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囚われのロボット

皆様、お待たせしましてすみません(←たぶん、誰も待ってない)。どうあがいても、どうにもならない残念なターンです。

   第七章 囚われのロボット


 目を覚ますと、体が小刻みに揺れていた。

「地震?」

 状況がまるで把握出来ない。目を開けているのか、閉じているかも分からない真の闇だ。何故か、体中が痛い。何故だろう? それに、今は何時? 何も分からない。

 オレは完全に寝ぼけていた。両手を上に上げて、伸びをしようとしたら、思い切り何かに手をぶつけてしまった。

「――っ!」

 激痛のあまり、声にならない。しばらくして痛みが治まってくると、自分がおかれた状況を思い出す。

 確か昨日は、ミューのロボットに乗せてもらったんだ。そして、操縦桿を握った拍子に、何かのスイッチを押してしまって、ロボットは文字通り大暴走。パニクったオレは、やたらめったらボタンを押しまくった。何とかロボットが止まったと思うと、今度は動かし方が分からない。途方に暮れて、眠りに逃げるという対策を取ったのだ。

 つまり誰かに助けてもらわない限り、いつまでもロボットに閉じ込められたままだということだ。他力本願以外の、何ものでもないな。

 ちなみに体があちこち痛むのは、ヘルメットとシートベルトをして、座ったまま寝たからだ。

 そういえば、さっきから体が小刻みに揺れている。ロボットのエンジンによる振動とは、明らかに違う。走っている車に乗っているような振動だ。もしかしたら、ミューが助けに来てくれたのかもしれない。もしかしたら、お付きのロボットが探しに来てくれたのかもしれない。

 何はともあれ、エンジンを掛けなければ、何も分からない。オレは手探りで、鍵のありかを探す。

「確か、この辺に……。あったっ!」

 何とか探り当てて、挿しっぱなしだった鍵を時計回りに回す。初めて乗った時と同じように、エンジンが起動した。パパパパパッと、一気に機械に明かりが点いて、眩しいくらいだ。

 すると、今まで静かだったスピーカが音を拾って、オレへ伝えてくれる。

『……だ、壊れているんじゃなかったのか』

 聞いたこともない若い女の声だった。どうやら、止まっている=壊れていると思われていたようだ。それにしても、誰がどこから喋っているのだろう?

 正面モニタには、橙色の空しか見えていない。右モニタには、良く茂った緑色の草木が横滑りに流れていく。左モニタも同様だ。バックモニタは真っ黒で、何も映っていない。カメラが壊れてしまったのか、はたまた何かにもたれているのか。

 すると、さっき聞こえた女の声が話しかけてくる。

『お目覚めか? 護衛兵』

「ごえいへい?」

 聞きなれない言葉に、オレは聞き返した。

『あれ? もしかして、女王様か?』

 あ、そうか。このロボットは、ミューから借りたんだっけ。他のロボットから見れば、オレは女王様に見えるんだ。ニセモノだとバレないように、ミューの振りをしなければ。どうせ声は合成音声だから、そうそうバレないだろう。えーっと、ミューの喋り方は……。

「どちらさまですか?」 

『いやだな、女王様。俺をお忘れですか?』

 明らかに成人女性の声なのに、一人称が「俺」って、どうよ?

「ごめんなさい」

 しおらしく謝ると、女の声が苦笑しているのが分かる。

『いやいや、責めている訳じゃないんですよ。俺みたいな下っ端、覚えてなくても無理はありません』

 それにしても、声はすれども姿は見えず。女は一体、どこにいるんだ? 分からないことだらけで首を傾げていると、女が質問を投げ掛けてくる。

『あんなところで、どうされたんですか?』

「ええっと、それが……。急に具合が悪くなってしまって、動かなくなっちゃ……しまったんです」

 たどたどしく答えると、女は豪快に声を立てて笑う。

『はははっ。それはそれは、ご愁傷様。でも、ちょうど良かった。実は俺達も、女王様にお会いしたいと思っていたんですよ』

「どういうこと、ですか?」

 問うと、女の声は少しトーンが下がって、ちょっと怒っているような口調で話し出す。

『どうもこうも。あなたが俺達の邪魔をしてくれてるって、話じゃないですか』

 ははぁ、読めてきたぞ。相手はロボットじゃなくて、本物の巨人なんだ。さっき、オレのことを「護衛兵」って、呼んでいた。それに、今のセリフなら間違いない。

 たぶんこの女は、動かないロボットを見つけて、壊れていると思って拾ったに違いない。どいつもこいつも量産型○クだから、女王の○ビルスーツと○ビルドールの見分けがつかなかったのだろう。

 だとすると○ビルドールは、どうやって女王を見分けているのだろう? マークでも付いているのか、それとも特殊な識別信号でも出てるのか。

 オレはミューが言いそうな言葉を選んで、返答する。

「それは、あなた方が、妖精を乱獲するから、だしょう?」

 大事なところで噛んでしまった。「だしょう」ってなんだよ、「だしょう」って。

 しかし女は、噛んだことは気にかけず、話を続ける。

『乱獲とは、聞き捨てなりませんな。俺達は、別に捕って食おうって訳じゃないんですから』

「でも、絶滅危惧種を、売買しようだなんて、間違って、います」

『妖精を保護して、生態を調べてるって言っているのが、分かりませんか?』

「保護なんてしてもらわなくても、妖精は自分達の力で生きてるっ! ……んですから、放っておいて欲しい、んです」

 力説すると、女は呆れたような怒りを抑えたような口調で、わざとらしい大きなため息を吐く。

『はぁ~……。あなたはいつもそうだ。妖精を守らなければならないって、馬鹿のひとつ覚えみたいにそればっかり。こちらの事情も、考えて欲しいものですな』

「こちらの事情って、単に可愛いから欲しいだけでしょう?」

 ミューが悲しげに言っていた言葉を借りて、言い返した。すると女は、意味深長な口振りで言う。

『まぁ、それもありますが……』

「それも? それ以外に何が?」

 問い詰めようとすると、女は明るい口調ではぐらかすように別の話題を振ってくる。

『ああ、そうそう。実は女王様に、お聞きしたいことがありまして』

「聞きたいこと?」

『何が言いたいか、女王様にはお分かりでしょう?』

「さぁ? 分かりません」

『またまた、知らばっくれちゃって。意地が悪いですね、女王様』

 女はクックックッと、ノドの奥でおかしそうに笑った。そんなこと言われたって、本当に分からないんだから仕方がない。オレは女王でもなければ、巨人でも、妖精でもない。ほんの二・三日前にやってきただけの、人間なのだから。

 そういえば、ここはどこなんだろう? 聞いても、納得のいく説明が得られない恐怖。どうしたら、東京へ戻れるんだろう? それとも、ここは異世界だとでも言うのか? そんなバカな話があってたまるか。確かに日本らしからぬ文化が、ここにはあるみたいだけどさ。

 それより一体どうすればいいんだよ、この状況? 考えても、何も出ない。

『全く、本当に食えない人だ』

 何も答えないオレに、女はやれやれと笑った。一転して女は真面目な口調で、言葉を続ける。

『では、あなた方の技術を買いたい、と言ったらどうです?』

「ぼ……、私達の、技術?」

『あなた方を作った、技術士がいるはずです。その方をお出し願いたい』

 この場合、やはりミューのことなんだろうな。

「それは、その……」

 オレが言葉をにごすと、女はねちっこい口調で畳み掛けようとして来る。

『どうですか? 譲歩するって言っているんですよ? あなたがそれを、望んだ筈だ』

 こういう時、どんなふうに返したらいいんだろう? 少し考えて、口を開く。

「そうですが……。何故、今になって? 今まで、私達の技術はいらないと、言っていたではないですか」

『それが、状況が変わったんですよ』

「変わったって、何が?」

『最近、あなたの国の技術士が作った護衛兵が、どうにもしぶとくてね。どうにか一体確保して、調べてみたんですよ。ところが……』

 女は一旦言葉を切った。ゆっくりと、もったいつけるような口調で続ける。 

『中心部から、黒い箱が出てきましてね。開けてみたところ、配線だらけで何が何やらさっぱり分からなかったんですよ』

 たぶん文字通り、ブラックボックスを開けたんだな。素人が開けて見ても、基盤とケーブルがいっぱい出てきて困ったんだろう。でもそんなこと、オレに言われたってなぁ。

『どうしました、女王様?』

 オレがだんまりを決め込んでいると、女は開き直ったように声を立てて笑い出す。

『はははっ! だったらこうしましょう。あなたを人質に取らせて頂きます』

「ええっ? どうしてそうなったっ?」

 驚きのあまり、敬語を忘れて自分の言葉で喋ってしまった。だが幸い、女は気付かない。

『何故って、あなたが素直に取引に応じて下されば、こんな真似しなくて済んだんですがね。あんまりあなたが頑なだから、強行手段を取らざるを得なくなったということですよ』

 女は楽しそうな口調で、なめらかに続ける。

『なぁに。女王様と引き換えに技術士をお出し頂ければ、すぐにでもお返ししますよ。あなたを人質に取れば、護衛兵達だって黙っちゃいないでしょうし』

「そんなぁ……」

 思わず肩を落とした。げんなりするオレに、女は穏やかな口調で話しかけてくる。

『ご安心下さい、女王様。あなたは大事な人質ですからね、最重要待遇でお迎えしますよ。それに、動けないんでしょう? 女王様に拒否権はありません』

 ああ、そうだった。口からでまかせで、具合悪くて止まったって言っちゃったんだった。本当は、単に操作方法が分からなくて、動かせないだけなんだけど。

 ああ、これからどうなっちゃうんだ? オレはロボットに閉じ込められたまま、上機嫌の巨人に運ばれた。


 辿り着いた先は、緑と機械とコンクリートが混然一体となった、中途半端な近代都市だった。東京に似ているけど、何か違和感。東京じゃないのに、東京みたいな。あれ? 何が違うんだろう?

 建物に入る少し手前で、女が再び声を掛けてくる。

『ちょーっと、失礼しますよ』

「えっ? 何っ?」

 全てのモニタが急に真っ暗になって、オレは動揺した。女はさも楽しげに、口を開く。

『この建物には、見られちゃマズいものが色々ありますんでね。少しの間、目隠しをさせて頂きますよ』

「見られちゃマズいもの?」

『まぁ、企業機密ってヤツです』

 ロボットが動かせないオレは、何の抵抗も出来ずに目隠しをされた。そのまましばらく、ロボットごと移動させられる。どこかへ辿り着いたのか、乗せられていた乗り物の動きが止まる。しばらくすると、ウィーンというクレーンのような機械音と共に、オレが乗ったロボットはゆっくりと動かされた。

『それじゃ、女王様は、こちらでゆっくりとお寛ぎ下さい』

 女の声を合図に、目隠しが外された。

 その時、初めて本物の巨人を見ることが出来た。巨人の体は、ロボットと変わらないくらい大きい。たぶん、二〇メートル近くある。文字通り巨人。しかし、それ以外はオレと同じ人間だ。

 顔は白人風で目の色は緑色、まぁそこそこ美人。薄茶色の長い髪は、三つ編みにしている。歳は二五歳くらいだろうか? でも、外人の年齢って分かりずらいんだよ。まだ二〇歳なのに、三〇代後半くらいの外見をしている、なんて結構ザラだし。

 自衛隊の迷彩服みたいなものを着ている。残念ながら、その服のせいで胸のサイズは分かりにくい。もちろん、半透明ではない。いや、これもある意味巨乳っちゃあ巨乳か。オレの身長と、同じくらいの大きさの胸だから。でも、これはやっぱり意味が違う。

 外人風の女は、俺をひとり残して部屋を出て行った。金属製のドアには、当然鍵が閉められた。

 そういえば、オレはもう三日間も、シースルーワンピースを着ている。風呂にも入っていない。いい加減、コクピットが汗臭くなってないかな? しまった。ミューの隠れ家に着いた時に、風呂を借りておくべきだった。

 しかし慣れって怖いな、もうパンツをはかない状態が平気になってしまった。元の生活に戻った時も、パンツをはかなくなったりして。それもどうかと思うけど。日本人でノーパンって、かなり珍しいもんな。だって、直にズボンをはくってことだろ? 今はスカートだからいいけど。いや、良くない。むしろ悪いだろ。

 しかも半透明だから、下半身が透けて見える。下を向く度に、Dear my sonとこんにちは出来る。いや、出来なくていいんだって。別にしたくないし。

 それはさておき。

 オレが連れて来られたのは、だだっ広い四角い部屋だった。広さは、東京ドーム一個分くらいあるだろうか? だがここはドームじゃなくて、殺風景な部屋だ。女の立てる足音が、遠ざかっていく。オレひとり、ムダに広い部屋に取り残された。誰もいない部屋で、ぼんやりと呟く。

「どうして、こうなっちゃったんだろう?」

 昨夜、これ以上のことが起こるワケないと思っていたけど、あれ以上のことが起こってしまった。昨日まではご飯の心配はなかったけど、もしかすると今日はご飯が食べられないかもしれない。いやいや、それだけじゃない。巨人は、オレのことを「量産型○ク」だと思っているんだ。水を貰えるかどうかすらも怪しい。

「どうしよう。餓死とか絶対ヤダ」

 あんなにあこがれた、夢の巨大ロボットに乗っている。でも違うだろ、こんなの。

「ミューの代わりに捕まったって、ミューが知ったら、何て言うだろう?」 

 自分の不甲斐無さに、悲しくなった。オレって本当に、ひとりじゃ何も出来ないんだな。昨日今日と、捕まってばっかりだ。

「でも、仕方ないさ。オレはただの中学生だ。何も出来なくたって、仕方がないじゃないか」

 同じ中学生でも、碇○ンジや綾波○イみたいに、「ヱ○ァンゲ○ヲン」を操縦することも出来ない。

そういえば、ロボットアニメのパイロットは「○ジンガー」に始まり、大半は十代の少年少女だ。まぁロボットアニメってのは本来、大きなお友達じゃなくて子供が観るものだからな。○ンダムパイロットにも、少年少女パイロットが大勢いる。

 実は小学生パイロットも多く、「○ワッパー5ゴーダム」に始まり、「無敵超人○ンボット3」「無敵ロボ○ライザーG7」「戦国魔神○ーショーグン」「NG騎士○ムネ&40」「絶対無敵○イジンオー」「魔神英雄伝○タル」「奏光の○トレイン」「超速変形○ャイロゼッター」などなど。

 でも、オレはそんな数々のロボットアニメに登場する主人公達とは違う。

「じゃあ、何が出来るんだ?」

 いけない。思考がどんどん、悪い方向へいってしまう。止めなきゃと思っているのに、鬱になっていく。

「考えてみれば、日本人でフェーとかミューとか、ありえないもんな。それに、日本で七色の空が見える筈なんてないんだ。ずっと日本にいるって信じていたけど、ここは日本じゃない異世界なんだ」

 どうして、今まで不思議に思わなかったんだろう? 信じたくなかったのかもしれない。本物の妖精、本物の巨大ロボット、本物の巨人なんて、現実にいないって、信じたくなかったからかも。

「きっと事故かなんかに巻き込まれて、瀕死の重傷を負って眠っているんだ。だから、こんなに長い夢を見ているんだ」

 そうだったら、どんなにいいか。全部夢だったらいいのに。目覚めてしまえば、何もかもかき消えてしまうだろうから。そしていつか、忘れてしまうだろう。

「忘れてしまうには惜しい夢だけど、こんな受難続きの夢はもうこりごりだ。覚めるなら、早く覚めてくれっ!」

 こんなことを思うのは、やはりオレが弱いからだ。

「どうして、こうなったんだ?」

 口に出してみても、答えてくれる人はいない。ここには昨日一緒に捕まっていたフェーもいない。他に、助けてくれる人もいない。友達も家族も、ここにはいない。ひとりぼっちで寂しい。

 ピー○姫は捕まっている間、どうしていたんだろう? クッ○も○リオの相手で忙しいから、下っぱのヤツラが話し相手にでもなってくれたのかも。

 まぁ、考えてみれば○ビルドール(中の人などいない)だと思われているんだし、話し相手なんかいなくて当然か。オレは膝を抱えて、狭いコクピットの中で悶々と考え続けていた 

「何もしないまま、ひとりで過ごす時間って長いよな」

 シートベルトを外して、ヘルメットも脱いだ。しばらくはロボットが動くことはないだろうから、外しても問題ないだろう。

 でもエンジンは切れない。切ってしまえば真っ暗になって、音も聞こえなくなってしまう。何もわからなくなってしまうことが、怖い。しかしエンジンを切らないでおくと、やがてエネルギ切れになるだろう。それが一番困る。

「エネルギメータは、どこにあるんだろう?」

 キョロキョロとコクピット内を見回して、メータを探す。当たり前だが、スピードメータはをゼロを差している。その近くにさまざまなメータが、設置されている。

「これは、推進計みたいだから違うな。あと……このメータは何だろう? それからこれは……」

 色々探してみるが、結局何も分からない。

「取り扱い説明書とかあればいいのに」

 いや、たぶんない。操縦士が開発者なんだから、説明書なんかいらないだろう。ぼーっとしているのもつまらないし、色々調べてみるか。暇つぶしに、コクピットの中を色々探してみる。

「あれ?」

 今まで気付かなかったけど、座席の後ろにA五サイズの袋がある。引っ張り出してみると、大きさのワリにずいぶん軽い。中を覗き込むと、昨日散々ケージの中で食べた、巨大な乾パンが三枚入っていた。

「ミュー、スゲー! こんなことがあろうかと、用意しておいてくれたんだっ!」

 ミューの気配りが、涙が出るほど嬉しかった。

 さらに座席の後ろを調べると、二リットルペットボトル並みに大きな水筒みたいなものが出てきた。たっぷり中身が入っているらしく、重い。フタを開けてカップに注いでみると、液体には色が付いている。匂いを嗅いで一口飲んでみると、昨日出された紅茶と同じ物だと分かった。

「ありがとう、ミューッ!」

 ミューに感謝しながら、乾パンにかぶりついた。実は今朝からずっと、お腹が空いていたんだよね。今はたぶん、昼近いだろう。

「と、危ない危ない。食べ過ぎると、あとで後悔するぞ」

 はたと、気が付いて口を止める。救助がすぐ来てくれる保証はない。助けがくるまで、乾パン三枚で食いつながなくてはならないんだ。

 チリの発掘現場で起きた落盤事故。あの時リーダーの判断が、全員生還の奇跡を起こしたといわれている。第一に、食料と水を極力抑えることが大事だったという。人間は水と食料がなくちゃ、生きていけないからな。

 一枚目の六分の一ほど食べたところで、やめた。紅茶も、カップ半分くらいにしておいた。乾パン六分の一といっても、顔ひとつ分の大きさで厚みが二センチもあるから、結構食べでがある。

 おかげで、気持ちにずいぶんゆとりが出来た。食べ物と飲み物があるというだけで、こんなにも救われた気持ちになるなんて。人間って、現金だよな。

 少なくとも、二、三日で餓死する危険性はなくなった。これで何とか生きていける。そう思ったら、急に何とかなりそうな気がしてきた。調子に乗ったオレは、ほかにも色々探してみることにしてみた。

「どうせ時間なんか、いくらでもあるんだ。何もしないよりも、何かしていた方が気が紛れるし」

 コクピット内を探してみると、出るわ出るわ。どんだけ、コクピットに持ち込んでんだよ?

 まずは、さっきの乾パンと水筒。何語で書かれているか分からない、A四サイズの本が数冊。続いて、同じくらいの大きさの紙に、びっしりと何かが書き込まれた謎のメモ。枚数は、ノート一冊分くらいあるだろうか? 何か図形が描かれているが、これもさっきと同じように、何語で書かれているのか分からない。

「妖精が使う文字なのかな? でも、読めそうにないなぁ」

 この分だと、仮に取り扱い説明書があったとしても、読めなかっただろう。他にも、ぬいぐるみやパズルなどのおもちゃも置いてある。

「何で、こんなものまで置いてあるんだ?」

 もしかしたらミューはこの中で、ヒマを持て余していたのかもしれない。

「あ、そうか。ミューは、ひとりぼっちだった」

 本物の巨人とは、話は出来ても分かり合えない。だから、こんなにたくさんの物が置いてあるんだ。もちろん相手がいなきゃ出来ないおもちゃは、ひとつもない。

 もしかすると、置いてあった乾パンと水筒は、非常用だったんじゃないだろうか? いつ食事が出来るか、分からないから。日持ちする乾パンが、重宝したに違いない。ミューは何年もひとりで、コクピットの中で食事していたんだ。今のオレみたいに。

 そんなミューに、迷惑を掛けている自分が、途方もなくイヤになる。

「ゴメン、ミュー。足手まといになるつもりなんか、なかったのに。本当に何やってんだ、オレ。どれだけミューやフェーに、迷惑掛ければ気が済むんだよっ」

 もしかしたら自分の気付かないところで、いろんな人に迷惑を掛けているのかも知れない。きっと、ミューもフェーも、友達も家族も、オレを心配している。なのに、オレひとりでは何にも出来ない。やりたいだけやらかして、自分の尻拭いも出来ない。役立たずよりヒドいじゃないか。

「ミューはひとりでも、妖精の国を立派に守っているのに。それなのに、オレは……」

 自己嫌悪におちいる。どうして、こうなっちゃうんだ? どうにかならないだろうか?    

 ロボットの動かし方さえ分かれば、この状況を変えることが出来るかもしれない。でも、どうやって?

 オレを取り囲む機械と、真面目に向き合う。そういえば、初めてだ。ちゃんと、動かそうと思ったのは。昨日は止めるのに必死で、めちゃめちゃにボタンを押しまくっただけで、操作しようとは思わなかった。

「もしかしたらっ! もしかしたら、出来ないと思っているだけで、オレにも操縦出来るんじゃないか?」

 そう思ったら、気持ちが浮上してきた。

「そうだよっ! 初めから出来ないと思っているから、出来ないんだっ!」

 オレ自身を信じよう。今はオレしかいないんだから。少しでも、ミューやフェーに迷惑を掛けないように。松岡修○みたいに、自分を励ます。

「頑張れ頑張れ! やれば出来るっ! 全力を尽くせっ!」

 さっき外したシートベルトを付け直し、ヘルメットを被った。意を決して、目の前に伸びた操縦桿を握る。ぐっと力を入れて引っ張ると、座っていたロボットが、勢い良く立ち上がった。

「う、動いたっ!」

 オレは初めて、思い通り動かせたことに感動した。やっと、オレの言うことをきいてくれた。そこまでは良かったのだが。

「やっぱりダメかーっ!」

 ロボットはまっすぐ、この部屋唯一のドアへ向かっている。オレは半狂乱になって叫ぶ。

「せっかく止まったと思ったのに、またこれかーっ! このまま行ったら、ドアにズドンッだぞっ? やめろーっ! 止まれーっ!」

 しかしロボットは、止まらない。ドアはもう目前だっ!

「もうダメだーっ!」

 オレは観念して、目をつぶって身を硬くする。

「オレの命もここまでか……。お父さんお母さん、オレを産んでここまで育ててくれてありがとう。オレはこのまま、無残に事故死します」

 しかし、ぶつかる衝撃は来ない。代わりに、急ブレーキを掛けた時のような運動エネルギが体にかかって、ロボットは止まった。

「あれ?」

 恐る恐る目を開けると、ロボットはドアに衝突するギリギリのところで止まっていた。オレは首を傾げる。

「追突制御装置でも、付いているのか?」

 そういえば、車が壁にぶつかりそうになると、自動的にブレーキを掛けるってシステムがあったな。このロボットにも、そういうシステムが搭載されているのかもしれない。

「ってことは、昨日ロボットが止まったのは偶然でも何でもなくて、このシステムが作動したからか。何だ。そういうことなら、昨日も今日もビビらなくても良かったんじゃないか。ムダに冷や冷やさせやがって……」

 言いながら、安堵していた。とにかく、ロボットが暴走しても、そう簡単に死なないことが分かった。たぶん、海へドボンッも、山へズドンッも、これで回避されたのだろう。昨日ロボットが止まった時、ライトが点けられたら、海目前か壁目前だったに違いない。

「ライトが点かなくて良かった……」

 溜息を吐いて、力を抜いた。

『女王様ー? どうかし……、おわっ! びっくりしたっ!』

 騒ぎを聞きつけて、巨人が様子を見に来たらしい。ドアに付いた小さな格子窓から覗いたら、すぐ目の前にロボットがいたので、巨人は驚いたようだ。

『何だ、女王様。自分で動けたんじゃないですか』

 巨人の苦笑が、部屋に響いた。オレはしどろもどろに、言い訳をする。

「自分で動けたんじゃない、んです。えっと、先程、作動確認をしてみたら、急に走り出して。それでその、どうにか寸前で、止まることが出来た? んです」

 オレはミューの口調を思い出しながら、嘘を吐いた。巨人はそれを想像したのか、おかしそうに声を立てて笑う。

『ははは、そうでしたか。俺はてっきり、扉を突き破ろうとしたのかと思いましたよ』

 それが出来たら、どんなに良かったか。オレは本心を隠して、しおらしくミューの振りを続ける。

「ご迷惑をお掛けして、すみません」

『いやいや、直られたら困るくらいで』

「は?」

『人質に脱獄されたとあっちゃあ、上からドヤされますからね。まぁ、無茶せんで、大人しくしていて下さいよ』

「はぁ」

 オレが気のない返事をすると、巨人は笑いながら去って行った。オレが脱走しないように、この部屋を見張っているのだろう。でも、どこから? 監視室でもあるのだろうか?

 それにしても困った。脱獄するにも手段が思いつかない。さっき、そのままドアを突き破って、逃走出来たら良かったのだが。あいにく、制御システムがさせてくれなさそうだ。

 乗る前に見たかぎりでは、ミューのロボットは武装していないようだった。

「『○ンダ○』や『パ○レイバー』みたいに足の一部がパカッと開いて、そこからビー○サーべ○やマグナムが出てくるってことはないかな? もしくは、ぱっと見だけでは分からないような場所に、隠してるのかも。『マ○ンガー』みたいに、体の一部が武器になるとか……」 

 しかし、それを確認する方法はわからない。そもそも、物騒な物を持っていたとしたら、捕まった時点で取り上げられているだろう。「武器を持っているかもしれない案」は、早々に却下した。

「考えてみれば、『○ク』って作業用ロボットなんだよな。それに女王が戦線に出るってことはないだろうから、武器を持っている筈はないか」

 今頃ミュー達は、どうしているのだろう? 必死になって探してくれているのだろうか? それとも、オレのこと何か忘れて、二人で楽しくご飯を食べているかもしれない。後者だったら、かなり切ない。

「オレのこと忘れてなんかはいないだろうけど、ご飯はちゃんと食べていて欲しいな。ご飯抜きじゃ、可哀想だし」

 ミュー達にオレが捕まったことは、伝わったのだろうか? 伝わったらきっと、心を痛めていることだろう。でも、ミューのせいじゃない。何もかも、オレのせいだ。だから、気に病まないで欲しい。

 ミューの性格だと、自分を責めそうだ。それにフェーもスゴく良い子だから、オレのこと心配してるだろうな。

 そう思ったら、申し訳ない気持ちになった。どうして、こうなっちゃうんだ? ひとりでは何も出来ないし、人を傷つけるし、迷惑も掛ける。こんな面倒なことに巻き込まれてしまった、フェーだって可哀想だ。フェーの帰りを待っている、妖精達も心配しているだろう。

「でも、それもこれも全部、オレがまいた種だ」

 オレがこう言っても、フェーやミューは自分を責めるんだ。

「あたしのせいで」

「私のせいで」

 そんな彼女達が優しすぎて、自分が情けなくて泣けてくる。でも、どうにもならない。オレは、彼女達にどう報いたらいいのだろう? こうして、膝を抱えていることしか出来ない。さっきから、この繰り返しだ。

 結局オレは、助けがくるまで待つことしか出来ない。結局そうなっちゃうんだよな。いくら考えても、何の解決にもならない。

 オレの前にある四〇インチモニタには、金属製のドアが大写しになっている。

「もし、オレがこのロボットを操縦出来たら。このドアを破って、脱走出来たら……」

 オレは懲りずに、操縦桿へ手を伸ばす。ぶっちゃけ、あきらめだけは悪いんだ。信じてくれと、心の中の自分が叫んでいるのが分かる。でも、自分ほど信じられないものがあるかとも思う。それでも今は、自分しかいない。だったら、自分で何とかしなくちゃ。 

 操縦桿を握ると、またロボットがうなり出す。でも、それだけだ。対物センサが働いている為だろう。

「動け! ちゃんとオレの言うことを聞けっ!」

 命令するが、ロボットは動かない。

「ドアを壊して、逃げるんだよっ!」

 動こうとしないロボットに、焦れて叫びながら、目の前のボタンを適当に押した。するとロボットは、ぐんっと足を踏んばり、拳でドアを叩いた。ドゴンッ! と、大きな音が部屋に響く。思い通り動いたことに、興奮するのを止められない。

「そうだ! そのまま壊してしまえっ!」

 オレの声に応えるように、ロボットは左右の拳で交互に殴り続けた。だが、ドアは凹むばかりで、破れる様子は見られない。一体どんな素材で出来ているんだ? 

 すると、さっきの巨人がすっ飛んでくる。

『ちょっとちょっと、女王様っ! 何やっているんですかっ?』

 巨人が声をかけてくるが、オレは聞かない。ロボットはドアを叩き続ける。しかし、ドアは破けなかった。しばらくすると、ロボットはシューっと音を立てて停止した。どうやら、オーバーヒートを起こしたらしい。

「あっ!」

 それと共に、ガクンッと一度大きく揺れたかと思うと、コクピットは真っ暗になった。自分が招いた恐怖に、体中をこわばらせる。が、数秒後コクピット内に明かりが灯る。

「あれ?」

 予備バッテリが、作動したのかもしれない。エンジンの振動と音は、止んでいる。

 ようやく打撃音が途絶えたところで、ボコボコになったドア越しに巨人がため息を吐く。

『全く、どうしたっていうんですか。急に走り出したり、扉を殴ったり。本当に、壊れているんですか?』

 脱獄に失敗して落ち込んでいたオレは、それには応えない。

『女王様?』

 不審そうに、もう一度声を掛けてきた。オレはようやく呟く。

「うん。壊れている」

 オレもロボットも。

『暴走にしては、エラく意思を持った行動に思えましたが?』

 巨人は皮肉めかせて、苦笑した。オレは沈んだ声で、呟くように答える。

「分からないんだ、どうしたらいいのか」

『はぁ、困ったもんですね』

 巨人は呆れたように言った後、宥めるように続ける。

『とにかく、整備が必要ですね。そちらの技術士をお呼びしますので、それまで大人しくお待ち下さい』

「分かりました」

 オレが返事をすると、巨人はブツブツ文句を言いながら去っていった。

 どうにかこの状況を、文字通り打破したかった。でも悪あがきをしてみても、どうにもならなかった。味方はおろか、敵にも迷惑を掛けている。

 今、オレに出来る最善の策は、待つこと。ただそれだけだ。

ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。そして、お疲れ様でした。これでようやく、巨人とロボットと妖精が出揃いました。

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