肆
『五月 』
鉄筋は、思ったより深く刺さっていた。
エン自身、余り運動が得意な方ではない。こういうのは、サネノリの担当だ。
「っ……くそが」
悪態を吐き小休止。詰襟の学生服を脱ぎ、鉄筋に巻きつけると多少掴みやすくなった。そのまま脇に挟み込み、両手でしっかりと握る。足を踏ん張り背中側に体重を掛ければ、少しずつ鉄筋がずれ動く。
「ぐっ……」
ずるり
自分の身長よりも長い鉄筋を抜き取り、地面に落とした時、自分が囲まれている事に気がついた。
複数、否、一本の長い何かがエンを囲むように這いずっている。
ずるり ぬらり ぬるり
少しずつ包囲網が狭まってきているが、エンは地面を見つめたまま動けないでいる。未知の状況に、どう行動するのが正しいのか分からない。背中に嫌な汗が伝う。
不意に、音が止まった。
恐々と視線をあげれば、こちらを見つめる巨大な白蛇と目が合う。
「……っ!」
ひゅっと喉がなる音がしたが、自分から出た音だろうか? それを考える余裕なんてないはずなのに、蛇と見つめ合う様がまるで蛙のようだな、なんて思ってしまう。
蛇はつるりとした宝石のような無機質な瞳でこちらを正面から見つめている。何か訴えたいことがあるのかどうなのか、エンには分からない。
どのくらい見つめ合っただろうか、不意に蛇が目を逸らした。そのまま囲む流れに沿うように旋回し、包囲網を狭めてくるかと思われた蛇は蜷局を巻くようにゆっくりと中空に登っていく。
蛇の動きに合わせて風が巻き上がり、エンは咄嗟に目を閉じた。体が強風で攫われそうになり、地面の岩肌に縋り付き丸くなる。
そうしてしばらくいるとやがて風はおさまり、あたりに静けさが戻る。目を開いてみれば、目の前には祠。強風で荒れた様子もなく、蛇と出会う直前の光景となんら変わりはない。
「……ーーン!」
何処からか声が聞こえてくる。だんだんと近づいてきたそれは、どうやら自身の名を呼んでいるようだった。
「エーーン!!」
聞き馴染みのあるその声に、エンはほっと息を吐き出した。
◇ ◇ ◇
サネノリが慎重に坂を下っていると、突然の地響きが襲う。咄嗟に重心を下げ、転倒を防ぐ。
ホタルとナナミも、柵に捕まり無事なようだ。
先程ナナミが示した洞窟の上方にあたるところだろうか。地表面のあたりから、雲のような煙のような見た目をした二本の管状のものが、螺旋を描きつつ空へと立ち昇っていった。昇り切った雲はやがて辺りを覆い、日が翳る。曇天だ。
そんな現象を茫然と眺めていたサネノリだったが、はっと我に帰り、大声をあげた。
「エーーン!」
そのまま超人的な体幹で坂道を駆け降りる。先程の慎重さをかなぐり捨てて、勢いと反動で進んでいく。
「エーーン!!」
洞窟の入り口まで近づくと、エンが姿を現した。
「エン! 無事か!」
「無事だ。なんとか」
「うえっ、エ″ェ〜〜ン!」
男泣きサネノリ。くしゃくしゃの顔でエンを俵担ぎし、来た道を駆け上がる。
「おい、放せ。バカノリ! 自分で歩け……っ!」
舌を噛んだ。仕方なくそのままの体勢で運ばれるエン。サネノリはぽんぽんと跳ねるように河岸を進むので、口を閉じていた方が賢明だ。軽快な身のこなしで坂道を駆け上り、ホタル達と合流した。
「エンくん! 怪我は?」
「無いな。不思議なことに。制服と眼鏡はボロボロだが」
「あぁ、うん。気をしっかり」
しおしおのエン。ホタルはなでなで。
抵抗せず受け入れるエンはいつもより大人しい。相当衝撃が大きかったのだろう。
「あの……」
ふいに声をかられる。ナナミだ。
「本当に、その、何とお礼を申し上げればよいか、感謝の念にたえません」
胸の前で指を絡め瞳を輝かせる。
「え、結局、」
「お礼をと思いまして、良かったら、これを」
ナナミは人の話を聞かないようだ。「聞いてよ」というホタルの呟きも、華麗に流され、恥じらいながら何かを差し出した。
エンの手のひらに載せられたそれ。三人が覗き込んで見たものは、不思議な形をしていた。
半透明で、薄っぺらい。おろし金のような、細かい凹凸がたくさんついたこれはどう見ても……。
「蛇の抜け殻…?」
何だこれはと声をあげるサネノリ。三人が揃って顔を上げると、そこにナナミはいなかった。
「僕、怖くなってきちゃった」
「用事が済んだから帰ったんだろう」
何となく顔を合わせる三人。
互いの出方を伺うような、静かな時間が流れる。
ぽつり
ぽつり
「雨……」
そう呟いたのは誰だったか。見上げれば見渡す限りの曇天。朝来た時は晴れ渡る青空であったのに、今は分厚い灰色雲があたり一面に広がっていた。
「今朝まであんないい天気だったのに何で」
「梅雨入りだな。俺達も帰るか」
「そうだね、本降りになる前に帰ろ」
エンに促され、帰路に着く。
穏やかな川を遡り、広場を抜ける。だんだんと雨足が強くなってきた。
「なんか、こんなぼろっちい感じだったか?」
通り抜ける民家は、来た時と比べ朽ちた廃墟のように見える。
「もう必要ないからだろう。さて、急いだ方がいいな」
「ひぇ! 二人とも急いで!」
途端に足が速くなるホタル。逃げ足だけは人一倍速い。
田園地帯を抜ける頃には本降りの雨となり、全員びしょ濡れになりながら駅に駆け込んだ。プラットフォムに着くと丁度陸導機が滑り込んでくるところだった。時刻は午後五時。時刻表と照らし合わせるとだいぶおかしな事になっているが、気にしたら負けだろう。
これを逃したら帰れなくなる。そう本能的に悟った三人は、迷う事なく車両に乗り込んだ。
「あーもう無理。僕疲れた」
行きと然程変わらない内装の車両。疲弊した彼らは、並んで席についた。やがて陸導機は走り出し、がたがたと心地よい揺れを提供する。
「ねぇあれ、ダム? 僕たち、さっきまであそこにいたよね」
ホタルが示す先、車窓の向こうには、巨大なダムが聳えている。
「は? 村はどうなったんだ?」
「当然、ダムの底だろうな」
「な、じゃあ、村の奴らは……」
「馬鹿かここ瀬ノ富ダムは去年完成したダムだ。今時そんな事件あるわけないだろう」
そんな怪談でもあるまいに、とも思ったが口にはしないでおいた。エンは賢いので。
「見ろ、祭りだ」
エンが示したのはダムの麓。街の灯りの中に、提灯の灯が揺れているのが見える。穏やかなその光景は今も忘れず語り継がれた祭事の灯だ。
「ねむい。エンくん、なんかお話して」
サネノリはすでに船を漕いでいる。
「そうさな、せっかくだからダムの話でもしようか。そもそも世界で最初に造られたダムというのは古代にまで遡る。当時の遺跡が残っているが、それは見事な作りをしていてな《以降、意味のないうんちくが早口で続くので読み飛ばしてもなんら問題はない》詳しい構造をお前達に言っても理解はできないだろうから飛ばすか。では我が帝國に導入された現代式、つまり魔導水門式ダムの話をしようか。この陸導機よりもかなり大型の魔導機関が搭載されていてな、魔導制御により自動で水量調整ができるようになっている。なかでも最も素晴らしい技術が……」
低い声で淡々と紡がれる解説は大変耳に心地よく、二人は早々に離脱して夢の中。疲れた体によく効く。エンの話が大変素晴らしい子守唄になることを、二人は経験から知っていた。
蘊蓄は降車駅に着くまで続いたものの、三人は無事中学校最寄りの駅に到着することができた。
が。
校外学習をすっぽかした三人は当然教師に怒られた。それはもうこってりと。
あとレポオトも要求された。とほほである。
待テ、次編。 →息抜き編
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