1-3情報を手に入れろ
ここから歩いて数分の、町の片隅には洒落たバーがある。
シンジが住むこの町は、どちらかと言うと田舎であり、都会によくありげなそのバーはやはりこの町には不釣り合いであった。
だが、客がいないかと言うとそうではない。
むしろ、逆だ。町には飲み屋どころか酒屋すら少なく、お酒を取り扱っている気象なこのバーは意外に繁盛しているのだ。
そのバーの名前というのがまた奇抜で、オーナーの双竜瞳を捩った『Dragon eyes』である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
街頭も少ない夜道を、三人の男女が歩いていた。
そのうちの一人であるセシールは、松葉杖を付きながら、歩きにくそうながらも、リンやシンジのペースになんとか会わせていた。
そんななか、リンとセシールは楽しげに会話を繰り広げていた。
「セシールさん」
「どうしたかの、リンちゃん?」
「何でセシールさんも来てるの? 怪我してるんだから安静にしてればいいじゃないですか」
「いえ、さすがにあなたたち二人に任せっぱなしにはいきません。それに、別に歩けないわけじゃありませんしね」
「でも…」
「……人探しを頼んでおいて、その人の情報を一切持っていなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだからついてきた、なんて言えないわよね……」
「セシールさん…その癖今のうちに直さないと本当に後悔しますよ」
「え、私また何か言ってました?」
「頼み事をしておいて、情報がいっさいなくて申し訳無い気持ちでいっぱいだからついてきた。っていってましたよ」
「………。」
「一応、理由はもうひとつあるわ」
大分リンとの会話に慣れてきたのか、大分ラフな口調で話しかける。
「なんですか、理由って?」
「双竜瞳、彼女に会うことよ」
「え、瞳さんに?」
ここでその名前がでたことに意外で、首をかしげるリン。
だが、リンは双竜瞳のことを瞳さんと呼ぶことにセシールは違和感を覚えた。
「あら、あの双竜瞳と知り合いなの?」
「知り合いもなにも、命の恩人なの!」
誇らしげに満面の笑顔で答えるリン。
リンは嘘を着くタイプではないのはわかっているが、どうもセシールは半信半疑である。
それもそのはず。明らかに未成年(まぁシンジも成年にはギリギリ見えないが)なリンが、バーの人間と関係を持つどころか命まで救われると言うのはさすがに信じきれないのも無理はない。
「あの双竜瞳に命を救われた、ねぇ…」
「セシールさんは瞳さんとはどんな関係なんですか?」
「私と双竜瞳には接点は特にないわ」
「知らない人なのに会う?」
「噂で聞いたことがあるだけよ。ここのバーに今あの双竜瞳がいるってね」
リンはその事を聞くと、目を宝石のようにきらきらと輝かせた。
「瞳さんって有名人なんだ…すごーい!!」
「もうそろそろ着く頃合いかしら」
まだ五分程度しか歩いてはいない。
だが、シンジは先程、
「あぁ、そのバーだけどそんな遠くないから。むしろ近いから」
と言っていたから、おそらく遠くはないのだろうと解釈していたため、たった五分歩いた程度でも長く感じてしまう。
「あ、そこのお惣菜屋さんでお兄ちゃんバイトしてるんですよ!…期間限定ですけどね」
リンが指を指したのは、もう真っ暗になっている惣菜屋だ。
五分程度歩いたが、コンビニすらも見当たらないこの田舎町にとっては、惣菜屋はとても貴重なのだろう。というか24時間営業の店がないのに、もし夜中に何か買わなければいけないものがあったら、ここに住んでる人はどうするのだろう、セシールはふとそんな疑問を抱いた。
「へぇーそうなんだ…。それより期間限定ってどういう意味?」
「私とお兄ちゃん、夏休みが終わったらここ出なきゃいけないんです」
「何でそんなこと…親の関係で引っ越しとか?」
親、という言葉を聞き、リンは少し肩を震わせる。
触れてはいけない単語だったのだろう、セシールは後悔した。
「あ、いや、その――」
「お母さんは死んじゃったんです。お父さんは仕事の関係で海外に行っててなかなか帰ってこないんです」
「………」
「本当は田舎町じゃなくて、都会の方の学校に行ってるんですよ。だけど、ここは私たち兄妹、私たち家族の思いでの場所なんです。だから、お盆休みと元旦だけは絶対こっちに来るように……してるんですよ!」
そう言うと、リンはセシールに精一杯の笑顔を向ける。
セシールに嫌な思いをさせないように、とリンの配慮なのだろう。
「まったく…この子は無邪気なんだか大人びてるのだか分からないわね」
「セシールさん…」
「あ、また何か言ってたかしら私…?」
「クスッ、別に私は大人びてなんかないですよ」
そう言って笑うリンの笑顔は、先程とは違って、本物の笑顔だった。
「あ、見えてきましたよ!ほらあそこ」
リンが指差したのは、二階建てで四本の脚が延びた店だ。一階は駐車スペースらしく、何台か車が止まっている。
看板には『Dragon eyes』と書かれており、またずいぶん凝ったライトアップが成されていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
Dragon eyes、となにやら恐ろしい名前とは裏腹に、店内はこざっぱりしていた。
実際、この田舎町にあるバーと考えると十分に大きいのであるだろうが、Dragon eyesという名前を聞かされるとやはり名前負けしている気がする。
客はなかなかに多いが、Dragon eyesという名前に惹かれたのだろうか。
初めてこのバーを訪れたものは必ず、そのようなことを思うことだろう。
だがこの店のすごいところは、店事態ではなく、従業員の方なのだ。
「いらっしゃいませ、シンジ様。リンちゃんも連れてどうされたんですか?あとそちらの方は…知り合いの方?」
シンジに声をかけたのは、この店の従業員らしき女性だった。
だが、ただの従業員ではない。
メイドさんの服を着た従業員だった。
スタイルは文句のつけようがなく、女性の水準値を上回るほどの身長だ。
腰の辺りまで伸ばした限りなくピンクに近い赤紫の髪に、眩しく輝いて見えるほどの笑顔、そして胸を大きく露出させたメイド服、丈の短いスカートに黒いニーソックスという異質な格好。
彼女こそ、この店のアイドルであり、従業員一人である橘美夜である。
まずメイド服というのが根本的におかしい、ここはバーであって、喫茶店でもなんでもないのだ。
初めてここを訪れた人なら、まずそう思うであろう。
だが、シンジにとって、またこの町の人間にとってはもう当たり前の光景なのだ。
「……シンジ様?」
反応がなかったことを疑問に思ったのか、首を傾げる美夜。
「あぁ、ごめんごめん。久しぶりに美夜ちゃんに会ったから、ちょっと見とれてね」
「もう、ご冗談は止してください」
シンジの言葉に美夜は、頬を赤らめ、顔を反らす。
さきほどの首を傾げる動作といい、今の照れる動作といい、とてもかわいい。
一部ではファンクラブまで出来ているらしく、彼女がいかに人気であるかがわかる。
「そうそう、瞳さんいる?」
「お嬢様でしたら、いつも通りカウンターの方にいらっしゃいますよ」
「そう、ありがとう。じゃ行くぞ二人とも」
そう言って、さっきから無言のセシールとリンを引き連れ、カウンターに向かう。
セシールはやはりここの雰囲気に慣れていないのだろう。しかしリンはと言うと、目が半分閉じかかっている。
時計を見ると、時間は12時を過ぎている。 さすがに中学生のリンにはきつい時間か、とシンジは一瞬だけ思ったが、どうせ今は夏休みだから夜更かしぐらい大丈夫だろう。
そうこう思っている間にカウンターに到着。そもそも店内はそんなに広くない訳だから、ものの数秒の散歩であったわけだ。
「お兄ちゃん、誰もいないよぉ…?」
しかし、カウンターには誰もいなかった。
カウンターにいると美夜は言っていたはずなのだが…。
「瞳さーん、居ませんか?」
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」
「………ッ!?」
背後を振り替えると、奇妙なポーズをとって、自分の口で奇妙な効果音を発している女性がいた。
ウェーブのかかった黒い短髪、凛とした顔立ち、美夜ほどではないものの女性の標準以上のスタイル。
ここまで見れば誰もが見とれる女性なのだが、右目に付けられている眼帯、白いシャツと腕だけ通したコート、そして奇妙なポーズが彼女の奇抜さを物語っている。
彼女こそ、このバーのオーナーである、双竜瞳である。
「あの…瞳さん。俺だけならそういうのいいっすけど、今日は普通に、ってかシリアスにしてくれませんか?」
「ん? ……あっ」
どうやら今、セシールとリンが居たことに気づいたのだろう。
リンは昔からの知り合いではあるが、セシールさんに関してはこれがお初なはずである。
いかに瞳さんとて、はじめましての人にあんな姿を見られたら、たまらなく恥ずかしいだろう。シンジはそう思っていたが、瞳はとくに気にした様子はないようだった。
「えっと、この人は――」
「セシール・エレクシオン。年齢は22歳、出身はスペイン、家族構成は父母に弟一人、母国のスペイン語はもちろんのこと、英語中国語日本語など計12ヶ国語を話すことができる、ほうほう学歴も中々なものね、俗に言うエリートってやつねえ?」
「ふぅん……。さすが噂の“情報屋”ね」
セシールはとくに驚くこともなく、むしろ感心していた。
むしろこの場で戸惑っていたのは、リンくらいだ。
「えっ、瞳さん情報屋さんだったの? 酒屋さんじゃなくて?」
よほど驚いたのか、さっきまで眠そうにうとうととしていたが、目を見開いていたほどである。
「リンちゃんは別に知らなくて大丈夫よ~。イヤー、眠そうにうとうとしてるリンちゃんもかわいいけど、驚いてるリンちゃんもかわいいー!!」
ふざけたかと思ったらシリアスになり、シリアスになったかと思えばまたふざける。それが双竜瞳である。
一応解説をしておくと、双竜瞳という人物は、かわいい子が大好物なのだ。
男女問わず、かわいい子を見ると抱き締めたくなる、撫でたくなる…などつまりは興奮状態に陥ってしまう。
この双竜瞳という人物はすごい人物でありながら、残念ながら変態でもあるわけだ。
「えっ…あれ 双竜……さん? あの……、えっ」
自分のプロフィールを突然言われても動じなかったセシールが、ものすごい動揺していた。
無理もない。噂に聞くあの情報屋がこんな変態だったのだ。だれだって動揺するに決まってる。
「かわいい子がいたら男女問わず愛でる、世の常識よ」
「お願いですからそんな恥ずかしいセリフをキリッとした顔で言わないでください」
シンジのセリフを完全に無視し、瞳はリンをなでくりまわしている。
実の兄の目の前で、妹をなでくりまわしているのだ。
――本当に肝の据わった方だ。悪い意味で。
「あ、あの…」
すっかり空気になってしまったセシールが、恐る恐る瞳に声をかける。
「あぁいたのね。はい、これあげる」
瞳から適当に渡されたのは、一札の書類だった。
戸惑いながらも、セシールは書類を読む。
「こ、これは!?」
書類の内容を見たセシールは愕然とした。
どんなことが書いてあるのかが気になって、シンジとリンはセシールの肩越しに書類を拝見する。
「こ、これってセシールさんが探してほしいって人じゃ…」
「フン、これで満足でしょ? さ、リンちゃんを置いてさっさと帰んな」
「いや、リンは置いてきませんよ」
苦笑いするシンジを尻目に、依然セシールは愕然としていた。
ここまで情報が回ってくるのが早いということは、さすがに予想だにしていなかったのだろう。
「あ、あのっ」
「あぁー、明日シンジん家に迎えを用意させとくから、詳しい話はその子に聞いといて。私はこのリンちゃんと夜を明かすからグヘヘ」
「させねーよ!お前うちの妹になに仕出かすつもりだよッ!!」
シンジはさきほどから瞳の元にいたリンを急いで連れ戻す。
意味を理解してないのか優しすぎるのか、リンは嫌がった様子を見せない。そこがむしろ怖いのだ。
リンをこちら側へ連れ戻したところで、ようやく話の内容をしっかりと考える。
「え、てか迎えってなに――」
シンジの言葉を遮ったのは瞳ではなく、一本の箒だった。
もちろん、箒が自らの意思でシンジに突撃したのではなく、一人の少女によってシンジの頭を捉えたのだ。
頭の痛みを堪え、背後を振り向くと、そこにはメイド服の少女がいた。
美夜ではない。
美夜と違って、胸が美夜より小さく、髪も美夜より短く、背も美夜より小さい。失礼かもしれないが、美夜を全体的に少し小さくした感じである。
髪型は青紫色のボブ、まだ幼さがにじみ出ているものの無愛想な表情である。まだ、メイド服は、美夜のものとは違い、露出の少ないものとなっている。
そして、彼女のトレードマークとも言えるのが、青い縁の眼鏡である。
彼女こそ、この店の二人目の従業員である、菊咲深愛である。といっても、この店には従業員は二人だけなのだが。
「な、なにするんだよ。深愛さん!」
「何も頼まないなら帰って。営業妨害」
確かにシンジを含む三人は何も頼んでいない。とはいえ、シンジもリンも未成年ではあるのだが。
営業妨害というのも頷ける。
いろいろ話してて気づかなかったが、周りを見るとそこそこに客が来ている。
それなのに、あんなにわめいていては場の雰囲気が崩れる。ここは居酒屋ではなく、あくまでもバーなのだから(バーのオーナーもわめいていたが)。
総合的に考えると、すぐ帰るべきなのだ。
「十秒待つから、何か頼むか帰るかして。それとも……」
「ハ、ハイ! 早急に!!」
敬礼のポーズを取ると、リンを連れて、駆け足でバーから出ていった。
取り残されたセシールは唖然としていたが、瞳に一礼するとバーを後にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
セシールがバーから出ると、リンを負ぶったシンジが待っていた。
どうやらリンは寝てしまってるようだ。
特に合図もなく、二人は歩き出す。
「情報は集まりましたね。これから、どうするんですか」
明かりの少ない夜の道をセシールの歩くペースに合わせて歩きながら、シンジはセシールに問いかけた。
声は真剣そのものだが、自分の妹であるリンを負ぶっているため、どうも真剣身にかけてしまう。
「いや、どうしたいんですか」
「……眠っちゃった妹さんをわざわざ負ぶってあげるなんて、あなた本当に妹想いなんですね」
「え、いや今関係ないことじゃ――」
「顔、にやけてますよ」
よっぽど恥ずかしかったのか、ものすごい速度で顔をセシールの見えない方へ振る。
その様子を見て、セシールは満足したのか、満面の笑みを浮かべている。
「シスコンね」
――テメェ足蹴るぞ。もち怪我してる方。
もちろんセシールとは違うため、口に出すこともなく、心のなかで叫ぶ。
うわべだけのひきつり気味な笑顔を浮かべ、悪意をもって少しだげ歩くペースを上げる。
「また例の“癖”ですか?」
「あら、また言ってたかしら。フフフ」
セシールはリンに気を使いつつ、で小さく笑う。
純粋すぎて、おそらくシンジが今何を思っているかもまったく読めていないのだろう。
そんな面がリンに似ていて、“今はいない母に似ていて”、シンジはむすっとした。
大分投稿遅れました…
次回からはサクサク投稿してくはずなので、見てくださってる方は今後もよろしくお願いします!