壱
『涙 』
例年より少し暑い梅雨直前。初夏の頃だった。
エンはとんでもない眠気と戦っていた。
嘘。
帝国の最高技術を持ってして作られた魔導式機関車。
この陸導機の車内、心地よい揺れに負け、速攻で意識を手放した。眼鏡を外し、学帽で顔面を覆う事で視界をさえぎれば、完璧なゆりかご。難しい顔で路線図と睨めっこするサネノリも、女学生に声をかける軟派なホタルも視界に入らない。
なんと心地いいものか。
しかし、そんな至高の微睡を邪魔するように声が響く。
「「エン!」」
「やっぱちげぇよこれ!」
「この路線、釜蔵行きじゃ無いって!」
「うるせぇ! 両側から大声で喚くな!」
両隣からかかる大声で叩き起こされたエン。仰向けていた顔を戻すと、陽を遮っていた学帽が膝へと落ちる。怜悧な顔立ちに現れた眉間の皺がすごい。機嫌は最悪だ。
「現地までの移動はお前担当だろう、クズ」
「だってよぉ、これ難しすぎるんだよ。あとクズって言うな」
サネノリは路線図をくるくると回している。上下が逆さになったところで、このままでは釜蔵には到着しない。
どう見ても阿呆丸出しだが、彼らは高等中学一年生。十五歳。高等小学校からの進学率はわずか三割なのだから、所謂エリイトというやつである。そのはずである。おそらく。
「やっぱりノリくんに任せたのがだめだったんだよ」
「まさかあそこまで花札弱いとは、誰も思わんだろう」
ちょろいなんて、思って……るけど。
花札なんてやった事ないって言うから、役も全部書き出してやったのに結果一勝も出来なかった。あまりに出来なさすぎるので、ホタルの口から助言が飛び出す始末。まぁ勝てなかったのだけども。
余談だが、エンはその間ずっと無言で淡々と役を揃えていた。勝負事に妥協はしない派だ。
男に二言はない。どんなに悲惨な結果だったとしても、勝負は勝負である。こうしてサネノリは、現地集合場所までの案内役を押し付けられたのであった。
エンとホタルは顔を見合わせ、同時にため息をついた。面倒事を押し付けたかったとはいえ、サネノリには荷が重すぎたと悟る。
「まぁ、次で降りるしか無いだろうな。校外学習に間に合うかどうか」
「百十二面観音、見られるかなぁ……?」
嘆いたところで結果は変わらない。仕方なく三人は降車の準備を整えるのであった。
◇ ◇ ◇
「はぁ、可愛い女学生とうきうき釜蔵観光、したかったなぁ……」
正直、観音像なんかどうでもいい。可愛らしい女学生と浜辺で戯れてるほうがよっぽど幸せである。去り行く女学生、もとい陸導機に手を振り見送るホタル。その可愛らしい顔から哀愁が漂ってくる。
ずいぶんと田舎の駅に降り立ったようだ。
駅舎というより掘立小屋といったほうがいいような形をしている。小さな長椅子と、紙巻きタバコや酒などの広告、時刻表があるだけで、当然のように無人である。
「で、戻りの陸導機は何時だ?」
エンの問いかけに、時刻表を確認していたサネノリはうろりと目を泳がせる。心なしか汗もかいているようだ。精悍な顔はなんとも情けなく歪んでいる。
「何時だ」
「次、最終、ごご、さん……じ」
6時間後だ。なんてこった。
「ちっ…ドクズリュウジが」
“ド”クズリュウジ サネノリ。しょぼしょぼである。
「まぁまぁ、言い争ってもしょうがないし、のんびり帰りの便を待とうよ」
「来るかしら。このままで」
「え?」 「は?」
「来ないだろうね……」
ぽそりと呟いたエン、そのまま駅舎を抜け外へと向かう。
残された二人は顔を見合わせ、肩をすくめながらも、エンの後を追うのだった。
◇ ◇ ◇
駅の外は長閑な田舎の景色であった。山に囲われた盆地のようで、近景には田んぼ遠景にも田んぼ。どこまで行っても田んぼ。所々に木が生えていたり、林になっていたり、小屋が立っていたりもするが、基本は田んぼ。帝都の開発が進み、路面車も走るハイカラな街並みになってきたとはいえ、都心から少し離れればどこもこのような景色である。
「どうすんのさ。やっぱり中で待ってたほうがいいんじゃない?」
「そうさな、散歩でもしてみるか」
そう言って、エンは線路沿いの砂利道を歩き出した。
彼はいつもこんな感じである。好き勝手自由に行動する事が多い。二人は慣れたもので、素直に後をついていく。いつもの光景だ。
太陽が燦々と輝き、雲ひとつない朗らかな陽気。梅雨はまだ先になりそうな雰囲気の中、のんびりと進む。
もう、校外学習なんてどうでもいいくらいに心地がいい。よくないけど。
十分程歩いただろうか。線路の先が、トンネルへと続いている。煉瓦造りのトンネルで、しっかりした造りのようだ。線路に沿って敷かれた砂利道も、並んだトンネルへつながっている。
「エン? まさか行くなんて言わないよね?」
長身のサネノリの陰から怖々伺うホタルを尻目に突き進む。
「嫌ならお前達はそこで待っていろ」
「は? 怖ぇよ無理!」
「えぇ……一人で行く気? 肝座りすぎでしょ。置いてかないでよぉ」
普通、一人残される側が不安になったりするものだが、この三人の場合はエンについて行くのが正解らしい。情けない声を上げながらも、トンネルを抜ける以外に選択肢はないようだ。
トンネルの前まで来ると、向こう側が見える。十米程だろうか、特に長いトンネルではなさそうだ。だがしかし、照明があるわけでもないので、中は暗い。つまりは不気味。そう言う事。
「なんか、出そうだな」
「ちょっと、変な事言わないでよクズノリ!」
「おいやめろ!」
言い合う二人を他所に、足を止める事なく進んでいくエン。
「ねぇ、エンくん、出そう?」
「さぁな」
「エンくんなら見えそうなのに」
「見えないなぁ」
十米のトンネルは、意外と長い。
「ねぇ、怖いからなんかお話して」
「そうさなぁ」
天井に篭った湿気が、ぴちょりと落ちた。
「では、陸導機について話をしようじゃないか。我らが大櫻華帝國において魔導機関車《以降、意味のないうんちくが早口で続くので読み飛ばしてもなんら問題はない》が開発導入されたのはほんの十年程前の出来事だ。そもそも何故陸導機なんて呼ばれてるのかというな、魔導機関は様々あれど、やはり大型で華やかな物と言えば魔導機船だ。そんな魔導機船にあやかり陸を走る魔導機船とい事で陸導機と呼ばれているんだ。そんな陸導機が最初に走った場所を知っているか? そう、海の上だ。帝都と峯蒼半島を繋ぐべく間の湾に敷かれた橋がそうだ。安全のため夜になると光る姿形から、親しみを込めて『リュウグウノツカイ』なんて呼ばれている。点検用に作られた中ほどにある駅は、観光に立ち寄る者もいるそうだ。『竜宮城』と呼ぶらしい。上手いもんだな。大型の魔導機関となると必要になる動力も桁外れだ。人間一人がもつ魔力などたかが知れてるしなぁ。そこでこういった魔導を動かすために大気中にある」
「ごめんもういいや」
「……そうか、残念だ」
エン、しょんもり。
「俺眠くなってきたかも」
サネノリ、おねむ。
いつものお約束を終えトンネルを抜けた先、変わり映えのしない砂利道をまた少し歩くと建物が見えてくる。
それは、先ほど三人が後にした、掘立小屋の駅舎だった。




