ドレスコード・テイマー
第1話:美女限定のポンコツテイマー、美少女(?)に出会う
アストラル=ヴェルディア大陸。濃密な魔力が大気を満たすこの地において、ルミナス・エルディア王国の王都ルミナリアは、白い大理石の街並みを魔力灯が優しく照らす「光の都」として栄華を誇っていた。その中心にそびえ立つアストレイア魔導学院の演習場には、冷ややかな嘲笑が響き渡っている。
「おい見ろよ、またアルフレッドの奴が『お散歩』を始めたぞ」
「女性限定のテイムスキルなんて、軟弱者にも程があるだろ。前線じゃ何の役にも立ちやしない」
周囲の生徒たちからの視線を浴びながら、アルフレッド・アーデルハイトは小さく息を吐いた。彼の持つ固有スキルは、発動条件が極めて限定的なテイム能力。学院の公式記録には『女性の亜人、あるいは女性の魔物しか使役できない不完全な能力』と登録されていた。そのため、平民でありながら実力主義の名門に入学したアルフレッドは、周囲の貴族子弟たちから「落ちこぼれのポンコツテイマー」と蔑まれる日々を送っていたのだ。
(実力を認められたい、ただそれだけなんだけどな。このスキルだって、俺が望んで手に入れたわけじゃない。だけど、ここで諦めるわけにはいかないんだ)
アルフレッドは拳を握りしめ、内心の切実な願いを奮い立たせた。彼にはどうしてもこの学院で成果を出し、自らの価値を証明しなければならない理由があった。
「相変わらず情けない面をしておるな、アルフレッド」
不意に声をかけてきたのは、自信家で野心的な貴族令息、セドリック・レーヴェンシュタインだった。彼は数人の取り巻きを連れ、勝ち誇ったような笑みを浮かべてアルフレッドを見下ろしている。
「そんな使えないスキルでいつまで学院に居座るつもりだ? 今日は始まりの王立試練場に行くのだろう? せいぜい、安全な第一階層で可愛い女の子の魔物でも探して泥遊びでもしているがいい」
「セドリック様、挑発なら他でやってくれないか。俺には俺の目的がある」
「ふん、口だけは達者だな。もし今日、まともな成果を持ち帰れなければ、お前のような平民は退学を進言してやるからな」
執拗な煽りに周囲の生徒たちも同調するように笑う。アルフレッドは彼らを無視し、真っ直ぐにダンジョンへと足を向けた。言葉で言い返しても意味はない。結果で見せるしかないのだと、己に言い聞かせながら。
王宮の地下に広がる「始まりの王立試練場」は、新米冒険者や学生のために安全対策の結界が張られた管理ダンジョンだ。しかし、一歩足を踏み入れれば、薄暗い通路と魔力の残滓が肌を刺す。
アルフレッドは慎重に歩みを進めていた。浅層であるはずの第二階層へ差し掛かったその時、前方から激しい金属音と、地鳴りのような咆哮が聞こえてきた。
(なんだ? この魔力の波動は……ただの訓練用魔物じゃない!)
急ぎ物陰から様子をうかがうと、そこには信じられない光景が広がっていた。本来なら中層以降にしか現れないはずの、凶暴な変異種の魔獣が、二人の人物を追い詰めている。
「くっ、調子に乗りおって……この私が、こんなところで後れを取るはずが……!」
鋭い剣幕で魔法障壁を展開しているのは、息を呑むほど美しい、プラチナブロンドの髪を持つ絶世の美女――フィオナだった。その傍らには、彼女と瓜二つの顔立ちをした、可憐なフリルがあしらわれた美しいドレスを纏う少女が怯えたように身を寄せていた。
魔獣の爪が光の障壁を激しく叩き割る。フィオナの魔力は底を突きかけており、このままでは二人の命が危ない。
(助けないと……いや、俺の戦力じゃ正面からは勝てない。なら、一か八か、俺のスキルに賭けるしかない!)
アルフレッドは物陰から飛び出した。
「二人とも、動かないでくれ!」
「なっ、何者だ!?」
フィオナが驚愕の声を上げるのと同時に、アルフレッドは右手を突き出し、自身の全魔力を解放した。
「我が声に応えよ――テイム!」
アルフレッドの体内から溢れ出た神秘的な光の粒子が、奔流となってフィオナと、ドレスを纏う少女の身体を包み込んでいく。本来なら魔物に対して使うスキルだが、この濃密な魔力の拒絶反応がない限り、契約は成立する。アルフレッドは必死に祈った。頼む、かかってくれ、と。
眩い閃光が演習場のような通路を白く染め上げる。光が収まった時、アルフレッドの脳内に、確かな「二つの契約の繋がり」が刻み込まれた。
「え……? 嘘、私の魔力が、彼と繋がって……?」
フィオナが信じられないといった様子で自分の手を見つめる。テイムの光は確かに二人を同時に捉え、契約を完了させていた。アルフレッドは激しい魔力消費に息を切らせながらも、安堵の息を漏らした。
「よかった、二人とも無事か? 俺のスキルで一時的に契約を結ばせてもらった。これで俺の魔力を君たちに供給できるはずだ」
これでひとまずは危機を脱した。そう思い、ドレスを着た可憐な少女のほうへ視線を向けたアルフレッドだったが、次の瞬間、その少女の口から発せられた言葉に、全身の血が凍りつくような衝撃を覚えることになった。
「ふぅ……助かったよ、お兄さん。あいつの攻撃、本気でドレスが破けるかと思った。お姉ちゃんが強がって奥まで行くからさ、俺、生きた心地がしなかったよ」
「……は?」
アルフレッドは硬直した。
目の前の可憐な少女から発せられたのは、鈴を転がすような美声などではなく――紛れもない、少し低めで心地よい「少年の声」だったのだから。
「え、俺……? 今、俺って言ったか……?」
「うん? ああ、言ってなかったっけ。俺、男だよ?」
ドレスの裾を上品につまみながら、少女――否、少年は、あざとさの塊のようなウインクをアルフレッドに向けてみせたのだった。
第2話:スキルの真実と姉弟の事情
「お、男……? お前、今、男って言ったのか……!?」
アルフレッドの声は裏返っていた。始まりの王立試練場の薄暗い通路で、彼は己の頭を抱え、目の前の光景を何度も凝視した。
波打つような亜麻色の髪、潤んだ大きな瞳、フリルとリボンが贅沢にあしらわれた可憐な深紅のドレス。どう見ても、どこからどう観察しても、自分の数歩前に佇んでいるのは儚げな美少女にしか見えない。
しかし、その口から紡がれる言葉は、まごうことなき少年の低めの響きを帯びていた。
「うん、男だよ? 何かおかしいかな、お兄さん」
少年――カイルは、小首をかしげて見せた。ドレスの裾を両手で軽くつまみ、完璧な作法で膝を折る仕草は、王都のいかなる貴族令嬢よりも優雅で、それゆえにアルフレッドの脳内に強烈なバグを引き起こした。
(いやいやいや! おかしいだろ! 何が『何かおかしいかな』だ!? 俺のスキルは女性限定のはずだぞ!?)
アルフレッドは混乱の極みに達し、自身のステータス画面を脳内で強制的に起動した。半透明の青いウィンドウが視界に広がり、そこに刻まれた文字を凝視する。
【固有スキル:ドレスコード・テイマー】
【契約対象条件:美しいドレスが極めて似合う者】
【現在の契約者:フィオナ(シンクロ率:70%)、カイル(シンクロ率:85%)】
「……女限定じゃ、ない……!?」
アルフレッドは愕然とした。学院の判定水晶は、このスキルの本質を見抜けず、ただ「ドレスを着た女性にばかり発動していた」という過去の実績だけで『女性限定の不完全な能力』と結論づけていたのだ。本当の条件は性別ではなく、衣服の完成度と、それを着こなす本人の美貌――すなわち『ドレスコード』だった。しかも、なぜか男の娘であるカイルの方が、実の姉であるフィオナよりも圧倒的にシンクロ率が高いという信じがたい現実が示されている。
「ちょっと、そこの平民。いつまで呆けているのよ」
冷徹で、氷の刃のような声がアルフレッドの思考を引き戻した。
プラチナブロンドの髪を翻し、鋭い視線を向けてきたのは、姉のフィオナだった。彼女は乱れた衣服を整えながら、不機嫌そうに腕を組んでいる。
「命を救われたことには感謝するわ。だけど、この私の身体に流れる魔力が、あなたのような頼りない男と強制的に接続されているのは……酷く不愉快ね」
「お、お姉ちゃん、命の恩人にそんな言い方しちゃダメだよ。ほら見て、お兄さんのおかげで、俺の身体の中にあった『あの嫌なモヤモヤ』が綺麗に消えてるんだ」
カイルがフィオナの袖を引っ張りながら、アルフレッドの元へと一歩近づいてきた。
「モヤモヤ……?」
アルフレッドが問いかけると、カイルは少し悪戯っぽく笑いながら、自分の胸元に手を当てた。
「俺さ、生まれつき魔力の回路がイカれてて、放っておくとすぐに魔力が暴走しちゃうんだよね。その暴走を抑えるための呪法が施されたのが、この特製のドレス。でも、さっき魔獣に襲われてドレスの魔力結界が壊れかけて、もうダメかと思った。そしたらお兄さんのテイムの光が降ってきて……今ね、お兄さんの魔力の経路を通じて、俺の暴走しそうな魔力がすっごく綺麗に中和されてるの。すごく心地いいよ、お兄さん」
カイルはそう言うと、距離を詰めてアルフレッドの顔を覗き込んできた。長い睫毛が揺れ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
(ち、近い……! 男だって分かってるのに、この距離感は心臓に悪すぎる……!)
「カイル! みっともないからその男にベタベタ触るんじゃないわよ!」
フィオナが顔を真っ赤にして叫び、カイルの襟首を掴んで引き剥がした。しかし、フィオナ自身もまた、テイムのパスを通じてアルフレッドから流れ込む温かい魔力の波動に、かすかに頬を染めている。彼女はツンとそっぽを向きながら、冷ややかな口調を崩さないように努めた。
「勘違いしないでよね。私はこの契約を認めたわけじゃないわ。ただ、カイルの命を救うための応急処置として、一時的に受け入れてあげているだけなんだから」
「あはは、お姉ちゃん、本当は自分の魔力もすっかり安定してホッとしてるくせに」
「うるさいわね、カイル! お前は少し黙っていなさい!」
姉弟の騒がしいやり取りを眺めながら、アルフレッドは自分の右手のひらを見つめた。
右側には、苛烈だが圧倒的な魔力を秘めた本物の美女、フィオナ。
左側には、あざとく、しかし自分を救ってくれたと慕ってくるドレス姿の男の娘、カイル。
(俺の落ちこぼれ人生、ここから一体どうなっちゃうんだ……?)
ルミナリア王都の地下で、前代未聞の「ドレスコード・ハーレム」の幕が、奇妙な形で今、上がろうとしていた。
第3話:学院の嫌がらせと最初の論破
始まりの王立試練場から帰還したアルフレッド・アーデルハイトを待っていたのは、アストレイア魔導学院の白大理石の回廊を埋め尽くす、生徒たちの騒然とした空気だった。
「おい、見ろよ……アルフレッドの奴、一体何を引き連れて帰ってきたんだ?」
「右にいるのは、どこかの名門の令嬢か? もの凄い美貌だな……」
「左の小柄な子も信じられないくらい可愛いぞ。あんな美少女二人を、あの落ちこぼれが同時にテイムしたっていうのか!?」
ざわめく群衆の視線の中心で、アルフレッドは冷や汗が止まらなかった。右側を歩くフィオナは、周囲の視線を不快そうに睨みつけ、左側を歩くカイルは、クスクスと笑いながらアルフレッドの腕にそっと手を絡めてくる。男の娘であるカイルの華奢な手の感触に、アルフレッドの心臓は跳ね上がった。
「道をあけろ、平民」
威圧的な声と共に人だかりが割れ、傲慢な笑みを浮かべたセドリック・レーヴェンシュタインが立ちはだかった。その目には、アルフレッドへの侮蔑と、それ以上に背後に従う二人の「美少女」に対する露骨な執着と嫉妬がギラギラと燃えている。
「ふん、不正な魔道具でも使って女を誑かしたか。アルフレッド、お前のような軟弱な平民が、そのような一級品の女たちを盾にするなど学院の恥だ。その契約を今すぐ解除しろ。相応しい実力を持つこの私が、彼女たちを正しく庇護してやろう」
セドリックが手を伸ばし、カイルの肩に触れようとしたその瞬間、アルフレッドは一歩前に出てその手を遮った。周囲の生徒たちが息を呑む。落ちこぼれの平民が、名門貴族の令息に明確な拒絶を示したのだ。
「セドリック様、それは命令ですか、それとも法的な要求ですか?」
アルフレッドの声は驚くほど冷静だった。
「何だと……?」
「もし命令であるならば、学院規則第十四条『生徒間のテイム契約に対する不当な介入の禁止』に抵触します。テイムは魔導士個人の正当な権利であり、身分を理由にその解除を強制することは、学長直属の査察対象となりますが、その覚悟はおありですか?」
「へ、屁理屈を……! お前のような無能が、そんな高位の人間と正当な契約を結べるはずがない! 何らかの違法な精神操作、あるいは契約詐欺の疑いがある!」
セドリックの怒声に、周囲の取り巻きたちも調子を合わせて野次を飛ばす。しかし、アルフレッドの表情は微塵も崩れない。彼は脳内で管理規則の条文を正確に整理し、冷徹に言葉を紡いだ。
「では、契約の正当性について論じましょう。学院のテイム獣・使役者管理規定の第三項によれば、『契約の有効性は、対象の自由意志、あるいは魔力経路の安定的結合の証明をもって確定する』とあります。フィオナ、カイル、君たちは俺に脅されてここにいるのか?」
フィオナは不機嫌そうに鼻で笑い、冷ややかに言い放った。
「馬鹿馬鹿しい。私がこんな格下の平民の精神操作ごときに屈するように見えるかしら? 不愉快だけど、契約は私の意志よ」
カイルもあざとく首をかしげ、少年の声を完全に隠した完璧な美少女の声(擬態)で応じる。
「そうですよぉ。アルフレッド様の魔力、とっても優しくて気持ちいいんです。そこのむさ苦しいお兄さんより、私、アルフレッド様の方がずーっと大好きです!」
カイルの強烈な一撃に、セドリックの顔が怒りで引きつる。アルフレッドはさらに畳みかけた。
「ご覧の通り、本人の明確な同意があります。さらに、もし精神操作を疑うのであれば、今すぐここで学院の魔力鑑識官を呼び、僕たちの魔力経路を検査しても構いません。ただし、もし不正が見つからなかった場合、セドリック様には名誉毀損、および『テイム所有権の不当な強奪未遂』の罪が適用されます。王国の現行法では、冒険者・魔導士間の所有権侵害は重罪ですが、レーヴェンシュタイン家がその責任を負うということでよろしいですね?」
「くっ……お、お前……!」
法律と学院規則の穴を完全に突き、一切の反論を許さないアルフレッドの論理構成に、セドリックは言葉を失った。周囲の生徒たちも、いつもは見下していたアルフレッドの圧倒的な弁論能力に静まり返っている。カイルが男であるという最大の秘密を隠し通したまま、アルフレッドは完璧に場を支配していた。
「……ふん、口の減らない平民め。今回は見逃してやるが、いつまでもその女たちの後ろに隠れていられると思うなよ!」
セドリックは真っ赤な顔で吐き捨てると、逃げるようにその場を去っていった。
「ふふ、お見事だったよ、お兄さん」
カイルがアルフレッドの耳元で、今度は本来の低い少年の声で囁き、妖しく微笑む。
「チッ、相変わらず生意気な男ね……」
フィオナは腕を組んだままそっぽを向いたが、その耳たぶはかすかに赤くなっていた。
落ちこぼれと蔑まれた少年が、その頭脳と奇妙な仲間たちと共に、学院の序列を揺るがし始めた瞬間だった。
第4話:右手に華、左手に毒
アストレイア魔導学院の敷地外縁にある平民用寄宿舎。その一室であるアルフレッドの自室は、簡素な木製のベッドと机、いくつかの魔導書が並ぶだけの狭い空間だった。
そこに今、到底その場には似つかわしくない、王都の至宝とも言うべき二人の「美貌」が収まっていた。
「狭いわね。平民の生活環境が劣悪だとは聞いていたけれど、まさかここまでとは思わなかったわ」
フィオナはプラチナブロンドの髪をかき上げながら、部屋の唯一の椅子に気高き女王のように腰掛けていた。彼女は不機嫌そうに周囲を見回していたが、やがて何かを思い立ったように立ち上がると、袖をまくり上げた。
「……貸しなさい。命を救われた貸しをそのままにしておくのは性に合わないの。私がこの薄汚れた部屋を完璧に整えてあげるわ」
「え? あ、いや、フィオナ、無理しなくていいよ――」
アルフレッドの制止も虚しく、フィオナは棚にあった陶器の茶器を手に取った。しかしその瞬間、彼女の慣れない手つきから茶器が滑り落ちる。
ガシャーン、と甲高い音が狭い部屋に響き渡った。
「あ……」
フィオナは硬直した。その陶器の破片を見つめ、顔を真っ赤にしながらアルフレッドを睨みつける。
「な、何よ! この茶器の形状が実用性に欠けているのが悪いのよ! 私のせいじゃないわ!」
「分かった、分かったから! 俺が片付けるからフィオナは座ってて!」
プライドが高いくせに致命的に不器用な彼女の様子に、アルフレッドは思わず苦笑した。冷徹な外面の裏にある、どこか放っておけない可愛らしさに、不覚にも胸が小さく高鳴る。
「あはは! お姉ちゃんは相変わらず不器用だね。そんなんじゃお兄さんのお嫁さんになれないよ?」
クスクスと鈴の鳴るような笑い声を上げたのは、ベッドの上にちょこんと腰掛けていたカイルだった。深紅のドレスの裾を揺らしながら、彼はアルフレッドを手招きする。
「ねえ、お兄さん。お姉ちゃんは放っておいて、こっちに来てよ。俺の身体、まだちょっと魔力がパチパチして怖いんだ……」
カイルは潤んだ瞳でアルフレッドを見上げ、ベッドのシーツを軽く叩いた。
「……カイル、お前な。男の俺の部屋で、しかも男のお前が、そんな顔でベッドに誘うような真似をするな」
「えー? だって俺、お兄さんのテイム獣だよ? それに、男の娘の部屋に男の人が入るより、男の人の部屋に男の娘がいる方が健全じゃない?」
「どこがだよ! 前提から色々おかしいだろ!」
アルフレッドは必死に理性を保ちながら、ベッドに近づきカイルをそっと引き剥がそうとした。しかし、カイルはその華奢な腕をアルフレッドの首に絡め、ぐいと体重をかけてくる。
「ちょっと! カイル、何お兄さんに抱きついてるのよ!」
それを見たフィオナが、猛烈な勢いでアルフレッドの右腕を掴んで引っ張った。
「お姉ちゃんこそずるい! 俺がお兄さんに甘えてるんだから邪魔しないでよ!」
カイルも負けじと、アルフレッドの左腕を抱え込み、胸(に見える膨らみ)を押し当ててくる。
「ちょっと二人とも、引っ張らな――」
次の瞬間、アルフレッドは強烈な感覚に襲われ、言葉を失った。
右側からは、フィオナのみずみずしく、大人の女性としての柔らかさと確かな熱量が腕を通じて伝わってくる。本物の美女の香りと肌の感触に、脳が溶けそうになる。
しかし、左側からは、カイルの華奢で可憐な、しかし骨格のどこかに「少年」の硬さを残した独特の境界線が、衣服越しにじっとりと絡みついてくる。さらにカイルは、アルフレッドの耳元で、本来の少し低い少年の声で「ねえ、お姉ちゃんに負けたくないな……」と妖しく囁いたのだ。
右手に極上の華、左手に魅惑の毒。
「……っ、二人とも、いい加減にしろーーー!!」
アルフレッドの理性の防壁が、ドタバタのコメディ劇の中で今にも決壊しようとしていた。
第5話:ギルドでの初陣と能力検証
アストレイア魔導学院での騒動から数日後、アルフレッドは王都最大規模を誇る「白光の冒険者ギルド」の重厚な扉を叩いていた。理由はいわずもがな、生活費の稼ぎ出しと、己の新しいスキルの実戦検証である。
「あら、アルフレッドさん。今日は珍しい方々を連れていらっしゃるのね」
受付カウンターで彼を出迎えたのは、明るく丁寧な対応で冒険者たちから絶大な信頼を得ている案内嬢のアンナ・フロストリリーだった。彼女の視線は、アルフレッドの両脇に佇む二人の「美少女」に釘付けになっている。
気高く周囲を威圧するプラチナブロンドの美女フィオナと、フリルのついた愛らしいドレスを纏う可憐な少女――にしか見えないカイル。
「ええ、新しく俺の契約下に入った仲間です。彼女たちの適性を確認したくて、霧幻の白樺林での討伐依頼を受けたいんですが」
「霧幻の白樺林ですね。あそこは王国の結界術で管理されていますが、最近は魔力の濃霧が深く、視界不良での奇襲が多いので気をつけてください。それにしても……お二人とも、まるで王宮のお茶会にでも出席されるような美しいドレス姿ですが、本当にそのまま戦闘に行かれるのですか?」
アンナが心配そうに尋ねるのも無理はなかった。特にカイルの仕立ての良い深紅のドレスは、泥や血にまみれる冒険者の戦場には到底不釣り合いだった。
「大丈夫です、アンナさん。これが俺たちの『戦術』なんです」
アルフレッドは不敵に微笑み、依頼の受注手続きを済ませた。
王都の東側に広がる霧幻の白樺林は、その名の通り、真っ白な白樺の幹と、足元を這うように流れる濃い白霧が幻想的な空間を作り出していた。しかし、一歩奥へ進めば、霧の向こうから魔獣の息遣いが聞こえてくる危険な防壁でもある。
「――来るぞ!」
アルフレッドの警告と同時に、霧を裂いて現れたのは、鋭い牙を持つ大型の魔獣フォレストウルフの群れだった。
「ふん、この程度の雑魚、私の光魔法で一瞬で塵にしてあげるわ」
フィオナが前に出ようとするが、アルフレッドはそれを手で制した。
「待って、フィオナ。まずはカイルの性能テストだ。カイル、前衛を頼む」
「はーい、お兄さん! 任せてよ」
カイルは可憐な少年の声(擬態)で返事をすると、ドレスの裾をひらりと翻して前線へと躍り出た。
その瞬間、アルフレッドは己の内に眠る『ドレスコード・テイマー』のスキルを完全に起動した。
(ステータス確認。カイルのドレスの完成度――極上。シンクロ率――八十五パーセント。バフ、最大展開!)
アルフレッドの身体から放たれた淡い光の粒子が、カイルのドレスに吸い込まれていく。その瞬間、カイルの全身に信じられないほどの濃密な身体強化の魔力が満ちていくのが分かった。このスキルは、契約者が纏うドレスの美しさと完成度に応じて、その戦闘能力を爆発的に引き上げるシステムなのだ。
「オオオオオン!」
フォレストウルフの一匹がカイルの華奢な身体を目がけて飛びかかる。
しかし、カイルの動きはそれよりも遥かに速かった。
「おっと、遅いよ」
カイルはドレスを軽やかに躍らせる美しいステップで、魔獣の鋭い爪を紙一重でかわす。衣服の物理的なハンデなど微塵も感じさせない、風のような俊敏さ。そして、すれ違いざまに、ドレスの袖口から引き抜いた細身の短剣を、魔獣の首筋へと正確に突き立てた。
ドサリ、と巨体が地面に倒れ伏す。カイルは返り血をドレスに一切浴びせることなく、滑らかな着地を決めてみせた。
「すごい……! ドレスの完成度がそのまま身体能力の補正値になるのか」
アルフレッドが驚愕する中、カイルは残りの魔獣たちをトリッキーな体術で次々と翻弄していく。その姿は、まるで戦場で優雅に舞い踊る戦乙女のようだった。だが、ふとアルフレッドの方を振り返ったカイルは、本来の少し低い少年の声でニヤリと笑った。
「ねえお兄さん、俺のダンス、ちゃんと見ててくれた?」
(見た目は最高に可愛いのに、中身はしっかり男前なんだよな……)
アルフレッドが脳内で戦慄していると、フィオナが悔しそうに足を踏み鳴らした。
「チッ、カイルばかりにいい格好はさせないわ。アルフレッド、私にもその……バフとやらを回しなさい! あの一角獣は私が仕留めるわ!」
姉弟の競い合いによって、霧幻の白樺林の魔獣たちは瞬く間に駆逐されていく。アルフレッドは、自分の持つ「ドレスコード・テイマー」というスキルが、想像を絶する凶悪なポテンシャルを秘めていることを、確信せずにはいられなかった。
第6話:傲慢な査察官の襲来
霧幻の白樺林での依頼を完璧にこなしたアルフレッドたちは、白光の冒険者ギルドへと帰還していた。カイルの華麗な体術とフィオナの圧倒的な光魔法により、持ち帰った素材はどれも一級品ばかり。ギルド内はにわかに活気づき、受付のアンナも感嘆の声を漏らしていた。
しかし、その平穏な空気は、ギルドの重厚な扉が乱暴に開け放たれたことで一変する。
「――そこにお退きなさい。不潔な冒険者ども」
高圧的な声と共に現れたのは、数人の武装した役人を従えた、燃えるような赤髪の令嬢だった。彼女の名はカトリーヌ・ヴァルメリア。王国の高等査察機関に所属する若きエリートであり、非常に自信家で負けず嫌いな性格として知られている。
カトリーヌは鋭いヒールの音を響かせながら、真っ直ぐにアルフレッドの元へと歩み寄ってきた。そして、彼の両脇に控えるフィオナとカイルを一瞥すると、不快そうに扇子で顔を仰いだ。
「あなたがアルフレッド・アーデルハイトね。平民の分際で、このような高ランクの魔力波形を持つ女性二人を使役しているという報告を受けて、査察に参りました。不正なテイム契約の疑いがあります」
ギルド内が静まり返る。カトリーヌは傲慢な笑みを浮かべ、懐から一枚の書状を取り出した。
「王国の『奴隷および使役獣管理法・第百二十条』に基づき、実力に見合わない不相応なテイム契約は、公共の安全を脅かすものとして一時的に没収、あるいは強制解除の対象となります。大人しくその二人を我が査察局に引き渡しなさい」
有無を言わせぬ態度。カトリーヌは負けることが恥だと思っており、平民がこれほどの『人材』を従えていること自体が容認できなかったのだ。
「カトリーヌ様、お言葉ですが」
アルフレッドは一歩前に出た。その表情は冷静そのもので、焦りの色は微塵もない。
「私の契約に不正はありません。あなたが提示された法律は、確かに数年前までは有効でしたが……昨年の王国議会で可決された『魔導契約の自発的同意に関する改正細則』、通称ルミナリア特別条項を失念されているのではありませんか?」
「な、何ですって……?」
カトリーヌの眉がピクリと跳ねた。
「該当の改正細則・第三条によれば、『契約対象が明確な知性を持ち、かつ自発的な同意に基づくテイム契約である場合、国家機関であっても第三者がこれを強制解除、または没収することは不可侵権の侵害にあたる』と明記されています。カトリーヌ様、あなたが今やろうとしていることは、王国最新の法を無視した『不法な財産強奪』に相当しますが、査察局はその責任を負えるのですか?」
「くっ……! だ、だけど、その二人が本気であなたに同意している保証などないわ!」
カトリーヌは顔を真っ赤にして反論した。負けず嫌いな彼女にとって、平民に法の知識で論破されるなど屈辱以外の何物でもない。
「同意、ですか」
アルフレッドが目配せをすると、フィオナが冷徹な一瞥をカトリーヌにくれた。
「不躾な女ね。私が自分の意志以外で他人に従うように見えるかしら? あなたのその浅薄な物言いは、私のプライドに対する侮辱よ」
さらにカイルが、可憐な美少女の声(擬態)でカトリーヌの腕にすがりつくような仕草を見せる。
「そうですよぉ。私たちはアルフレッド様と心も身体も(・)繋がっているんです。変なイジワルをするなら、私、エリシア王女殿下に泣きついちゃいますよ?」
「王女殿下……っ!?」
カトリーヌは絶句した。カイルの言葉はただの脅しではない。この双子の纏う空気や気品は、明らかに上位貴族かそれ以上のバックボーンを感じさせるものだったからだ。
「法的根拠もなく、本人の同意もあり、さらにこれ以上の介入は王室との摩擦を生む可能性があります。――これでもまだ、没収を主張されますか?」
アルフレッドの理路整然とした致命的な問いかけに、カトリーヌは屈辱に震え、扇子を強く握りしめた。
「……ええい、口の減らない平民め! 法で裁けないと言うのなら、実力で証明して見せなさい! 来週、学院の公式演習場で私直属のチームと模擬戦を行いなさい! そこであなたが無能だと証明されたら、その契約はペテンとして破棄してもらうわよ!」
カトリーヌは捨て台詞を残し、嵐のようにギルドを去っていった。
「ふぅ……。また面倒なことになったな」
アルフレッドがため息をつくと、カイルが本来の低い少年の声で、いたずらっぽく耳元に囁いた。
「お兄さん、また格好よく論破しちゃってさ。俺、ますますお兄さんに惚れちゃうかも」
「カイル、お前は本当に楽しそうだな……」
アルフレッドは、次なる戦いに向けて、さらにドレスの絆を深める必要があると痛感していた。
第7話:女装男子の秘密の特訓
カトリーヌ・ヴァルメリアからの突然の宣戦布告により、アルフレッドたちは一週間のうちに模擬戦の準備を進める必要に迫られていた。
「ドレスコード・テイマー」のスキルは、使役者が纏う衣服の美しさと完成度がそのまま能力の補正値になる。カトリーヌが率いるのは査察局直属の精鋭チーム。一筋縄ではいかない相手に対し、アルフレッドはさらなる「ドレスの強化」が不可欠であると判断した。
「というわけで、カイル。今日はお前の新しいドレスを仕立てに来たんだが……」
王都ルミナリアのなかでも、一際きらびやかな最高級衣料店が立ち並ぶ中央通り。その一角にある仕立て屋のサロンで、アルフレッドは冷や汗をかいていた。
周囲には、きらびやかなシルクやレースのドレスが所狭しと並んでいる。
「わあ、お兄さん! これなんてどうかな? 胸元のカットがすごく綺麗で、お姉ちゃんよりも絶対に似合うと思うんだ!」
カイルは可憐な少女の声(擬態)で、淡いサファイアブルーのドレスを身体に合わせながら、楽しそうにステップを踏んでいる。その姿はどこからどう見ても、買い物を楽しむ可憐な貴族令嬢そのものだった。店員たちも「まあ、なんて美しいお嬢様かしら」とうっとりした視線を送っている。
(誰も、この子が『男』だなんて夢にも思わないだろうな……)
アルフレッドは内心で複雑なため息をついた。
そこへ、試着室の重厚なカーテンが勢いよく開いた。
「アルフレッド、待たせたわね。……どうかしら?」
現れたのは、真紅のシルクにゴールドの刺繍が施された、情熱的かつ高貴なドレスを纏ったフィオナだった。プラチナブロンドの髪と、大胆に開いた背中のラインが調和し、言葉を失うほどの美しさを放っている。
「……あ、ああ。すごく似合ってる、フィオナ」
「ふん、当然よ。私に似合わないドレスなんてこの世に存在しないわ。そこのカイルの安っぽいブルーなんかより、私のこの赤こそが、あなたのバフを最大限に引き出すに決まっているでしょう?」
フィオナは誇らしげに胸を張るが、アルフレッドに見つめられたことで、その頬はかすかに赤くなっていた。プライドが高く素直になれない彼女なりの、アルフレッドに対する精一杯のアピールだった。
「お姉ちゃん、それはどうかな? ドレスは着る人の『しなやかさ』があってこそだよ。お兄さん、ちょっと俺の試着、手伝ってよ」
カイルはクスクスと笑うと、サファイアブルーのドレスを抱え、アルフレッドの手を引いて個室の試着室へと連れ込んだ。
「おい、カイル、俺まで入ったら狭い――」
バタン、と扉が閉まり、狭い個室の中で二人は至近距離で向かい合う形になった。鏡に映るカイルの顔は、驚くほど整っている。
「ねえ、お兄さん。チャック、上げてくれる?」
カイルは背中を向けた。ドレスの隙間から覗く背中は、華奢で白く、一瞬女性のものと見紛うほどに美しい。しかし、肩甲骨のラインや全体の骨格のどこかに、確かに「少年」としての硬質な気配が残っていた。
アルフレッドは緊張で指先を震わせながら、ゆっくりとチャックを押し上げた。
「……できたぞ」
カイルがくるりと振り返る。サファイアブルーのドレスを完全に着こなしたカイルは、アルフレッドの胸にそっと手を置き、顔を覗き込んできた。そして、周囲に聞こえないような低い、本来の少年の声で妖しく囁いた。
「ねえ、お兄さん。本当のことを教えてよ。お姉ちゃんと俺……どっちが可愛い?」
その瞳には、アルフレッドをからかう悪戯心と、それだけではない、ほんの少しの本気の葛藤が混ざり合っているように見えた。テイムのパスを通じて、カイルの微かな胸の高鳴りが、ダイレクトにアルフレッドの脳内へと流れ込んでくる。
(男だって分かってるのに……本気でドキドキさせにくるのは反則だろ……!)
「ど、どっちも綺麗だよ。お前たちのドレスの完成度は最高だ。これなら、カトリーヌとの模擬戦にも絶対に勝てる」
アルフレッドは赤くなる顔を隠すように、カイルの肩を軽く叩いた。
カイルはそんなアルフレッドの反応に満足したように、また美少女の笑みを浮かべた。
「ふふ、合格。お兄さんのその顔が見られただけで、新しいドレスを仕立てた甲斐があったよ」
最強のドレスを揃えた二人。アルフレッドは、己の内に満ちていく魔力の高まりを感じながら、一週間後の模擬戦へ向けて確かな手応えを掴んでいた。
第8話:模擬戦の火蓋
カトリーヌ・ヴァルメリアとの約束の期日が訪れた。
アストレイア魔導学院の広大な中央第一演習場は、異様な熱気に包まれていた。周囲の階段状の観客席を埋め尽くすのは、平民が査察局のエリートに挑むという前代未聞の番狂わせを一目見ようと集まった大勢の生徒たちだ。さらに、その中央に設けられた極上席には、第一王子レオンハルトと第一王女エリシアの姿まであった。王国の上層部すら注目する大舞台となってしまったのだ。
「ずいぶんと大層な見世物になってくれたじゃないの、アルフレッド」
演習場の中央で、カトリーヌが不敵な笑みを浮かべて待っていた。彼女の背後には、査察局が誇る重武装の精鋭魔導騎士が二人、冷徹な視線をこちらに向けて控えている。
対するアルフレッドの両脇には、仕立てたばかりのドレスを纏ったフィオナとカイルが立っていた。戦場には場違いなほど美しいドレス姿の二人を見て、観客席からは「本当にあの格好で戦うのか?」「正気じゃない」とざわめきが起こる。
「私の後ろにいるのは、並の冒険者では足元にも及ばない結界術と錬金ゴーレムのスペシャリストよ。今ならまだ、無条件で降伏してその二人を差し出す権利を認めてあげてよ?」
「お気遣いありがとうございます、カトリーヌ様。ですが、僕たちもこの日のために『最高の正装』を用意してきましたから」
アルフレッドは一歩も引かずに応じた。
「ふん、強がりを! 始めなさい!」
カトリーヌの鋭い号令とともに、審判の魔導士が開始の合図を告げる。
同時に、カトリーヌの背後の魔導騎士が巨大な魔力結晶を地面に突き立てた。一瞬にして演習場の地面に幾何学模様の光が走り、アルフレッドたちの足元を重い重力結界が襲う。さらに、もう一人の騎士が召喚した鋼鉄製の強固なゴーレム二体が、地響きを立てて突進してきた。
「この結界のなかでは、並の魔導士は指一本動かすことも叶わないわ! 一瞬で押し潰してあげる!」
カトリーヌが勝ち誇ったように扇子を掲げる。
だが、アルフレッドは冷静に敵の配置と魔力の流れを分析していた。
(重力結界による機動力の低下、そしてゴーレムによる前衛の圧迫か。……王道だけど、だからこそ隙がない。だけど、俺たちのシンクロ率なら、そんなものは一歩で踏み越えられる!)
「カイル、フィオナ! 反撃を始めるぞ!」
アルフレッドが叫ぶと同時に、体内の魔力を全開にした。ドレスコード・テイマーの光の奔流が、二人のドレスへと注ぎ込まれる。サファイアブルーのドレスを纏ったカイルのシンクロ率は、新調した衣服の完成度によって九十パーセントを超えていた。
「はーい、お兄さん! いっくよー!」
カイルは可憐な少年の声(擬態)を響かせ、重力結界など存在しないかのように軽やかに地を蹴った。新調したドレスの裾がサファイアの光の尾を引くように翻る。アルフレッドの最大バフを受けたカイルの敏捷性は、すでに人間の領域を遥かに凌駕していた。
「なっ……重力結界のなかで、あんな速度で動けるはずが……!?」
カトリーヌが驚愕に目を見開く。
カイルは突進してくる鋼鉄ゴーレムの拳を、優雅に踊るようなステップで紙一重でかわすと、その巨大な腕を駆け上がり、ゴーレムの頭部へ向けて鋭い回し蹴りを叩き込んだ。
ドゴォン!!
華奢な少女の足から放たれたとは信じられないほどの衝撃波が炸裂し、鋼鉄のゴーレムの頭部がひしゃげて後方へと吹き飛ぶ。
「さあ、お姉ちゃん! 次はいっちゃって!」
カイルが空中できれいに一回転して着地しながら叫ぶ。
「言われなくても分かっているわ! アルフレッド、魔力をよこしなさい!」
フィオナが真紅のドレスをなびかせ、その気高い両手を天へと掲げた。アルフレッドから供給される限界突破した魔力が、彼女の周囲に眩いばかりの光の剣を無数に形成していく。彼女の美貌とドレスの完成度が、魔法の出力を極大化させていた。
「我が光の刃よ、不遜な敵を穿ちなさい――『ルミナス・ブレード』!」
演習場全体を白銀の光が埋め尽くし、カトリーヌたちの防御結界へ向けて、無数の光の剣が猛然と降り注いだ。
第9話:戦術の勝利と完全なる論破
白銀の光が演習場全体を埋め尽くした。フィオナの放った『ルミナス・ブレード』の絶大な一撃は、査察局の精鋭たちが展開していた強固な防御結界をものの見事に粉砕し、轟音とともに爆煙を巻き上げた。
やがて爆煙が晴れると、そこには煤にまみれ、膝をついた魔導騎士たちと、呆然と立ち尽くすカトリーヌ・ヴァルメリアの姿があった。自慢の錬金ゴーレムは完全に沈黙し、演習場の床には無数の亀裂が走っている。
「そ、そんな……私の精鋭チームが、平民一人のバフを受けただけの女二人に、こうもあっさりと……」
カトリーヌは顔を青ざめさせ、小刻みに震えていた。観客席からも、言葉を失った生徒たちのどよめきが、波のように広がっていく。
しかし、負けず嫌いで自信家のカトリーヌは、この圧倒的な敗北をどうしても受け入れることができなかった。彼女は髪を振り乱し、アルフレッドを指差して狂ったように叫んだ。
「認めないわ! こんなの絶対に何かの間違いよ! 審判、審判を呼びなさい! この平民、平民の分際で、国家禁忌の魔導薬か、あるいは悪魔の呪詛魔術でも使って一時的に出力を偽装したに違いないわ! そうでなければ、ただのテイマースキルでこれほどの高火力を出せるはずがないもの! 不正よ、これは明確な規約違反だわ!」
ヒステリックに響き渡るカトリーヌの怒声に、観客席の生徒たちも「確かにあの威力はおかしい」「何か裏があるんじゃ……」と再びざわつき始める。審判の魔導士も判断に迷うように顔を見合わせた。
だが、アルフレッドはため息を一つつくと、冷静な足取りでカトリーヌの前へと歩み出た。
「カトリーヌ様。その見苦しい言いがかりは、ご自身の無知と無策を大衆の前で晒しているだけに過ぎませんよ」
「なっ……何ですって!?」
「あなたが『不正』だと叫ぶその根拠は、単に『自分の予想を超えたから』という主観に依存しています。ですが、このアストレイア魔導学院の公式演習場には、いかなる不正も逃さないための『魔力記録石』が四方に配置されていることをお忘れですか?」
アルフレッドは演習場の天井近くに浮かぶ、淡く発光する水晶を指差した。
「審判員の方々、今すぐあの魔力記録石のデータをこの場に投影してください。私たちの魔力波形が、王国の定める正常な魔力規準値の範囲内であるか、それとも禁忌薬物による特異波形であるかは、データがすべてを証明します」
アルフレッドの淀みのない要求に、審判の魔導士たちは即座に動き、演習場の中央に大きな魔力のホログラムを展開した。そこに映し出されたアルフレッド、フィオナ、カイルの魔力波形は、極めて高密度でありながらも、驚くほど澄んだ、一点の淀みもない「完全なる正常値」を示していた。
「ご覧の通りです。私たちの力は、純粋な魔力結合と、衣服の完成度によるシンクロ率の向上――すなわち、私の正当な固有スキルの効果によるものです。薬物や呪詛の痕跡など微塵もありません」
「くっ……、う、美しい波形……。そんな、あり得ないわ……」
カトリーヌが絶望に目を見開く。アルフレッドはそこで言葉を止めず、さらに冷徹な視線を彼女に向けた。
「むしろ、不正を疑われるべきはカトリーヌ様、あなた方のほうだ」
「な、何を根拠にそんなことを言うのよ!」
「あなたの背後にいる魔導騎士の足元を見てください。彼らが身につけている魔導割符の残滓――それは、決闘規定で『使用不可』と明確に定められている、外部からの魔力供給を一時的に増幅させる『魔力触媒の補助スクロール』ですね? 煤にまみれても、その特異な術式パターンの輝きは隠せていませんよ」
アルフレッドの鋭い指摘に、観客たちの視線が騎士の足元へ集中する。そこには確かに、禁止された使い捨てスクロールの燃えカスが転がっていた。
「規約違反を犯し、卑劣な手段を使ってなお敗北し、その罪を相手に擦り付けようとする。――国家査察局のエリートともあろうお方が、これほど醜悪な規約違反を犯しているとは、驚きを禁じ得ませんね」
「あ、ああ……」
完全なる証拠と論理によって退路を断たれたカトリーヌは、顔を真っ赤に染めた後、今度は一気に土気色になり、その場に力なく膝をついた。プライドを木端微塵に砕かれた彼女は、もう一言も反論することができなかった。
観客席からは、アルフレッドの圧倒的な頭脳と戦術に対する、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
「ふふ、お兄さん、本当に容赦ないね。最高に格好よかったよ」
カイルが本来の低い少年の声で小さく囁き、アルフレッドの腕に嬉しそうに抱きつく。
「当然の報いよ。我が主を侮るからこうなるのよ」
フィオナもまた、誇らしげに胸を張り、アルフレッドを「我が主」と呼んで微笑んだ。
落ちこぼれのポンコツテイマーと呼ばれた少年が、その絶対的な論理と規格外の力で、学院の歴史にその名を刻んだ瞬間だった。
第10話:王女からの招待
カトリーヌ・ヴァルメリア率いる査察局の精鋭チームを完膚なきまでに打ち破り、その卑劣な不正までをも衆目の前で暴き立てた模擬戦から数日。アストレイア魔導学院におけるアルフレッド・アーデルハイトへの評価は、天地がひっくり返るほどの変貌を遂げていた。
すれ違う生徒たちは一様に道を譲り、羨望と畏怖の混じった視線を送ってくる。しかし、当のアルフレッドにそんな余韻に浸る時間は与えられなかった。
平民用寄宿舎の彼の部屋に届けられたのは、最高級の羊皮紙に押された、ルミナス・エルディア王家の紋章たる光の聖樹の封蝋――第一王女エリシア・ルミナス・エルディアからの、直々のお茶会への招待状だった。
王都ルミナリアの中心にそびえ立つルミニア城。その美しく手入れされた空中庭園の一角に設けられた東屋へと、アルフレッドは足を運んでいた。
彼の左右には、この日のために用意された、まさに国宝級とも言える最上級のドレスを纏ったフィオナとカイルが並んでいる。
フィオナのドレスは、純白のシルクに淡い金糸で繊細な夜の星座が刺繍された、高貴さと神秘性を兼ね備えた一品だ。彼女のプラチナブロンドの髪と相まって、まるで月光の女神が地上に降り立ったかのような神々しさを放っている。
一方のカイルは、淡い桜色の幾重にも重なるレースが風に揺れる、愛らしさの極致のようなドレスを纏っていた。カイルの透き通るような肌と、華奢な肩のラインが見事に強調されており、誰が見ても最高位の貴族が金に糸目をつけずに育て上げた至高の令嬢にしか見えなかった。もちろん、カイルが「男の娘」であることは、未だ国家最高レベルの秘密である。
東屋の周囲を固める近衛騎士たちの視線が、一斉に彼らに注がれた。特に、王女の専属護衛を務める女性騎士リリアナ・ホワイトシールドは、鋭い観察眼で二人を見つめ、そのあまりの美しさと内に秘められた密度の高い魔力波形に、微かに目を見開いて警戒の気配を見せていた。
「よく来てくれました、アルフレッド・アーデルハイト。それに、あなたの美しい契約者たちも」
東屋の円卓に腰掛け、優雅にティーカップを傾けていた少女が、鈴を転がすような声で彼らを迎えた。
第一王女エリシア。十八歳という若さでありながら、聡明で優雅、民からの人気も極めて高い王国の至宝だ。その瞳には、深い知性と、目の前の平民に対する好奇の光が宿っていた。
「お招きいただき、身に余る光栄に存じます。エリシア殿下」
アルフレッドが完璧な礼を取ると、フィオナとカイルもそれに倣って優雅に膝を折った。
「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。今日の目的は、学院の歴史を塗り替えた優秀なテイマーであるあなたと、親交を深めることなのですから。さあ、座ってちょうだい」
エリシアの促しに従い、三人は席に着いた。宮廷給仕が手際よく注いだ最高級の紅茶の香りが、心地よい風に乗って広がる。
「模擬戦の映像は見せてもらいました。ドレスコード・テイマー……衣服の完成度によって使役者の能力を極大化させるというあなたの固有スキル、本当に素晴らしいわ。既存の魔法体系の常識を覆すほどの可能性を感じるわね」
「恐れ多いお言葉です。私のは、彼女たちの元々の素質と、ドレスの仕立ての良さに依存しているだけの能力ですから」
「謙遜する必要はありません。それほどの逸材を、査察局の不当な介入から完全に法的に守り抜き、逆に相手の不正を完璧な論理で論破したその頭脳。私はそれこそを高く評価しているの」
エリシアは微笑みながら、本題を切り出すように視線を鋭くした。
「実はね、アルフレッド。そんなあなたたちの力を、見込んで頼みたいことがあるの。王国の重要財源である鉱山型ダンジョン『翡翠の縦穴』の周辺で、最近、不審な魔力変動と改造されたような変異種の魔物が出没していてね。近衛や騎士団を大がかりに動かすと、黒幕に気づかれて逃げられる恐れがある。そこで、隠密性と高い突破力を併せ持つ、あなたたちにその内部調査をお願いしたいのよ」
王女からの直々の依頼。実質的な王命であり、平民の冒険者であるアルフレッドに拒否権など存在しないも同然だった。
「――王国の危機とあらば、微力を尽くす所存です」
アルフレッドが覚悟を決めて首を縦に振ると、エリシアは満足そうに瞳を細めた。
「ありがとう。あなたならそう言ってくれると信じていたわ」
緊迫した交渉が一段落し、東屋に穏やかな空気が戻った、その時だった。
「さすがはお兄さん! 王女殿下の前でも全然物怖じしなくて、俺、また惚れ直しちゃった!」
カイルが突然、可憐な少女の声(擬態)でそう叫ぶと、円卓を身を乗り出すようにしてアルフレッドの体に触れ、そのまま彼の左頬に、チュッ、と明確な音を立ててキスをした。
「なっ……!?」
アルフレッドは完全に硬直した。近衛騎士のリリアナの眉が跳ね上がり、王女エリシアさえも驚きにティーカップを止める。
カイルはアルフレッドの腕に嬉しそうにすがりつきながら、長い睫毛を揺らして悪戯っぽく微笑んでいる。パスを通じて流れ込んでくるカイルの感情は、完全にこの状況を楽しんでいるものだったが、同時にアルフレッドの関心を独占したいという微かな独占欲も混ざり合っていた。
「カ、カイル……ッ! 貴女、王女殿下の大前で一体何という破廉恥な真似を……っ!!」
それまで気高さを保っていたフィオナが、ついに怒発天を突く勢いで立ち上がった。その顔は猛烈な恥ずかしさと怒りで真っ赤に染まっている。
「いいじゃない、お姉ちゃん! お兄さんは俺たちの主様なんだから、これくらいのご褒美は当然だよ!」
「当然なわけがあるか、この泥棒猫! 殿下、申し訳ありません、この無礼な妹は私が今すぐ教育し直しますわ!」
「お姉ちゃんこそ、本当はお兄さんにキスしたいくせに、プライドが邪魔してできないだけでしょー?」
「な、何を言っているのよ貴女はーーーっ!!」
東屋の中で、最上級のドレスを纏った二人の絶世の美女(一人は男の娘)による、アルフレッドを巡る激しい修羅場が勃発した。フィオナの周囲には怒りのあまり微かな光の粒子が瞬き、カイルはそれを軽やかにかわしながらアルフレッドの背後に隠れる。
「あ、あの、殿下、これはその……」
アルフレッドが冷汗を流しながらエリシアに弁明しようとすると、王女はしばらく呆然とした後、クスリ、と小さく上品に笑い声を漏らした。
「ふふ、本当に賑やかで退屈しない絆ね。翡翠の縦穴の調査、期待しているわよ、アルフレッド」
右手に怒れる本物の華、左手に爆弾を抱えた男の娘。王宮のお茶会という最高に格式高い場所で、アルフレッドは自身の前途多難なハーレム生活の未来に、ただただ胃の痛むような思いを馳せるのだった。
第11話:翡翠の縦穴の影
ルミナス・エルディア王国の重要な財源であり、豊富な魔力結晶や貴重な鉱石が採掘される鉱山型ダンジョン「翡翠の縦穴」。本来であれば、厳格な採掘権を持つ者と、警護の王国騎士団しか立ち入ることができないその神聖な地下迷宮に、アルフレッドたちは足を踏み入れていた。
第一王女エリシアから下された極秘任務――ダンジョン内で発生している不可解な魔力変動と、変異種の魔物の調査。
周囲の壁には、ほのかに緑色の光を放つ翡翠の原石が埋め込まれ、幻想的な空間を形作っている。だが、立ち込める空気は重く、何かが歪んでいるような不気味な魔力の残滓が肌を刺した。
「気を引き締めていこう。ここは王立第一試練場とはわけが違う。浅層といえど、何が出るか分からないからな」
アルフレッドは腰の短剣に手をかけながら、左右を歩く二人に声をかけた。
右側を進むフィオナは、純白と金糸の気高きドレスを纏い、周囲の歪んだ魔力に不快そうに美しい眉をひそめている。左側のカイルは、お茶会で着ていた桜色のレースドレスのままだ。洞窟のゴツゴツした岩肌には到底似合わないきらびやかな格好だったが、「ドレスコード・テイマー」のバフを常に最大効率で維持するためには、この戦闘服の着用が絶対条件だった。
「――お兄さん、左の通路の奥から変な音が聞こえるよ」
カイルがふと足を止め、可憐な少年の声(擬態)を引っ込めて、本来の少し低いトーンで告げた。耳を澄ませば、粘質気のある足音と、金属が擦れ合うような嫌な音が響いてくる。
次の瞬間、緑の闇から姿を現したのは、このダンジョンに本来生息しているはずのない魔物だった。
全身が硬質な翡翠の甲殻で覆われた巨大な蜘蛛――だが、その背中には、禍々しい紫色の魔力回路が描かれた金属製の不気味なパーツが、直接肉体に埋め込まれていた。
「キシャアアアアッ!」
「なっ……魔物が、機械のようなもので改造されている……!?」
アルフレッドが目を見開く。自然発生した変異などではない。明らかに何者かの悪意ある手によって、人工的に強化された改造魔獣だった。
改造蜘蛛は鋭い脚を振り上げ、目にも留まらぬ速さでアルフレッドへと襲いかかる。
「危ない、お兄さん!」
カイルが叫ぶと同時に、アルフレッドの前に飛び込んできた。
カイルは桜色のドレスの裾をひらりと翻し、蜘蛛の凶刃を紙一重でかわす。激しい風圧にフリルが大きく揺れる。カイルはそのまま蜘蛛の懐へと潜り込むと、華奢な身体からは想像もつかない男らしい力強さで、蜘蛛の関節の隙間へ強烈な打撃を叩き込んだ。
バキィン! と甲高い音が響き、改造蜘蛛が大きく体勢を崩す。
「ふん、先を越されるのは癪だけど……これで終わりよ! 『ルミナス・レイ』!」
すかさずフィオナが真紅の魔力を乗せた光の弾丸を放ち、蜘蛛の頭部を正確に撃ち抜いた。巨体がどさりと地面に倒れ伏し、埋め込まれていた紫色の回路が火花を散らして沈黙する。
「ふぅ……。カイル、助かったよ。やっぱり頼りになるな」
アルフレッドが息を吐きながらカイルに微笑みかけると、カイルは打撃を放った直後の男らしい凛々しい表情を瞬時に消し去り、いつものあざとい美少女の笑みに切り替えた。
「もー、お兄さんったら。そんなに褒められたら、俺、嬉しくてまたキスしちゃうよ?」
カイルはわざとらしく自分の胸(に見える膨らみ)をアルフレッドの腕に押し当て、潤んだ瞳で見上げてくる。
「怖かったよぉ、お兄さん。あの蜘蛛、すっごく不気味だったんだから……守ってね?」
(さっき一撃で蜘蛛の装甲を叩き割った奴が何を言ってるんだ……!)
男だと分かっているのに、この至近距離で甘えられると理性が揺らぐ。アルフレッドの脳内は激しい混乱とツッコミで一杯になった。
「ちょっとカイル! 戦闘が終わった途端に主様に抱きつくんじゃないわよ! この破廉恥な男の娘!」
フィオナが怒髪天を突く勢いでカイルを引き剥がしにかかる。
「お姉ちゃんこそ、アルフレッドの背後を護るって言いながら、ずっとお兄さんの後ろ姿を惚れ惚れと見てたくせにー」
「な、ななな、何を言っているのよ貴女は!? 私はただ、主様の後方に隙がないか警戒していただけよ!」
フィオナは顔を真っ赤にしてそっぽを向いたが、その様子は完全に図星であることを示していた。二人の連携は日増しに強力になっているが、アルフレッドを巡る主導権争いもまた、日ごとに激化している。
「二人とも、痴話喧嘩はそこまでだ。……奥を見てくれ」
アルフレッドが二人を制し、蜘蛛がやってきた通路の奥を指差した。
翡翠の光が乱れる中層の採掘エリア。その開けた空間のあちこちに、奇妙な魔力装置を設置し、ダンジョンのエネルギーを吸い上げている、不審な黒マントの集団――王国の目を盗んで暗躍する「密猟者」たちの姿があった。
第12話:密猟者との舌戦
翡翠の光が乱反射する地下中層の採掘エリア。そこは本来、王国の許可を得た採掘師以外は立ち入れない聖域のはずだった。しかし今、大理石の岩肌には無数の黒い結晶杭が打ち込まれ、そこから不気味な紫色の魔力が吸い上げられている。
「おい、もっと魔力抽出の出力を上げろ。王国の騎士団が気づく前に、変異種のコアを回収するんだ」
黒いマントを羽織った男たちが、設置された魔力装置を操作しながら急がしく指示を飛ばしていた。彼らこそ、第一王女エリシアが懸念していた、ダンジョンの資源を不法に貪る「密猟者」の集団だった。
「そこまでだ、密猟者ども」
アルフレッドの声が、静まり返った採掘エリアに冷徹に響き渡った。
黒マントの男たちが一斉に振り返る。岩陰から姿を現したのは、一人の少年と、戦場には到底不釣り合いな最上級のドレスを纏った二人の美少女(一人は男の娘)だった。
「あぁ? なんだてめえらは。学院のガキが迷い込んできたか?」
リーダー格の、顔に大きな傷のある男が下品な笑みを浮かべて前に出た。
「ここは王国の法が及ばない、地下の無法地帯だ。迷い込んだなら運が悪かったな。その美味そうな女二人を置いていくなら、命だけは助けてやってもいいぜ?」
密猟者たちが下卑た笑い声を上げ、武器を構えてアルフレッドたちを包囲しようとする。
しかし、アルフレッドの表情には微塵の動揺もなかった。彼は懐から、王家の紋章が刻まれた一枚の魔導書状を掲げ、冷ややかに言い放った。
「無法地帯、ですか。その言葉、そのまま国家反逆罪の証拠として採用させていただきます」
「なんだと……?」
「あなたがたは『法が及ばない』と言いましたが、王国基本法・第十七条『特区迷宮の管轄権に関する規定』によれば、この翡翠の縦穴は全域が『王室直轄領』に指定されています。すなわち、許可なく立ち入る行為は単なる不法侵入に留まらず、国家財産の強奪、さらには王室に対する直接的な反逆行為と見なされる。この書状は第一王女殿下より委任された不法占拠者排除の全権執行令状です。あなたがたに弁明の余地はありません」
アルフレッドの淀みのない法的根拠の提示に、リーダーの男の顔がわずかに引きつった。
「へ、屁理屈を並べやがって! 法律がどうあろうと、ここでてめえらを殺して埋めちまえば、そんな紙切れは何の意味もねえんだよ! やれ!」
男たちが一斉に襲いかかろうとした、まさにその一瞬の動揺の隙を、アルフレッドは見逃さなかった。
「カイル、今だ!」
「はーい、お兄さん!」
桜色のレースドレスを翻し、カイルが爆発的な速度で地を蹴った。密猟者たちがその美貌とドレス姿に見とれた瞬間には、すでに勝負は決していた。
カイルは突進してきた男の懐へ滑り込むと、華奢な手首を鋭く捻り、男が持っていた魔導短剣を鮮やかに奪い取る。そのままドレスの裾を大きく回す美しいステップで敵の死角へと回り込み、背後の二人の武器をも一瞬で叩き落とした。
「がはっ!? な、なんだこの速さは……!?」
カイルの動きは、見た目の可憐さとは裏腹に、極めて実戦的で無駄がない。アルフレッドの最大バフを受けたカイルの身体能力は、密猟者程度の練度では視認することすら不可能だった。
「お姉ちゃん、残りは任せたよ!」
カイルが本来の低い少年の声で鋭く告げる。
「フン、私に命令しないで。――『ルミナス・バインド』!」
フィオナが純白のドレスの袖をなびかせ、気高き手をかざすと、地面から無数の光の鎖が這い出て、密猟者たちを一瞬で縛り上げた。
戦闘は、一分と経たずに終了した。
「くそっ、何なんだてめえらは……!」
地面に組み伏せられたリーダーの男が、悔しそうに床を睨みつける。
アルフレッドは男の前にしゃがみ込み、設置された紫色の魔力装置を見つめた。
「この装置の術式パターン、あなたがたのようなただの密猟者が作れる代物じゃない。背後にいるのは誰だ? 旧王朝の遺物を狙う組織か?」
アルフレッドの冷徹な問いかけに、男はびくりと身体を震わせ、恐怖の表情で口を閉ざした。
その反応だけで十分だった。王国の根底を揺るがす巨大な陰謀の影が、この美しい地下迷宮の奥底に確実に潜んでいることを、アルフレッドは確信していた。
第13話:姉の焦燥、弟の策略
翡翠の縦穴での密猟者摘発という大戦果を挙げ、一時的に王都ルミナリアの地上へと帰還したアルフレッドたち。王宮への報告を終えた彼らには、数日間の短い休息が与えられていた。
しかし、平民用寄宿舎のアルフレッドの部屋には、重苦しい沈黙が流れていた。原因は、椅子の背もたれに気高く腰掛け、不機嫌さを隠そうともせずに腕を組んでいるフィオナだった。
「主様。あなた、最近カイルばかりを甘やかしているのではないかしら?」
プラチナブロンドの髪を艶やかに揺らし、フィオナが鋭い視線をアルフレッドへ向ける。
「え? そんなつもりはないけど……」
「いいえ、あるわ! ダンジョンでも街でも、あの子は『お兄さん、お兄さん』と破廉恥にベタベタ触れて、あなたはそれを咎めもしない。私は、我が主が不埒な男の娘の毒牙にかかるのを黙って見ていられないのよ。……だから、明日は私と二人だけで(・)街へ出かけるわよ。これは主従の絆を深めるための、絶対命令だからね」
顔を林檎のように真っ赤に染めながら、フィオナはツンとそっぽを向いた。普段の気高さはどこへやら、一人の少女としての純情さと焦燥が透けて見えるその態度に、アルフレッドは不覚にも「可愛い」と思ってしまった。断る理由もなく、二人は翌日、デートという名のお出かけをすることになった。
翌日。王都中央通りの並木道を、アルフレッドとフィオナは歩いていた。
この日のためにフィオナが選んだのは、薄青のシルクに白いレースが幾重にもあしらわれた、清楚でありながらも彼女の凛とした美しさを際立たせる極上の私服ドレスだった。
「ふん、たまにはこういう喧騒も悪くないわね。……ほら、アルフレッド、あそこの露店で売っている焼き菓子、少し興味があるわ。取ってきなさい。……半分、あなたにあげてもいいから」
普段の冷徹な仮面を崩し、どこか嬉しそうにアルフレッドの袖を小さく引くフィオナ。不器用ながらも自分に甘えようとしてくれる彼女の姿に、アルフレッドの胸は温かい高鳴りで満たされていく。二人の距離は、いつもよりずっと近かった。
しかし、そんな甘い空気は、デートの終盤に訪れた美しい噴水広場で、唐突に打ち破られることになる。
「あれ〜? お兄さんにお姉ちゃん! こんなところで奇遇だね!」
鈴の鳴るような可憐な少女の声(擬態)とともに、噴水の陰からひらりと姿を現したのは、見覚えのある人物だった。
そこにいたのは、フィオナのドレスと完璧に対比をなす、鮮やかな向日葵色のフレアドレスを完璧に着こなしたカイルだった。カイルの華奢な白い肌と、健康的で瑞々しい美少女ぶりに、周囲の通行人たちが一斉に見とれて吐息を漏らす。
「カ、カイル!? なぜ貴女がここにいるのよ!」
フィオナが驚愕と怒りで声を荒らげる。
「え〜? 俺だってたまにはお買い物をしたいお年頃なんだよ? そしたら偶然、お兄さんたちを見つけちゃってさ」
カイルはあざとく首をかしげて見せるが、その瞳の奥には計算通りの妖しい光が宿っていた。カイルはテイムのパスを通じて、アルフレッドにだけ聞こえる本来の少し低い少年の声で脳内に直接囁きかけてきた。
(お姉ちゃんだけズルいよ、お兄さん。俺を置いていくなんて、悪いお兄さんにはお仕置きが必要だよね?)
カイルは躊躇なくアルフレッドの左腕を抱え込み、その柔らかい胸(に見える膨らみ)をじっとりと押し当ててきた。
「ちょっと! 離れなさいこの泥棒猫! 今日は私と主様の神聖な時間なのよ!」
「いいじゃんお姉ちゃん、ケチケチしないでさ。ほら、お兄さんも、俺のこの向日葵のドレス、すっごく似合ってるって思ってくれてるよ?」
カイルはアルフレッドの顔を覗き込み、長い睫毛を揺らして潤んだ瞳で見つめてくる。右側からはフィオナのみずみずしい大人の女性としての体温と怒りの鼓動、左側からはカイルの可憐で、しかし確かに少年の硬さを残した魅惑的な境界線が絡みつく。
「あ、あのさ、二人とも……街の真ん中だから落ち着いて――」
「「落ち着いていられるわけがないでしょう(よ)!」」
結局、いつもの二人によるアルフレッド争奪戦へと発展し、噴水広場は華やかな二大美少女(一人は男の娘)の修羅場と化した。アルフレッドは、贅沢すぎる悩みに周囲からの凄まじい嫉妬の視線を浴びながら、ただただ天を仰いでため息をつくしかなかった。
第14話:学園祭とドレスコンテスト
アストレイア魔導学院の白大理石の校舎は、一年で最も華やかな活気に包まれていた。年に一度の「学園祭」。出店や魔導発表会で賑わう中、誰もが最も注目する目玉イベントが、今夜、中央大講堂で開催される。
伝統の「ミス・ドレスコンテスト」。
最も美しいドレス姿とそれを着こなす気品を競うその大会に、フィオナがエントリーするのは必然だった。
「主様、見ていなさい。私こそが真にドレスコードの頂点に立つ者であることを、このステージで証明してみせるわ」
楽屋で出番を待つフィオナは、気高くプラチナブロンドの髪をかき上げた。だが、その瞳はアルフレッドの評価を求めて揺れている。不器用な彼女なりの、最高のアピールだった。
しかし、アルフレッドの冷や汗は止まらなかった。なぜなら、フィオナの隣のドレッサーで、悪ノリした周囲の男子生徒たち(正体を知らない)によって無理やりエントリーシートを書かされたカイルが、衣装合わせを終えて微笑んでいたからだ。
「お兄さん、見て見て。俺のために、ギルドのアンナさんたちが最高の一着を選んでくれたんだよ?」
カイルが纏っていたのは、夜空を溶かしたような深いミッドナイトブルーのイブニングドレスだった。背中が大胆に開いたデザインは、華奢で透き通るような白さを際立たせ、幾重にも重なる薄絹の裾が動くたびに星屑のように煌めいている。その姿は、どこからどう見ても、一国の歴史を変えるレベルの傾国の美少女そのものだった。
「カイル……お前、本当にそれで行くのか? 万が一、男だってバレたら学院が大騒ぎになるぞ……」
アルフレッドが周囲を警戒しながら小声で諭すと、カイルは鏡越しにアルフレッドを見つめ、本来の少し低い、悪戯っぽい少年の声で耳元に囁いた。
「大丈夫だよ、お兄さん。だって、俺をこんなに綺麗にしてくれるのは、お兄さんの魔力なんだから。俺、お兄さんのために一番になってみせるよ」
その瞳には、いつもの悪ふざけだけではない、アルフレッドへの真っ直ぐな独占欲が揺らめいていた。
「時間です! エントリーナンバー4番、5番、ステージへ!」
進行係の呼び出しの声が響く。
中央大講堂のステージを覆う巨大なカーテンが開き、眩い魔力灯の光が照射された。審査員席には高名な貴族や学術の重鎮たち、そして特別ゲストとして第一王女エリシアも席を連ねている。
「――続いての登場です! アストレイアの誇る気高き奇跡、フィオナ! そして、可憐なる超新星、カイル!」
二人がステージへ足を踏み出した瞬間、大講堂を埋め尽くす超満員の観客から、地鳴りのような大歓声と、それから一転して息を呑むような静寂が訪れた。
真紅の薔薇のように烈しく、しかしどこまでも気高いフィオナ。
夜の静寂の中に咲く大輪の月下美人のように、儚くも妖艶なカイル。
あまりの美しさに、審査員たちのペンが止まる。アルフレッドはステージの袖から見守りながら、二人のドレスの完成度が「ドレスコード・テイマー」のシステムを通じて、己の魔力と限界突破のシンクロを見せているのを肌で感じていた。
誰もが二人の王座を確信した、その時。観客席の最前列から、その調和を乱す不快な足音がステージへと近づいてきた。
第15話:乱入と逆転のステージ
観客席の最前列から革靴の不快な足音を響かせ、ステージへと堂々と上がってきたのは、かつてアルフレッドに法論破され失脚したはずの貴族令息、セドリック・レーヴェンシュタインだった。その目は怨嗟と嫉妬にギラギラと肉食獣のように飢えており、手には奇妙な魔力を放つ鑑識用の魔道具を握りしめている。
「そこまでだ、ペテン師ども!」
セドリックの怒声が大講堂に響き渡り、華やかな音楽がピタリと止まった。観客席の生徒たちや審査員席の貴族たちがざわつき始める。
「セドリック、何の真似だ。ここは神聖なコンテストのステージだぞ」
アルフレッドが舞台袖から進み出て、セドリックの前に立ちはだかった。
「黙れ、平民! お前たちの化けの皮を剥ぎに来てやったのだ! 審査員の方々、およびエリシア殿下! この『カイル』とかいう不届き者は、ドレスコンテストの出場資格を根本から踏みにじる、言語道断な不正を行っています!」
セドリックは勝ち誇ったようにカイルを指差した。カイルはミッドナイトブルーのドレスの裾を上品に揺らしながら、困ったように小首をかしげて見せる。
「不正、ですか? セドリック様、具体的にどのような規約違反があるとおっしゃるのですか?」
アルフレッドは冷徹な声で問い詰めた。
「白々しい! 学院創立以来、ミス・ドレスコンテストの参加資格は『本学院に在籍する、あるいはそれに準じる資格を持つ【女性】』と厳格に定められている! だが、そこのカイルという者は――魔導性別反転の呪いか、あるいは高度な幻惑魔法で姿を偽っているだけで、その本質は【男】だ!」
「な、何ですって……!?」
審査員席の貴族たちが一斉に立ち上がり、観客席からは割れんばかりの悲鳴とどよめきが沸き起こった。カイルのあまりの美少女ぶりに誰もが疑わなかった事実が、今まさに暴かれようとしていた。フィオナは焦りから微かに身構え、ステージ裏の空気が一気に緊迫する。
「この魔力鑑識具『真実の眼』は、あらゆる幻惑を排して対象の生体魔力波形を正確に暴く! さあ、正体を現す frontline で恥を晒すがいい!」
セドリックが魔道具を起動し、カイルに向けて強烈な解析の光線を放った。アルフレッドは動かない。ただ、脳内で学院の「ドレスコンテスト実施細則」の全条文を光速で走らせ、完璧なカウンターの論理を構築していた。
光線がカイルの身体を包み込み、ステージ中央の魔導スクリーンに解析結果が映し出される。
【対象:カイル・個体識別:男性】
「ハハハ! 見ろ! やはり男ではないか! 観客を騙し、コンテストを愚弄した罪は重いぞ、アルフレッド!」
セドリックの狂喜の笑い声が響く。しかし、アルフレッドはため息を一つ吐くと、憐れみの目をセドリックに向けた。
「セドリック様。本当に、相変わらず表面の条文しか読まれない方だ」
「何だと……!?」
「あなたがドヤ顔で提示した『コンテスト実施細則・第一条』ですが……昨今の亜人種受け入れ拡大に伴い、三年前の規則改正で『第三項』が追加されたのをご存知ないのですか?」
アルフレッドは懐から、学院の最新版規則集の写しを掲げた。
「改正第三項によれば、『使役契約下にある魔物、あるいは固有能力による召喚・契約体が出場する場合、その性別判定は【衣服の着用形態および精神的・魔導的属性の親和性】を基準とし、肉体的な原性別のみをもって一律に排除してはならない』とあります」
「な……魔導的、親和性……!?」
「私のスキルは『ドレスコード・テイマー』。カイルが纏うミッドナイトブルーのドレスは、彼の魔導波形と完全にシンクロし、今この瞬間、彼は『至高のドレスを着こなす最高位の美』としてこの場に存在している。これは規則上、完璧に合法的な『ドレスの体現者』としての出場です。肉体の性別のみを理由に失格を叫ぶあなたの行為は、最新の規則を無視した不当な業務妨害であり、何より――」
アルフレッドは審査員席の中央に座る人物へと視線を向けた。
「多様な魔導のあり方を推奨されている、エリシア殿下の教育方針に対する明確な反逆ではありませんか?」
その言葉に、第一王女エリシアは深く頷き、上品に扇子で口元を隠しながら微笑んだ。
「その通りですね、セドリック。アルフレッドの言う通り、魔導の可能性を狭めるような狭量な物言いは、我が王国の恥となります。……下がりなさい」
「王女、殿下……そんな、馬鹿なァァァッ!?」
完全なる論理と王女からの直接の叱責により、セドリックはまたしても完膚なきまでに叩きのめされ、近衛騎士たちによって引きずられるように退場していった。
大講堂は一瞬の静寂の後、アルフレッドの鮮やかな逆転劇に対する、地鳴りをも凌ぐ大歓声に包まれた。
「ふふ、さすがはお兄さん。俺のピンチを格好よく救ってくれちゃうんだから」
カイルがステージの上で、本来の少し低い少年の声で小さく囁き、妖艶にウインクしてみせる。
「全く、人騒がせな男の娘ね。……でも、主様のあの見事な弁論は、私の誇りよ」
フィオナも真紅の頬を緩ませ、気高く微笑んだ。
結局、コンテストのグランプリは「該当者なし(二人とも規格外の同率首位)」という異例の結果となったが、アルフレッドとその美しいドレスの契約者たちの名は、王都全土に伝説として轟くこととなった。
第16話:深層への誘い
ミス・ドレスコンテストでの前代未聞の騒動を経て、アルフレッドたちの名は「ドレスの美しさで世界を揺るがす規格外の存在」として、王都ルミナリアの隅々にまで轟いていた。しかし、華やかなお祭りの余韻を噛みしめる間もなく、アルフレッドの元へ一羽の魔導伝書鳩が舞い降りる。
それは、第一王女エリシアからの緊急令状だった。
『翡翠の縦穴の最深部にて、異常な魔力災害の予兆を観測。密猟者たちの背後にいる「旧王朝の影」が動き出した可能性あり。至急、現地へ向かわれたし』
再び訪れた地下迷宮。しかし、今回足を踏み入れた「第五階層」は、これまでの浅層とは明らかに空気が異なっていた。
壁一面に埋め込まれた翡翠の原石は、不気味な紫色に変色して明滅し、大気には鉄錆のような魔力の臭いが立ち込めている。
「ここから先は、本当の『戦場』だ。二人とも、準備はいいか?」
アルフレッドは腰の短剣を厳かに引き抜きながら、左右の戦友たちを見つめた。
右側に立つフィオナは、コンテストでも着用した純白と金糸の私服ドレスを戦闘用に変形させ、その凛とした美貌に戦士としての鋭い光を宿している。
そして左側に立つカイルは、夜空の輝きをそのまま形にしたようなミッドナイトブルーのイブニングドレス姿だ。激しい戦闘には到底不向きな、背中が大胆に開いた美しいシルエット。しかし、「ドレスコード・テイマー」のシステムは、この衣服の完成度と着こなしの完璧さに比例して、爆発的な能力値を叩き出す。カイルの現在のシンクロ率は、驚異の「九十五パーセント」を維持していた。
「もっちろん! お兄さんのためなら、俺、どんな深層の魔物だってバラバラにしちゃうよ?」
カイルは可憐な少年の声(擬態)から、一瞬だけ本来の少し低いトーンに声を落とし、妖艶に微笑んだ。その華奢な指先には、アルフレッドの魔力によって極限まで研ぎ澄まされた、不可視の魔力糸が絡みついている。
「フン、カイルにばかり良い格好はさせないわ。主様、私の光で、この忌々しい闇をすべて焼き尽くしてあげる」
フィオナもまた、気高く胸を張る。二人の対抗心が、テイムのパスを通じてアルフレッドの元へと心地よい熱量となって流れ込んできた。
進むにつれ、ダンジョンの構造そのものが歪んでいく。人工的に改造された魔獣たちの死骸が転がり、その最奥、広大な大空洞へと辿り着いた時――彼らは「それ」と対峙することになった。
空洞の中央に設置された、巨大な旧王朝の魔導生体プラント。そこから伸びる無数の触手のようなパイプが、一匹の異形へと魔力を注ぎ込んでいた。
それは、かつてこのダンジョンの守護獣であったはずの巨竜が、機械と紫色の魔力結晶によって全身を侵食された姿――『改造魔導竜』。
「グルアアアアアアアアッ!!」
狂乱の咆哮が一閃し、凄まじい衝撃波が大空洞の岩壁を砕く。その圧倒的な質量と、天を突くような魔力のプレッシャーに、普通の冒険者であれば腰を抜かして逃げ出すレベルの絶望が、そこに具現化していた。
「……なるほど、これが王女殿下の懸念していた『陰謀の果て』か。面白い」
アルフレッドは不敵に笑い、体内の魔力回路を限界まで駆動させた。
「フィオナ、カイル! 衣服の乱れは魔力の乱れだ! 完璧なドレスコードで、あの傲慢なトカゲをドレスの錆にしてやれ!」
「「――承知、主様(お兄さん)!」」
美しくも苛烈な、深層の決戦の幕が上がった。
第17話:極限のシンクロ
「グルオオオオオオッ!!」
機械と変異結晶に侵食された『改造魔導竜』の咆哮が、大空洞の空気を激しく震わせる。漆黒の鉄甲に覆われた巨躯から放たれたのは、濁った紫色の魔力ブレスだった。激流となって押し寄せる破滅の光を前に、アルフレッドは一歩も退かない。
「フィオナ、防壁を! カイル、ブレスの光条を駆け上がれ!」
「――『ルミナス・サンクチュアリ』!」
フィオナが純白と金糸のドレスを美しく翻し、その気高い両手を掲げる。アルフレッドから供給される限界突破の魔力が、彼女のドレスの刺繍と同調し、神聖な光の盾となって紫の激流を受け止めた。凄まじい衝撃波が周囲の岩肌を粉砕するが、フィオナの絶対的な気品が宿る防壁は、一点のヒビすら入れさせない。
「ありがと、お姉ちゃん! 征ってくるよ、お兄さん!」
防壁の影から、ミッドナイトブルーのイブニングドレス姿のカイルが爆発的な速度で飛び出した。背中が大胆に開いたそのシルエットは、一見すれば防御を放棄した無防備な姿。しかし、「ドレスコード・テイマー」のシステムにおいて、衣服の美しさと着こなしの完璧さは、そのまま最強の鎧へと変換される。
現在のシンクロ率は、限界値の一歩手前である『九十八パーセント』。
カイルの身体能力は、もはや肉体の限界すら超越していた。彼は竜が放つブレスの余波、その光の粒子を踏み台にするかのように、空中を優雅にステップして突き進む。幾重にも重なる薄絹の裾が星屑のような軌跡を描き、まるで夜空を舞う妖精そのものだった。
「キシャアアッ!?」
改造魔導竜が、自身の速度を遥かに上回るカイルの動きに動揺を見せる。カイルは一瞬にして竜の眉間へと肉薄すると、その華奢な指先を鋭く振るった。
「捕まえたよ」
カイルは本来の、少し低めの凛とした少年の声で呟いた。彼の指先に絡みついていたのは、アルフレッドの魔力バフによって極限まで硬度と密度を高められた不可視の魔力糸――『ドレス・バインド』。
瞬時に竜の巨躯へと巻き付いた無数の糸が、改造魔導竜の自由を完全に奪い、その動きを空間ごと縫い付けた。
「グルッ……ガアアアッ!?」
「主様! 竜の胸元、変異結晶の結合部に魔力の奔流が集中しているわ! あそこがプラントからの供給源よ!」
防壁を維持しながら、フィオナが鋭く叫ぶ。
「分かっている! 二人とも、俺の全魔力を受け取れ! 最高のドレスコードで、一撃で決めるぞ!」
アルフレッドは自身の魔力回路を限界を超えて解放した。体内を駆け巡る魔力が、テイムのパスを通じて二人へと注ぎ込まれる。右のフィオナからは苛烈で気高い本物の美の波動が、左のカイルからは可憐でありながらも芯の通った魅惑的な男の娘の波動が、アルフレッドの魂を心地よく満たしていく。
シンクロ率、合算――『百二十パーセント』、限界突破。
「これが、俺たちの絆の力だ! ――いけぇぇぇ!!」
アルフレッドの叫びと同時に、フィオナの頭上に巨大な白銀の光剣が形成され、カイルの短剣には夜空の闇を凝縮したような漆黒の刃が宿る。光と闇、相反する二つの美が調和を保ったまま、身動きの取れない改造魔導竜の胸元へと同時に突き立てられた。
第18話:陰謀の決算と新たなる夜明け
ドガァァァァァン!!!
光と闇、相反する二つの美が織りなした究極の一撃は、改造魔導竜の胸元にある変異結晶の結合部を、一点の狂いもなく真っ直ぐに貫いた。
一瞬の静寂の後、結合部から凄まじい魔力の暴走が巻き起こる。埋め込まれていた旧王朝の機械パーツが火花を散らして次々と弾け飛び、巨竜は悲痛な断末魔の咆哮を上げながら、光の粒子となって大空洞へと霧散していった。
残されたのは、機能を完全に停止し、不気味な紫の輝きを失った魔導生体プラントの残骸だけだった。
「……やった、のか?」
アルフレッドは自身の魔力回路を急激に閉じたことで、激しい虚脱感に襲われ、その場に膝をつきそうになった。しかし、その身体が地面に倒れる前に、左右から柔らかな、そして確かな温もりが彼を支えた。
「お見事よ、主様。私たちの勝利ね」
純白のドレスの裾をわずかに揺らし、息を切らせながらも、フィオナが気高く、しかし心底愛おしそうな眼差しでアルフレッドを見つめていた。
「お兄さん、怪我はない? ほら、俺にしっかり捕まっててよ」
ミッドナイトブルーのイブニングドレス姿のカイルが、本来の少し低い少年の声で優しく囁き、アルフレッドの左腕を自分の胸元へときつく抱き寄せた。パスを通じて、カイルの激しい鼓動と、アルフレッドを無事に守り抜けたことへの深い安堵感がダイレクトに伝わってくる。
「ああ、二人ともありがとう。最高のドレスコードだったよ」
アルフレッドが二人の健闘を称えて微笑むと、フィオナはふと我に返ったように顔を真っ赤にし、慌ててアルフレッドの右腕を引っ張った。
「カ、カイル! 主様が疲弊されているのよ、そんな風にいやらしくベタベタ触るんじゃないわよ!」
「え〜? お姉ちゃんこそ、お兄さんの腕を離したくないだけでしょ? ほら、お兄さんも俺の体温、気持ちいいって言ってくれてるもん」
「なっ、何を破廉恥なことを……っ!!」
深層の決戦の場である大空洞は、瞬く間にいつもの騒がしくも華やかな、アルフレッドを巡る姉弟の修羅場へと戻っていった。アルフレッドは苦笑しながらも、この奇妙で愛おしい絆こそが、自分の力の源なのだと改めて実感していた。
数日後。
王都ルミナリアのルミニア城・空中庭園。第一王女エリシアへの事後報告を終えたアルフレッドたちは、再び優雅なお茶会に招かれていた。
「素晴らしいわ、アルフレッド。翡翠の縦穴の最深部を解放し、密猟者たちの背後にいた旧王朝の残党の計画を完全に阻止してくれたこと、心から感謝します」
エリシアは満足そうに微笑み、手元にある最高級の羊皮紙の書類に目を通した。
「今回の功績により、あなたには王室直属の特別魔導士としての地位と、平民でありながら下級勲爵士の爵位を授与します。これで、もう査察局や頭の固い貴族令息たちも、あなたに不当な嫌がらせをすることはできなくなるわ」
「身に余る光栄です、エリシア殿下」
アルフレッドが深く一礼する。落ちこぼれのポンコツテイマーと蔑まれていた平民の少年が、名実ともに王国の英雄へと上り詰めた瞬間だった。
「ですが、これで終わりではないわ。旧王朝の影は、未だ王国の各地で蠢いている。これからもその『ドレスの絆』で、我が王国の光を守ってちょうだいね」
エリシアの期待に満ちた視線を受け、アルフレッドは力強く頷いた。
「もちろんです、殿下。僕たちのドレスコードは、いかなる闇にも屈しません」
「ふふ、頼もしいわね。――あ、それからカイルさん?」
エリシアが不意に、桜色のフレアドレスを纏ってすました顔をしているカイルへと視線を向けた。その瞳には、すべてを見透かしたような悪戯っぽい知性が宿っている。
「は、はい……? 何でしょうか、王女殿下」
カイルは完璧な美少女の声(擬態)で首をかしげた。
「あなたのそのミッドナイトブルーのイブニングドレス、本当に素敵だったわ。今度、王宮で開かれる夜会に、ぜひ『アルフレッドの正妻』として出席してちょうだいね? 楽しみにしているわ」
「え……?」
カイルは一瞬、完璧な美少女の仮面を忘れて硬直した。
「ちょっと殿下! 正妻は私ですわ! この泥棒猫にそんな大役は任せられません!」
フィオナが猛烈な勢いで抗議の声を上げる。
「あはは、お姉ちゃん焦りすぎ。殿下がそう言ってくださるなら、俺、本当にお兄さんのお嫁さんになっちゃおうかな〜?」
カイルはすぐに調子を取り戻し、本来の低い少年の声で妖艶に笑うと、アルフレッドの耳元に「ね、お兄さん?」と囁いた。
「カイル、お前……男だってバレたらどうするんだよ……!」
アルフレッドは顔を赤くしながら頭を抱えた。
王女のクスクスという上品な笑い声が響く中、少年と二人のドレスの体現者たちの、世界を揺るがす波乱万丈なハーレム冒険譚は、新たなる夜明けとともに、さらにきらびやかに続いていくのだった。
第19話:王宮夜会のドレスコード
第一王女エリシアからの直々の招待を受け、アルフレッドたちはルミニア城の絢爛豪華な大舞踏会へと足を運んでいた。
下級勲爵士の爵位を授与されたアルフレッドの初舞台。会場には王国の名門貴族たちが一堂に会しており、平民上がりの新参者である彼を値踏みするような、冷ややかな視線がいくつも突き刺さる。
しかし、その場に集った貴族たちの囁き声は、アルフレッドの両脇に佇む二人の「美貌」によって、瞬く間に感嘆と驚愕の嵐へと変わった。
「――お待たせいたしました、主様」
フィオナが纏うのは、漆黒のベルベットに夜天の星々を模した最高級のダイヤモンドが散りばめられた、気高きイブニングドレス。プラチナブロンドの髪をアップにまとめ、白く美しい項を露わにした彼女の姿は、いかなる高位貴族の令嬢をも平伏させるほどの、圧倒的な女王の風格を放っていた。
「ねえ、お兄さん。俺のこのドレス、どうかな? ちゃんとエスコートしてよね」
一方のカイルは、深みのあるワインレッドのシルクドレスを完璧に着こなしていた。タイトなシルエットが華奢な腰のラインを強調し、大胆に開いたスリットからは、息を呑むほど白く滑らかな脚が覗いている。ウェーブがかった亜麻色の髪には一輪の黒薔薇が飾られ、会場中の男たちの視線を文字通り独占していた。もちろん、彼女の正体が「男の娘」であることは、この場にいる誰も知る由がない。
「……ああ、二人とも最高に綺麗だ。これなら、どんな貴族が相手でも気後れする必要はないな」
アルフレッドは仕立ての良い男物の礼服の襟を正しながら、誇らしげに微笑んだ。
ドレスコード・テイマーのシステムは、この華やかな夜会の場であっても健在だ。二人の完璧な着こなしと美貌により、アルフレッドの元には限界突破に近い濃密な魔力が常にプールされている。
「ふん、平民が小綺麗な女を連れて、随分と大きな顔をしているじゃないか」
不躾な声と共に彼らの前に立ちはだかったのは、セドリックの叔父にあたるレーヴェンシュタイン公爵家の一派、ルキウス卿だった。彼は裏で旧王朝の残党と繋がり、翡翠の縦穴での計画を潰されたことを逆恨みしていたのだ。
「アルフレッド・アーデルハイト。貴殿がどれほど戦功を挙げようとも、ここは礼節と血統を重んじる王宮だ。そんな素性も知れぬ、下品に肌を晒した女たちを連れて舞踏会に参加するなど、王室への冒涜に他ならない。今すぐその不浄な使役獣どもを連れて、退場するがいい」
ルキウスの言葉に、周囲の貴族たちから冷笑が漏れる。
しかし、アルフレッドは微塵も動じなかった。彼は静かにグラスを給仕のトレイに戻すと、冷徹な視線をルキウスに向けた。
「不浄、ですか。ルキウス卿、その発言は看過できませんね。王国夜会管理細則・第十八条を御存じですか?」
「何だと……?」
「『王室が主催する公式夜会において、招待された勲爵士およびその同伴者の正装に対し、客観的な不備がないにもかかわらず、主観的な侮蔑や排除を試みる行為は、主催者である王室の審美眼に対する公然たる侮辱とみなす』。彼女たちのドレスは、第一王女エリシア殿下お抱えの御用仕立て屋が監修したものです。これを下品、不浄と切り捨てるのは、殿下の感性を否定されるということでしょうか?」
「くっ……! 屁理屈を……!」
「さらに」とアルフレッドは畳みかける。「ルキウス卿、あなたの袖口から微かに漂うその香気――それは、王宮内で携行が禁止されている、精神を昂揚させる違法な魔導香『ザルバの涙』ですね? 緊張を隠すために使用されたのでしょうが、王宮騎士団の犬は、その匂いに非常に敏感ですよ」
アルフレッドの鋭い指摘と同時に、周囲の近衛騎士たちがルキウスへと鋭い視線を向け、じりじりと距離を詰め始めた。完全な論理と観察眼によるカウンター。ルキウスは顔を真っ青に染め、言葉を失ってその場から後退りした。
「ふふ、さすがは私の主様ね。口先だけの貴族など、あなたの敵ではないわ」
フィオナが誇らしげにアルフレッドの右腕に手を絡める。その瞳には、深い信頼と熱い情熱が宿っていた。
「もお、お兄さん格好よすぎ! ご褒美に、誰も見てないところで、俺と……いいこと、しちゃう?」
カイルが本来の少し低い、妖艶な少年の声で耳元に囁き、ワインレッドのドレスを翻してアルフレッドの左腕をきつく抱きしめた。
右手に気高き夜の女王、左手に惑わしの黒薔薇。
華やかな王宮の夜舞台で、アルフレッドは新たな陰謀を論破しつつも、加速する二人のアプローチに、今夜も嬉しい悲鳴をあげるのだった。
第20話:決意のワルツ
ルキウス卿を鮮やかな論理で退けたアルフレッドたちの周囲には、先ほどまでの冷ややかな空気とは一転し、畏敬の念を含んだ静寂が広がっていた。
「それでは皆様。今宵の宴を祝し、第一曲目を」
宮廷楽長の手が上がると同時に、大舞踏会にふさわしい、壮大で優美なワルツの旋律が流れ始めた。きらびやかな魔導灯の光が床の黒曜石に反射し、貴族の男女が次々とフロアへと滑り出していく。
「主様。私に、あなたの最初のダンスを捧げなさい」
フィオナが漆黒のベルベットドレスの裾をエレガントに持ち上げ、真っ直ぐにアルフレッドの手を取った。その頬は、会場の熱気のせいだけではなく、微かに桃色に染まっている。
「ああ、喜んで。エスコートさせてくれ、フィオナ」
アルフレッドはフィオナの細い腰に手を添え、フロアの中央へと歩み出した。
ステップを踏み出した瞬間、「ドレスコード・テイマー」の真価が発揮される。フィオナの完璧な身のこなしと、夜天の星々を散りばめたドレスの美しさがアルフレッドの魔力と共鳴し、二人の周囲に柔らかな光の粒子が舞い上がった。
「……アルフレッド。私はね、あなたが平民だから従っているわけではないのよ。あなたが私という存在を、最も美しく、最も強く輝かせてくれるから……だから、私はあなたのものなの」
踊りながら、フィオナは普段のツンとした態度を崩し、真剣な、しかしどこか縋るような瞳でアルフレッドを見つめた。彼女の内に秘められた熱い忠誠心と、それ以上の恋心が、テイムのパスを通じてアルフレッドの胸へと流れ込んでくる。
「分かっているよ、フィオナ。君のその気高さが、いつも俺を支えてくれているんだ」
二人の息の合った美しいワルツに、周囲の貴族たちからも「なんて見事なステップだ……」「まるで一枚の絵画のようね」と感嘆の溜息が漏れた。
曲が終わりに近づき、二人が優雅に一礼を交わした、その時だった。
「お姉ちゃんだけズルいよ。次は、俺の番だよね? お兄さん」
背後から、蠱惑的な美少女の声(擬態)が響いた。
ワインレッドのシルクドレスを纏ったカイルが、スリットから白く滑らかな脚を覗かせながら、アルフレッドのもう片方の手を滑り込ませるようにして奪い取った。
「ちょっと、カイル!? まだ曲の余韻が――」
フィオナの抗議を気にする風もなく、カイルは新しく始まった軽快なテンポの曲に合わせて、アルフレッドを強引にフロアへと引き戻した。
「ねえ、お兄さん。お姉ちゃんは『輝かせてくれるから』なんて格好いいこと言ってたけど……俺はね、お兄さんに『乱されたい』んだよ?」
カイルはアルフレッドの首に華奢な腕を回し、至近距離で顔を覗き込んできた。そして、周囲の音楽に紛れ込ませるように、本来の少し低い少年の声で妖しく囁く。
「このドレスを脱がせるのは、お兄さんだけ。……男の俺を、こんな風に女の子以上の気持ちにさせちゃうんだから、お兄さんは責任、取ってくれないとダメだからね?」
潤んだ瞳と、いたずらっぽく、しかし真剣な独占欲を孕んだ眼差し。カイルの華奢な身体が、ドレス越しにアルフレッドの胸へと密着する。
(おいおい、ここが王宮の舞踏会だって分かってて、本気で誘惑しにきてるだろ……!)
アルフレッドの心臓は破裂しそうなほどに跳ね上がった。「ドレスコード・テイマー」のシステムは、二人のドレスの完成度と、この激しい感情の昂ぶりによって、かつてないほどの最大魔力出力を記録していた。
「あ、あら、お二人とも。随分と情熱的なダンスですこと」
フロアの端から、扇子で口元を隠した第一王女エリシアが、楽しげにこちらの修羅場(?)を見つめていた。その隣では、近衛騎士のリリアナが呆れたようにため息をついている。
「殿下、お見苦しいところを……!」
アルフレッドが顔を真っ赤にしてステップを止めると、フィオナも「カイル、そこを代わりなさい!」と再び参戦し、王宮の華やかなフロアで前代未聞の美少女(一人は男の娘)二人の奪い合いが始まってしまった。
貴族たちの羨望と戸惑いの視線を浴びながら、アルフレッドは自身の固有スキルがもたらす、あまりにも贅沢で、そして刺激的なハーレムの未来に、心地よい覚悟を決めるのだった。
(完)




