憧れの巨大ロボット
主人公が、かなりのロボットオタクです。ロボットに興味のない方は、全くついていけないと思います。しかも変態。それでもよろしければ、読んでやって下さいませ。
序章 憧れの巨大ロボット
今から、オレの考えを話したいと思う。聞きたくない人は、聞き流してくれて構わない。
オレが好きな巨大ロボットといえば、「機動○士○ンダム」だ。
誕生三〇周年を迎えた「○ンダム」が等身大で作られ、二〇〇九年夏、台場に建った。「大地に立つ」の間違いではないか? と、思うかもしれないが「台場に建った」が正しい。もっと正確に言えば、「建っていた」だ。夏の終わりと共に、撤去されたから。
そして翌年、オプションの「ビー○サーベル」を持って、静岡に建った。
等身大「○ンダム」は、動かないロボットだった。動いてもせいぜい、頭がウィーンウィーンと上下左右に動いて、スチームがブシューと出るくらいだった。それでも、壮大な音楽と効果音が流れる中、スポットライトを浴びてそそり立つ姿は、なかなか壮観だった。
それを見る為だけに、遠方からたくさんの大きなお友達が足を運んだ。完成を待ち切れずに、制作過程から見に行った熱心なファンもいたらしい。
高さにして、一八メートル。他の巨大ロボット物と比べると、まだ小さい方だ。
一番小さい巨大ロボットは、手の平サイズの「黄金○士ゴール○ライタン」だ。それを「巨大ロボット」と、呼ぶのはおかしいと思うかもしれないが、実は質量保存の法則をムシして、三十メートルにもなる。約五百倍と考えて、質量にすると五百の三乗倍、つまり一億二千五百万倍にもなる。その質量は、一体どこからやってきたんだ?
これに限らず、質量保存の法則を無視したロボットアニメは、実は結構ある。「ゲッ○ーロボ」なんかが、良い例だ。変形合体する度に、重さが変わってしまう。明らかにおかしいだろ、それ。
逆に一番大きい物は、オレの知る限りでは「天○突破グレ○ラガン」だ。確か、一〇〇京キロメートルにも及ぶんだったっけ? 京って、一十百千万億兆京の京だろ? どれだけデカくすりゃ、気が済むんだよ?
それはさておき。「○ンダムプロジェクト」が始動してから、完成まで一年一ヶ月。総製作時間一〇二時間四〇分、総制作日数一〇〇日。制作関係者は約一五〇人。総工費は、一億三五〇〇万円にも上る。
実際に操縦するとなると、さらに内装を整えなければならない。そうすると、どれだけの年月と人員と費用を、掛けることになるのだろう?
そんな超高級超高性能なロボット同士で戦うなんて、とんでもない話だ。これを言ってしまうと、ロボットアニメや特撮を全面否定することになってしまう。べ、別に、ケンカを売っているつもりじゃないんだからねっ!
そういえば、某重工業の社長が二足歩行の巨大ロボットに憧れるあまり、実際に作ってしまったという話がある。巨大ロボットは、男のロマンだからな。憧れるのも無理はないし、大きなお友達がいるのも頷ける。
でもあれは、二足歩行というより二足摺り足だった。しかもゆっくり歩くのが限界で、走るなんて以ての外だ。それでも、操縦士に掛かる振動は、結構なものらしい。
二足歩行ロボットだと、どうしても操縦士に負担が掛かりすぎる。常に震度五以上の縦揺れと横揺れの中で、操縦することになるらしい。操縦士は、酔い止め必須だな。
ロボットに二足歩行をさせる為には、体重移動が相当難しいらしい。科学者達は何十年もかけてようやく、二足歩行ロボットを完成させた。それを人間は、生まれて一年程で出来るようになる。そう考えると、人間の身体は実に良く出来ているものだと、感心せざるを得ない。
まぁ、ともかく。世界は確実に、過去の人間達が夢見た未来へと繋がっている。もしかすると発表されていないだけで、巨大ロボットは出来ているのかもしれない。
つまり、だ。オレが言いたかったことは、今は無理でも、いつかは夢の巨大ロボットが出来るかもしれないということだ。ここまで結論付けるまでに、ずいぶん掛かってしまった。
ゲームやアニメの中では、ロボット大戦なんてものがあるけれど、それってやっぱりゲームやアニメだからなんだ。そうじゃないと、おかしいと思っていた。
でも……、この現実は何だ? 今、目の前で、ロボット大戦が繰り広げられている!
第一章 モテモテ帝国
ことの始まりは数時間前。
授業中、教室の窓からなんとなーく空を見上げていた。すると突然、空が激しく光った。雷が目の前で落ちると、こんな感じなのかもしれない。でも、落雷する音は聞こえなかった。単に、オレの耳には聞こえなかっただけかも。
あまりの眩しさに目の前が真っ白になり、そのまま気を失ってしまった。
それからどのくらい、時間が経ったんだろう?
「――っ、痛……」
気が付いた時、目の前がチカチカした。何も見えなくて、目の奥が痛くて、気持ちが悪い。頭痛もする。あまりにもたくさんの光を見過ぎて、目がおかしくなってしまったのかもしれない。このまま、目が見えなくなってしまったらどうしよう? 不安で胸がいっぱいになる。
横になっているオレの側に誰かがいて、心配そうな声を掛けてくる。声から察するに、女子だ。
「気分はどう?」
「最悪。チカチカして、痛くて、気持ち悪い」
思った通りに答えると、側にいた人はオレの額を優しく撫でた。かと思うと、右目、続いて左目に刺すような激しい痛みが走った。
「痛いっ! 何するんだよっ!」
涙を流しながら起き上がって怒鳴ると、きょとんとした女子がいる。
「あれ? そんなに痛かった?」
「痛かったよっ!」
「でも、見えるようになったでしょ?」
「え? あ、ホントだ」
言われてみれば、確かにそうだ。さっきの余韻でジンジンするけど、ちゃんと見える。良かった、失明の心配はなさそうだ。
部屋を見渡すと、教室でもなければ、保健室でもない。病院でもなさそうだ。ベッドがあるところをみると、寝室みたいだけど。部屋は木造で、木材特有の匂いがする。同じく木製のタンスと、オレが寝ていたベッド以外に家具はない。実にシンプルな部屋だ。
俺を見下ろしていたのは、俺と同い年くらいで長い髪の女子だった。目が大きくて、アイドルになれるんじゃないかってくらい可愛い。オレの学校にこんな美少女いたっけ?
ニコニコ笑いながら、ハンカチを差し出す女子に訊ねる。
「誰?」
「あたしは、フェー」
「へー?」
ハンカチで涙を拭きながら聞き返すと、女子は唇を尖らせた後、もう一度繰り返す。
「フェー」
「へー?」
女子はますます機嫌悪そうに、今度は言い聞かせるような口調で言う。
「『ふ』よ、『ふ』。『ふ』に小さい『え』で、『フェー』」
「『フェー』?」
「そう、『フェー』」
今度こそ、正しく発音出来たらしい。フェーは、満足そうに微笑んだ。フェーって、ずいぶん変わった名前だな。ニックネームか何かかな?
「で、フェーは、オレに何してくれたんだ?」
「目薬をさしたのよ」
フェーは、手にした細い棒を見せる。材質はガラスみたいな感じで、理科の実験に使うスポイトみたいな物かな? と、思ったと同時に、フェーの体が見えた。驚きのあまり、声を張り上げる。
「な、なななななんで、裸なんだよっ!」
「失礼ね、ちゃんと着てるわよ」
フェーは唇を尖らせて、両手を両腰にやった。確かにフェーは、ふわりとした半透明のベールみたいなワンピースを着ている。長袖で、丈の長さはひざが隠れるぐらいだ。
しかし中には、ブラジャーどころかパンツも穿いていない。まぁ、フェーはブラジャーを着ける必要がないくらい、ぺったんこだけどさ。パンツくらいは、穿いて欲しいところだ。
もしフェーが巨乳だったら、オレが大変だった。何がって、そりゃあ、まぁ、アレだ。賢明な読者なら、分かってくれるだろう? 詳しくは聞かないでくれ。
「いや、だって、見えてるよっ! 色々と、ほらっ、その、見えちゃいけないものがっ!」
慌てて、目をそらす。でも、どうしても気になってチラ見してしまう。男って、悲しい生き物だよな。しかし、何でもないような口調でフェーは答える。
「あら。これが普通じゃない」
「普通じゃないよっ! それに真っ裸より、中途半端に見える方がエロいよっ!」
オレがどぎまぎしていると、フェーは「ふんっ」と、鼻で笑って胸を張りながら力説する。
「何言ってるのっ。ほら見なさい! あたしの乳首は、天空の城を射しているのよっ!」
「何の話だっ?」
「これは、選ばれた者にしか与えられない、特別なものなんだからっ。それを見せることが、おしゃれなんじゃないっ!」
「ワケ分かんないよっ! それに、なんで見せられてるこっちが、気まずくならなきゃなんないのさっ!」
どうしようもなく恥ずかしくなって、視線を自分の太ももあたりに落とす。と、股間が丸見えだった。慌てて布団で隠す。
「わーっ! 何でオレまで、同じかっこうさせられてるのさっ?」
「だって、君が着ていた服は、もうないから」
「ないって、どういうことだよ?」
オレがたずねると、フェーは苦笑いを浮かべる。
「女の子達が奪い合って、バラバラに引き千切っちゃったの」
「引き千切った? 女子が?」
オレが着ていたのは、学ランだぞ? そう簡単に引き千切れるようには、なっていない筈だけど。それに奪い合ったって、なんで?
さっきから、分からないことだらけだ。そこまで言って、ようやく気が付く。
「ん? 待てよ? バラバラにしたってことは、全部見られちゃったってことっ? うわーっ、最悪だーっ!」
オレがテンパって、顔を青くしたり赤くしたりしていると、フェーが肩をすくめて口を開く。
「ここでは……」
「フェーっ!」
フェーの言葉をさえぎるように、かしましい女子達の悲鳴が聞こえてきた。そしてまもなく、オレとフェーがいる部屋へ、たくさんの女子達が押しかけてくる。
「フェー、男がいるって本当っ?」
「きゃー、男だわーっ!」
「ズルーい、フェーばっかりーっ」
「ちょっとぉ、独り占めはダメよーっ」
女子達は好奇の目を輝かせて、オレをジロジロ見ている。恥ずかしくて、たまらない。動物園のパンダにでもなった気分だ。
しかも今のオレは女子のワンピースを着ていて、それがシースルーときたもんだ。自分の顔も耳も首まで、火照るのを感じた。そんなオレを見た女子達が、嬉しそうに黄色い声を上げる。
「あーっ、真っ赤になっちゃってるー」
「あら、可愛い」
「もうっカーワーイーイーっ」
「いやー! 付き合ってーっ」
「結婚してー!」
「アタシも結婚したーいっ!」
「だったら、わたしもー!」
なんなんだ、この騒ぎは? こんなにモテたのは、生まれて初めてだ。女子にキャーキャー言われたことは、かつて一度もない。それどころか、クラスの女子にだって告白されたことがないのに。背の順だと前の方だし、体型も顔も平凡な方だと思う。
「ほらほら、アンタ達! ガッツいてんじゃないわよっ! 困ってるじゃないっ!」
フェーが一喝すると、途端に静かになった。ひょっとするとフェーは、女子達の中でもエラい方なのかもしれない。学級委員的なポジションだったりして。
「いい? 質問がある人は手を上げて、あたしが指名した人がしゃべる。いいわね?」
女子達は、大人しく頷く。十畳くらいの広さだと思われる部屋に、女子達がところせましと床にびっしり座っている。
さらに続々と、女子達が集まってくる。部屋の入り口にも、立ち見状態の女子が何人もいる。この部屋は一階なのか、窓から部屋の中を覗きに来る女子も大勢いた。みんなキャッキャッと、楽しそうにオレを見ている。どうしてこうなった?
ここにいる女子達は、オレのクラスの女子達より断然レベルが高い。何って、外見が。しかも不思議なことに、フェーも含め、女子全員の顔がどことなく似ていた。
その全員が下着も付けずに、ふわっふわのシースルーワンピースを着ている。あの、ちょっと、目のやり場に困るんだけど……。
オレが寝かされていた部屋は、フェーの仕切りによって、記者会見場状態となった。ちなみにフェーは、オレが寝かされていたベッドの上に座っている。オレもベッドの上であぐらをかいて、布団で下半身を隠した。
「じゃあ、質問がある人は、手ぇ上げてー!」
「はい」
「はーい」
「はぁい」
フェーが合図をすると、女子達が競い合うように手を上げた。たくさんいる女子達の中から、進行役のフェーがひとりを選ぶ。
「じゃあー、シュー」
「はい。あ、あの、何歳ですか?」
三つ編みをした、大人しそうな女子が立ち上がった。女子ははにかみ、こっちを見ながら聞いてきた。
「え? オレ?」
「他に誰がいるのよ?」
フェーがくすりと、小さく笑った。オレは素直に、質問に答える。
「ああ、そうか。一三だけど」
答えるやいなや、女子達が一斉にザワめく。
「えっ?」
「まさかぁっ!」
「ウソぉ!」
「見えなーい!」
そんなに幼く見えるのだろうか? まぁ確かに、背は低いけどさ。
「えっ? えっ?」
オレがオロオロしていると、フェーも驚いた様子でこっちを見ている。
「普通、一〇年生きるのがやっとなのに」
「一〇年?」
「当たり前でしょ?」
「はぁ? 意味が分からない」
なんで、一〇年しか生きられないんだ? どう考えても、フェーはオレと同い年くらいに見えるのに。おかしいだろ、それ。
今度は逆に、オレがフェーに質問する。
「じゃあ、フェーはいくつなんだよ?」
「三歳よ」
「ええ~っ?」
今度はオレが驚く番だった。集まっている女子達はみんな、フェーと同じくらいに見える。ってことは、みんな三歳くらいってこと? だとすると、ずいぶん早熟な三歳児だな。一体なんなんだ、ここは?
混乱しているオレをよそに、フェーが手を上げた女子を指名する。
「次はー。じゃあ、ツィー」
「何で、ここにいるの?」
ツインテールの女子は、不機嫌そうに腕組みをしながら、オレを見つめてきた。何で怒っているんだろう? オレはとりあえず謝る。
「ご、ごめん。何でここにいるのか、オレにも分からないんだ」
「自分の意思で来たんじゃないって、言いたいの?」
「うん、そうなんだ」
「そう。だったら仕方ないわね」
ツインテールの女子は「ふんっ」と、鼻を鳴らして座った。許して貰えたのかな?
「次、ポォー」
「はぁい!」
指名された女子は、ポニーテールを揺らしながら、元気良く返事をして立ち上がる。
「初めて見た時から、決めてました! 結婚して下さいっ!」
「結婚っ?」
突然の告白に、オレの頭の中は真っ白になった。オレはまだ中学二年生で、結婚なんて出来る年じゃない。それに、まだ働いてないから金もないし。
オレが戸惑っている間に、女子達が次々と口を開き始める。
「だったらあたしもー!」
「結婚してー!」
「私も結婚したーい!」
「アタシもーっ!」
ひとり目を皮切りに、告白合戦が始まる。
「何だ、この状況?」
さっきの落ち着きはどこへやら、再び騒がしくなった。するとフェーが、みんなをなだめるように言う。
「はいはい、わかったわかった。じゃあ、みんなで結婚すればいいじゃない」
「何で、そうなるんだっ?」
思わずツッコむと、フェーは至極当然といった顔をする。
「あら、一夫多妻なんて普通じゃない」
「そうなんだ? それはなかなか、寛大な制度だな」
オレが驚いていると、フェーが笑みを浮かべながら説明してくれる。
「さっき言いそびれたんだけどね。あたし達の種族は、基本女の子でね。男の子が、なかなか生まれないのよ。だから、たまに男の子が生まれたりすると、お祭り騒ぎなの。生まれたと知れたら、すぐ結婚の予約が殺到するくらいなんだから」
「結婚の予約?」
「そうよ」
どうやら、男子劣性遺伝子の種族らしい。
「ここじゃ、当たり前の光景なんだけどね」
「へぇ、そうなんだ?」
聞き返すと、フェーが肩を軽くすくめて笑った。なるほど。普段モテない筈のオレがモテモテなのは、そういう理由があったのか。
「はい」
今度は、オレが手を上げた。フェーが意外そうに瞬きする。
「何? 君も質問があるの?」
「うん。ここはどこなのか、教えて欲しいんだけど」
「ここは、妖精と巨人が住まう島」
「妖精と巨人?」
全く予想していなかった答えが返ってきて、驚いた。当然とばかりに頷くフェーに、聞く。
「フェーは、巨人なの?」
「あんなのと、一緒にして欲しくないわね」
フェーが不機嫌そうに唇を尖らせたので、オレは慌てて訂正する。
「じゃ、妖精?」
「見れば分かるでしょ?」
「見ても分かんないから、聞いたんだよ。それにしても、だいぶイメージが違うなぁ」
「イメージ?」
「なぁに、イメージって?」
女子達が首を傾げたので、オレはひとつ頷いて説明する。
「オレが知ってる妖精は、体が手の平くらいにちっちゃくって、虫みたいな羽が生えているんだけど……」
オレの話を聞くなり、女子達は一斉におかしそうにくすくすと笑い出す。
「なぁに、それー?」
「虫の羽って、変じゃない?」
「ヘーンっ」
女子達の容姿は、オレのクラスの女子達と何ら変わらない。服装がアレだけど、小さくないし羽も生えてない。
考えてみれば、オレがよく知る妖精は、誰かが勝手に考えた想像上の生き物に過ぎない。現実と食い違っていても、おかしくない。言われてみれば、哺乳類に昆虫の羽が生えているって、確かに変だ。
それにしても、「妖精」という名の種族が現実にいるなんて、初めて聞いたぞ。だったら、その「妖精」が言う「巨人(プロ野球団ではない)」も、全然違うものに違いない。
オレは好奇心に駆られて、声を弾ませる。
「じゃあさ、巨人って、どこにいるんだ?」
「巨人が見たいの?」
「見たいっ!」
フェーが訊ねてきたので、オレは大きく頷いた。すると女子達は、不思議そうに首を傾げたり、顔をしかめたりしている。何かおかしなことでも言っただろうか?
ツインテールの女子が、さっきよりもっと不機嫌そうな顔で口を開く。
「何で、あんな野蛮なヤツラが見たいの?」
「野蛮?」
「何でか知らないけど、戦ってばっかりいるの」
「ああ、なるほど。それで野蛮か」
オレが納得して頷くと、フェーが説明する。
「巨人の国なら、そこの道にあるタバコ屋の角を左に曲がって、橋を渡って、インターチェンジを抜けた、トンネルの向こうにあるわよ」
「インターチェンジ?」
この島にも、そういうものがあるんだな。島と言っても、結構広いのかもしれない。日本は元々島国だし、小島や無人島がいくつもある。ここも、そういういくつかの島のひとつなんだろう。
いや、待てよ? 国って何だ、国って? 県とか市とか町とかじゃないのか? それに、「フェー」だの「ツィー」だの、変わった名前が多い。考えてみれば、北海道や沖縄には、読み方が分からないような変わった名前や地名が結構ある。ここも、そういった場所のひとつなのかも知れない。まぁ、ただ単にニックネームなのかもしれないけど。
フェーは、にっこり笑いながら口を開く。
「見たいんだったら、連れてっても良いわよ」
「行きたい!」
オレは即答した。巨人って、どんなものなんだろう? 早く見たくて、ウズウズする。たぶん、プロ野球団のことではないと思う。アクセントが違ったし。
「はいはい、アンタたちちょっと退いて!」
するとフェーが女子達をかき分けながら、部屋を出て行く。フェーは離れた場所から、オレに向かって声を張る。
「じゃあ、ちょっとバイク回してくるからー! 家の前で待っててーっ!」
「バイク? 何だか、妖精のイメージがどんどん崩れていくなぁ」
オレはぼやきながら、言われた通り外へ出る為ベッドを降りた。その途端、黄色い声を上げながら、たくさんの女子達が押し寄せてくる。
「きゃーっ!」
「付き合ってーっ!」
「結婚してー!」
「うぉーい! 外へ出るから、通してくれーっ!」
オレは声を張り上げた。そうでもしないと、部屋から出られない。そんなに広い家でもないのに、外に出るまでにずいぶん時間が掛かってしまった。
「はぁ。やっと出られた……。うーむ、モテる男ってのはこういう感じなんだな」
芸能人にでもなった気分で、ちょっとイイ気になってしまった。嬉しい反面、ちょっと困る。今も女子達が、オレの周りで輪を作って黄色い声を上げている。試しに笑って手を振ってみると、黄色い声が沸く。
「キャーッ!」
「いや~んっ、可愛い~!」
「こっち見たわよーっ」
「今、わたしと目が合ったわーっ!」
「ちょっと、アンタじゃないわよ、あたしよっ」
そんな思いもよらぬ盛り上がりに、思わずニヤニヤしてしまう。
「あはは、スゲぇ」
家の外へ出ると、緑豊かな風景が広がっていた。風が吹く度に、緑がざわざわと揺れる。裸足に、草の柔らかな感触が心地良い。田畑や牛舎や鶏舎などがあちこちにあり、動物の鳴き声が聞こえて実にのどかだ。空気は美味いが、家畜特有の臭いが鼻についたので、思わず顔をしかめてしまった。
大きな一本道の両脇には、木造平屋建ての家がいくつも建っている。平屋建てといっても、日本家屋ではない。どちらかといえば、キャンプ場やスキー場で見かける、バンガローやロッジに近い感じだ。
遠くに見える大きな山以外に、高層ビルや電信柱なんてものはひとつもない。電気はどうしているんだろう? そういえば、電線も水道菅みたいに地中に埋めるっていうのを、聞いたことがある。そういうものを、実験的に導入している島なのかもしれない。
さえぎるものが何もないから、空がとても広い。空気が良いからか、東京よりも空がずっと青い。ふんわりとした雲が、白く輝いているかのように眩しい。広い空を少し欠けさせる、唯一の大きな山も緑が濃くて綺麗だ。
しばらくして、フェーがバイクにまたがって戻ってきた。
「お待たせー。さ、乗って」
「どこに?」
「行ってらっしゃーい!」
「気を付けてねー」
「必ず無事帰って来てー」
「フェー! シュー、ツィー! アンタ達何があっても、彼を守りなさいよーっ!」
たくさんの女子達が、盛大にオレ達を見送ってくれた。まるで、人気アイドルに群がるファン並の盛り上がりだ。その騒ぎに、フェーが苦笑する。
「はいはい。全く、みんな浮かれてるわねぇ」
実は巨人の国へ行くと決まった時、女子達は我も我もと、行きたがったのだが。
「ダメよ。そんな大勢で行ったら、危ないじゃない」
と、フェーが一蹴した。その上で、念の為何かあった時の要員として、フェーの他に二名を選出することになった。それはそれは壮大な、じゃんけん大会が繰り広げられた。
そして十数分にも及ぶじゃんけん大会で、勝ち上がった女子二名が決定した。
「わたくし、シューと申します。何とぞ、よろしくお願いしますね」
ひとりは、はにかみながらお辞儀をする、みつあみの大人しそうな女子、シュー。そして、もうひとりはツインテールの典型的なツンデレ女子ツィーだ。
「わ、わたしは、ツィーよ。教えて上げるから、一度で覚えなさいっ! あ、あんた達じゃ、帰って来られそうにないから、仕方ないからついていって上げるんだからねっ!」
勝気に「ふんっ」と鼻を鳴らすが、ここまで勝ち上がってきたってことは、相当行きたかったってことが見え見えなんだけどな。
そんなツィーの発言に、フェーが小さく笑う。
「大丈夫よ。何もなければ、すぐ帰ってくるから」
「『何もなければ』って、そんなに危険なところなのか?」
オレが訊ねると、フェーはニヤリと意味深長に笑った。
「うわっ、何だその顔」
「まぁ、行けば分かるわよ」
という訳で、フェーとシューとツィーとオレの四人で、巨人の国へ行くことになった。
広い空の下、インターチェンジを越えて二台のバイクは走る。ツッコミどころ満載で、どこからツッコめばいいのかわからない。
「緑だ」
空を見上げて、ぼそりと呟いた。さっきまで青かった空が、何故か緑色に変化していた。オレの前に座ったフェーが、小さく笑う。
「なぁに? そんなに珍しい?」
「うん。青空や夕焼け空なら見たことあるけど、緑色の空なんて初めて見た。虹は七色なんだから、緑もあるっちゃあるんだろうけど。でも、何だか変な感じだ」
「そう? あたしは見慣れているけどね」
フェーがおかしそうに笑ったので、ちょっと悔しい。
「まぁ、ここに住んでいるなら、緑の空なんて当たり前なんだろうけどさっ」
東京では無理だけど、「白夜」という現象が見られる北極や南極の近くでは、空が緑色に見えることがあるらしい。ここも、そういう場所なんだろうか?
ふと思い出して、フェーに訊ねる。
「ところで、インターチェンジって?」
「さっき通ったじゃない」
「さっき? どこ?」
「ほら、あの十字路」
バイクを止めたフェーが、指差した方向を見る。合わせて、ツィーもバイクを停める。
「あれ?」
「そうよ」
フェーが言う「インターチェンジ」は、高速道路と一般道を繋ぐ出入り口のことではなかった。舗装されていない、地面むき出しの大きな十字路のことだった。
そしてフェーが「バイク」と呼んだものは、馬並みにデカいカラスだった。地方によって、物の名前は色々変わるっていうけど。何をどうしたら、カラスがこんなにデッカくなるんだ?
カラスの首に巻かれた手綱をフェーがにぎっていて、フェーの腰にオレがつかまっている。自転車に、ふたり乗りしている状態と同じだ。横にいるカラスにも、同じようにツィーとシューが乗っている。
生地の薄いベールのようなワンピースのせいで、フェーの体が透けて見えている。しかもノーブラノーパン。裸の背中にしがみ付いているようで、妙にエロい。この細いウエストの上には「おバスト様」が、そして下には「おヒップ様」がいらっしゃるワケで! 上に、いやむしろ下に手が滑った時には、ああっ、そりゃもう大変なことにっ! 何が大変って……。
はっ! 危ない危ない。エロ妄想に突入するところだった。妄想を振り払うように、頭を横に振って、フェーに話しかける。
「これがバイク?」
「見たことないの?」
「ううん。でも、羽があるのに飛ばないカラスは、初めて見た」
「カラス?」
「東京では、コイツのことをカラスって呼ぶんだよ」
「へぇ。そうなの?」
それにしてもカラスは、あまり乗り心地の良い乗り物ではない。羽がチクチクするし、むちゃくちゃ揺れる。そもそも、カラスに乗ったことがある人も、そういないだろう。
「あのさ、ちょっと降ろしてもらっていい?」
「何? バイク酔い?」
「うん、まぁそんな感じ」
バイク、じゃなくてカラスに酔ったので、一度降ろしてもらった。ツィーとシューもカラスから降りて、オレに近付いてくる。心配そうな顔で、シューが首を傾げる。
「乗り慣れてないんですか?」
「カラスに乗ること自体が、初めてだよ」
「全く、バイクにも乗ったことないなんて! 一体、どんなところから来たのよ?」
地面に情けなくへたりこんだオレを見下ろして、ツィーは呆れた口調で言った。オレは、大きくため息を吐く。
「オレが知ってるカラスは、こんなに大きくないんだ」
デカいカラスの頭を撫でながら、フェーが苦笑する。
「それは不便ね」
「そうでもないよ、他の乗り物があるから」
「どんな?」
「車とかバスとか電車とか……」
「同じじゃないっ」
ツィーが何故か偉そうに腰に手を当てながら言ったので、オレは首を横に振る。
「同じじゃないよ。東京のバイクは、全然違うものだから」
「ふーん、そうなの?」
不思議そうにフェーが訊ねてきたので、オレは軽く頷く。
「うん。それより、この島のバスや電車が、どんなものか気になるよ」
カラスをバイクと、呼ぶくらいだからな。きっと電車も、電車らしからぬ生き物に違いない。フェーは「うーん」と、小さく唸った後、微笑みながら口を開く。
「口で説明するより、見た方が早いと思うわ。後で見せるね」
「うん」
この「後で」が「ずっと後」になることを、この時のオレ達が知るはずはなかった。
ここまでお読み下さった方、ありがとうございました。そして、お疲れ様でした。ついて来られそうですか? もし大丈夫でしたら、お暇な時にでも、続きを読んで頂ければ幸いです。