Summer Purple
2017年、夏ーー
「あつーーーーい!」
部活動帰りの優華は、クーラーの風量を最大にして、バッグを床に投げ捨てベッドに飛び込んだ。
「あついよまじで、今日きつすぎぃ〜〜先輩も後輩もまじ無理ぃ〜」
そうぼやきながらゴロゴロする優華の目に止まった物。
窓際の瓶に入って、陽の光が反射したそれを取り出す。
アクリル宝石のダイヤ、それも優華の好きなピンク色。
優華はそれをつまんで、太陽に翳した。
「健ちゃん、最近みないなあ…」
時は戻り、2005年夏。
優華は、幼なじみで一歳上の健斗と一緒に地元の公民館の祭りに来ていた。
家が真向かいの健斗は、母親同士も仲良く、物心ついたときにはよく一緒にいた。
喧嘩もするけど、いつのまにか仲直り。まるで兄妹のような関係。それが優華と健斗だった。
そのお祭りでもちょっとしたことで、健斗と言い合いになった。
喧嘩のきっかけなんて思い出せないくらい、しょうもないこと。
それでもお互い母親の陰に隠れ、口を一文字に結んだまま時間が流れる。
「優華も健斗も仲直りしないね〜」
「いつものことだけどね〜」
「あ、あれ美味しそう」
二人の母親は、いつものこととしてお祭りを楽しんでいた。
そのときだった。
「あ、健斗いない!!」
健斗の母親が急に叫ぶ。
さっきまで母親の浴衣を掴んでいた健斗の姿はどこにもない。
焦った母親たちは、優華を近所のおばちゃんに託し、健斗を探しに行った。
優華はテントの奥の椅子に座って待つ。
「どこ…行ったんだろうな、ケンカしたからかな」
ポツリと呟いた瞬間、後ろから声がした。
「ゆうか!ゆうか!これみて!」
「え!?健ちゃんどこ行ってたの、ママ達探してるよ」
「これ、みて!手貸して!」
そう言って健斗は優華の手のひらに何かを置いた。
キラキラしたピンクのダイヤ…の形をしたもの。
「宝石つかみやってたから!」
得意気に話す健斗に、おばちゃんが気付く。
「あら健ちゃん!勝手にいなくなっちゃだめでしょ!放送かけてもらうね」
そうして母親たちが戻ってくるのを二人で待った。
「ゆうか、その宝石、取りに行ったこと内緒な!隠しておけよ!」
健斗は小声でそう言って前を向く。
母親たちはすぐに戻ってきて、当然叱られる健斗。
どこに行ってたか聞かれても答えない、はぐらかす健斗を見て、優華もこっそりダイヤをバッグにしまったーーー
そんな過去の記憶が蘇った。
一歳上の健斗は、今年受験生。ここ1ヶ月ほど、姿を見ていない。
「塾かなんかかな…」
受験勉強に励んでいるのだと思い、優華はアクリル宝石を瓶に戻した。
高校は別だが、朝や帰りに顔を見ればいつも茶化してくる。
かと思えば、急に先輩風を吹かすように、優華のテストの結果や、進路を心配してくることもあった。
子どもの頃のように喧嘩をすることはなくなったが、年頃の優華にはたまに鬱陶しく感じることもあった。
小学生まではよく遊んだ二人も、健斗が中学生になった頃から遊ぶことはなくなり、会話するだけになっていた。
普段鬱陶しく思う相手でも、しばらく姿を見ないとなんとも言えない気持ちになる。そんな不思議な感覚に襲われながら、優華は眠りについた。
ーーーー「優華〜!起きなさい!」
母の声で目覚めた優華。時刻はもうすぐ18時。
「どうしたのママ」
寝ぼけながらそう問いかける優華に、母親は返した。
「すぐリビングに来て」
一言だけ言って母親は急いで下に行った。
優華も後を追いかけ、リビングのドアを開くと目の前には健斗一家。今日は健斗のお父さんもいた。
「おい優華〜寝てたのかお前ー!
夏休みだからってダラダラすんなよ」
そう茶化してくる健斗。
「うるさい」
小声で健斗に返し、
「こんばんは、お久しぶりです」
と健斗の両親に挨拶をした。
「久しぶりだね優華ちゃん」
「起こしてしまってごめんね」
そう口々にいう健斗の両親。
そして、次の言葉に優華は耳を疑ったーーー
「実は僕、転勤で海外に行くことになってね。お母さんと健斗も来月一緒に行くんだ」
そう言って優しく微笑む健斗の父。
(海外…?転勤…?健斗も?来月???)
優華はその単語だけが脳内を駆け巡り、いまいち状況が把握できないでいた。
何も言葉を返せない優華とは対照的に、話が進む健斗一家と優華両親。
「あと1ヶ月、よろしくな!優華」
そう言って笑顔を向ける健斗にも、何も言葉が出てこず、
「うん」
とだけ頷いた。
ーーーー何が起きているのか気持ちがついていかないまま数日が経った。
あれから、ふとした瞬間に健斗のことを考えてしまう。
部活からの帰り道もそうだった。
ため息をついて家に入ろうとしたとき、後ろから声がした。
「おう優華!今帰り?」
「うん、健ちゃんは?」
「俺も。……ちょっとあがってもいい?」
リビングに通し、冷たいお茶を淹れる。
「はい」と健斗に手渡し、向かい合わせで座った。
「健ちゃん、海外もう少しなんだ。急だね。こないだはびっくりしちゃった。頑張ってね、あと、あと……」
優華は早口で健斗に話しかけた。言いたいことが見つからない、何をどう声かけていいのかわからない、そもそも…
ーーー突然いなくなるって知ってもわかりたくないーーー
「…うん、行く。俺一人でこっちに残っても不安だしな!!」と大きな声で笑いながら言う健斗。
そして少しの沈黙。
いつもおしゃべりなくせに黙らないでよ、と優華が思ったそのとき、再度健斗が口を開いた。
「8月の最後の日、花火大会あんだろ?その次の日、俺行くんだ」
「そっか…」
「…あのさ、優華」
「なに?」
「花火大会俺と行ってくれない?」
「…え?」
「だから!俺と!花火大会!いこ!ね!」
「わかった、いいよ」
健斗はたまに強引だ。だが断る理由もなく、了承した。
ーー高校生の夏休みはすぐに過ぎる。気付けば花火大会の日になっていた。
当日、母親に浴衣を着せてもらい、髪をまとめた。健斗との待ち合わせは17時。
時計を見ると16時半、あと30分で迎えにくるはず。なんとなくもう一度髪や化粧をチェックしているところでインターホンが鳴った。
下からは母親と健斗の声が聞こえる。
「はやっ…」
そう呟きながら、優華は荷物を持って玄関へ向かう。
玄関で待っていた健斗も浴衣姿だった。
ちょっとかっこいいじゃん、そう思いながらも本人には言わず
「行ってきます」
と告げ家を出た。
会場までは歩いて20分。
履き慣れない下駄で、いつもより歩幅が小さくなってしまった。
「優華も浴衣か〜浴衣デートみたいだな」
そう言って笑う健斗に
「デートじゃないから」
とだけ返し、ゆっくり歩いた。
健斗もその歩幅に合わせ、二人で会場を目指した。
道中、明日から健斗が海外に行くことなんてどちらも触れず、他愛もないことを話していた。
気付けば会場に着き、花火が始まるまで出店を見て回った。
健斗が宝石すくいを見つけ、
「優華〜あれやろう」
と急いで行ってしまう。
なんか前にもあったな、変わってないなと思い、自然と笑みがこぼれた。
健斗がゲットしたのは、水色のダイヤひとつ。
健斗は袋に入れてもらうと、
「これやるよ」
と手渡してきた。
「え、いらな…」
「いいから貰ってよ」
強引に渡された水色のダイヤを、優華はカバンにしまった。
花火大会が始まって、二人で眺めているときに健斗がつぶやいた。
「最後に優華と来れて良かった」
なぜか言葉にされると、別れの言葉に聞こえ、胸が苦しくなる優華。
「…一生の別れみたいな言い方しないでよ」
そっぽを向く優華に、
「そんなつもりはねぇよ!」と笑いながら頭を二回ポンポンとしてきた。
小さい頃からいつもそう、泣いてたら頭をポンポンとしてくる。
泣いてないよ、泣いてない。なんで?
そう思う優華の頬には一粒の涙が落ちていた。
そこからいつ帰宅したか、何を話したか、なんて覚えてないまま、気付けば自分の部屋にいた。
さっきもらった水色のアクリルダイヤ。
それをピンクのダイヤが入っている瓶に入れた。
ーーーー2017年10月。
健斗が海外に行ってから1ヶ月が経ち、学校生活も何事もなく過ごしていた。
そんなとき、優華に声をかけてきた一人の男子生徒がいた。
航哉。同級生で、割と仲の良い男子だった。
「優華、ちょっといい?」
そう呼ばれ、屋上に向かった。
「優華のこと、好きなんだよね。付き合って欲しい」
仲のいい男友達としてしか見てなかった航哉だったが、なんとなくその場でOKをした。
理由はわからない。
でも、
悪い気はしなかった。
ーーーそうして航哉と付き合いはじめ、2ヶ月。
友達だった頃とはまた違う時間を過ごすようになり、楽しさや特別な感情を抱いていた。
でも、優華の心に何か引っ掛かる物があったのだ。
その正体を探ることもせず、気付けば街は一気にクリスマスムードになっていた。
この日、優華は航哉とクリスマスプレゼントを買いに出掛けていた。
少し遠出をするのは、付き合いだしてから初めてだった。
「少し大人っぽい格好にしようかな〜」
服装に悩んだ末、新しいブーツを履き、デートの待ち合わせに向かっていた。
異変が生じたのは、待ち合わせまであと少しというときだった。
履き慣れないブーツで、靴擦れを起こしていたのだった。
歩くペースがダウンし、待ち合わせに少し遅れた。
「ごめんね、遅れてしまって」
「どうしたの?LINEしたけど、遅かったね」
そう言う航哉に、心配をかけまいと、
「ううん出口に迷っただけ」
と嘘をついた。
合流してから1時間ほどして、航哉はスタスタ歩く。靴擦れはどんどん酷くなり、ついていくのも辛くなっていた。
「優華歩くの遅くね?早く行こうよ」
そう言う航哉に、
「ごめんね」
と謝りながら、優華の脳裏によぎったのは、歩幅を合わせて歩いてくれた健斗の姿だった。
履き慣れない下駄で歩幅が小さくなった自分に、何も言わず歩調を合わせてくれた健斗。
ーーーそうか、私…。
胸の奥に引っ掛かっていたものの正体が、分かった瞬間だった。
「優華?どうした?どこか痛いの?」
足が痛いからゆっくり歩いてほしい、そう言おうと思った優華だが、口から出た言葉は違った。
「……ううん」
「そっか…なんか、ごめんな」
航哉が悪いんじゃない。
でもーー
優華にはもうかつての健斗の顔が浮かんでいた。
ーー会いたいーー
そう思った瞬間、涙が溢れた。
「…泣くなよ優華……」
航哉は気まずそうに、頭をかいた。
「航哉ごめん……」
ごめんと口にすると、涙はさらに溢れてきた。
「泣かなくていいから…行こう?」
泣きたくて泣いているわけじゃない、でも涙が止まらない。
そして涙と一緒に湧き上がるのは、健斗の顔や優しさーーー
「ごめん……行けない……」
「え?どういうこと…?」
戸惑う航哉に、優華は顔を上げ、声を振り絞る。
「あの…ね…私…好きな人がいる…。ごめんなさい…」
深く頭を下げる優華。
自分の気持ちに気付いてなかったとはいえ、航哉を傷つけてしまうことへの罪悪感。
震える体を懸命におさえる。
時間がものすごく長く感じた。
ーーしばらくの沈黙のあと、航哉が口を開いた。
「優華、顔を上げて。ちょっと座ろう」
そして近くのベンチに手招きされた。
「俺、なんとなく分かってた。優華に好きな人がいること。そしてその気持ちに気付いてないことも」
思いがけない言葉に、優華は唖然とした。
驚いている優華をよそに、航哉は話を続ける。
「健斗先輩…だっけ?中学の。あの人がいなくなってから、優華元気がなかったの気付いてた?」
「いや…」
「だから、もしかして…って思ったんだ。でも好きだったのは本当。告白したのは、元気がない優華をどうにかしたかったって言った方が正しいのかもな。忘れさせられたら一番よかったんだけど」
航哉は笑いながら言った。
「航哉…」
「だから、俺に悪いって思うなよ。俺が可哀想みたいになるだろ。
それに…今やっと気付いたんだろ?」
「うん…ごめん…」
「謝らなくていい、今日は送るから帰ろう」
優華は、ごめんと謝りたい感情を抑え
「ありがとう」
と言った。
そこからの帰り道、電車に乗る時も、駅から家に帰るまでの間も、二人の歩幅が揃うことはなかった。
時折航哉が立ち止まり、優華を待つ。そしてまた歩き出す。
その動作を繰り返し、優華の家の前に着いた。
「じゃあ…また学校で。普通にしろな」
そう言って走って帰る航哉の後ろ姿を、見えなくなるまで見送る優華だった。
---2021年夏。
優華は大学3年生になっていた。
自分の気持ちに気付いてから4年。
告白をされることはあったが、誰とも付き合わず、ただ大学の授業とバイトをこなす日々を送っていた。
二つの宝石が入った瓶は、見ると寂しくなるため3年前にクローゼットの奥に仕舞い込んだ。
窓から見える、健斗の家。
あれから誰も帰ってきていないようだ。
時折、誰かが掃除をしているみたいだが、そこに健斗の姿はない。
そろそろ気持ちに区切りをつけなければ、そう思い始めていた。
ーーーバイトを終えて家に帰る途中、信号待ちをしていた優華。
「だーれだ」
突然奪われる視界、普通なら怖いはず。
なのに…
聞き覚えのある声だったーー
「……健ちゃん……?」
その瞬間、視界が戻る。
「正解」
いたずらっぽく笑う健斗の姿があった。
「優華、久しぶり」
「健…ちゃん…」
なぜここにいるのか、いつ日本に戻って来たのか、いろんなことを聞きたかったのに、優華は言葉が出なかった。
そんな優華を笑いながら見る健斗。
「帰ってきた」
ピースサインでいたずらな笑みを浮かべる健斗。
ずっと会いたくて、でも諦めようと思っていた健斗が目の前にいる。
優華は泣いた。
「…会いたかった…」
「俺も」
そう言って優しく頭をポンポンする健斗。
落ち着いたあと、二人は近くのカフェに入った。
「そういえばなんで私ってわかったの?
…っていうか!その前に、なんでこっちにいるの?」
「電車一緒だったのに気付かないからだよ。
こっちで就職することになって、今日はその下見?って感じ」
思いがけない言葉だ。
「うそ!じゃあ…またこっちにいるの?」
「まあしばらくしたら一旦戻って、向こうの大学卒業したらこっちに来るよ。そしたらずっといる」
「じゃあ…」
「またお向かいさんだな」
イタズラっぽく笑う姿は昔と変わらないのに、大人の余裕がある感じもあり、優華はギャップに戸惑う。
ぼーっとする優華に、健斗は切り出した。
「優華あれまだ持ってる?」
「あれ?」
「ダイヤ。二個。」
クローゼットの奥底にある、健斗から貰った二色のダイヤのことだ。
「あるよ」
「まじ?二個とも?」
「うん」
「それ、貸してくんない?」
突然の申し出に、何に使うんだろうと思いつつも
「え、あ、うん、いいよ」
と返す優華。
そうして優華の自宅に寄り、その日はダイヤを渡して解散した。
3日後にまた会う約束をして。
ーー3日後、優華は健斗との待ち合わせの場所に行く。
駅前のベンチ。
時間より15分ほど早く着いたが、健斗はもうそこにいた。
「お、早いな」
「健ちゃんのほうがね」
「まぁな。ちょっとこっち来て」
健斗に言われるがまま向かった先は駐車場。
「乗って」
「え?誰の?え?」
「レンタカー借りた。優華と行きたい場所があってさ」
そう言われ、助手席に大人しく乗る。
車内は妙に静かだった。
会話はなく、聞きたいことがたくさんあるが、切り出せる雰囲気でもなかった。
時折、バレないように運転する横顔を見ていた。
健斗が車を走らせ着いたのは、あの日二人で行った花火大会の会場がよく見えるテラスだった。
夕陽がテラスの白いデッキに映え、綺麗だ。
「優華、俺ね、ずっと小さい頃から優華が好きだった」
「え」
「お前は気付いてなかったけど、俺はそうだった」
そう言われて、赤面する優華の頬を夕陽が照らす。
「あの…私も、そうだった…みたい…」
「みたい?」
「気付いたのは健ちゃんがいなくなって少しあとだったけど……それからずっと…」
本当は言葉を続けたいのに言葉が出てこなかった。
そんな優華を察して、健斗が口を開く。
「数ヶ月、遠距離になる。けど必ず戻ってくる。戻ってきたらもう遠くは行かない。だから俺と…付き合って欲しい」
健斗がまっすぐ優華を見つめる。
「…はい…」
涙が止まらず、はいと答えるのが精一杯だった。
「あ〜〜!!良かった!!振られたら俺どうしようかと思った!」
安心してクシャっと笑う健斗。そしてポケットから物を取り出した。
「開けてみて」
差し出されたのは宝石箱。
中を開けると、ピンクと水色のストーンが埋め込まれたネックレスだった。
「可愛い…!」
「これ、遠距離の間のお守り。だから俺には、あのダイヤもう少し貸しといて」
そう言って瓶を振る健斗。
その中には、昔もらった二つのダイヤが入っている。
「うん…!」
笑顔で返す優華。
健斗がそっとネックレスを優華に着けた。
「いつか、本物を」
ボソっと呟く健斗に、優華は聞き返す。
「ん?」
「いーやなんでもない」
ーーー次の日、健斗はまた海外に戻って行った。
寂しいけれど、寂しくない。
優華の首元には、ネックレスがキラリと光っていた。
読んでいただきありがとうございます。
前作、修羅場を書いた反動なのか、爽やかな青春ラブストーリーが書きたくなり、生まれた作品です(笑)
読んでいただいた方々の心に、あの頃のナニカが戻ってほんわりとした気持ちになっていただけてたら幸いです。




