのため息が滑り込む。

 軽蔑されただろうか。

 そう考えて悲しく思う一方で、これ以上励まされることも無い事に安堵している僕が居る。

 そんな自分に唾を吐きかけたい思いを胸の内に煮詰めながら、僕は黙って上野くんと並んで西階段へと差し掛かる。

 その瞬間、不意に上の方から感じた引っ張られる様な感覚。

 踏み出した足をより浮かせたその力。

 すっかりと馴染んだそれに、僕は床を踏み直すのと合わせて昇り階段の先を見上げる。

 その瞬間、僕の目に驚きに目を見開いて落ちてくる大地さんの姿が飛び込んでくる。

「は、遥ちゃんッ!? 上野くん! 高月くん!」

 階段の踊り場に立つ松下さんの悲鳴のような声。

 それを背中に受けながら、大地さんは声を上げることもできずに落ちてくる。

 そんな彼女の落下に、僕は先に反応した上野くんに続いて走り出す。

 その踏み込みに引力もどきの力も加わって、僕の体は僕よりもずっと足の速い上野くんを追い抜く。

「忍ッ!?」

 上野くんの声が背を押す中。僕は引き寄せられるままに大地さんの体の下に滑り込む。

 切れ長の目をより大きく見開いた大地さんの顔が正面に迫る。

 飛び込んでくる彼女を前に、僕は自分の腕を伸ばして矮小な体を精一杯に広げる。

 僕の体には到底収まり切るはずのない、頭一つ以上の上背のある彼女。

 その体を僕は正面から、左鎖骨に彼女の顔を乗せる形で上半身全部を使って受け止める。

「ぐ!?」

 重い衝撃と共に広がる柔らかな香り。

 僕がそれを認識するや否や、腰を衝撃が突き上げる。

 痛い。

 いやに緩やかに流れる思考の中で挟みこんでくる痛み。それに目が溢れ出した熱いもので潤む。

 僕はそれに歯を食いしばって、せめて大地さんの頭は打たせないようにと抱えた腕に力を込める。

 背中を打つ、硬く冷たい床の感触。

 それに弾んだ僕の体はもう一度床へぶつかり、大地さんの体を乗せてそりの様に床を滑る。

 圧し掛かる大地さんの柔らかな重みが滑る僕の体にブレーキをかける。

 そして静止の弾みに僕の首は後ろへ倒れ、後ろ頭からおでこへ衝撃が突き抜ける。

「う」

 チカチカと瞬く視界。

 それが暗く埋め尽くされていく中、起きあがって僕を見下ろす大地さんの姿が目に入る。

 黒く沈んでしまう視界の中、僕を覗きこむ大地さんの唇が動いて何かを訴えている。

 その彼女の目は涙で潤んで僕を見下ろしている。

 僕はそんな彼女の姿を、鋭さを失っていく思考の中で眺め返す。

 泣かないでよ、大地さん。僕なんかのせいで。

 そして暗く塗りつぶされていく彼女の顔へ、声になってすらいない言葉を投げかける。



 鈍い痛みが体中にある。

 寝返りを打つ異物のように蠢くそれは、背中を中心に全身へ転がり広がる。

 その不快感に僕の意識はほの暗い水底から引き上げられるように光の中にさらけ出される。

「う、あ……?」

 口を突いて出た呻き声の中、僕の目に飛び込んできたのは一面の白。

 そこに張り付いた光る蛍光灯から、その白い面が天井だと分かる。

「……どこ? ここ?」

 僕は自分の居る場所がどこか確かめようと、妙に重たく鈍い頭を動かして辺りを見回す。

 辺りを包む、だいだい色に染まったカーテンに、僕の体へかかった白い布団。そして微かな薬の匂い。

「……保健、室?」

 そんな状況から、今いる場所を思いつく。

「忍!?」

「高月くん!?」

「上野くんに……松下さん?」

 すると急にカーテンが開かれて、夕日と一緒に知ってる顔が飛び込んでくる。

「もう大丈夫なのか!? 痛むところはない!?」

「急に動いたらダメです! 頭を打って気絶したんですから!」

 大慌てで僕の顔を覗き込んでくる二人。

 そんな上野くん達の心配に、僕は自分の身に何が起きたかを思い出した。

「頭は痛まないか?」

「気分は悪くないですか?」

 黙っていた僕を心配そうに見つめてくるカップル。

 そんな男女一組に僕は思わず沸き上がった笑みで答える。

「僕なら大丈夫だよ。ありがとう」

「そっか、良かった……」

「はい。本当に良かったです」

 安心したように息をつく二人。

 それに僕はかけられた布団をよけて頭を下げる。

「ゴメンね、驚かせて。それに保健室にまで運んでもらっちゃって」

「いや、運んだのはおれたちじゃないんだよ」

「遥ちゃんがおぶって保健室まで運んでくれたんです」

 上野くんと松下さんはそう言って、揃って首を横に振る。

「大地さんが……?」

 オウム返しにその名前を繰り返す僕。

 すると松下さんが微笑んで首を縦に振る。

「はい。高月くんが心配みたいで、今もそこに」

 そう言って夕日に染まったカーテンの向こうに目を向ける松下さん。

 けれどその瞬間。ドアが音を立てて開いて小走りの足音が一つ離れていく。

「え?」

 それを追いかけて、上野くんがカーテンを開く。

 カーテンを取り払われて現れたのは、夕日の差し込むもぬけの殻の保健室。

 二人が言う大地さんの姿は何処にも見えなかった。

「どこへ……?」

「遥ちゃん……」

 開け放たれた出入り口近くへ歩いていく上野くん。

 そして松下さんが部屋にいたはずの人の名前を呟く。

 するとそれに続いて、僕の体を何かが引っ張る。

 僕は腰の下で皺の寄ったシーツに目を落とす。

 間違いない。あの妙な力だ。あの引力が僕を引き寄せてる。

 引き摺られる僕の下で高まっていく皺。

 それに僕は気を失う前に見た大地さんの潤んだ目を見た。

 その泣き顔に弾きだされる様に、僕はベッドから飛び降りて松下さん、上野くんの脇をすり抜ける。

「高月くん!?」

「どこ行くんだ忍!?」

 二人の声を振り切って僕は廊下へ転げ出る。

「う、と!」

 バタつきもつれた足を立て直して右折。その勢いのまま僕は廊下を走る。

 感じる。確かに感じる。

 手を引く様に僕をある方向へと導く引力を。

 その力の招いた先にいる彼女の事を思い浮かべながら、僕は床を蹴る足の勢いを緩めない。

 僕が彼女に釣り合うわけはない。

 そんなことは分かってる。分かり切っている。

 現に格好付けて彼女を支えようとして、逆に彼女に運ばれるような情けないざまだ。

 だけど、それでも。

 僕は彼女を泣かせたままにしてはおけない。

 彼女の悲しみを、寂しさを、ほんの少しでも紛らわせたい。

 目の前に浮かぶ涙ぐむ大地さんのイメージ。

 この手を引く力の意味。それが僕の思っていた通りなら、それから僕は逃げるわけにはいかない。そこまで見下げ果てた奴になるのを僕は許せない。

 僕は深く息を吸って踏み込む足に力を込める。

 保健室前から伸びる廊下を東へ走り抜けて、渡り廊下の前へ。

 ブレーキをかけてバタつく足での後退りで後ろへ戻り、右手にある旧体育館へ振り返る。

 夕日に晒された渡り廊下。

 僕はそれを眺めながら、深く息を吸って吐く。

 そして口の中にたまった唾を呑みこんで、旧体育館へ続く渡り廊下へ足を踏み出す。

 僕の手を引く引力。それに従って一歩、一歩と夕日の中を進む。

 不意にクンッ……と一際強く引かれる感覚。

 それにつられて顔を向けると、体を丸めてひどく小さくなった女の子が一人。

 建物にもたれかかって、抱きこんだ膝に額づけた彼女。そんな彼女は僕よりもずっと大きい体の持ち主のはず。

 なのに今は僕と同じ、いや僕にでも包みこめてしまいそうに見えた。

「……大地さん」

 丸くなって座る大地さん。それに渡り廊下を外れて歩み寄りながら僕は声をかける。

 すると膝を抱いた彼女の肩がぴくりと震える。

「やっぱり、ここにいたんだね」

 そんな彼女へ僕は手を伸ばす。

「……やめて」

 けれどそれは、短くくぐもった、でもはっきりとした拒絶の言葉に遮られてしまう。

「大地さん?」

「……私、なんか……私のせいで高月くんは……」

 繰り返し呼びかける僕。けれど大地さんは丸めた体を解くどころか、さらにきつく自分を抱き締めてしまう。

「……せっかく仲良くなれそうなのに、好きでいても、逃げないでいてくれたのに……そんな高月くんを下敷きに……私は結局、皆の噂どおりの化物だった……!!」

 大地さんも僕と同じように自分の事が嫌いで、それに苦しんでいたなんて。

 でもそんな無責任な噂に、優しい大地さんが苦しむ必要なんかない。

「大地さん、そんな……」

 そのことを伝えたくて僕はまた手を伸ばす。

 すると僕の動く気配を察してか、丸まっていた大地さんはその体を解き放って顔を上げる。

「ダメ! 私の傍にいたら、また傷つける! そんな私に高月くんの傍にいる権利なんかないッ!」

 首を横に振って、潤みながらもなお鋭い瞳をぶつけてくる大地さん。

 だけどその鋭い目も、僕の手を招き寄せる引力と苦しみ縮こまっていた彼女の姿を合わせて、僕にはまるで子猫の威嚇の様にしか感じられなかった。

 そんな大地さんの言葉に構わず、僕は手を伸ばしたまま踏み込む。

「来てはダメッ!」

 手を払おうとする大地さん。だけどそれは伸ばした僕の右手のひらへ吸い寄せられる様にぶつかる。

 手に収まった彼女の手を握って、僕は逃げようとするそれを両手で捕まえる。

「……ダメ、高月くん! 私に近付いちゃ……」

「大丈夫、僕なら大丈夫だよ」

 僅かに体を捩る大地さん。けれどその動きは本気で振り払おうとはしていない。

 それでも体格差に振り回されそうになりながら、僕は掴まえた手を招き寄せて落ち着かせるように声をかける。

「僕なら何とも無いから。むしろ大地さんを支えられなくて、情けないくらいに思ってるんだから」

「そんな!? 押しつぶしたのは私で! 高月くんは何も……ッ!?」

 目を大きく見開いて首を横に振る大地さん。

 それに僕は大地さんの手を包んだまま、言葉を続けて投げかける。

「いいんだよ、それはもう。そんなことで僕は好きな人を、遥さんを嫌いになったりしない」

「え、ええっ!?」

 その言葉を、好きだと告げた瞬間、顔を真っ赤に染めて固まる遥さん。

 それにつられて、言葉を口にした僕自身も顔が熱くなるのを感じていた。

「先に好きだって言ってくれたのは、大地さんのほうじゃないか」

 苦笑気味にそう言うと、大地さんは結んだ唇を動かしながら恥ずかしそうに身を縮ませる。

 それが何だか可愛くて僕の頬は思わず緩む。

「最初は、綺麗な人だって憧れてただけだった。でも、それだけじゃない面も少しずつ知れて、僕はどんどん遥さんの事を好きになってた」

 恥ずかしく思うのを堪えて、胸の内に閉じ込めていた好意を僕は伝える。

「けど、チビで男らしくない僕なんかじゃ遥さんに釣り合うはずがないから、諦めようって、ただ友達でいられればって思ってた……」

 そして自虐から来る躊躇いも。

 それに遥さんは慌てて首を横に振って僕の自己嫌悪を否定する。

「そんな! 私の方が無駄に大きくて、可愛く無くて……」

「でも! そんな僕でも、好きな人に泣いていて欲しくないんだ!」

 遥さんの自虐を遮って、僕は続く言葉をぶつける。

 それに息を呑んで言葉を呑みこむ遥さん。

 そんな彼女の目を見て、僕はさらに言葉を重ねる。

「今は遥さんを受け止めることも出来ない情けない僕だけど……遥さんを苦しみから支える力になりたいんだ!」

 ぶつけ切った思いのたけ。

 瞬間、急激に僕の体を強い力が引き寄せる。

「わっ!? ぷ!?」

 不意に強まった引力に身構える間もなく僕の顔は遥さんの豊かな胸へダイブ。そして飛び込んだ僕の体を背中に回った腕が捕まえる。

 押し込まれた胸から耳に伝わる心臓の早鐘。

 自分の内側からのものなのか、彼女の胸の内で暴れているものなのか最早区別のつかないそれに揺さぶられながら、僕は柔らかなクッションの中から顔を上げる。

「遥、さん?」

 下から顔を覗きこみながら彼女の名を呟く僕。

 すると、僕の体を抱く腕の力がさらに強くなって、真っ赤に頬を染めた彼女の顔が柔らかく緩む。

「もう……離さないから」

 僕のぶつけた思いに対する返事に、僕は頷いて答える。

 これからは、受け入れてくれた彼女と一緒だ。

 遥さんのために、僕に出来る事を探して彼女に見合うようになればいいんだ。

 沢山の後押しに助けられたとしても、僕自身がそうある事を望んで、選んだんだから。

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