弐
『白 』
「無理」
「目ぇ冷めたわ」
一周している。見ての通り、自明の理。
「なんなんだよこれ、駅に降りたのがまずかったのか?」
別の駅だろうか? いや、こんな短距離で複数駅を設ける必要はない。サネノリは目がいいのだ。掘立小屋のほったて具合、タバコ広告の謳い文句、先ほど蹴っ飛ばした大きめの砂利。全て見たことがある。
「もっと前からだろうな」
「前からって、いつだよ」
会話しながらも、エンは足を止める気はないようだ。ずんずんと掘立小屋駅が近づいてくる。
「俺が気がついたのはホタルが女学生に声をかけたあたりからだ」
「僕!? なんで?」
「サネノリも気にしてないようだったし、お前達も見えてるんだなと思ってな」
ぽん。ぽん。ぽん。ちぃーん。
「おいうそだろ、ふざけんなよ!」
「えまって、あの子幽霊なの? 嘘でしょ!?」
「なに、幽霊というか……あぁ、ほら」
エンが示す先、掘立駅から、陸導機内で出会った女学生が現れた。相手も気が付いたのか、こちらに向かって手を振っている。黒髪のマガレイトに矢がすりの小袖。袴に編み上げブーツといった格好はどこからどう見てもハイカラな普通の女学生である。そう、つまりはかわいい。
「よかった合流できて。せっかくだから皆さんに、村を案内したくて」
「次の駅から歩いてきたの? この短時間で?」
「さぁ、こっちです! お祭りをやるんですよ」
ホタルの質問はさらっと無視された。
「まさかお前ら、ついて行く気か?」
「うーん、女の子の誘いは断れないでしょ?」
恐怖より女性が大事。それがホタル。いや、もしかしたら恐怖心が振り切れてしまったのかもしれない。どちらにせよ、ホタルの通常通りの行動に見える。
「アホか! 俺は絶対行かねぇ!」
「どうもこういうのは、ある程度進まないと帰り道が提示されない物だ。怖いなら一人で震えてろ、クズ」
「こここ怖くねぇし! あとクズって呼ぶな」
「ちょろ。チョロノリ」
「聞こえてんぞ! この軟派ホタル!」
「ノリくん、それは事実だよ。なんの攻撃にもならないよ……」
「ぐ……」
こういう口喧嘩はいつもの事だ。なんだかんだと言いつつ何時も一緒に行動しているのだから、仲がいいのだろう。本人たちに言ったら否定しそうではあるが。青少年、年相応で宜しい。
賑やかしい馴れ合いをしつつ、女学生の案内で村方面へと足を向ける三人であった。
◇ ◇ ◇
「あぁそうだ、改めて自己紹介させてください。私はナナミと言います。よろしくお願いしますね」
女学生もとい、ナナミが道すがら声をかける。
「はーい! 僕はホタル! 蛍 三宇だよ。よろしくね♪」
「ふふっ、それはさっき聞いたよ」
流石のホタル。正体不明の相手でも女性ならいけるらしい。
「それから、こっちの陰険眼鏡が、鳳 閻。んで、こっちの脳筋アホが、九頭龍寺 真実まぁこいつらの相手は適当でいいから」
「おい、どっから突っ込めばいいかわかんねぇよ!」
サネノリは混乱した!
ここはどうやら、四方を山に囲まれた盆地のようで、どこを向いても視界に緑が映る。夏前、植えられた稲はまだ穂のない状態で、さらさらと揺れる音が耳に心地いい。
何処までも続くと思われた田園地帯だったが、ナナミの案内に続いていくと、少しずつ人家が増えてくる。それと同時に、砂利道の端々に提灯が立てられているのがわかった。どうやら祭りがあるのは本当のようだ。
提灯には寄付者の名前とともに、2匹の蛇が螺旋を描きながら登っていく紋様が描かれている。主催の神社かどこかの紋だろうか。
「なぁ、他に人はいねぇのか?」
「みんなはお祭りの準備をしてるよ。さぁ早く、こっちが近道ですよ」
「近道って、何処に行くんだよ」
「こっち、さぁさぁ、大丈夫ですよ」
サネノリの質問に答えるナナミ。笑顔を浮かべ先を促す。
三人が連れられ訪れた場所は広場のようだった。
確かに縁日の準備が進められているようで、作りかけの屋台がいくつか建ち、中央には建設途中の櫓がある。地面は土が踏み固められており、定期的に人の集まりがある事が推測できる。屋台の数や櫓のサイズからして、そこそこ大きな催しのようだ。山に囲われているとはいえ、それなりの出入りが期待できそうだ。
しかし。
「人っこ一人いねぇ」
「やっぱり、駅で待ってたほうがよかったかなぁ」
ホタルとサネノリが広場の入り口で立ちすくむ中、エンは縁日を一周する事にしたようだ。ナナミもそれについて回っている。
「あ、きゅうりの一本漬け! あれ美味しいですよね。私好きなんですよ」
「酒が飲みたくなるな」
「いいですね!」
こちらは概ね平和なようだ。
「なんだホタル、怖いのか」
「そりゃ怖いでしょ。ノリくんは怖くないの?」
「さっきまでは怖かったけど、今はそんなに。なんか襲ってくるわけでもねぇし」
「えぇ、脳筋かよ」
こちらも概ね平和だったわ。
そんなお互い平和な世界を展開しながら、エンとナナミは広場の入り口から、櫓を挟んだ反対側に辿り着いていた。
広場を囲むように木々か茂っているが、この辺りだけ開けている。向こう側へ行けないように柵が立っているが、よく見ると錆が広がっており、崩れた隙間から向こう側へ行けるようだ。
エンも好奇心溢れる少年である。咎める大人も近くにいないとなれば、やる事は一つ。そんなの見ちゃったら行くしかないよね。わかる。わくわく。
錆に服を引っ掛けないよう、慎重に超えた。柵の向こうは崖のようだ。慎重に覗き込む。切り立った崖から二、三メートル程下がった所に川が流れているのが見える。そこそこに急流だ。柵が設けられたのも頷ける。ここに落ちたら川下まで流されるだろう。
「綺麗でしょう? 私の母です」
咄嗟に振り返ると、真後ろにナナミが立っていた。ふんわりと笑顔を浮かべていた。
「母を、よろしくお願いします」
「は?」
瞬間。
エンは突き落とされた。崖下に。
彼女の黒髪に結ばれた赤いリボンが目に映る。
そのまま視界は宙へ向かい、広場でエンが最後に見た景色は、薄らと雲に覆われた空だった。
現代社会において、二十歳未満の飲酒は法律で禁止されています。真似しないでね




