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ロボット帝国

第一部からお読み頂いている方、ありがとうございます。ここから急展開っつーか、超展開します。

   第二章 ロボット大戦


 空の色は、だいたい一時間ごとに変わっていくようだ。青から緑色へ、次は黄色になって、さらに橙色へ。こうして計算してみると、三時間くらいカラスに乗っていることになる。でもオレが約一五分ごとに休憩を要求したので、乗っている時間はもっと少ないと思う。体感だから、正確な時間じゃないけど。それにしても、時計がないって不便だな。

「本当なら、もっと早く着けるのにっ!」

 何度目かの休憩の時、ツィーがぶつくさ言った。オレはカラス酔いでぐんにゃりしながら、ツィーに言い返す。

「そんなこと言ったって、乗り心地最悪なんだぞっ」

「そうですか? 乗り慣れれば、結構楽しいと思いますけど」

 にっこりと優しく微笑むシューに、オレはため息交じりで返す。

「今のところ、オレにはちょっとそうだ」

「まぁ、あたしの友達にも、苦手だって子もいるけどね」

 くすくすと苦笑しながら、フェーが言った。きっとその子もオレと同じで、三半規管が弱いのだろう。

「ほらっ、あともう少しだから、頑張って!」

「う、うん」

 フェーに手を引っ張られて再びカラスに乗せられると、巨大な山に開けられた長いトンネルを抜ける。視界が開けると、明らかに今までとは違う場所が見えてくる。あれが、巨人(プロ野球団ではない)の国に違いない。

 トンネルを抜けると、さらに山を登って頂上を目指す。頂上へ辿り着くと、フェーとツィーはカラスを止めた。オレは不思議に思って、首を傾げる。

「あれ? 行かないの?」

「これ以上近づくと危ないから、ここまでね」

「危ない? 何が?」

 首を傾げるオレに、ツィーが下を指差す。

「見れば分かるわよ」

 フェー達がカラスから降りたので、オレも降りて、言われた通り下界を眺めた。妖精の国が農村だと例えるなら、巨人の国は近代都市のような感じだ。足場も土ではなく、アスファルトだかコンクリートだかで、固められているようだ。

『おおおおおおおおおお~っ!』

 突然、たくさんの雄叫びのような声が聞こえて、反射的にびくりと肩を揺らす。

「な、何?」

「何故か分かりませんが、いつも戦っているらしいんです。まるで、争ってないとダメみたいに。何で、同族同士で争うのでしょう?」

 シューの悲しげな呟きを、オレはほとんど聞き流していた。目の前の光景に、心を奪われてしまっていたからだ。

 たくさんの巨大ロボットが、戦っている。アニメや特撮で見たことのある、金属製の巨大ロボット。でも、「○ンダム」や「エ○ァンゲリヲン」みたいな、カッコイイロボットではない。

「○ンダム」に出てくる「○ク」に似た、ザコばかりだ。はたまた「ボト○ズ」に出てくる「アーマー○・トルーパー(装甲騎兵。略してAT)」みたいな、地味なロボットだ。

 色も自衛隊みたいな、深緑色や黒っぽい茶色や灰色といった地味な色だ。思い出してみれば、赤や青や黄や白や紫やオレンジといった、ハデな配色の戦車は見たことがない。まぁ、戦争の道具だからな。当然といえば、当然なのかもしれない。

 眼下には真っ赤な夕日に照らし出される、巨大ロボットの軍団。ズシーンズシーンと、腹に響く足音。あちこちで、サーベルやアックスを持った巨大ロボットが、互いに切り合う。ガシャーンズガーンと、耳をつんざく激しい鉄と鉄のぶつかり合い。ロボットが倒れた衝撃で、ズズーンと大きく振動する大地。

「まるで、ロボット大戦そのものだ! まさか本当にこんなことが、目の前で繰り広げられているなんてっ!」 

 オレは本物の巨大ロボット戦争に驚き、恐怖しながらも、興奮していた。

 ゲームやアニメの中では、ロボット大戦なんてものがあるけれど、それってやっぱりゲームやアニメだからなんだ。そうじゃないと、おかしいと思っていた。巨大ロボット戦争の実現なんて、到底不可能だと思っていた。

 でも……、この現実は何だ? 今、目の前で、ロボット大戦が繰り広げられている!

 それにしても、ロボットに妖精って「聖戦士ダンバ○ン」か、はたまた「重戦士エルガ○ム」かよ?

「あれは?」

「巨人よ」

 フェーも同じ光景を眺めながら、苦々しく答えた。

「あれが、ここでいうところの巨人か。中で誰かが、ロボットを操縦してるのかな?」

 オレが聞くと、ツィーが首を傾げる。

「何それ?」

「違うの?」

 首を傾げるオレに、フェーも首を傾げながらロボットを指差す。

「ロボットが、何か知らないけど。とにかく、あれが巨人なのよ」

「はぁ? 意味が分からない」

 巨大ロボットだったら、中に人が入って操縦するんじゃないのか? いや、待てよ? あれが巨人ってことは、もしかすると……。

「ロボットなのか?」

 フェーが言った通りだと、巨人=ロボットということになる。中の人などいない、オートメーションシステムの巨大ロボット。

「スゲぇ……」

 興奮で血が沸き立ち、感激のあまり全身に鳥肌が立つのを感じた。

 この光景を、少しでも目に焼き付けておきたい。ああ、カメラがあったら良かったのに。ぜいたくを言うなら、録画して永久保存版にしたいくらいだ。さらにそれをコピーして、観賞用と保存用と布教用(=人に貸す用)に分けるんだ。展示用は作っても意味がなさそうだから、いらないけど。

 そんなオレを尻目に、ツィーは興味なさそうにぼやく。

「まぁ、同族同士の戦争だから、わたし達には関係ないんだけどね」

「止めなくていいの?」

 口ではそう言いつつも、目の前に広がる光景から、目を離すことが出来ない。フェーは不思議そうな口調で、逆に質問してくる。

「止める? 何で?」

「いや、何となく。止めなきゃいけないかなって」

「巻きぞえさえ食わなけりゃ、いくらやってくれても構わないわ。それに、見つかると何かと面倒なのよ」

「捕まっちゃうの?」

「う~ん、捕まるっていうか、何ていうか……」

 フェーは、あいまいに言葉をにごした。すると、親切なシューが説明してくれる。

「巨人から見たら、わたくし達って生きているお人形みたいなものでしょう」

「は? ああ、まぁ、巨大ロボットから見たらそうだろうね」

「ですから、可愛がられてしまうんです」

「可愛がられる?」

 ロボット大戦から目を離して、フェー達を見ると苦笑している。思い出し笑いをしながら、フェーが口を開く。

「前に一度、見つかったことがあるんだけどね。あのデカい図体で『カワイイでちゅね~』なんて言うのよ」

「うわー。それは何というか……」

 ドン引きしながら、再び目線を巨大ロボットに向ける。

「あの『○ビルスーツ』みたいのが、赤ちゃん言葉を喋るのか。うーん、想像出来ないなぁ」

 その時突然、フェーとオレが乗ってきたカラスが、大きく響く声で鳴き始める。

「カーァッ! カーァッ! カーァッ!」

 途端に、巨大ロボット達の動きがぴたりと止まる。あれだけデカイ音を立てて戦っていたのに、カラスの声が聞こえたのか? 

 巨大ロボット達は戦いを止め、辺りを見渡し始める。ざわめく巨大ロボット達に、まるで「こっちこっち」と、合図するようにカラスは再び鳴き始める。

「カーァッ! カーァッ!」

「バカバカバカッ!」

 フェーが慌てて、カラスのくちばしを押さえたが、時すでに遅し。巨大ロボット達が、一斉にこちらを向いた。

 巨大ロボットのひとり(? それとも一体が正しいのか?)が、話しかけてくる。

『妖精たんで~ちゅか~?』 

「うわっ! 想像していたよりも、キモっ!」

 声質は、中年のおっさんだ。しかも、電車内でたまに耳にする「まもなく○○(駅名)~、○○~っです」という車掌特有のダミ声だと、想像して頂きたい。

 でもなぁ。何で、赤ちゃん言葉なんだ? しかも、やけにゆっくりとした口調だ。カッコイイイメージが、台無しだよ。さっきとは違うタイプの鳥肌が、ゾワッと立った。

 とはいえ、一時的にでも戦争を止めることが出来たのだから、オレ達は平和の使者だ。

『おや~ぁ? 今日はぁ、お友達も~一緒なんで~ちゅか~?』

「あ、どうも。初めまして」

 見つかった以上、無視するのも悪い気がする。巨大ロボットに愛想笑いを向けて、軽く手を振ってみた。その手を、ツィーが必死の形相で掴む。

「何してんのよっ!」

「いや、挨拶くらいしとこうかと」

「バカバカバカ! ヤツラに捕まったら、しばらく帰れなくなるのよっ!」

 慌ててフェーがオレの手を掴み、カラスに乗ると急発進する。申し合わせたかのように、ツィーとシューもカラスへ乗って逆の方向へ向かって走り出す。

 そんなオレ達を見た巨人が、猫なで声で手を伸ばしてくる。

『ああ~ん、妖精たぁ~ん! そんなに怖がらなくても~ぉ、大丈夫で~ちゅよ~ぉ』

「いや、ムリっ! ホント、ムリだからっ! マジキモいっ!」

 オレは迫ってくる巨大ロボットに向かって、カラスの上から必死でお断りした。

 一方フェーは、追っ手を撒くように、巧みにカラスを操る。たぶん、カラスは全速力で走らされていると思う。

「そんなに急かしたら、可哀想だよ」

「この子のせいで見つかっちゃったんだから、いいのっ!」

『捕まえちゃったぞ~ぉ』

「ええっ?」

「きゃーっ!」

 走り出して、捕まるまでわずか一〇秒。オレ達は、あっさり捕まってしまった。考えてみれば、オレ達の大きさは巨大ロボットの一〇分の一以下。どんなに急いで逃げても、カラスがロボットより遥か高くまで飛ばない限り、逃げ切れると思ったら大間違いだった。

 オレは一体の巨大ロボットの手に、つまみ上げられた。その周りに何体もの巨大ロボット達が集まってきて、あっという間に取り囲まれてしまった。

『久し振り~、妖精た~ん。元気で~ちたか~ぁ?』

『カワイイで~ちゅねぇ~』

『おい~、俺にもぉ触らせてくれよぉ~』

『俺がぁ、先だぞ~ぉ』

 次から次へと、デカい手が伸びてくる。どうやら、赤ちゃん言葉でない時も、ゆったりした口調は変わらないようだ。

「あれ? フェー? ツィー? シュー?」

 気が付くと、一緒にいたはずのフェーとカラスがいなかった。逆方向へ逃げた、ツィーとシューの姿も見当たらない。まるで、迷子になったような恐怖感に、心臓をわし掴みされる。

「フェー! どこだ! フェーッ!」

 呼び声も空しく、巨大ロボットのデカい手の平に乗せられると、頭を撫でられる。

『いい子ちゃんで~ちゅね~』

「痛い痛いっ!」

 力加減を知らないのか、撫でるにしては力が強い。それにロボットの手って、金属製だから堅いんだよ。

「やめろーっ! ハゲたら、どうすんだ! 一三歳でハゲは、キツすぎるだろっ!」

『あれ~?』

 オレの叫びを無視して、頭を撫でていた巨大ロボットが、手を止めて不思議そうな声を上げた。横にいた、もう一体の巨大ロボットが、それに気付く。

『どうしたぁ~?』

『コイツ~、オスだ~ぁ』

 デカい指でヒョイと、ワンピースをめくられた。何も穿いていない下半身が、丸出しになる。オレは顔を真っ赤にして、必死に抵抗する。

「やめろー! 見るなーっ! 頼むから、そこだけは隠させてくれーっ!」

 巨人から逃れようともがくが、しっかり上半身を掴まれていて、まったく敵わない。続々と巨大ロボット達が、オレの股間を見にやって来て、声を弾ませる。

『ほぉ~、こりゃあ珍し~』

『妖精ってぇ~、メスしかぁ、いないんじゃあなかったのかぁ~?』

『いやぁ~、まれにぃオスも生まれるそうだぁ~』

『こりゃあ良い~。女王様に献上しよ~う』

「えっ?」

 今、「けんじょう」とか言わなかったか? えーっと、献上って何だっけ? 確か、身分が高い人に、物をあげるって意味だったような……。

「――って、待て待て! 何で、そうなるんだっ? それに女王って何?」

 日本に皇族はいても、女王制度はなかった筈だぞ? 村長とか町長とかじゃないのか? それとも、オレの聞き間違いか? そもそも献上って、どういうことだよ? オレは混乱するばかりだ。

『なんだなんだぁ~? オスがいたってぇ~?』

 フェーとカラスを手に持った巨大ロボットが、こっちへやってくる。

「フェー!」

「良かった、無事だったのねっ!」

 フェーの無事を確認して、ほっと胸を撫で下ろした。わずかな時間引き離されていただけなのに、不安で仕方がなかった。

 巨大ロボットの手から、どうにか右腕だけ抜いて、めくられていたスカートを下ろす。某幼稚園マンガの主人公でもあるまいし、下半身丸出しは恥ずかしい。というか、オレの年で同じことやったら、立派な変態だ。

 自由になった右手を、フェーに向かって大きく振った。フェーも嬉しそうに、手を振りかえしてくれた。

『あらら~、お友達と離されてぇ寂しかったんで~ちゅか~? ごめんね~ぇ』

 それを見ていた巨大ロボットが、オレとフェーとカラスを、同じ手の上に乗せてくれる。すかさずオレとフェーは、ひしと抱き合った。

「フェーも、心配してくれてたんだ?」

「当たり前じゃない」

「オレ、フェーがいなくて、心細かったよ」

「あたしも」

 オレ達の感動の再会を、巨大ロボット達が面白そうに見ている。

『おおぉ~、可愛~ぃ』

『微笑まし~い』

『和むなぁ~』

『ひょっとしてぇ~、ツガイ(夫婦)かぁ~?』

「違う違うっ!」

 巨大ロボットに向かって否定すると、フェーはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「あたしは、別に構わないけど?」

「何『満更でもない』みたいな顔してるんだよっ! いやいや、それよりどうすんだよ、この状況」

「うーん、ちょっと逃げられそうにないわねぇ」

 先程とはうって変わって、フェーは真剣な顔で腕組みをした。

「このままだと、女王様に献上されて、一生飼われちゃうかもしれないわ」

「一生!」

 フェーの言葉にショックを受けて、目の前が真っ暗になった。この時オレは、非現実的な状況の連続ですっかり混乱していて、フェーが言ったことをおかしいと気付く余裕はなかった。

「あたしだって、そんなのゴメンよ。今は、とりあえず様子を見るの。タイミングを計って、逃げましょう」

「うん、それが良いと思う」

 オレが大きく頷くと、フェーも真面目な顔で頷き返してくる。

「巨人にはツガイだと思われているみたいだから、離れ離れにされることはない筈よ」

「だといいけど」

 こんな状況で、ひとりにされたらスゴく困る。さっきだって、かなり心細かった。もし、ひとりぼっちだったら、今よりもっとテンパっていたことだろう。

 出会って、まだ数時間しか経っていないけど、今はフェーがいてくれるだけ安心だ。「それより、ツィーとシューが心配だわ。ちゃんと逃げられたのかしら?」

「うーん。見当たらないけど、逃げ切れたと信じたい」

 オレ達の会話は、巨大ロボット達には聞こえていないのか、巨大ロボット同士で話を進めている。

『おい~、誰かぁケージ持って来いよ~。このままじゃあ、可哀想だ~ぁ』

『分かったぁ~、今持ってくる~ぅ』

 巨大ロボットの一体が、建物の方へ走っていく。オレは巨大ロボットに向かって、声を張る。

「いやいや、待って! 入れられた方が、困るんだけどっ!」

「何言ったって、無駄よ」

「無駄?」

 オレが確認するように聞き返すと、あきらめモードのフェーが頷く。

「あたし達の声は、聞こえないみたいなの」

「そうなんだ? ヤツラの声は、イヤというほど聞こえるのに。ヤツラには、オレ達の声が聞こえないなんて不公平だ」

「そうは言っても、どうしようもないわよ」

 そんな時、一体の巨大ロボットが、割って入ってくる。

『妖精のツガイを、女王に献上するだって~ぇ? それならぁ、俺によこせ~』

『何言ってんだぁ、妖精のオスは国の天然記念物だぞ~ぅ?』

 オレ達を守るように手で包み込む巨大ロボットに、後からやってきた巨大ロボットが食って掛かる。

『だからこそぉ、好事家に高値で売れるんだろ~!』

『ふざけんなよぉ~! なおさらぁ、お前なんかに渡せるかぁ~!』

 何だか、不穏な空気がただよってきた。言い争いをしているのだが、のんびりとした口調でしゃべるので、緊迫感が足りない。

「やめてっ! オレの為に争わないで! あ、そうか。聞こえないんだった……」

 ひとりの女をめぐって争う男達を止める、ヒロインみたいなセリフを叫んでしまった。自爆して恥ずかしくなったオレに、フェーはニヤリと薄笑いを浮かべる。

「でもチャンスよ。もめてくれれば、騒ぎに乗じて逃げられるかも」

「あ、そうか」

 逃走計画を企てている間にも、巨大ロボット達の言い争いはヒートアップしていく。

『いいから~、それをぉ、こっちによこせってぇ~言ってんだろ~!』

『渡せるワケないだろ~ぅ!』

『なんだとぉ、テメ~! やんのか~ぁ?』

『よぉ~し。妖精のツガイを賭けて~、勝負しようじゃないか~ぁ!』

 二体の巨大ロボット達が臨戦態勢に入る。自然と周りに、野次馬の輪が出来て、野次を飛ばし始める。

『おぉ~! ケンカかぁ~?』

『やれやれ~ぇ!』

『そこだ~ぁ! あ~あ、惜し~い!』

 巨大ロボット達の興味は今、巨大ロボット同士のケンカに向けられている。チャンスだ。オレとフェーは顔を見合わせて、頷き合った。

「今よ! 乗ってっ!」

「うん!」

 カラスはオレ達を乗せて、巨大ロボット達の足元を縫うように駆ける。巨大ロボット達が踏み鳴らす、ドシンドシンという地響きの中。野次馬に踏み潰されないよう、フェーが巧みにカラスを操る。

 しかし間もなく、巨大ロボットの一体が、オレ達が逃げたことに気が付く。

『おい~ぃ! 妖精がいないぞぉ~!』

『どこいった~ぁ?』

『探せ~ぇ!』

「うわっ、もう気付かれたっ!」

 オレが悲鳴を上げると、フェーは舌打ちする。

「思ったより、早く気付かれちゃったわね」

 野次馬と化していた巨大ロボット達も、ケンカをしていた巨大ロボット達も、オレ達を追い駆け始める。

『捕まえろ~ぉ!』

『逃がすなぁ~!』

『俺の一五〇〇万~!』

 スゴイな! そんな高額なのか、オレは。それとも、フェーとカラス含めた金額なのかな? いやいや違う、そうじゃない! 人身売買をするなっ!

「お願い! もっと早くっ!」

 フェーが必死に、カラスを急かした。しかし、カラスも生き物。既に三時間以上も走らされて、疲れが見え始めている。オレも、カラスに懇願する。

「頼む! 逃げ切ってくれっ!」

『あっちに~、逃げたぞ~ぉ!』

『追い~込め~ぇ!』

 巨大ロボット達も、しつこく追い駆けて来る。幸い、こちらは小回りが利くので、薄暗い建物の隙間を探して逃げ込む。どうにか、物陰に身を隠すことが出来た。

「どうにか撒いたみたいだな」

「みたいね」

 オレ達はカラスから降りて、安堵のため息を吐いた。遠くからは、オレ達を必死で探すロボット達の声が聞こえる。

『どこいった~ぁ?』

『まだ~、そ~う遠くへはぁ、行ってないはずだ~!』

『探せぇ~』

『そもそも~お前がぁ、売る~とか言い出すから~、妖精が逃げたんじゃないかぁ~!』

『てめぇだってぇ~、女王に~献上するとかぁ、言って~たじゃねぇか~ぁ!』

『お前と~、一緒にすんなぁ~!』

『そもそも~ぉ、てめぇらが~俺にケンカふっかけっからぁ、逃げたんだろ~が~ぁ!』

『ん~だと~!』

 子供の擦り付け合いみたいなケンカを耳にして、オレは呆れる。

「あーあ。またケンカしてるよ。本当に、血の気が多い種族なんだな。ん? ロボットだから、種族っていうのは適切じゃないか」

 ともあれ戦争までいかなくとも、オレ達を探すこともそっちのけでケンカしてる。これでしばらくは、時間を稼げそうだ。

 オレ達の足であるカラスは、可哀想なことに体力の限界だ。はあはあと、荒い息を繰り返している。

 こんなことになったのも、元をただせばオレのせいだ。フェーに向かって謝る。

「ゴメン」

「何? どうしたの?」

 フェーはきょとんとした顔で、オレを見る。オレの中で、反省の念がこみ上げてくる。

「オレが『巨人を見たい』なんて言い出さなければ、こんなことにはならなかったんだ」

 頭を下げると、フェーはその頭を優しく撫でる。

「ううん、いいの。君をここへ連れてきたのは、あたしだもん」

「でも……」

「謝るんなら、バイクに謝るのね」

 フェーの視線の先には、ぐったりと疲れ切ったカラスがいた。また走れるようになるまでに、どれくらい掛かるんだろう? カラスの背中を撫でながら、謝る。

「ゴメンね、疲れたろ? 今はゆっくり休んで良いからな」

 カラスは鳴くこともなく、ただ黙って目を閉じていた。

 フェーはやや疲れた顔で、地面にしゃがみこんだ。オレも横に座って、壁に寄りかかった。作り物の床と壁は、硬く冷え切っていた。

 ふと、空を見上げる。そびえ立つのビル群のすき間から見る夕焼け空は、とても狭い。こういうの、何ていうんだったっけ? 確か「スカイ」何とかっていうんだよ。ブルーじゃなくて、クラウドでもなくて、クロラでもなくて……。そうだ、思い出した。「スカイ・スクレイパー」っていうんだ。

 まだ夕焼けってことは、ここに着いてから、まだ一時間も経っていないんだ。慌しさに時間の感覚がマヒして、今まで忘れていた。

「さて、これからどうしようかしら?」

「ずっと、ここに隠れてるって、ワケにもいかないもんなぁ」

 どうやらカラスは、走り疲れて眠っているようだ。これじゃ、当分動けない。

 壁に背を預け、フェーは顔をしかめて大きくため息を吐く。

「ツィーとシューとも、はぐれちゃったし。みんな、心配しているでしょうね」

「だろうね。まさか、こんなことになっているなんて、思わないだろうし」

「ううん。見つかったら、追い掛け回されるって分かってた。でも、あそこだったら、見つからない自信はあったんだけど。まさかバイクが、あのタイミングで鳴くとはね」

 フェーは悔しそうに、唇を噛んだ。オレは、その時のことを思い出して聞く。

「そういえば、何でカラスの声が聞こえたんだろう?」

「鳴いたからでしょ?」

 フェーが首を傾げたので、オレは首を横に振る。

「そうじゃなくて。あれだけの騒音の中で、よく聞こえたなと思って」

「巨人の耳はね、ちょっと変わっているのよ」

「どういうこと?」

 今度はオレが、首を傾げる番だった。すると、フェーが分かりやすく説明し始める。

「音には大きい小さいと、高い低いと、速い遅いがあるでしょ?」

「うん」

「妖精が話す声は高くて小さいし、早口だから巨人には聞こえないの」

「ああ。何か聞いたことある、それ」

 確か「モスキートトーン」というやつだ。蚊の羽ばたき音は、高くて小さくて小刻みだ。

人間は三〇代になると、耳の性能が落ちてきて、蚊の音は聞き取りにくくなるらしい。巨大ロボットの耳は、おっさん並みか。

「でも車の声って、間延びしてて大きいし、良く響くでしょ? だから聞こえたの」

「そう言われてみれば、そうだな」

 車がブンブン走っている場所でも、カラスの鳴く声は結構聞こえる。そういうことか。

 この機に、色んなことを聞いてみよう。どうせ焦ったって、カラスは寝ているからここから動けないんだし。

「あと、不思議なのはさ。カラスがいたら、何で妖精がいるって分かったんだろう?」

「移動するのに、うってつけだから。妖精とバイクは、セットみたいなものよ」

「ああ、なるほど。車があれば、運転手がいるってことか」

 きっと妖精は一家に一羽、もしくはひとりに一羽、カラスを所有しているのだろう。ガソリン代わりに、餌と水を与えて飼うに違いない。車検みたいに、カラス検なんてのもあるのかな? 乗るのにも、免許が必要だったりして。

「あー。本当に、これからどうしよう?」

 立ち上がって外へ顔を覗かせるフェーのワンピースを、オレは慌てて引っ張る。

「おい! 見つかったらどうするんだよっ!」

「大丈夫よ、今はいないみたい」

「ホント?」

「うん」

 フェーの言葉を信じて、恐る恐る外の様子を探る。確かに、巨大ロボット達の声も足音も、遠ざかったようだ。ひとまず安心。

「でも、カラスがこれじゃ、何にも出来ないよな」

「そうなのよねー」

「早く起きてくれるといいけど」

 カラスを起こさないように、羽をそっと撫でる。乗っている時はちくちくして痛かったけど、撫でるぶんには、結構手触りは良いんだよな。

 夢でも見ているのか、たまに小さく鳴く。カラスも、寝言を言うんだな。カラスはよく不吉だの害鳥だの言われるけど、こうやって見ると、結構可愛いかも。

 ややあって、フェーが小さく唸って座り直す。

「うーん、これは今日中には帰れそうにないわね」

「ええっ? 困るよ!」

「あたしだって、困るわよ。でも、バイクが回復するのに、どのくらい掛かるか分からないもの」

「どうしたらいいんだろう?」

 途方に暮れて問いかけると、フェーが真面目な顔をして呟く。

「ツィーとシューが、助けてくれるといいだけど。この状況じゃ、ちょっと無理そうよねぇ。第一、食べ物がないと、お腹が空いてしまうわ」

「我慢しなよ、一日くらい」

 何だか緊張感のない心配ごとに、オレは小さく笑った。

 フェーはカラスの首に付けてある、A四サイズくらいの大きさの袋を開けて、中を覗き込んでいる。

「ここには、バイクのごはんしかないし」

「それがあれば、とりあえず帰れるよ」

 するとフェーが、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

「あたし達も、食べられないことはないんだけどね」

「食べられないことはない、ってことはマズいんだろ?」

 苦笑交じりに俺が聞くと、フェーも苦笑する。

「まぁ、美味しくはないわね」

「じゃあ、やめておくよ」

「そう? 残念ね」

 フェーはカバンを閉めて、楽しそうに笑った。オレも釣られるように笑いながら、冗談めかして言う。

「どうしても飢えたら、食べるかも」

「いいわよ、食べても」

「いや、今は食べないからね?」

 釘を刺すと、フェーは困ったような笑みを浮かべながら、小さくため息を吐く。

「ともかくバイクが走れないと困るから、食べるのは最終手段ね」

「今度捕まったら、二度と帰してもらえなさそうだもんな。でも良い物は、食べさせてもらえるかもしれないぞ?」

「でも、飼い殺しよ?」

「捕まったら、終わりか」

 死ぬまで飼われるなんて、ぞっとしない話だ。腕組みをして、言葉を続ける。

「どうにか、ここを脱出しないと」

「慎重に動かないとね」

 フェーは物陰から、外の様子を見ている。

「でも、巨人がそう簡単に、逃がしてくれるとは思えないし。ああ、バイクさえ動いてくれたら何とかなるのにーっ」

 フェーが、天を仰いで嘆いた。オレは苦笑しながら、眠るカラスの羽を撫でる。

「さっきは動いても、何ともならなかったけどね」

「それでも、バイクが動いてくれなきゃ帰れないわ」

「結局、カラス待ちなんだな」

 いくら話し合っても、堂々巡りだ。

「いい加減、早く探すのを諦めてくれればいいのになぁ」

 耳を澄まさなくても、巨大ロボット達の声と足音が、遠くから聞こえてくる。

『いいかぁ~、草の根分けてもぉ探し出せ~ぇ!』

『こっちはいないぞ~ぉ』

『そっちは探したか~ぁ?』

『いやぁ、まだだ~ぁ!』

 執念深く探す巨大ロボット達にうんざりして、オレ達は半分諦めモードだ。

「見つけ出すまで、探し出すつもりみたいだ」

「見つかるのも、時間の問題かもしれないわね」

 その時オレの頭の中で、ひとつの考えがひらめいて、フェーに問いかける。

「あのさ、オレ達の足だけで、妖精の国へは帰れないかな?」

「バイクを置いていくってこと?」

 フェーは難しい顔をした。カラスの頭を、優しく撫でながら続ける。

「帰れないことはないけど。あたし達の足じゃ、一体どれだけ掛かることか。それに、バイクだけ置いていくワケにはいかないわ」

「もし、仮にだよ? オレ達だけ逃げて、カラスを置いていったら、どうなるんだろう?」

「当然、捕まっちゃうでしょうね」

「だよね」

 もしここではカラスが、妖精と同じくらいレアな生き物だったとしたら。きっと身代わりに、飼い殺しにされるに違いない。それはさすがに、可哀想だ。

 その時、家で飼っている犬を思い出した。金で買われ、主人を選べず、紐や鎖に繋がれて、飼い殺しにされる愛玩動物。側に置いておきたい理由は、ただ可愛いから。それだけの理由で、動物の自由を奪っている。

 急に、自分がイヤな人間に思えてきた。人間は、なんて自分勝手に動物を扱っているのだろう。飼われるかもしれない立場になって、ようやく気付いた。何で、今まで気付けなかったんだろう?

 東京のカラスは、誰からも飼われずに自分の力で生きている。ここでは、馬同然の扱いだ。カラスにとっては、どちらが幸せなんだろう。

「やっぱり、置いていけないか」

「一緒に帰れなきゃ、意味ないもの」

 フェーは、伏せ目がちに笑った。その時、少し前にフェーが言った言葉を思い出した。

「そういえばフェーは、一回見つかったことがあるって、言ってたよね?」

「うん、そうよ」

「その時は、どうやって帰ったの?」

 オレが不思議に思って訊ねると、フェーは苦笑する。

「見つかって、幾人もの巨人に散々頭を撫でられてね。でもその後は、すんなり帰してくれたのよ」

「じゃあ今回に限って、何でそんなに必死で、捕まえたがるんだろう?」

 オレが首を傾げると、フェーは少しためらいがちにオレを指差してくる。

「君」

「オレ?」

「巨人達は保護条約をしいて、あたし達妖精を捕らえることは、禁止しているらしいの。元々妖精は数が少なくて、繁殖力が弱い絶滅危惧種だから。でも今回は、君が一緒だったから」

「ああ。珍しいとかどうとかって、言ってたな」

「巨人達にとっては、そもそも妖精が巨人の国に来ること自体が珍しいのに、男の子なんて滅多に見ることないから」

「だから、高値で売れるって、商売っ気出したヤツがいたのか」

 違法商売をするヤツは、どこの世界でもいるもんだな。そういうヤツらと取引をして、珍品を手元に置きたがる収集家がいる。マニアも色々いるからなぁ。  

 とにかく、この状況を何とかしなければ、妖精の国には帰れない。個人的には、家に帰りたい。思い出したら、急に家が恋しくなった。米の飯が食べたい。

 そういえば、ここに来てからというもの、食べ物はおろか水の一滴すら口にしていなかったことに気が付く。

 自覚したら「ぐうぅ」と、盛大に腹が鳴った。それを聞いたフェーが、声を立てて笑う。

「お腹空いた? あたしもよ」

「ここって、食べ物あるかな?」

「あまり期待しない方がいいわよ」

「どうして?」

「巨人は食べないから」

「ああ。そういえば、ロボットだったっけ」

 がっかりしながら呟くと、フェーが首を傾げる。

「ねぇ、さっきからその『ロボット』って、何なの?」

「フェー達がいうところの、巨人のことだよ。オレの住んでいるあたりでは、ロボットっていうんだ」

「ああ。そういうことね」

 フェーが納得した表情を浮かべた。そこで、ふと思う。

「ロボットは、何を動力にしているんだろう?」

「さぁ? 聞いたことないから、分からないわ」

「だよね」

 確か「○ンダム」シリーズは、一部の作品を除いて、核エンジンを積んでいた。考えてみたら、スゴい設定だよな。ロボットの中に、高速増殖炉があるってことだろ? 敵の攻撃を受けて放射能漏れしたら、一大事じゃないか。でも、「ミノフ○キー粒子」とかいう謎の技術で、何でもアリの世界になっていたな。

 ちなみに「ヱ○ァンゲリヲン」は、充電式。「マ○ンガー」シリーズは、一部作品を除いて光子力。各作品で、オリジナルのエネルギが登場することも珍しくない。あとは普通に、ガソリンエンジンというものもある。

 一時期話題になった「探査機はやぶさ」は、イオンエンジンで航行したそうだ。宇宙空間ならまだしも、地球上では出力が弱すぎて、一円玉一枚浮かせるのが精一杯らしい。

 万が一のことを考えて、イオンエンジンの他にも、化学エンジンや太陽電池パネルなどを、搭載していたという。当時(二〇〇三年頃)の科学者は、変態的にスゴかったという話だ。

 おっと、話がそれてしまった。

「そもそも、会話も成り立たないんだから、聞……」

 オレの言葉をさえぎって、突然ゴォオオオオと、ジェット機が風を切るような大きな音。そしてどこからともなく、巨大ロボットのダミ声が聞こえる。

『みぃ~つけた~ぁ』

「わぁっ!」

「きゃあっ!」

 オレ達は驚いて、悲鳴を上げた。慌てるオレ達とカラスを、ロボットのデカい手がすくい上げる。

『も~ぉ、悪い子ちゃんで~ちゅね~ぇ。勝手に~いなくなったりしちゃあ~、ダメでちょ~?』

「ええっ? 何でよ! 足音なんてしなかったのにっ!」

「あっ! あれだっ!」

 鉄柱の上で、ゆっくりと左右に首振りをするカメラを見つけた。あれが、オレ達を見つけた正体だ。

 何故、巨大ロボットの足音がしなかったかというと、肘から先がロケットのように飛んできたからだ。まさか「マ○ンガー」の「ロケット○ンチ」がくるとは、思わなかった。

 余談だけど、「鋼鉄○ーグ」では、手首から先が飛んでくる「ナックルボ○バー」というワザがあったな。

 オレ達を乗せたロケットハンドは、持ち主に戻って腕にハマった。オレ達に、大きな影が落ちてくる。

『さぁ~、おいで~。俺の一五〇〇万~』

「うわっ! しかも、オレ達を売ろうとしていたヤツだっ」

「最悪ね。きっとこれから好事家に買われて、ケージの中で飼い殺しされる生活が待っているわ」

 冷静に分析するフェーの言葉を聞いて、背筋がゾワッと寒くなった。オレはフェーに向かって、怒鳴り散らす。

「何だよっ! 良く考えてみりゃ、女王に献上されようと、好事家に買われようと、飼い殺しにされることには、変わりないんじゃないかっ!」

「そんなこと、あたしに言われたって困るわよっ!」

 フェーも対抗するように、怒鳴り返してきた。確かにその通りだ。八つ当たりもいいとこだ。すぐ後悔して、謝る。

「あ、ゴメン。何かテンパっちゃって」

「まぁ、この状況じゃ仕方ないわよ」

 やれやれとばかりに、フェーはため息を吐いた。同い年、いや一〇も年下なのに、フェーはオレよりずっと大人だ。


   第三章 回し車の恐怖


 巨大ロボットが歩くと、大きく上下左右に揺さぶられる。六階の高さくらいまで上がる、上がったと思ったら、三階の高さまで下がるの繰り返し。同時に、体重移動の大きな横揺れ。その上、巨大ロボットが大地に足を付ける度に、ズシーンズシーンという足音が腹に響く。

 まるで絶叫マシンに乗っているような感覚で、気持ち悪くなった。わざわざ高い金を払って、絶叫マシンに好き好んで乗る人の気が知れない。

「大丈夫? 顔色が悪いわよ?」

「うん、酔った……」

「君ってホント、乗り物に弱いのね」

「うん……」

 フェーは優しく、オレの体調を気遣ってくれた。オレはぐんにゃりしたまま、早く降ろしてくれと、祈るしかなかった。

 巨大ロボットは上機嫌で、軍事基地らしき建物の中へ入った。コンクリートのようなもので出来た、飾り気のない簡素な廊下を歩き、どこか広い部屋に入った。

 巨大ロボットは、オレ達とカラスを引き離す。

「ダメ! バイクがいないと帰れないの! 返してっ!」

 フェーが必死に、カラスに向かって手を伸ばすが、ムダな抵抗だった。

『さ~ぁ、新ち~いおうちで~ちゅよ~』

 準備が良いことに、ケージは二つ用意されていた。一つは、鳥カゴ。中には、止まり木代わりの棒が入っている。

 もう一つの四角い金属製のケージには、ペットショップなんかで見かける、エサ入れと水入れがある。床には、切り刻まれた紙が敷き詰められている。一番奥には、たぶんベッドだと思われる綿が入った箱。そして何故か、回し車が置いてあった。

「ハムスターかっ!」

 聞こえてないと分かっているのに、思わずツッコんでしまった。しかし、有無を言わさず、オレとフェーはケージの中へ入れられた。逃げないように、頑丈な鍵まで閉められた。

 猫なで声で、ロボットがオレ達に話し掛けてくる。

『妖精た~ん、いい子にちてるんで~ちゅよ~ぉ?』

「だが断る。ここから出してくれ」

 鉄製の冷たい柵を掴んで、ガチャガチャと鳴らした。言葉では伝わらなくても、ジェスチャーだったら何か伝わるかもしれない。と、思ったが、全く伝わらなかったらしい。

『おやおや~ぁ? 寂ち~んで~ちゅか~ぁ? でも~ぉ、これからお仕事でちゅから~、ゴメンね~ぇ』

「違う! 寂しいんじゃなくて、出して欲しいんだってばっ!」

『後で~ぇ、また来まちゅからね~ぇ。大人ち~く待ってるんで~ちゅよ~ぉ?』 

 オレ達が入れられたケージを台の上に置くと、巨大ロボットは部屋を出て行ってしまう。用心深く、部屋にも鍵が閉められた。

「待て! 待てってばっ!」 

 懸命に叫びながら柵をガッチャガッチャと揺らすが、巨大ロボットは振り向かない。巨大ロボットの大きな背中が、遠ざかっていく。オレは柵を掴んだまま、力なくずるずると床にへたりこむ。

「ああぁー。会話が出来ないって、なんて不便なんだろう……」

「良かった、バイクも置いていってくれた」

 オレの横では、フェーが安堵のため息をもらした。幸いカラスが入った鳥カゴは、オレ達が閉じ込められたケージのすぐ横に置いていってくれた。

「ここ、どこなんだろ?」

「巨人の家じゃないの?」

「そうかなぁ?」

 改めて、周りを見渡す。体育館くらいの広さがある部屋は、コンクリートみたいなもので作られている。天井も床も、壁も全部灰色だ。さすがに、天井の鉄骨部分に、バレーボールやバスケットボールが、はさまっていたりはしない。

 唯一の出入り口である巨大な金属製のドアは、先程巨大ロボットが鍵を閉めていった。

 ドアの向こうには監視のロボットがいるのか、はたまたカメラでもあるのか、ウィーンという機械特有の音が聞こえている。

 扉の向かいにある壁の上の方には窓があって、金網とガラスがハマっている。そこから外灯らしき光が差し込んでくるので、中はそこそこ明るい。

 部屋のあちこちには、大小さまざまな大きさのプラスチックっぽい箱が置いてあった。部屋の中心に、金属製の台だか箱だかが置いてあり、その上にオレ達がいるケージが置かれている。そのすぐ横には、カラスが入った鳥カゴがある。カラスは止まり木代わりの棒に止まって、眠っていた。

 ひと通り観察し終えて、俺は腕組みしながら呟く。

「もしかすると、ここは物置部屋なのかもしれないな」

「うーん、そうみたいね」

 フェーが、興味深々とばかりに回し車を見ている。

「ねぇ、これ何?」

「それ? 『回し車』っていって、中に入って走るんだよ」

「へぇ、やってみせてよっ」

 フェーが好奇心に満ちた目で、オレに催促した。

「そんな目で見られても困るよ。オレ、やったことないんだ」

「でも、見たことあるんでしょ?」

「うん」

「じゃあ、やってみせてよ」

「ヤダ」

 オレが首を横に振ると、フェーは唇を尖らせて怒り出す。

「何よ、意気地なしっ」

「別に、意気地なしってワケじゃなくて、本当にやったことないんだってばっ」

 怒鳴り返すと、フェーはさらに声を張り上げて言い返してくる。

「やり方知ってるんだったら、やってみせてよ! あとで、あたしもやるからっ!」

「ホントだな? ホントに次やれよっ?」

「分かったわよっ! やるから、早くっ!」

「やるよっ、やればいいんだろっ!」

 しばらく押し問答を繰り返したが、口ゲンカではどうしても女子に負けてしまう。なんで女子って、口ばっかり達者なんだろう? 

 半ばヤケクソになって、回し車の中に入る。右足を前に踏み込むと、回し車がカラカラと音を立てて回り始める。

「おおっ?」

 回し車の動きに合わせて、足を交互に踏み出す。やってみると、意外と面白い。スポーツジムに置いてある、ルームランナーみたいな感じだ。足を速く動かすほど、回転が速くなっていく。

「へぇ、なるほど。ハムスターがハマるのも、分かる気がする」

 それを見ていたフェーが、声を弾ませる。

「わー、面白そうっ。次やらせてっ、次やらせてっ!」

「うん、それは構わないんだけど。これ、どうやって止めるんだろ?」

 戸惑うオレの言葉を聞いて、フェーの表情が固まる。

「えっ? 見たことあるって、言ってたじゃない?」

「回しているところは、見たことあるんだけど。止めるところは、見たことない」

「……」

「……」

 しばしの間、イタい沈黙。

 回し車が回る音、オレの呼吸音と足音だけが聞こえる。沈黙に耐えられなくなって、肩で息をしながら口を開く。

「ど、どうしよう?」

「あ、ほら、足。足、止めれば、いいんじゃない?」

 フェーが、引きつった顔と声で言った。荒い息の中、オレはフェーに問う。

「止めたら、どうなると思う?」

「どうなるかしら?」

「あんまり、良い予感はしない」

「むしろ、イヤな予感しかしない」

「……」

「……」

 再び訪れる、イヤーな沈黙。

 回し車の回転速度が上がっていく。それに合わせて、懸命に足を動かす。動悸が激しい。体中から汗が噴き出して、着慣れないシースルーワンピースが、肌にまとわり付いて気持ち悪い。走りすぎて、横っ腹が痛む。足が重い。ドンドン足に、乳酸が溜まっていくのが分かる。明日は、筋肉痛かもしれない。酸欠で、頭が痛くなってくる。喉が渇いて、口の中が鉄サビみたいな味がする。意識も、ぼんやり遠くなってきた。

 何でオレは、こんなに必死になって走っているんだ?

「も、そ、ろそろ、限っ、界な、けどっ……」

 回し車で走り始めて、十分以上経っていると思う。体感だから、もしかしたらもっと短いかもしれないけど。元々運動音痴なオレが、そう速く長く走れるワケがない。

 横で見ているフェーの顔色が悪い。それが一層、オレを不安にさせる。この後、どうすればいいんだ?

 こんなことなら、ハムスターが回し車を回すところを、ちゃんと見ておくべきだった。今更遅いけど。

「あっ!」

 ついに足がもつれた。カッコ悪く、ハデに転ぶ。しかし、回し車は止まらない。遠心力で、回し車の中を勢い良く回される。何回転したかなんて、数えていられない。

「うわぁああああああぁああーっ!」

 その勢いでポーンとすっ飛ばされて、柵に叩きつけられる。ケージがガシャッと、大きな音を立てた。ぶつかった衝撃で息が詰まる。

「――っ!」

「だ、大丈夫?」

「はぁっはぁっはぁっ……」

 慌てて、フェーが駆けつけて来た。オレは目を回している上、走り疲れて喋ることも出来ない。強く打った背中が、ズキズキと痛む。叩きつけられた格好のまま倒れているオレを、フェーが真っ青な顔で覗き込んでくる。

「怖いのね、回し車って」

 視線を移すと、回し車は無人のまま、カラカラと回り続けている。

「さっき、やりたいって言ったけど、止めとくわ」

 オレは呼吸を整えながら、頷いた。

 それにしてもハムスターは、どうやってあれを止めているのだろう? 変なところで、ハムスターを尊敬してしまった。

 しばらく休憩してから、水を飲もうと立ち上がった。水入れは、一般家庭の浴槽並みにデカい。何だか風呂の水を飲むみたいで、あまりいい気はしない。これ、ちゃんと飲んでも平気な水なんだろうな? 周りを見渡しても、残念ながらコップなんて物はなかったので、手で水をすくった。

「ぬるい」

 水温は常温だ。本当は氷水が欲しいところだが、文句を言える状況じゃない。恐る恐る口に含んで、味を確認する。特に変な味はしない、ただの水だ。まぁ、考えてみればオレ達は大事な商品なんだから、毒を盛ることはないだろう。安心して、水をがぶ飲みしてようやくひと息吐く。

 濡れた口と手を、着ていたシースルーワンピースで拭いた。視線を感じて振り向くと、フェーが顔をしかめてオレを見ていた。

「何?」

「別にいいけどねっ」

 フェーは唇を尖がらせて、不機嫌そうだ。何で怒っているんだろう? でも、本人が良いって言うならいいか。

 水入れの横には、同じような大きさの箱がもうひとつある。中には、頭くらいの大きさで、厚さ二センチのまるくて薄茶色い物体が、箱いっぱい入っている。

「これなんだろ?」

「食べ物じゃないの?」

 フェーはひとつ手に取って、クンクンと嗅いでいる。オレは、見たことのない食べ物に警戒する。

「食べても平気かな?」

「食べてみたら?」

 フェーがいじわるく笑ったので、オレはカチンときて怒鳴る。

「何で、オレばっかりっ!」

「最初に話を振ってきたのは、君でしょっ!」

「さっき、オレが実験台になったんだから、今度はフェーの番だろっ!」

「もうっ! しょうがないわねぇ!」

 フェーは唇を尖らせた後、大胆にかぶり付いた。フェーの口から、ボリボリと音がする。一度にたくさん口に入れたから、頬が膨れている。本物のハムスターみたいで、可愛くておかしい。

 時間を掛けて、それを噛み砕いて飲み込むと、フェーはにっこりと微笑む。

「なかなか美味しいわよ」

「ホント?」

 恐る恐る、薄茶色の物体を少しかじる。口に入れた瞬間、ふわりと香るビスケットみたいな匂い。薄味だが、確かに感じる塩気と甘味。ボリボリとした、堅い歯ごたえ。いつだったか防災訓練で食べた、乾パンみたいだ。思い出したら、氷砂糖も欲しくなった。

「うん、美味い」

「でしょ?」

 腹が減っていたオレ達は、デッカい乾パンのような物を、腹いっぱい食べた。空腹が解消されると、ひと心地つく。

「ふぅ。腹が減っていると怒りっぽくなるっていうけど、本当なんだな」

「そうね。さっきまではイライラして、言い争いばっかりしてたけど。今は、そんな気すら起こらないわ」

 言いながら、フェーが大きく伸びをする。

「ん~、眠い……」

「オレも……」

 腹がいっぱいになると、急に眠くなった。乾パンの中に、睡眠薬でも入っていたのだろうか? そうでなくとも、オレ達はとても疲れていた。

「ふぁ……」

「ふぁ~あ」

 フェーが眠そうに、欠伸をした。オレにも移って、ふたりで大欠伸をした。オレ達は顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。

「寝よっか?」

「うん」

 その場で寝てしまいたいのを何とか堪えて、のろのろと綿が詰まった箱に入る。弾力のある柔らかな綿が、肌に気持ち良い。

 それにしても、今日は色んなことが起こりすぎた。突然教室から妖精の国へ飛ばされて、ありえないくらい女子にモテて、初めてカラスに乗って。巨大ロボット大戦を見て、巨大ロボットに追い駆けられて、捕まって。初めて乗った回し車に、すっ飛ばされて。

 散々な一日だったけど、明日は良いことがあると良いな。

 もしかしたらこれは夢で、本当は教室だったりして。それで、怒った先生に叩き起こされるんだ。

「そんなに、俺の授業は退屈か?」

「すいません。昨日、ゲームで夜更かししちゃって」

 オレが引きつった愛想笑いで言い訳すると、先生は意味深長なニヤニヤ笑いで頷く。

「そうか、そうか。じゃあ、ゲームが出来ないよう、君には特別に宿題を出して上げよう」

「えー、そんなぁー」

 オレがげんなりした声で言うと、クラスメイト達が笑うんだ。ふわふわのシースルーワンピースなんかじゃない、見慣れた制服姿の男子と女子が。

「じゃあ、続けるぞー」

 そして先生の言葉を合図に、授業は再開される。昼になったらいつも通り弁当を食べて、いつも通り部活して、馴染みの通学路を通って、家に帰るんだ。

 うん、こっちの方が現実的だな。こっちであることを願いたい。そんな希望を胸に、眠りについた。


「ん?」

 眠気まなこを開くと、目の前に女子の可愛い寝顔があった。

「――っ!」

 驚きのあまり、叫びそうになって慌てて自分の口を押さえる。熟睡しているようだから、起こしちゃマズい。いつもは寝起きが悪いオレだが、今回ばかりはいっぺんに眠気が覚めた。驚きすぎて、綿入りの箱から落ちた。

「痛い……」

 しかも予想通り、足は筋肉痛になっていた。落ちた衝撃で、昨日打った背中が痛む。

 そうだ、思い出した。昨日は、回し車の中で全力で走って、すっ飛ばされたんだ。その後、乾パンを食べて、睡魔に負けてそのまま寝た。

 綿入りの箱はひとつしかなかったから、フェーもここで寝るしかなかったんだ。まさか、裸同然の女子とベッド(?)を共にすることになろうとは。まるでえっちした後みたいじゃないかっ! 

 オレの頭の中では、あ~んなことやこ~んなことのエロ妄想が大暴走。

 あ、ちょっ、ヤバい! ヤバいって! 何がって、下半身が。トイレトイレって、おいっ! ここ、トイレないんだけどっ! 小とか大とか、どうすればいいんだよ? ひょっとして、床に落ちているこのB六用紙の上でしろとか、そういうこと? いやいや、ないないっ!

「あ、おはよー」

 オレがオロオロしているうちに、フェーが起きたようだ。

「おっ! おぉ、おはようっ!」

「どうしたの? 顔色悪いわよ?」

「うん、あの、さ。しょん○んしたいんだけど、どうすればいいのかなって」

 恥ずかしさに耐え、落ちている紙で下半身を隠しながら訊ねた。すると、フェーはこともなげに答える。

「ここですれば良いじゃない」

「出来るかっ!」

 顔を真っ赤にして思わず声を張り上げると、フェーは驚いたように目を見開く。

「何でよ?」 

「だって、しょん○んだよ?」

「何度も言わなくたって、分かってるってば」

 フェーは唇を尖らせて、両手を腰に当てた。オレは、イヤイヤながら口を割る。

「恥ずかしくて、出来ないよ」

「は? 何で?」

「何でって、フェーは恥ずかしくないのっ?」

「恥ずかしくなんかないわよ?」

 フェーはワケが分からないとばかりに、しきりに首を傾げている。この辺が、文化の違いってヤツなのかなぁ?

「あたしは、これからするけど?」

「えぇっ?」

 オレが驚くと、フェーは不思議そうにまばたきを繰り返す。

「何よ?」

「するんだ?」

「当たり前じゃない」

「え、あ、うん。食べたり飲んだりするんだから、当たり前だよなっ。うん。じゃ、むこう向いて耳ふさいどくから」

 オレは早口で捲くし立てると、慌てて両耳をふさいで、フェーに背中を向ける。

 何で、あんなに堂々としてるんだ? 女子ってもっと、こういうことをイヤがるもんじゃないのか? 恥ずかしがっているオレの方が、おかしいみたいじゃないか。

 数十秒後、肩を叩かれて飛び上がるほど驚く。

「わぁっ!」

「終わったわよ?」

「あ、うん。そうなんだ?」

「君はいいの?」

 不思議そうにフェーが、オレの顔を覗き込んできた。気まずさと我慢の限界で、イヤな汗が流れる。

「うぅ……」

「我慢してると、体に悪いわよ?」

「わかったよっ! するよ、すればいいんだろっ! でも、こっち来んなよ! 絶対こっち見んなよっ?」

 ヤケになって声を張り上げながら、オレはケージの角っこまで移動した。

「はいはい。分かったから、さっさとしてらっしゃいよ」

 呆れた様子で、フェーは背中を向けた。

 落ちている紙を寄せ集めて、その上にしゃがむ。

「痛っ」

 しゃがんだ時、筋肉痛の足がズキリと痛んだ。思わず、顔をしかめる。うーむ、回し車恐るべし。ズボンを下げようと思って、気が付く。

「そうだ、スカートだった」

 しかもベールみたいな半透明の生地で、パンツも穿いていない。常にフルチン状態で、変態もいいとこだ! 今自分がしている格好を思い出したら、どうしようもなく恥ずかしくなった。

「くそーっ! こんな恥ずかしい思いをさせられるなんて、思ってもみなかったよ! 恨むぜ、ロボットっ!」 

 オレはシースルーワンピースをたくし上げて、用を足した。女子がすぐ側にいるのにっ! 出した物を紙で包み隠して、別の紙で尻と手を拭いた。尻を拭くには、紙が硬い。紙の硬さは、新聞紙ぐらいだ。トイレットペーパーは、別で用意して欲しかったな。出来れば、トイレも。

 エサ箱のそばに座っている、フェーの元へ戻る。といっても、ケージの中だからそんなに離れてないんだけどさ。

「終わった?」

「こっち見なかっただろうな?」

 疑心暗鬼でいっぱいになりながら問うと、フェーはいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「見て欲しかった?」

「そんなワケあるかっ!」

「あははっ、ウソよ」

 オレが顔を真っ赤して怒鳴ると、フェーは楽しそうに声を立てて笑った。

 まったく。朝から、心臓に悪いことばっかりだ。心臓がバクバクと、痛いくらいに脈打っている。

 フェーが笑いながら、話しかけてくる。

「それより、お腹空いたんじゃない? ご飯にしましょ」

「うん」

 風呂釜並みにデカい箱には、乾パンがいっぱい入っている。昨日、空腹の状態から腹いっぱい食べても、一個が限界だった。それほどまでに、一個がデカい。

「食べても食べても、なかなか減らないんだよな」

「堅いから、食べるのも時間が掛かるしね」

 口の中でパサつく乾パンを、水で喉の奥へ流し込んで、フェーに訊ねる。 

「ねぇ、どうにかして、ここから逃げられないかな?」

「ここが開かなくちゃ、どうにもならないわ」

 フェーは入り口の柵を掴んで、ガチャガチャ揺らした。入り口には当然、鍵がかかっている。ちなみに柵の間隔は、約一〇センチ。とてもじゃないが、通れそうにない。

「何か、使えそうな物はないかなぁ」

「何かって?」

「細い鉄の棒とか、針金とか」

 不思議そうな顔をしたフェーが、ケージ内をぐるりと見渡す。

「そんな物はなさそうね」

「うーん、ダメかぁ」

 オレがぼやくと、フェーが興味津々といった顔つきで、聞いてくる。

「あれば、開けられるの?」

「前に、ピッキングっていうのを見たことがある」

「ピッキング?」

 いつだったか家族で夕食を食べながら、何かの特番を観た。凄腕の達人とかで、鍵開けの職人が出ていた。

「鍵を開ける技術のことだよ。どんな鍵でも、特殊な道具を使ってあっという間に開けてしまうんだ」

 それを聞いたフェーが、声を弾ませて感心する。

「へぇっ、スゴイわね! 君も出来るの?」

「ううん。オレも見よう見マネでやったことあるんけど、出来なかったんだ」

 肝心な道具には、モザイクが掛けられていた。もしモザイクを掛けていなかったら、犯罪者が続出してしまうからな。それに、かなり特殊な技術も習得しなければ、出来ないに違いない。

「なぁんだ。あっても出来ないんじゃない」

 フェーが呆れた口調で言ったので、オレは苦笑するしかない。

「まぁ、そうなるね」

「結局、開けられないのね」

 フェーが、ガッカリして肩を落とした。何かムダに期待させて、悪かったかな。

「期待に添えなくて、ゴメン」

「怒ってなんかいないわよ。何か、別の手を考えましょう」

 フェーは優しく微笑んで、オレを攻めることはなかった。フェーは本当に純朴ないい子だから、オレは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。オレ達は、あらためて部屋を見渡す。

「こんなところに置きざりにして、ロボットのヤツ、どうする気なんだろう?」

「たぶんここには、仮置きされたんだわ。これから、好事家と取引するんじゃないかしら?」

「うーん、何とか逃げる方法はないかなぁ……」

 話が途切れると、フェーはハムスターのように頬をふくらませて、黙々と乾パンを食べだした。それを見て、小学生の頃、クラスで飼っていたハムスターのことを思い出した。学級会議で、係を決めた。だけど、誰も「いきもの係」に立候補しなかった。

「ハムスターは可愛いけど、臭いし汚いから、フンの始末なんてやりたくない」

 と、女子はイヤがった。

「面倒臭いから、やりたくねぇ」

 と、男子も首を横に振った。

 そこで先生が、何故か出席番号で、オレを指名したんだ。あの時は、自分の出席番号と先生を恨んだものだが。

「ん? 待てよ? もしかしたら、チャンスはあるかも」

 オレが真剣な顔をして呟くと、フェーが口の中の物を飲み込んでから口を開く。

「本当に?」

「だって、ケージってさ、時々掃除をしたり、エサや水を入れ替えなくちゃいけないだろ?」

「ああ、そうよねっ」

 わずかながら希望が見えて、フェーは声を弾ませた。

「帰れるわよねっ!」

「そうだよ、きっと帰れるってっ!」

 カラ元気を出して、オレ達は励ましあった。本当に、ふたりで良かった。もしひとりだったら、心細くて泣いてしまったかもしれない。


 しかし、いくら待ってもロボットはやって来ない。乾パンも水も、大して減ってないから、入れ替えの必要はないけど。こういうのって、来て欲しい時には来なくて、来て欲しくない時には来るもんだよな。

「来ないね」

「そうね」

「半分こにしようか」

「そうね」

 さすがに連続で同じものばかりだと、飽きてくる。オレもフェーも、食が進まない。そもそも、ケージの中で動けないから、それほどお腹も空かない。

 いつだったか、うちの母さんが「豆乳クッキーダイエット」とかいう、単品ダイエットをやっていたことがあった。でも三日としないうちに、クッキーの味に飽きてやめちゃったんだ。あの時は「根性なし」と、笑ったものだけど。今ならその気持ちが分かるよ、母さん。

「わ、割れないっ」

 乾パンを半分に割ろうとしたが、硬い上に分厚いから腕力では割れそうにない。床に叩きつけて割ろうにも、なかなか上手くいかなかった。

「仕方ないわね。先に君が半分食べて、残りをあたしにちょうだい」

「それじゃ悪いよ。先にフェーが食べなよ、残りを食べるから」

 いわゆるレディーファーストって、ヤツだ。ポッ○ーゲームみたいに、ふたりが両端から食べるってのはなしだ。アレって、恋人同士であることが前提だよな。友達同士、しかも野郎同士でやると、かなりキモい。女子を誘うと「冗談じゃない」って、全否定してくるし。誰が考えたんだよ、アレ。

「そう? じゃ、お先に頂くわね」

「どうぞ」

 乾パンと水という、何とも味気ない昼食を済ませると、あとはやることがない。

「こう暇だと、やんなっちゃうわ」

「何してるの?」

「折り紙よ。やる?」

 暇を持て余したフェーが、床に敷き詰められた紙で折り紙をしている。折鶴や花などが、座り込んだフェーの足元にいくつも落ちていた。紙の硬さは、新聞紙くらいだからな。紙の大きさもB六サイズで、折り紙にするにはちょうど良いんだろう。

 フェーが作った折り紙をいくつか拾って、感心する。

「へぇー、なかなか器用なもんだ。でも、いいや。オレ、不器用なんだ」

「あら、そうなの?」

「うん、そういうの苦手なんだ。昔、色々教えてもらったんだけど、全然出来なくってさ。みんなから笑われたよ」

 あまりに暇なんで、回し車に再チャレンジしてみようという気になった。回し車に入ると、フェーが驚きの声を上げる。

「ちょっとっ、またやる気なのっ?」

「うん。もしかしたら、何かコツがあるのかもしれない」

「コツ?」

 首を傾げるフェーに、オレは軽く頷く。

「うん。回し車で、すっ飛ばされたハムスターなんて、見たことないからさ」

 すると、フェーが不思議そうな顔をする。

「ハムスターって何?」

「ああそうか。この島じゃ、ハムスターって何ていうんだろう?」

 カラスをバイクと呼ぶような島だから、きっと違う呼び名があるに違いない。でも、他にどうやって例えたらいいんだろう? 考えに考え抜いて、結局何も思い浮かばなかった。しかたがないので、適当に答える。

「ここでいうところの、バイクみたいなもんかな?」

「そうなの? じゃあ、君はそのハムスター以下ってこと?」

「よし! じゃあ今から、ハムスター以下じゃないって証明してみせるからなっ!」

 カチンときて怒りながら言い放つと、フェーは肩をすくめて小さく笑う。

「気を付けてね」

「おうっ、見てろよっ!」

 昨日とは違って、慎重に足を運び始める。回し車のスピードを上げすぎないよう、注意する。すると、すぐにも筋肉痛の足が悲鳴を上げた。でも、急に立ち止まったりせず、徐々に速度落としていけば、意外と簡単に回し車は止まった。

「何だ。上手く調節すれば、ちゃんと止まるんじゃないか」

 すっ飛ばされずに済んで、ほっと一息吐いた。見ていたフェーが、感心した声を上げる。

「へぇ、良かったじゃない」

「もう、ハムスター以下とは言わせないよ?」

 得意げに言うと、フェーは意地の悪い笑みを浮かべる。

「まぁ、ハムスター並にはなったわね」

「ハムスター並?」

 オレが顔をしかめると、フェーは好奇心いっぱいの声を弾ませる。

「あたしもやりたいっ!」

「え? やるの?」

 意外だった。昨日は顔面蒼白で「やめとく」って、言ってたのに。

「ホントはやってみたかったんだけど、昨日ああだったでしょ? でも、今大丈夫だって証明されたから」

「オレは実験台かよっ?」

 ムッとして睨むと、フェーはにっこりと笑って見せる。

「まぁ、見てらっしゃい。あたしは、ハムスター以下じゃないわよ」

「言ったな。もしすっ飛ばされたら、笑ってやる」

 挑戦的なフェーの言い草に、オレは意地悪く笑った。

「あたしはそんなヘマしないわ」

 オレと入れ替わりに、フェーが回し車に入る。

 それから数分後。

「きゃああああぁあああぁああーっ!」

 昨日のオレと同じく、すっ飛ばされるフェーがいた。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました。そして、お疲れ様でした。まだ、ついてこられそうですか? もしよろしければ、続きをお読み頂ければ幸いです。

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