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ロボットの女王

引き続きお読み頂いている方、ありがとうございます。今回も、とんでも展開が待っています。

   第四章 巨人の真相


 小腹が空いたが、乾パン以外に食べるものはない。止む得ず四度目の乾パンを食べようとしたところへ、ようやく巨大ロボットがやってきた。オレ達が入っているケージを、持ち上げられる。

『さぁ~、妖精た~ん。お出掛け~ちまちょうね~ぇ』

「どこへ行くんだろう?」

「さぁ?」

 ズシーンズシーンと巨大ロボットが歩き出すと、捕まった時と同じように、ケージが上下左右に大きく揺さぶられる。でも昨日と違って、掴まれているワケじゃないから、オレ達はケージの中で大きくバランスを崩した。

「わわっ!」

「きゃあっ!」

 いつだったか、地震体験車に乗せられた時と同じ感覚だ。いや、あれよりヒドイかもしれない。震度にして五以上。柵にしがみ付いていないと、座っていることすら出来ない。  

 水入れの水がバシャバシャ撥ねて床を濡らし、乾パンも箱からバラバラ飛び出す。綿入りの箱も回し車も、ガタガタ音を立てて、横移動している。

「おい、もっとゆっくり運んでくれっ!」 

 オレは巨大ロボットに、非難の声を上げた。やはり聞こえなかったらしく、改善の余地は見られない。

「きゃっ! あっ!」

 フェーは柵を掴んでいた手を滑らせて、転んでしまう。振動に合わせてフェーの体が跳ね上がり、すぐ近くまで移動していた回し車に、勢い良くぶつかった。

「フェーッ!」

 柵を伝って慎重に移動し、回し車へと近づく。回し車の横で、フェーはぐったりと気を失っていた。

「フェーッ。おい、大丈夫かっ? フェーッ!」

 抱き起こして呼びかけても、何の反応もない。こんな状況でオレひとりなんて、一体どうすればいいんだ? まずは、息をしているかどうか確認する。フェーの口と鼻の前に、手をかざしてみると、ちゃんと息をしていた。万が一のことを考えて、胸にも耳を当ててみると、ドクンドクンと確かな鼓動が聞こえた。

「良かった、生きてる……」

 思わず安堵のため息を吐いた。もし命が危ない状況で、蘇生術をやれと言われても、やり方がさっぱり分からない。

 帰れたら、学ぶことがいっぱいありそうだ。いや、帰れたらじゃない。絶対に帰るんだ!

 オレは床に座り込み、フェーを左手で抱きしめながら、右手で柵を握った。ここで、女子ひとり守れなくてどうする! 柵を握る手にも、力が入る。

 とにかく早く目的地に着いてくれと、心から願っていた。

 それからしばらくして、揺れは収まった。ケージはどこかへ置かれたようだ。オレは全身の力を抜いて、特大のため息を吐き出した。

「あれ?」

 柵から手を離そうとしたが、どうしたことか手が離れない。力いっぱい握りすぎて、手が固まってしまったようだ。左手で、固まった右手を一本一本取り外しにかかった。時間を掛けて、ようやく最後の一本を外し、やれやれとため息吐いた。

 落ち着いたところで、立ち上がってまわりを見渡す。真の闇というほどではないものの、かなり暗い。物の輪郭がぼんやりと見える程度で、色の判別も付かない。その分、耳が敏感に周囲の音を拾う。大勢のざわめきが聞こえる。

『妖精のツガイが、出るんだってよぉ~』

『へぇ~、それは楽しみだな~ぁ』

『おぉ~い、そろそろ出してくれぇ~』

『分かったぁ~』

「何だ? うわっ!」

 様子を伺っていると、またケージが動き出す。油断していたので、見事にすっ転んで、床に顔をぶつけてしまった。痛む顔を撫でていると、ケージは急に明るい場所へ運ばれて、どこかへ置かれた。

 オレは聞こえていないと知りながらも、巨大ロボットに向かって文句を言う。

「痛いじゃないか! 動かすんだったら、一言声かけろよなーっ!」

 頭上に設置された、スポットライトが眩しい。ん? スポットライト? 

 急に暗いところから明るいところへ移されたので、目がチカチカする。目が慣れてくると、二〇体以上の巨大ロボットがいるようだ。スポットライトのせいで、良く見えないけど。

『さぁ皆様~、お待たせしましたぁ~! 本日の大~目玉ぁ~、妖精のぉツガイで~すっ!』

『おおおおおおおお~!』

 司会者らしい巨大ロボットの合成音声が響くと、盛大な歓声が起こった。

『それではぁ~、一五〇〇万から始めたいと思いまぁ~す! どうぞぉ~!』

 司会の掛け声を合図に、客席から次々と声が上がる。

『一六〇〇万~!』

『一七〇〇万~!』

『一八〇〇万~!』

 どうやらここはステージの上で、オレ達はオークションにかけられているようだ。頭の中で、小学生の頃音楽の授業で習った「ドナド○」が流れた。

『二四〇〇万~!』

『二五〇〇万~!』

『二六〇〇万~!』

 見る間に、どんどん競り上がっていく。

『三〇〇〇万~!』

『さぁ~、三〇〇〇万~! 三〇〇〇万が出ましたぁ~!』

 ムダにテンションの高い司会者が、否応なしに観客をあおった。

『三〇一〇万~!』

『おおおおおお~!』

 勇気ある挑戦に、観客達から歓声が上がった。そこから、二体の巨大ロボットが競り合戦を始める。

『三〇二〇万~!』

『三〇三〇万~!』

『三〇四〇万~!』

 そして、ついに三一〇〇万台へ到達する。競りに出されているのは自分なのに、競り合戦に興奮している自分がいる。どこまで競り上がるのかと、ワクワクしていた。

『三五〇〇万~!』

『――っ!』

『おおっとぉ~! ついにぃ~、三五〇〇万が出ましたぁ~! さ~ぁ、もうありませんかぁ~?』

 しかし、それ以上の金額を言うロボットはいなかった。木槌を専用の台に叩きつける、カンカンカンという音と共に、競りは打ち切られる。

『ではぁ~、本日最高額ぅ三五〇〇万でぇ、落札されま~したぁ~! おめでとぉ~ございまぁ~すっ!』

『おおおおおおおおおおおおお~っ!』

 司会者が興奮した口調で言うと、今までで一番大きな歓声が沸き起こった。どうやら、オレ達の価値は三五〇〇万と決まったようだ。それって、高いのか低いのか分からない。相場が分かれば、どれくらいなのか分かる筈なんだけど。でもまぁ「本日最高額」って言うくらいなんだから、きっと高いのだろう。

 オレ達を捕まえた巨大ロボットが、嬉しそうにウキウキした声でオレに話しかけてくる。『良かったで~ちゅね~ぇ、妖精た~ん。新ち~いご主人様が~ぁ、君達をぉ待っていまちゅよ~ぉ』

「ふざけるな! 人身売買で訴えてやるっ!」

 ケージの中から、オレは巨大ロボットをにらみつけて叫んだ。が、オレの声が聞こえていない巨大ロボットは楽しげに言う。

『や~ぁ、良かった良かった~ぁ。まさか~三五〇〇万までいくとは~ぁ、思わなかったな~ぁ』

「拉致監禁、および人身販売で有罪確定だからなっ!」

 オレがいくら喚こうが、巨大ロボットには届かない。オレはガックリと、頭を垂れた。

「ああぁ。これでもう、飼い殺し決定か……。これから一生、ケージの中なのか。家族も友達も、いない。家も学校も、テレビもパソコンもゲームも、何の楽しみもない世界で。何十年も、生きていかなきゃならないんだ……」

 そんな生活を繰り返していたら、気が狂ってしまいそうだ。胃がずっしりと重く、腸がキリキリと痛む。痛みと悔しさで、涙が込み上げてくる。

「何で、こんなことになっちゃったんだろ?」

 絶望のどん底へ、突き落とされた気分だ。そんなオレの気持ちを知る筈もなく、巨大ロボットは相変わらずご機嫌で、再びケージを運び始める。今度は座っていたので、転ぶことはなかったが、また柵を握って揺れに耐えなくてはならなかった。

 しばらくすると、先程の倉庫(体育館並みの広さだった)が六つは入りそうな、大きな部屋へ辿り着いた。部屋の明るさは、眩しくも暗くもない。部屋の中には、何体もの巨大ロボットが待機している。そして、ケージを運んできた巨大ロボットから、競り落としたと思われる巨大ロボットへケージが手渡される。

『ではぁ~、こちらの妖精のツガイはぁ~、お客様のものですぅ~』

『ありがと~ぉ』

 競り落とした巨大ロボットは、後ろに控えていたもう一体の巨大ロボットにケージを手渡す。

『丁寧に~扱ってちょうだ~い。妖精は~ぁ、繊細な~ぁ生き物なんですからね~ぇ』

『了解~しました~ぁ』

 競り落としたロボットが言った通り、ケージは丁寧に運ばれる。お陰で、あまり揺れなかった。電車の中と同じくらいの揺れで、これなら立つことも可能だ。

 そして、競り落としたロ……。

 ああもうっ、面倒臭いなっ! 競り落とした巨大ロボットをAとして、もう一体の付き添いらしき巨大ロボットはBと呼ぶことしよう。

 ロボットBは、輸送トラックくらい巨大な自動車の運転席に着く。ロボットAは後部座席に乗り、オレとフェーが入ったケージはロボットAの横に置かれた。後部座席のドアが閉められると、車は走り出す。一体どこへいくのだろう? 

 不安で様子をうかがっていると、ロボットAがオレに囁いてくる。

『もう少しの辛抱ですから、我慢して下さい』

 ロボットAの喋り方は、猫なで声でも、赤ちゃん言葉でも、ゆったりした口調でもなかった。相変わらず、電車の車掌みたいな声ではあったけど。オレは驚いて、ロボットAを見る。

「え?」

『必ず、妖精の国へ返しますから』

 優しい声は、まるで天からもたらされた救いの言葉みたいに聞こえた。

「ホント?」

 思わぬ言葉に、オレは声を出していた。ロボットには聞こえないと、分かっているのに。するとまるでオレの声が聞こえているかのように、ロボットAは頷く。

『ええ。ですから、もうしばらく待っていて下さい』

「オレの声が聞こえるの?」 

 信じられずに目を丸くすると、ロボットAは頷いて答える。

『もちろん』

「聞こえないと思ってたのに」

『私は特別ですから』

「特別?」

『詳しい話は、またあとで』

 ロボットAが言ってまもなく、車は止まった。車を降ろされると、そこはデッカい倉庫だった。ジャンボジェット機でも、置けそうなくらい広い。

 ロボットAは先程とは違う、間延びした喋り方で、ロボットBに声を掛ける。

『私は~ぁこれから~、ガレージで作業します~ぅ。集中したいので~、私が出てくるまでぇ誰も入って来ないように~ぃ。何かありましたら~ぁ、こちらから連絡します~ぅ』

『はい~ぃ、かしこまり~ました~』

 ロボットBは、うやうやしくお辞儀をすると、車に乗って走り去った。ロボットAは、 ケージを振動させないように、ゆっくりとした速度で倉庫へ入っていく。

 倉庫の中には、何体ものロボットが立っていたが、立っているだけだった。動き出しそうな気配は、感じられない。エネルギ切れか、壊れているのかもしれない。中には修理中と思われる、ケーブルや基盤がむき出しになっているロボットもいた。

「うわぁ、スゲェ……。ロボット工場だ」

 工場見学が大好きなオレにとっては、たまらない光景だ。しかも、巨大ロボットの整備工場だなんて、まるで夢のようだ。

 一番奥の壁際まで行くと、ロボットAは、ケージを床に下ろして鍵を外してくれた。ロボットAは早い(といっても、オレにとっては普通の)喋り方で、オレに話しかける。

『はい、お疲れ様でした。もう出て下さって、結構ですよ』

「やったーっ! ありがとうございますっ!」

 ようやく、この窮屈なケージから出られる。そのことが嬉しくて、ロボットAに心の底から感謝した。オレがフェーの耳元で大声を張り上げたせいで、腕の中でフェーが不機嫌そうに目を覚ました。

「何よ、うるさ……。ん? ここどこ?」

「フェー! 良かった、気が付いたっ!」

 今までひとりで寂しかったので、嬉しくて声を弾ませながら、続ける。

「喜べ、フェー! 妖精の国に帰れるかもしれないぞっ!」

「えっ! 本当っ?」

 フェーは嬉しそうに驚くと、オレに質問してくる。

「何が、どうなったの?」

「あれからオレ達は、オークションにかけられたんだ。それで、落札したロボットが、オレ達を妖精の国へ帰してくれるって言うんだ」

「へぇ、そんな親切な巨人がいるの?」

 フェーは意外そうに、目を見開いた。実はオレも、半信半疑だ。

「まだ何がなんだか、良く分からないんだけど。とりあえず、外へ出よう」

 オレ達がケージから出ると、すぐ横でロボットAが地面を振動させないように、静かに足を伸ばして座った。

 するとロボットAの腹部が、プシューと空気が抜けるような音を立てる。腹部が、ドアのように下へ向かって開いた。腹部はコクピットになっていたようだ。

「ええっ? もしかして、○ビルスーツなのかっ?」

 今まで中の人などいない、無人ロボットだと思っていた。だが、コクピットがあるってことは、操縦者がいるんだ! 喜びと興奮が、全身に満ちるのを感じた。後で、ぜひ乗らせて欲しいっ! ロボットのコクピットに乗るって、実は夢だったんだっ!

 中から、黒いヘルメットを被り、黒いライダースーツのような服を着た人が現れた。ライダースーツは、ボディーラインがくっきりはっきり見える。つるぺたのフェーと違って、巨乳だ。察するにDカップ以上。動くたびに、ふくよかな胸がゆっさゆっさと大きく揺れる。

 もし彼女が、オレ達と同じシースルーワンピースだったら、そりゃもう大変だった。何がって、まぁアレだ。男だったら分かるだろっ?

 いや、ライダースーツもそれなりに良い! シースルーワンピースと違って、はちきれんばかりの胸の形や張りのある尻の形がはっきり見えるから。ブラジャーラインとパンティーラインが見えないってことは、下着を付けていないのだろうか? この島の女子達はみんな、ノーブラノーパンだったから、きっとそうだっ!

 マズい! 鼻がムズムズしてきたっ! 妄想はこのくらいにしておこう。

 ヘルメットを脱いだ女性の外見は、二〇~二五歳くらいかな。ショートカットが似合う、目鼻立ちがはっきりしたカッコイイ美人。

 驚いたことに、女性の体は、オレ達と同じくらいしかない。彼女を見て、オレとフェーは驚きのあまり、口をあんぐりと開けてしまった。

「ええっ? ウソっ!」

「妖精だったんだっ?」

 女性は、ロボットの腕の上を慣れた足取りで降りてきた。地上に降り立つとオレ達に、にっこりと微笑み掛けてくる。

「この格好では、初めましてですね。私の名前は、ミューといいます。お疲れでしょう? こちらへどうぞ」

「あ、どうも」

 ミューさんについていくと、彼女は何の変哲もない壁の前に立つ。壁に付いている小さなネジを押すと、壁の一部が自動ドアのように開いた。

「えっ? 何?」

「隠し扉?」

 オレ達が驚いていると、ミューさんは微笑んで中へうながす。

「どうぞ、お入り下さい」

「は、はい」

 中に入ると、フェーの家と似たような部屋があった。年季が入った木製のテーブルに椅子、タンスなどが置いてある。妖精の家と違うのは、建物が木造ではないことくらいだ。

「今、お食事をご用意しますので、しばらくお待ち下さい」 

「あ、どうも」

 飲み物をオレ達に出し、奥へ行こうとするミューさんを、フェーが引き止める。

「ちょっと待って」 

「何でしょう?」

「あの、あたしのバイクは知らない?」

「ああ。バイクさんなら、このガレージ内にいますよ」

「あたしのバイクも、買い取ってくれたの?」

 驚きで目を丸くするフェーに、ミューさんは穏やかに笑う。

「ええ。あなた方の競りが始まる前に、バイクさんが競りに出されたのです。それで、妖精もいるって、すぐに気が付きましたから」

「なるほど」

 オレは納得した。以前フェーが「妖精とバイクはセットみたいなものよ」って、言っていた。だからミューさんは、カラスも競り落としておいてくれたのだろう。ミューさんは美人な上に性格も良いし、金持ちなんだな。しかも巨乳。言うことなしだ。

「ありがとう」

 フェーは満面の笑みを浮かべて、ミューさんに礼を言った。

「どういたしまして。それでは、夕食の準備をしますね」

 照れ臭そうに笑いながら、ミューは奥へと消えていった。

 オレとフェーは椅子に腰掛けると、大人しく飲み物を頂く。それは、紅茶みたいな味がした。温かな茶を飲んだら、今まで張り詰めていた全身から力が抜けた。

「はぁ~、やっと落ち着いたって感じね」

 フェーも安心したのか、表情が穏やかだ。

「うん。ロボットに見つかってからというもの、ずっと緊張しっぱなしだったからなぁ」

「驚いたわね、まさか巨人の中に妖精がいたなんて」

「だよね。もしかすると、ほかのロボット達も、中で妖精が操縦していたのかもしれないよなっ!」

 オートメーションシステムのロボットじゃなかったんだ! 本当に「○ンダ○」や「ヱ○ァンゲ○ヲン」のように、中に人が入って操縦するロボットだったなんて! オレの夢が、今現実となったっ!

 しかし何かがひとつ解決すると、また新しい謎が出てくる。

「それにしてもミューは、何で巨人の国になんているのかしら?」

「うーん、確かに。それに何だか、隠れるように住んでるみたいだよね」

「今の入り口だって、巨人だったらまず気付かないんじゃない?」

「うん、そうだよね。じゃあ一体何者なんだ? あの人」

 オレは言いながら、車を降ろされた時の光景を思い出した。

「あ。でも、お付きのロボットがいたよ」

「お付き?」

 フェーが首を傾げたので、オレは簡単に説明する。

「荷物を持ってくれたり、車を運転してくれたり、色々お世話してくれる人」

「そんなのあたしの国だって、身分が高くないといないわよ」

「うん。そうだよねぇ」

 分からないことだらけで、オレ達は首を傾げるばかりだ。

 しばらくすると、奥からパンが焼ける甘い匂いと、スープの美味そうな匂いが漂ってくる。鼻がそれを嗅ぎ付けて、腹が「ぐぅう」と鳴った。そういえば、昼に乾パンを食べてから、だいぶ時間が経っている。

「今は、何時なんだろう?」

「さぁ? もうずっと空を見てないから、分からないわ」

 フェーも困った顔をして、首を横に振った。オレは、部屋の中を見渡す。

「せめて、時計があったら時間が分かるのに」

「トケイって、何?」

 フェーが、不思議そうに首を傾げる。どうやら本気で、時計を知らない様子だ。

「何って、時間を計る道具だよ」

「ふうん? 計ってどうするの?」

「え?」

 意外な質問に、オレは言葉を失った。今までオレの生活には、時計があることが当たり前だった。だから今まで、時計があることに、何の疑問も持たなかった。

 しばらく考えて、フェーに聞き返す。

「時間が分からないと、不便じゃない?」

「どうして?」

「誰かと待ち合わせする時に、困らない?」

「そんなものなくたって、空が教えてくれるもの」

「ああ、そうか。『空が緑色になったら、集合』っていう感じか」

 オレの推測に、フェーは頷く。

「そうよ」

 今まで忘れていたが、この島では空が約一時間ごとに変化するんだった。

「たぶん、黒→群青色→濃い紫→赤→橙色→黄色→緑→青。それでまた、緑→黄色→橙色→赤→濃い紫→群青色→黒の順で戻るのかな?」

 指折り数えてみる、と。

「あれ? これだと、一日が十四時間になっちゃうじゃないか」

「それがどうかしたの?」

「夜は?」

「夜?」

 フェーが首を傾げる。どうやらこの島では、夜という考え方もないらしい。

「太陽が出ていない時間のことだよ」

「ああ、黒の時間のことね」

「黒?」

 オレがオウム返しをすると、フェーは頷く。

「日が沈んだら一日が終わって、黒の時間はみんな寝ているの。日が昇ったら起き出して、また一日が始まるってワケ」

「ははぁ、読めてきたぞ。日が沈むと妖精達は、みんな寝てしまう。誰も起きていないから、ノーカウントなんだろ?」

「ノーカウント?」

 フェーは目を瞬かせて、首を傾げた。うーむ。言語や文化の違いで、会話がスムーズにいかないなぁ。オレはフェーに分かるように、言い直す。

「ええっと。日が沈んでいる時間は、時間として数えないんだろ?」

「ああ、そういうこと? うん、そうよ」

「だとすると、妖精達は二四時間中、一〇時間は睡眠時間なんだ」

 憶測を口にすると、フェーが感心した様子で、オレを見ている。

「そんなこと、考えたこともなかったわ」

 ほめられていい気になったオレは、熱弁を振るう。

「その一〇時間は、妖精達には『存在しない時間』と、考えられているんだ。そうやって考えると、暦にも違う考え方があると見た。妖精の三歳で、オレと同じ一二~三歳くらいだと考えると、東京の一年とこの島の一年では約四倍の開きがある。つまり、三六五日×四=一四六〇日が、一年になるんじゃないか?」

「う? うーん? 何だかややこしくって、分からなくなってきたわ」

 一気にまくし立てたので、フェーは混乱したようだ。どうも得意になると、話が長くなってしまうのがオレの悪いクセだ。オレは苦笑いを浮かべながら謝る。

「ゴメン。ちょっと調子に乗りすぎた」

 しばらくすると、美味しそうな湯気が立ちのぼる盆を持って、ミューさんが戻ってきた。

「お待たせしました。ありあわせのもので申し訳ありませんが、お召し上がり下さい」

「いただきます」

 ミューさんは、食事をオレ達に出してくれた。久々の温かい食事で、自然と顔がゆるむ。夕食はナンみたいなパンと、シチューのようだ。しかし、スプーンが見当たらない。ここの作法は、手づかみなのかな? 

 フェーを見ると、小さくちぎったナンで、シチューをすくって食べている。なるほど、ナンをスプーン代わりに使うんだな。オレも、それに習う。

 こんがりと香ばしく焼かれたナンは柔らかく、モチモチと弾力がある。シチューは、芋や玉ねぎなど色々な野菜が煮込まれて、とろとろになったもののようだ。野菜がいっぱいで、体に良さそうだ。でも、肉らしきものが見当たらない。野菜と一緒に溶けちゃったのか? もしかすると、ミューさんはベジタリアンなのか? それとも、妖精は元々肉類を食べないのか?

 ナンをシチューに浸して口に入れると、ナンの香ばしさとほんのりとした甘さ。シチューの野菜から出た、自然の甘味。程良い塩加減が美味しさのハーモニーとなって、口いっぱいに広がる。――って、どこの料理マンガだっ?

「ビスケット(乾パン)ばかりじゃ、飽きてしまうでしょう? あの子達バカだから、妖精にはビスケットと水だけ与えていれば良いと、思っているんです。ごめんなさいね」

 ミューさんは、苦笑しながら謝った。オレも釣られるように、苦笑する。

「うん。あ、いえ、はい。正直、飽きていたところ、です。ミューさんのおかげで、助かりました。本当にありがとう、ございます」

 オレが感謝の言葉を述べると、ミューさんはくすくすとおかしそうに笑う。

「どういたしまして。ああ、それから『ミューさん』なんて、改まった言い方はしなくて良いですよ。気軽に『ミュー』と、呼んで下さい。それに、敬語も使わなくて結構ですよ」

「それは良かった」

 オレは、心の底からほっとした。実は敬語を使うのが、スゴく苦手なんだ。もしかしたら、さっきのオレの言い方はぎこちなかったのかな。

 フェーがシチューをすくう手を止めて、ミューさん――じゃなかった、ミューに問う。

「ねぇ。ミューは妖精なのに、何でここにいるの?」

「あ。それ、オレが聞こうと思ってたのにっ」

 オレがフェーに向かって言うと、フェーは「してやったり」とばかりに、ニヤリと薄笑いを浮かべた。そんなオレ達のやりとりを見て、ミューは笑いながら質問に答える。

「実を言うと、私は巨人の国の女王なんです」

「妖精なのに、巨人の国の女王?」

「どういうことなんだ?」

 フェーとオレは、ますます混乱。ミューはおかしそうに、小さくくすりと笑う。

「訳が分からないって、顔していますね。そうですね、ひとつずつ説明しましょう」

 ミューはお茶を一口飲むと、和やかな笑顔から一転、真剣な面持ちで話し出す。

「妖精達は、自分達を守るすべを知りません。それどころか好奇心旺盛で、警戒心も薄い。ですが、妖精を欲しがる者は、妖精達が思っているよりもずっと多いんです」

「欲しがる者って?」

 フェーが不思議そうな顔で、オウム返しをする。

「この島の外に住んでいる、本物の巨人です」

「本物の?」

「じゃあ、ここにいる巨人は何なのよ?」

 オレとフェーは、首を傾げた。

「あなた方は知らないかもしれませんが、この国にいる巨人は全部、私が作ったニセモノの巨人なんです」

 ミューの口から知らされた驚きの真相に、オレとフェーは目を見張る。

「ミューが作ったのか? ここにいる全部?」

「どう少なく見積もっても、三〇はいると思うけど?」

「正しくは、最初の数体を作っただけで、あとは工場で量産しました」

 ミューの説明に、オレは納得して大きく頷く。

「なるほど、量産型なのか。どおりで、どいつもこいつも、似たようなロボットだと思った」

 オレの話を聞いていたのか、聞いていなかったのか。ミューは深々とため息を吐いて、語り始める。

「かつて本物の巨人達は、妖精を乱獲しました。そしてついには、絶滅寸前まで追い詰められてしまったのです。そこで妖精を守るために、ニセモノの巨人を作り出しました」

 ミューは悲しそうに、首を小さく横に振る。

「そのニセモノの巨人達を統括する為に、私はこの国の女王として、君臨しなければなりませんでした。ですが、私が妖精であることは本物の巨人に知れてはいけません。その為に、隠れ蓑が必要だったのです」

「隠れ蓑って、あのロボットのことか。女王も大変なんだな。いや、そもそもこんなデッカいものを、作り出せる技術がスゴいっ!」

 オレは心底感心した。オレにも一体、分けて欲しいところだ。そして、みんなに自慢するんだ。○クじゃなくて、もっとカッコイイデザインのヤツで。出来れば、○ンダムがいい。あ、でも置き場所がないか。うちのガレージにも入らないだろうし、どこの駐車場にも断られそうだもんな。

 その時、何かに気が付いたフェーが、ミューに訊ねる。

「じゃあ、他の巨人に妖精は入っていないの?」

「はい。私以外は全員、私が作った頭脳ソフトで動いています」

 まさか、○ビルスーツとオートメーションシステム○ビルドールの両方だとは、恐れ入った。

「じゃあ、あの猫なで声と赤ちゃん口調も、ミューが作ったのか」

 オレが笑いながら言うと、ミューは愛嬌のある笑みを浮かべる。

「可愛いと思ったんですけど」

「ううん。あれはキモかったぞ」

「あれはないわー」

 フェーも苦笑いながら、否定した。

「ふふっ、それは残念です」

 三人でひとしきり笑った後、ミューが顔をくもらせる。

「ところがどうしたことか、最近巨人達が私の意志に反して動くようになったのです」

「意思に反する?」

 どこかで聞いたことがある話だ。人の手によって作られた機械が、ある日突然意識を持って、人類を滅亡させようとする、とかいう古い映画があった。タイトルは、ええっと……。ど忘れしてしまった。

「おそらく本物の巨人が、勝手に改造したのでしょう」

 ミューはうつむいて、小さく首を横に振って続ける。

「こんな競りを行うようになったのも、最近のことです。妖精が本物の巨人の手に渡らないよう、目を光らせてはいるのですが。なにぶん、私の目の届かないところで、やっていることも多いようで」

「そうだったのか」

 さっきから驚くことばかりで、どう返事をすれば良いかわからない。ミューは、暗い面持ちのまま続ける。

「妖精を守る為に作ったはずの巨人が、妖精を狩って競りに出すなんて、考えてもみませんでした。それを初めて知った時、驚きました」

「それはそうだろう。普通、予想しないよな」

「ええ。ですから、私はこれからもオークションに参加して、妖精を妖精の国へ帰し続けるつもりです」

「ミューはそいつらを、ずっと監視し続けるつもりなのか?」

 オレは、ミューに確認するように訊ねた。するとミューは、重い雰囲気を打ち消すように、慌てて笑みを作って言う。

「ああ、安心して下さい。あなた方に、危害を与える気は毛頭ありません。様子を見て、妖精の国へ返します」

「そんな大変なことを、ずっとひとりでやってきたんだ?」

「はい。今は義務だと思っています。妖精を守りたい、ただそれだけなんです」

 でも「それだけ」が一番大変なことは、きっとミューが一番良く分かっている筈だ。

「今までも、そうしてきたのか?」

「ええ」

 ミューが返事をすると、フェーが不思議そうに目をまたたかせる。

「でも、巨人に捕まって競りに出された妖精が、戻ってきたって話は、あんまり聞いたことがないんだけど?」

「競りに出される妖精は、意外と少ないんです。ひと月にひとり、いるかどうかで。まぁ、私の知る限りでは、ですけど」

 ミューが、ちょっと言いにくそうに言った。

 この島のひと月って、どのくらいだろう? ええっと、一年が三六五×四=一四六〇日だと考えると、一四六〇÷一二=一二一.六六六六七。小数点以下を四捨五入して、一二二日だから、約四ヶ月か。太陽暦なら、一年の約三分の一にあたる。この島も一年が一二ヶ月周期とは限らないから、憶測に過ぎないけど。

 そこでオレは、前にフェーが言っていたことを思い出して、フェーに問う。

「そういえばフェーは『一度巨人に捕まったことあるけど、そのまま帰してもらった』って、言ってなかったっけ?」

「そうよ。保護条約がどうとかって、巨人達が言ってたわよ」

 フェーの話を聞いて、ミューが頷く。

「それは、私がしいた条約です。妖精は希少だから、保護しなければならないと」

「でも、一部の巨人達は破っているわよね?」

 確認するようにフェーが聞くと、ミューは悔しそうに頷く。

「ええ。今日みたいに、隠れて競りをやっているくらいですから。それを阻止すべく、戦い続けなければならないんです」


   第五章 ひとりぼっちの戦争


「戦い続けなければならない」という言葉を聞いた瞬間、ずっとオレの頭の中で引っかかっていた疑問が、弾けた。

「あ、そうか! 巨人が毎日戦ってる理由って、ひょっとしてそれかっ!」

 オレが声を張り上げると、ミューが唇に笑みを浮かべる。

「なかなか察しの良いことで。巨人の中には妖精を守ろうとする派と、妖精を売ろうとする派がいるんです。売る派を阻止すべく、私達は日々戦い続けているんです」

「ひょっとして、ミューが戦争を仕向けた?」

「ええ」

「でもそれって、おかしくない?」

「おかしいですか?」

 ミューが首を少し傾げた。オレは必死に主張する。

「戦争は醜い! 戦争なんて、ただの殺し合いだっ!」

「そうですね」

 冷静な態度で、ミューは頷いた。オレは続ける。

「それがわかっているから、日本では戦争を放棄しているんだろっ?」

「日本?」

 ミューは不思議そうに、オレの顔をじっと見つめてきた。あれ? おかしいな? ここは日本ではないのか? 日本語が通じるのに、日本じゃないってどういうことだ?

 ミューに見つめられていることが気まずくなったオレは、素性をバラす。

「オレ、本当は妖精じゃないんだ」

「ええっ? 君、妖精じゃなかったのっ?」

 フェーは目を見開いて信じられないといった顔で、オレを見ている。

「どう見ても、妖精にしか見えないんだけど」

「オレからしてみれば、フェーも妖精には見えないんだけどな」

 オレは苦笑しながら、フェーに向かって言った。フェーとは逆に、ミューは分かっていたとばかりに頷く。

「薄々勘付いてはいてましたよ」

「そうなんだ?」

「だってあなた、妖精にしては賢すぎますから。他所の国から来た、そうでしょう?」

 ミューはくすくすと、笑いながら続ける。

「妖精は基本、お気楽ですから。ケンカはしても、戦争なんて思い至らないんです。やり方も知りませんし」

「その妖精であるミューが、何で戦争なんて仕向けたんだ?」

 オレが訊ねると、ミューは悲しげな顔で訴える。

「そうでもしなければ、妖精は守れなかったんです」

「守る為?」

「ええ。きっと本物の巨人が、私が作った巨人をどうかしたんでしょうね。私が守らなければ、妖精は絶滅してしまう。同族を守りたいと思うのは、当然でしょ?」

 切々と訴えるミューに、オレは俯いて小さく首を横に振る。

「そう、だけど」

「もし、あなたの仲間や友達が、他の国へ売られたとしたら、放っておけないでしょう? 助けたいと思うでしょう?」

「そうだけど、そうだけど……」

 日本も北朝鮮に日本人を拉致されて、三十年以上経った今でも自国の土を踏めない人がいる。可哀想だと思う。でも。

 オレは拳を力強く握り締めながら、続ける。

「ミューのやり方は、正しいけど間違っている」

「どういうことですか?」

 ミューは真剣な眼差しで、オレを見つめた。オレもミューを見つめ返す。

「戦争以外の方法で、守れないのか?」

「他に方法があるというのですか?」

 ミューは、質問を質問で返してきた。ズルい手だ。オレは小さく唸った後、答える。

「日本は、他国に金を払って守ってもらっている」

「それと今の妖精の国と、どう違うんですか? 妖精は私がお金を払って、守っている。同じことじゃないですか」

「戦争は放棄出来ないってこと?」

 オレがにらみつけながら訊ねると、ミューは小さく首を横に振る。

「妖精を売ろうとする者がいる限りは」

「それじゃ、いつまで経っても戦争は終わらないじゃないか」

「私がいる限りは、そうなりますね」

 ミューは小さく頷いた。オレは何だか悔しくて、唇を噛む。

「もしミューがいなくなったら、どうなるんだろう?」

「終わると思いますか?」

「ううん」

 オレが首を横に振ると、ミューは少し顔をしかめた。

「分かっていて、聞いたのですか?」

「うん、たぶん。ミューがいなくなっても、ロボ……、巨人は戦い続けるんだ」

 机の上に視線を落として、フツフツと湧き上がる怒りの感情を抑えながら、続ける。

「オレだって、分かっている。日本以外で、戦争をしていない国はない。戦わなければ、自分の大事なものを守れないから」

「そうでしょう?」

「でも、そんなの間違っている。戦いなんて止めて、みんなが仲良く出来ればいいのに」

「出来ないから、争うんでしょう?」

 ミューに痛いところを指摘された。オレは小さく唸って、呟く。

「『戦争を放棄する』って、言うのは簡単だけど、実現は難しいんだな。戦いを止めるよりも、戦い続けることの方が簡単なんだ」

「そうね。守られている側は、戦わないからどうとでも言えるわ」

 今まで沈黙を保っていたフェーが、悲しそうにオレに笑いかけた。それを聞いて、オレもフェーを見ながら込み上げる怒りと悲しみに、心を痛めた。

「そうか、フェーもオレと同じなんだ。オレ達は、戦争をしなくて済んでいる。でも、オレ達の代わりに戦っている人がいる」

 何だかやりきれない気持ちになって、ぎりっと奥歯を噛み締める。

「でも本当は戦争は悪いって、みんな知っているんだ。誰もが平和を夢見ているのに」

「戦うことが正義だと思い込んだら、止まらないものですよ」

 ミューが悲しそうな目をして、オレに向かって言った。

「うん。兵士達は、自分が正しいと信じている。日本なら死刑確実の虐殺鬼が、戦争している国では英雄だからな。だから、戦争はいつまでも終わらないんだ」

 ミューは穏やかな口調で、オレを諭すように言う。

「ですが、私が作った巨人に命なんてものはありません。本物の巨人達も、私が作った巨人を改造して応戦してきています。この戦争で傷付く者も、死ぬ者もいません」

「それが、ミューが夢見た理想なのか?」

「抑止力にはなるでしょう? 妖精を守ることが、出来るじゃありませんか」

「うん、そうだよね……」

 オレは肩を落とした。何だか、空しくなった。ミューの言葉が頭の中で、グルグルと繰り返される。

『守らなければ、妖精は絶滅してしまう』

『戦うことが正義だと思い込んだら、止まらないものですよ』

『巨人に命なんてものはありません。この戦争で傷付く者も、死ぬ者もいません』

「分かっているけど……」

 オレの中では、色んな感情がせめぎあって、もうぐしゃぐしゃだ。ロボットが、人間の代わりに戦うなんて。まるで、ゲームの中の戦争みたいだ。だからって、戦争が正当化されて良いワケがない。

 オレとミューが黙りこむと、今まで口数が少なかったフェーが切なそうに口を開く。

「でも、ミューは?」

「私?」

「寂しくなかったの? 妖精の国へ帰りたいと、思うことはなかったの?」

 フェーは、今にも泣き出しそうな顔で続ける。

「ミューはここで、女王として君臨し続ける限り、ひとりぼっちなんだわ。あたし達と離れた国で、巨人達に囲まれて……」

 それを聞いたミューが必死の形相で、堰を切ったように話し出す。

「そんなの、思わなかった筈はないでしょうっ? でも、戦わなければならなかったんです。誰かがやらなくちゃ、いけなかったんです! それが私なら、やるしかありませんっ!」

 その言葉に、ミューの本音が見えた気がした。オレは、ミューに問いかける。

「それは、いつから? ミューは、今いくつなんだ?」

「あら。女性に年齢を聞くなんて、失礼じゃない?」

 フェーが小さく笑いながら指摘したので、オレは焦って言い訳をする。

「あ、うん、そうなんだけど。妖精は、一〇歳まで生きるのがせいぜいだって、聞いたから」

「もうすぐ一〇になります」

「えっ!」

 意外にもすんなりと、ミューが答えた。そして聞いた年齢に、オレは自分の目を疑った。

 オレの計算通りなら、この世界の一〇歳は、オレ達の世界での四〇歳だ。だがミューは、そんな歳には見えない。普通に見て二〇歳前後、多く見積もったとしても、二〇代後半だ。あれ? それじゃ、オレの計算が間違っていたことになるのか? それとも、妖精は極端に外見が変わらないものなのか?

 やや混乱しつつも、オレはミューに訊ねる。

「ひょっとして、ミューはもうすぐ死ぬのか?」

「それが私達の寿命ですから、仕方がありません」

「ミューがいなくなったら、この国はどうなるんだろう?」

 オレが問うと、ミューは悲しげに笑う。

「私がいなくなっても、巨人は動き続けるでしょう。私がいなくなれば、この国を管理する者はいなくなってしまいます。でも、私の意志が生き続ければ、妖精は守られる。それが、私の理想なんです」

「理想……」

 ミューを見るフェーの目が、悲しみの色をおびた。オレは想像しながら、口を開く。

「でも、ひとりで妖精の国を守るって、大変だったんだろうな。ひとりでロボットを作って、ロボットを指示して。隠れてご飯を食べて、友達も家族もいないこの国で、ひとりきりで生きてきたんだ」

 辛かっただろう。寂しかっただろう。切なかっただろう。気が付くと、オレは泣いていた。オレの涙を見たフェーとミューが、動揺しているのが分かる。でも、涙は止まらない。涙声で、思うまま続ける。

「もし、オレがミューと同じ状況だったら、寂しくて自分の国へ帰ってしまうと思う。でもミューは、どんなに寂しくても我慢し続けたんだ」

「あなたは優しい方ですね。でも、あなたが泣かなくて良いんですよ」

 ミューが優しく微笑みながら、ハンカチを差し出してくれた。でもオレは、自分の涙と口を止められない。

「そして、ひとりで死ぬんだろう?」

 フェーが驚いた顔で、オレを見る。

「ひとりで死ぬ?」

「うん。ロボットは壊れることはあっても、死ぬという考えはないと思う。だからきっとミューは、誰にも看取られずに、ひっそりと死ぬんだ」

 巨大ロボットは喋ることは出来ても、意志の疎通は出来ない。

『人は、ひとりでは生きてはいけない』

 そう言ったのは、誰だったろう? 人は誰かと接しなければ、心が枯れてしまう。それはさっき、オレも体験した。どんなに多くの巨大ロボットに囲まれていても、それは人ではない。心細くて、誰でもいいからロボット以外の誰かと、話がしたかった。

 ミューは、さぞかし寂しい思いをしたに違いない。いや、過去形ではない。きっとこれからもずっと、ひとりでいるつもりなんだ。

「国を守るため、家族や友人と生き別れて。生贄のように、自分を犠牲にして。どうしてミューは、そこまで頑張れるんだ?」

 胸の奥が痛くて、苦しくて、悲しくて、切なくて。色んな気持ちが入り混じって、言葉と涙がボロボロこぼれ落ちる。

「でも、誰もミューが死んだことに気が付かない。守られている妖精達も、ミューのことを知らない。だから、誰も葬式なんてしてくれない。冥福を祈ってもくれないし、死を悼むこともない」

 自分の努力が誰にも認められない、報われない。この小さな隠れ家で、あるいはあのロボットの中で、ただ朽ちていくのみ。なんて寂しい最期だろう。

「あたしも今まで、ミューと巨人達に守られていたなんて、全然知らなかったわ」

 フェーが愕然としながら呟いたので、オレは小さく首を横に振る。

「きっとフェーだけじゃなくて、妖精はみんな知らないんだ。仮にミューのことを知っている妖精がいたとしても、まさかミューが巨人の国の女王になっているなんて、思う筈も知る筈もない」

 オレの思いを全部言葉にしたら、フェーも泣いていた。ミューは、フェーにもハンカチを渡しながら、困ったように笑う。

「それが、私の選んだ道ですから」

「分かっていたんだろ? もうすぐ死ぬってこと」

「もちろん。妖精はせいぜい、一〇年くらいしか生きられません。妖精はみんな知っています」

 ミューが優しく微笑みながら、ハンカチでオレの涙を拭いてくれた。

「怖くないのか?」

「死ぬのが怖いなんて、みんな同じでしょう?」

「うん。オレも怖い」

「でも、どんなに足掻いたって、いつかは死ぬでしょう?」

 ミューはずいぶんと、達観した考え方だ。オレは、涙声のまま聞く。

「そうかもしれないけど。ずっとひとりで寂しくなかったのか?」

「寂しくなんてなかったですよ」

 ミューは、オレ達を安心させるかのように、にっこりと微笑んだ。フェーが言葉尻をとらえて、問う。

「『なかった』って、どういうことよ?」

「初めの頃は、私を含めた五〇人の妖精がいました」

「え? そうなんだ? 最初からひとりなのかと思ってた」

 オレが驚くと、ミューはゆっくりと首を横に振る。

「妖精の中でも、特に選ばれた者達で、この地に巨人の国を作ったのです」

「じゃあ、その妖精達は今どこにいるのかな?」

 オレが気軽に訊ねると、ミューは伏せ目がちに答える。

「私を残して、みんな死にました」

「あ」

 オレは自分の失態に、すぐ気がついた。しまった、聞いちゃまずかったか。しかしミューは落ち着いた口調で、淡々と言う。

「この国をここまで成長させるのに、五年掛かりました」

「五年もっ?」

 フェーが、大げさに驚いた。「五年」って、そんなに長いかな? あ、そうか、忘れていた。この世界で五年っていったら、五×四=二〇年か! それは長いなっ! でもこの計算があっているとは、限らないんだった。

「国を作るって、どうすればいいんだ? ええっと。まず、整地するだろ。道を舗装して、工場を建設して、ロボットを作る。さらに同時進行で、ロボットの頭脳ソフトを作る。それから、えーっとえーっと……。気が遠くなりそうな年月だなぁ」

 想像しただけで、げんなりしてしまった。フェーは驚いた様子で、ミューに問う。

「ってことは、ミューが初めてここに来たのは、五歳の時なの?」

「いえ、四歳の時です」

 四歳ってことは、人間の一六歳か。オレは感心する。

「へぇ。そんな若いうちから、国を作る精鋭に選ばれるなんて。ミューはよっぽど、頭が良いんだな」

「とんでもありません。来た時は、まだ見習いでしたから。最初の頃は、ろくなことさせてもらえませんでしたよ」

 ミューは、苦笑いしながら答えた。

「そうなんだ?」

「ええ。お茶を入れたり、部品を運んだりと、雑用ばかりしていました」 

「でも、さっきミューは『私が作りました』って、言ってなかったっけ?」

 オレは言いながら、生産者の名前と写真が載っている野菜を思い出していた。今は関係がない話なので、置いといて。

 ミューは頷いて、オレの質問に答える。

「国を作ったのは、他の分野の方々でして。巨人作りにたずさわったのは、私と二〇人の技術者です」

「うーん。紛らわしい言い方をするなぁ」

「すみません」

 ミューが苦笑しながら謝ってきたので、オレは首を横に振る。

「いや、いいんだけどさ。それって、本物の巨人を見本にしたの?」

「いえ、巨人の大きさだけです。本物の巨人とは、似ても似つかぬものですよ」

 それはそうだろう。ミュー達が作った巨人は、「○ク」だからな。

 フェーが不思議そうに、ミューに質問する。

「何で、巨人なんて作ったのよ?」

「ですから、妖精を守る為に――」

 言いかけたミューの言葉をさえぎるように、フェーは口を開く。

「そうじゃなくて。対等な大きさになったら、どうするつもりだったの?」

「最初から、戦争をしようと思っていたワケではありません。当初は、交渉をしたかったのです。幸い、巨人と私達は言語が違うということは、ありませんでしたから」

「マ○ロス」と同じかよっ! と、ツッコみたくなったが、百パーセント誰も分からないから黙っておいた。「超時空要塞マ○ロス」は、巨人ゼン○ラーディと対応する為に、戦闘機のバル○リーが人型になったという説があったからだ。

 そういえば、オレは日本語しか分からないから、フェーもミューも日本語を話している筈なんだよな。でも日本の領土内に、巨人や妖精がいるという話は、聞いたことがない。さっきも、ミューとフェーは日本を知らない様子だった。じゃあ、一体ここはどこなんだ? 混乱するオレをよそに、フェーとミューは話を先に進める。

「交渉って、話し合いの場を設けたの?」

「はい。交渉すれば、何とかなると思っていました」

「『思っていた』って、ことは?」

 聞かなくても、答えは分かっていた。ミューは、それを察して頷く。

「向こうから『条件は呑めない』と、断られまして」

「ミューは、巨人になんて言ったんだ?」

 オレが聞くと、ミューはゆっくりと言葉をつむぎ出す。

「『妖精を乱獲しないで欲しい』と」

「直球だね。それで、何か条件でも出した?」

「そちらが止めてくれたら、見返りを支払うと」

 フェーが、首を傾げる。

「見返りって、何?」 

「こちらの技術を教えると、伝えました」

「ああ、知的財産ってやつか。でもその技術って、ものによると思うけど」

 妖精が持ちうる知的財産って、具体的になんだろう?

 オレが腕を組んで考えていると、ミューは視線を机の上に落とす。

「そういう問題ではありませんでした。『可愛いから、飼いたがる者が大勢いる』と、言われまして……」

「そんなの、向こうの勝手な都合じゃないか!」

 オレは怒りのあまり、声を荒げた。

 いや、待てよ。オレ達人間だって、同じことをしている。あちこちから捕らえてきて、輸入した動物達を、ペットショップで売り買いしている。可愛いから、飼う。巨人も人間も、考えることは同じなんだ。

「交渉は、失敗に終わりました」

「それで、戦争になっているのか」

 条件が合わなくて交渉決裂ってのは、会社や市町村の合併でたまにある話だよな。

 ふと、オレの頭の中で何かが閃く。

「そうだ! 本物の巨人が、この島に入れなくすればいいんだよ! そうすれば、ミューは国へ帰れるっ!」

「何か方法があるんですか?」

「あ」

 ミューに指摘されて、オレはぽかんとしてしまった。それを見たフェーが笑う。

「特に何も考えてなかったのね?」

「うん、ゴメン」

 勢い任せで言ってしまったが、何か策があったワケではない。何ともカッコ悪い。オレは答えに困って、ミューに訊ねる。

「どうしたらいいんだろう?」

「そうですね。まず、本物の巨人が出入り出来る場所を、絞らなくてはいけないでしょう。そもそも、妖精を乱獲した巨人達が原因だったワケですから」

 オレはふと、行きに通ってきた長いトンネルを思い出す。

「そういえば、ここと妖精の国は大きな岩山で遮られているよね? ひょっとして、あれってバリケードなのかな?」

 またうっかり、英語を使ってしまった。オレは慌てて言い直す。

「あー、えっと。あの大きな岩山は、妖精と巨人の国を分ける壁みたいなもんなのかな?」

「あれは、この島に元からあったものです。ちょうど東南と西北に隔てる形で、そびえ立っていましたので。東南に全ての妖精を隔離しました」

「へぇ、そうだったの?」

 フェーも、このことは初めて知ったようだ。

「ええ。本物の巨人は、西北の方向から入ってくると、分かっていましたので。その上で、妖精達には巨人は恐ろしいものだと、伝えました」

 ミューの話に、オレは思わず笑ってしまう。

「なるほど。危機感が足りない妖精達に、教え込まなくちゃいけなかったんだな」

「それでも、好奇心旺盛な妖精達は度々、怖いもの見たさでこちらへやってきました」

 オレには、耳が痛い話だ。渇いた笑いをするしかない。

「ははは。オレみたいな妖精が来るんだな」

「ですから、保護条約を公布する必要があったんです」

「妖精達が守れないんなら、巨人達が守るしかないんだもんな」

 何だか、小さな子供と大人の関係みたいだ。子供は好奇心旺盛で、何が危険なのか分かっていない。だから、大人が守ってあげなくちゃいけない。

 考えてみたら、フェーは三歳児だ。この島では、だけど。太陽暦なら、一二・三歳といったところだしな。どっちにしても、まだまだ子供だ。オレも子供だけどさ。

 それを聞いたフェーが、いたずらっぽい笑みを浮かべて言う。

「肝試し感覚で、巨人の国へ行く妖精も結構いるのよね」

「ダメだろ、そんなことしちゃ」

 オレが注意すると、フェーは「ふっ」と、遠い目をしながら言う。

「好奇心は、抑え切れないものよ」

「何、カッコつけた言い方してんだよっ」

 ダメだこりゃ。

 フェーは放っておいて、オレはミューに問いかける。

「本物の巨人が入ってくる場所は、分かっているの?」

「分かっていますよ」

「だったら、何で今までほったらかしておいたんだよっ?」

 ミューがはっきりと頷いたので、オレは少し責めるような口調になってしまった。

「ほったらかしてなんていませんよ。ちゃんと予防線を張っておきました」

「予防線?」

「特定の場所では、巨人に特殊な信号を発するように施したんです」

「特殊な信号って、どんな?」

 不思議そうな顔で、フェーが首を傾げた。

「ある門をくぐると、音が鳴るようにしたんです」

「飛行機の搭乗審査みたいなものかな?」

 ゲートをくぐると、金属探知機が「キンコンッ」って鳴るんだ。あれって、ベルトの金属部分や、服の小さな飾りでも反応するから、結構厄介なんだよな。

 鳴った時の審査員の目が、怖いこと怖いこと。悪いことしたワケでもないのに、スゲー気まずい思いをするんだ。

 するとフェーが、首を傾げる。

「搭乗審査?」

「ああ、いや、こっちの話。で、それで上手くいったの?」

「最初のうちは、何とか。ですが、どうやらニセモノの巨人を、本物の巨人に盗まれて、改造されてしまったみたいなんです」

 ミューの悲しそうな顔を見て、オレも残念な気持ちになる。

「あちゃー。まるでイタチゴッコだな」

「イタチゴッコ?」

「いくら対処しても、それから逃れるすべを、敵さんも考えてくるってことだよ」

「まさに、そんな感じです」

 ミューが、大きくため息を吐いた。結構、苦労してんだな。フェーは呆れた顔をして口を開く。

「困ったもんね」

「ええ。ですから、どうしたらよいやら」

「他に、手は打たなかったのかしら?」

「監視カメラを設置しました」

 それを聞いて、昨日巨大ロボットに捕まった時のことを思い出す。

「ああ、見た見た。あれで、オレ達捕まっちゃったんだよね」

「申し訳ありません」

 ミューが謝ってきたので、オレは手を横に振って笑ってみせる。

「ううん、ミューが悪いんじゃないよ。それを悪用するヤツが悪いんだ。道具は何でも、使い方次第だよ。何だって、良い方向に使えば良くなるし、悪い方向に使おうと思えば悪くなるもんだから」

「○人二八号」は、元々悪の組織が作った兵器だった。それを主人公の○太郎少年が、悪の組織滅亡の為に使うって話だったらしい。良いも悪いもリモコン次第の、自我を持たないロボットだ。

 よく考えてみれば、横取りじゃないか。悪の組織の科学者が研究に研究を重ね、ようやく完成させた二八号(二七号までは、失敗している)を奪うとは。何気にヒドいな、○太郎君。それに、そんな物騒なものを子供に持たせるな、日本警察!

 ミューが驚いた様子で、オレを見ている。

「あなたは、本当に頭がいいんですね」

「違うよ。日本では、よくある犯罪だからさ」

「あなたの住んでいる国は、よっぽど物騒なんですね」

 ミューが同情するような口調で言った。オレは笑みを浮かべて、否定する。

「いやいや。日本は治安が良い方なんだよ。戦争放棄しているしね。もっと治安が悪い国なんか、いっぱいある」

「それは、怖いですね」

 ミューが驚いた様子だったので、オレは小さく笑う。

「うん。いつ強盗に襲われるか分からないような国も、あるって聞くからね」

「強盗とは、穏やかではありませんね」

「うん。でも日本は、極めて安全だよ。ああ、でも最近は景気が悪くなって、犯罪率は上がったかな」

 そういえば、何でオレはここにいるんだろう? 教室で授業を受けていた筈なのに、何で巨人の戦争になんて、巻き込まれているのだろう? 戦争なんて、過去かよその国の出来ごとだと思っていた。でも、ここは日本ではない。

 フェーとミューに聞いても、きっと答えは出ない。オレは、元いた場所へ帰れるのだろうか?


ここまでお読み頂いた方、ありがとうございました。そして、お疲れ様でした。とりあえず、ここまでうpさせて頂きました。続きは、また出来次第ということで、何とぞよろしくお願い致します。

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