今生の別れ
「今生の別れ(こんじょうのわかれ)」とは、死や別れによって、二度と会えなくなることです。
オレが乗った女王機は、運搬用の何かに載せられて運ばれていく。
近くで、数人の巨人と、数体のロボットの足音と話し声が聞こえる。
今度は、いったいどこへ連れて行かれるのだろうか。
さっき、ミューが「整備室を借りて、女王機を整備する」と言っていた。
だから、整備室へ向かっているんだと思う。
しばらくすると、自動ドアが開いたらしき音がした。
どうやら、整備室へ着いたらしい。
目隠しをされたままだから、相変わらずどういう状況なのか、音でしか把握出来ない。
いい加減、目隠しを取って欲しい。
女王機がワイヤーのようなもので持ち上げられ、どこかへ移動させられた。
そこで、ミューが巨人に向かって話し出す。
『ありがとうございます~ぅ。あとは~ぁ、私ひとりで結構ですので~ぇ』
『あなたをひとりにする訳には、参りません。「常に、ふたり以上で技術士を監視せよ」との、命令ですので』
『はぁ~……そうですか~ぁ。でも~ぉ、見られていると~ぉ、やりにくいんですよね~ぇ』
『我々は「いないもの」として、お気になさらず作業して頂ければ』
『そんなこと~ぉ、言われましても~ぉ、見られていては~ぁ、気になって~ぇ、集中出来ません~』
『我々は、あなたから技術を教わる為にいるのですから、見られながら作業することに慣れて下さい』
ミューが何度「見ないで欲しい」「ひとりにして欲しい」と頼んでも、女の巨人は断固として譲らない。
ずっと押し問答(おしもんどう=両者それぞれが自己主張をして、言い張る)を繰り返している。
最終的に、ミューが折れた。
『分かりました~ぁ。では~ぁ、見てても構いませんけど~ぉ、危険な工具を使いますから~ぁ、怪我するといけませんので~ぇ、離れていて下さいね~ぇ』
『分かりました』
ロボットの修理作業には、電動の工具が必要となる。
また作業中は、下手すると怪我をしたり、機械を壊してしまったりすることがある。
オレも前に、誤ってリチウムイオン電池に傷を付けて、爆発させてしまったことがある。
すぐに、大人が消火スプレーで鎮火してくれたけど、めちゃくちゃビックリした。
作業中は、事故を起こさないように注意し、周りの人々とも一定の距離を保って行なわなければならない。
ミューの指示に従って、巨人達が離れていく足音が聞こえた。
『では~ぁ、修理を開始します~』
金属製の何かがぶつかり合う音がして、電動インパクトドライバーの稼動音が聞こえ始めた。
ネジを外しているのか、機体が小刻みに振動している。
いよいよ、作業が始まったらしい。
ややあって、下から何かが外れる音がして、暗いコクピット内に光が差し込んだ。
ずっと闇の中にいたから、久し振りに見る外の光が目に眩しい。
同時に、外の空気が入って来た。
整備室だからか、鉄とオイルの臭いが鼻を突いた。
そこで、ミューのひそひそ声が聞こえてくる。
『今から、あなたを外へ出します。見つからないように、この部品の中へ隠れて下さい』
「……分かった」
オレが考えていた、コクピット脱出作戦と全く同じ。
整備する振りをして、オレをコクピットから出すつもりなんだ。
ずっと狭いコクピットから出たいと思っていたから、ありがたい。
しかし、今ここで女王機から降りてしまって良いのか。
オレは女王の代わりに、交渉をすることは出来なかった。
少し迷ったけど、ここで下手に動けば、巨人に見つかってしまう。
見つかれば、なすすべなく捕らえられてしまう。
どうせここに居座ったって、何も出来やしないんだ。
言われた通り、コクピット内へ差し込まれた四角い部品の中に隠れた。
『ちゃんと、隠れられましたか?』
「うん、入った」
『ありがとうございます。では、動かしますよ。危ないですから、じっとしていて下さいね』
それを合図に、オレが入った部品はロボットの手に持ち上げられた。
その直後、絶叫マシンに乗せられたような物凄い速度で運ばれた。
思わず悲鳴を上げそうになったけど、口を両手で押さえて必死にこらえた。
悲鳴を上げたところで、妖精の小さな声は、巨人には聞こえないけど。
たぶん、ミューが巨人に見つからないように、手早く移動させてくれたんだ。
オレが入った部品は、すぐに暗い場所に降ろされた。
近くで、ガチャガチャと、金属同士がぶつかり合う音が聞こえる。
察するに、工具箱か、部品箱だろう。
部品から外へ出て、周りの様子を伺いたいが、見つかったらマズい。
しばらくは、身を潜めて、時を待った方が良さそうだ。
見上げると、部品を出し入れしているロボットの手が見えた。
思った通り、ここは部品入れのようだ。
こうして見ると、ロボットはやっぱりデカいな。
巨人の体長はだいたい、「機動戦士ガ〇ダム」や「マジ〇ガーZ」と同じ、十八メートルくらい。
ロボットの体長も、巨人と同じ十八メートル。
妖精の平均身長は、一五〇センチくらい。
妖精と巨人の体格差は、約十二倍。
縮尺的に、巨人の目から見たら、妖精は手のひらサイズ。
だから、生きたお人形か、ペット感覚で「ちっちゃくて可愛いから飼いたい」と、思うんだろう。
オレらが動物の声が聞こえないように、巨人も妖精の声が聞こえない。
巨人に妖精の声が聞こえたら、何か違ったのだろうか。
そんなことを、考えていた時だった。
「キャーッ!」と、小さな悲鳴のようなものが聞こえた。
「え?」
そっと部品の隙間から覗くと、近くに部品がひとつ置かれた。
「あ~、怖かったぁ……」
聞き間違いじゃない、これはフェーの声。
「フェー?」
声を掛けると、返事が返ってくる。
「え? あ、君、良かった! 無事だったのねっ!」
部品の中からフェーが飛び出してきて、オレに抱き着いてきた。
フェーは確か、ミューと同じ機体のコクピットにいたはずだ。
「フェー、どうしてここに?」
「それが、聞いてよ。ミューったら、『私が囮になるから、あなた達は逃げて下さい』って、追い出されちゃったのよ!」
「ミューなら、そう言うと思っていたよ」
ミューは、「私はあなた方を、妖精の国へ帰したい」と、しきりに言っていた。
彼女は何があっても、妖精の国へは戻らないつもりだ。
「ここで死ぬのが自分の運命なのだ」と、覚悟を決めている。
どうあがいても、ミューの思いは変わらない。
だったらオレも、覚悟を決めよう。
ミューの願いを聞き入れて、ここは一時戦略的撤退をする。
「でも、逃げるったって、どうやって逃げれば良いんだ?」
「逃げる方法は、ミューが教えてくれたわ」
「本当か? オレにも教えてくれ」
「今、あたし達は、部品入れの箱の中にいるの。この部品入れは、ミューが連れて来た護衛兵が持って帰るんだって」
「あ、そうか、護衛兵は戻れるのか」
考えてみたら、何も難しいことじゃなかった。
オレらを無事にコクピットから脱出させることさえ出来れば、あとは無人機のロボット達が部品入れごと持って帰ってくれる。
巨人達が必要なのは、人質となる女王機と、ロボットの知識を持つ技術士のみ。
無人機のロボット達はノーマークだから、整備工場へ戻れる。
ミューも一緒に帰れたら、良かったのに。
ああ、ダメだ。
オレはいつまでも、ミューを諦め切れないでいる。
当初は、交渉が終われば、みんなで仲良く帰れる予定だったのに。
面の皮が厚い(つらのかわがあつい=ずうずうしい)巨人達が欲を出したせいで、計画が大幅に狂ってしまった。
ここで別れたら、きっと……いや絶対、もう二度とミューとは会えなくなる。
離れたくない、でも逃げなければならない。
妖精達を守ることが、オレらを逃がすことが、ミューのたったひとつの願いだから。
だったらせめて、ミューの夢をオレが継ごう。
妖精の国へ戻ったら、巨人に乱獲されないように妖精達をどこか遠くへ避難させようと、心に誓った。
オレらが入った部品入れの箱が、技術士に持ち上げられて、無人機のロボットへ手渡された。
『これは~ぁ、不要になった部品ですので~ぇ、工場へ持ち帰って置いてきて下さい~』
『はい~、分かりました~ぁ』
これでミューとは、最後の別れになるんだ。
それなのに、直接会うことは許されない。
最後に、ミューの声が聞きたかった。
オレは部品入れの中から、出来る限り大きな声で叫ぶ。
「ミュー、短い間だったけど大変お世話になりました! 今まで本当に、ありがとうございましたっ!」
『こちらこそ、ありがとうございました。久し振りに妖精と話が出来て、嬉しかったです。あなたが、元の場所へ帰れることを心から祈っています。どうかご無事で……』
少しでもお楽しみ頂ければ、幸いに存じます。
もし、不快なお気持ちになられましたら、誠に申し訳ございません。