1-2 兄妹
時計の針は10時過ぎを指している。
消灯はしたものの、どうにも寝付けず、少年はふと窓の外を見てみた。
窓の外には、雲ひとつない美しくも広大な夜空が広がっていた。
彼が住むこの街は、大都会と呼ぶべき都会中の都会であるため、普段なら晴れていても星はほとんど見えないのだが、今夜はなぜだか、星の1つ1つが鮮明に輝いて見えた。
満月に、北極星を取り囲むように星の数々。
少年が見たことのない景色がそこには広がっていた。
手を伸ばせば掴めるような、そんな間近にも感じられ、実際に手を伸ばしてみたりもした。
「明日はいいことありそうだなぁ…」
少年の目もさながら星のような輝きが芽生え始めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ほら見てくださいよ、星空がきれいですよ。まるであなたみたいにッ!!」
窓の奥の夜空を指指しながら、シンジはキメ顔を金髪の女性に向けた。
やはり、反応はない。
ムスッと無愛想な無表情を決め込んでいる。
それと反対に、妹のリンと言ったら、熱でもあるのか疑うほどに赤面していた。
「やっぱりジャーパニーズじゃダメか。ザットイズベリービューティホォースターズーー」
「……お兄ちゃん」
もはや恥ずかしさを通り越してあきれてしまうほどであった。
さすがにダメだろうなぁ、と思いつつリンは金髪の女性の方に目を向ける。
「……クスッ」
驚くことに、今まで無表情を貫き続けた彼女が、笑顔を見せたのだ。
美しくも可憐で、それでもって優しい笑顔。見とれてしまいそうに、飲み込まれてしまいそうになる。
ハッとなったシンジは、ここぞとばかりにカタコトな英語を続ける。
「ワォ!ベリープリティーアンドビューティホォー!!」
「下手な英語ですね…スミマセン、思わず笑ってしまいました」
「オゥノー…」
割りと本気で傷ついたのか、シンジは体操座りで俯いてしまった。
「とはいえ、元気付けてくれたんですよね…。ありがとうございます」
嫌みのない言い方に、シンジは不貞腐れたように顔を背ける。
シンジ自身が嫌みたっぷりな台詞や、ひねくれた態度、挙げ足をとったりする人柄故に、こういった素直な人はどうも苦手だ。
「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私の名前はセシール・エクアドルといいます」
セシールのその言葉に、シンジは眉をひそめる。
「セシール…?」
「えぇ、そうですけど……何か?」
「いや、昔その名前をどこかで聞いたような気がするんだが…多分気のせいだな」
うんうん、と一人勝手に納得するシンジ。
よくわからない人だなぁ、セシールはそう思った。
「それより、こっちも自己紹介しないとな。俺はシンジ! で、こっちのいたいけな少女が俺のかわいい妹のリンだ」
「は、はぁ…」
名前のことではなく、シンジの妹の紹介に、セシールは少しばかり引いた。
多分シスコンなんだろうな、そう思ってリンの方を見てみたら、照れ臭そうに、「もう、やめてよお兄ちゃん…!」などと言っている。
「…仲のいい兄妹ですね」
「よく言われます」
気恥ずかしそうに俯くリンと、何故か笑みを浮かべるシンジ。分かりやすく言えばドヤ顔である。
…兄に勝る弟はいない、という言葉があるが、兄に勝る妹はいるんだ、なんてことを考えながら、
「兄に勝る妹は存在するんですね」
と思わず口に出すセシール。
「…あんた、思ってることをそのまま口にするタイプだろ。その癖直すか、失礼なこと考えないようにするかした方がいいぜ」
「くすっ、忠告ありがとうね」
セシールと、こんな他愛もない話をずっとしていたいが、そうにもいかない。
シンジは思いきって、セシールに本題を告げることにした。
「そういえば、あんたが血塗れですぐそこの海岸に倒れてた訳だが…一体なにやらかしたんだ?」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん…いくらなんでも直球すぎるでしょ……」
そう言ってセシールのほうを見ると、さっきまでのセシールとはうってかわって、気まずそうに目線をそらす。
この事がセシールにとっては触れてはいけない話題だったことは、シンジでも十分理解している。
だが、聞かなければならない、そんな気がしたのだ。
一瞬だったが、この息苦しい沈黙はシンジや、リンにとっては長く感じた。
「実は、あなたたちに、いやリンちゃんに頼みたいことがあったんです」
「頼みたい…」「ことですか?」
セシールの言葉に、兄妹は目を見張った。
「この少年を、探してほしいの」
そう言って彼女は懐から一枚の写真を取り出した。
その写真には、満面の笑顔を浮かべ、両手はピースさせている一人の少年が写っていた。
肩にかかる程度の黒い短髪、幼さを隠しきれない顔立ち、『sky』とプリントアウトされた白いTシャツ、とごくごく普通の少年ではある 。
「あのな…リンが警察に見えるか?俺ならともかく、無理ありすぎだろ。そういうのは他所で――」
「ダメなんです…あなたじゃないと」
正直に言ってセシールには不可解な点が多すぎる。
今の写真の件もそうだが、なぜセシールが血まみれで海岸に倒れてたのかもまだ明かされていない。
なぜ警察ではなくシンジやリンのもとを訪ねたのか。
普通なら、適当に言いくるめて帰らせるか、病院(頭のではない)に行かせるだろう。
だが――
「理由はなんであれ、どうしてもリンが必要なんだな?」
「…えぇ」
「…OKだ。 じゃあまずは情報収集からだな」
シンジはリンに「行くぞ」と軽く声をかけると、立ち上がって部屋から出ていこうとする。
「あ、あのっ」
「ん?」
セシールの呼び掛けに応じ、シンジは踵を返す。
シンジの顔つきからは先ほどのふざけた様子は消え、真剣み溢れる顔つきになっている。
「なんで、私なんかのために…第一事情もなにも全く話してないのよ?」
「事情なんかはあんたが俺のことを信頼してくれたら聞くさ。話したくない話なんだろ?」
「……」
「安心しな、今は俺が勝手に了承したが、うちのリンはたぶん世界一優しい少女だから、アンタが何者だろうと手を差しのべてくれるぜ。俺もだがな」
セシールは押し黙ってしまう。
この兄妹には本当に敵わない、そうセシールは感じた。
「ねぇお兄ちゃん、情報収集って言ったけど…こんな時間にどこいくの?」
「RPGで言ったら情報収集と言ったら酒場だろ? つまりそういうことだ」
ちょくちょく訂正はしています
ここおかしいな? と思ったら容赦なく指摘してくださ><