9.嫌われ者と二人の聖女
「とにかく、我が国はこんな有様ですので申し訳ありませんが落ち着くまで結婚式は延期ということで……」
「もちろんです」
ヴィーラント殿下は深々と頭を下げしてしまったが、そもそも結婚式をして貰えるとは思ってすらいなかった。
というより、歓迎されるとすら思っていなかったのだ。
「せっかくだから、君のために特注でウェディングドレスを作らなきゃね。教会は燃やしちゃったから別のところでしよっか」
「燃やし……」
「聞かなかったことにしてください」
ヴィーラント殿下に笑顔で遮られた。
思った以上に深入りしない方が良さそうだ。
暮らしていくうちに背景も分かってくるだろう。
あれこれ根掘り葉掘り聞くような真似は怖くて出来そうにない。
「とにかく、君が休んでいる間にある程度は片付けるから安心して。ここは君の部屋だから、自由に過ごしてね」
「私の……私の部屋!?」
思わず大きな声が出てしまった。
ずっと客室だとばかり思っていたのだ。
「嫌だった?」
「まさか! こんなに素敵なお部屋をご用意して頂けるとは思わず……!」
「お嫁さんの為なら当然だよ。他に必要なものがあればなんでも言ってね。もう少ししたら仕立て屋を呼んで新しくドレスも用意してもらうから」
「ド、ドレスまで!?」
信じられない好待遇に震えが止まらない。
(い、いや王妃がみすぼらしい格好をしていてはいけないから、よね……!)
体裁のためにそれなりの衣服は与えられたが、嫌がらせのように似合わないものばかりで、あれを着続けると思うと憂鬱だった。
正直嬉しくはあるが、そうなると王妃としての振る舞いをこれからしなければいけないことに、ますます重圧を感じてしまう。
「ドレスも靴もなんでも言ってください。この城に元々あったものは種類問わず大体処分してしまったので、むしろご指摘頂けると嬉しい程です」
「そうだったのですね」
ヴィーラント殿下は困ったように眉を寄せて苦笑いをする。
「とにかく、父上とあの女の面影は一切合切取り払わなければ気が済まなくて」
「それは……前国王陛下の側妃様のことでしょうか」
確か、二人の生みの親である正妃が亡くなった後に迎えられたと聞いていた。
その方も処刑されたということなのだろう。
「お恥ずかしい話ですが、父上は変な女に付け入られたんですよ。母上が亡くなってすぐに新しく迎えた妃は、父上を傀儡にするために送り込まれた敵だったんです。それに気付かず父上はあの女を信じ込み、財を使い果たし、挙句の果てに国璽をあの女に握らせるなど……!」
ぐっと拳を握りしめて悔しそうにヴィーラント殿下は語る。
「傾国の悪女っていうらしいね。そういう人に、めちゃくちゃにされたんだ。だから、僕たちで処刑するしかなかった」
「元々イングリット様をお迎えすることになったのも、あの女の提案が理由だそうでして。まさか、これほどお綺麗な方が来てくださるとは思いもよりませんでしたが」
思わぬ言葉に私は思わず口を挟んでしまう。
「ま、待ってください。あの、私がエトルシアに嫁ぐことになった理由は同盟の為なのですよね」
同盟のためならば他にいくらでもやりようはあったはずなのに、わざわざ元側妃が私を指名する理由が分からない。
聖女クリスティナならまだしも、私は利用価値すらないだろう。
それこそ傾国の悪女として国王を操っているのなら、外部から余計な人間を招き入れる必要はないはず。
そう、私は思ったのだが。
「ええ。魔毒の脅威はこの国にとっても他人事ではありません。ですから対策を取らねばならなかったのですが、父上とあの女はフィルゼスタの『聖女』の力を横取りすることを企んだのです」
「『聖女』の……!?」
「しかし、フィルゼスタの国王陛下はイングリット様の結婚に乗り気でして、私共では簡単に婚約を覆すことはできず、やむを得ず兄上の妻として迎えることを計画させて頂きました」
思わず手が震えてしまう。
(ど、どどどどどうしよう、どうしよう!この国は私とお姉様を間違えているのだわ!)
今にも叫びだしたい気持ちだった。
聖女の力を目当てに政略結婚を、ということであれば本来エトルシアが望んだ相手はお姉様、第一王女クリスティナだ。
だが今ここにいるのは、聖女ではない私だ。
エトルシア側が間違えたのか、それともお父様がエトルシアを騙して私を嫁がせたのか。
絶対十中八九後者に決まっている。
「しかし、来てくださったからには最上級の待遇を約束致しますのでご安心を。もちろん、イングリット様のお力を搾取することなどはありえません」
「そっ、そうですか……!」
私が不安になったと勘違いしたのか、ヴィーラント殿下は優しく微笑んでくれる。
どうやら私に聖女の力があると本気で信じている様子だ。
(お父様、なんてことをしてくれたの……!)
これは非常にまずい。
大人しく慎ましやかに生活していれば追い出されはしない、なんて安心は幻だった。
聖女ではない偽物だと発覚してしまえば、エトルシアは私を王妃にする理由はなくなる。
それどころか間違いなく国家間の争いに発展するだろう。
エトルシアとフィルゼスタの国力の差を考えれば、間違いなくフィルゼスタは危うい。
たとえエトルシアから攻めれられる理由になったとしても、どうしてもお姉様を手放したくはなかった、ということなのだろうか。
しかし、私に聖女の力などどこにもないのだ。
治癒魔法を使うぐらいしか出来ることはないが、少しの間はそれでしのげるかもしれない。
だが、もし魔毒の影響が現れたらどうなるのか。
本来期待された役目を果たすことは出来ず、エトルシアの民を苦しめるだけでなく、戦争になればフィルゼスタの民も犠牲になる。
いっそ、今すぐ正体を明かし、ここから追い出された方がマシだろう。
今ならまだ正式な婚姻は結んでいない。
いくらの賠償金になるかは知らないが、少なくとも私以外が命を落とすような国際問題には発展しないはずだ。
お姉様を騙るなんて器用な真似は私にはできない。
それになにより、オルクス陛下やヴィーラント殿下の優しさに漬け込むようなことはしたくなかった。
この先の人生、ずっと嘘を抱えて苦しむぐらいなら、今ここで終わらせるべきだ。
私は覚悟を決めて陛下に向き直る。
「あ、あの」
「それより、ずいぶんと小さな靴を履いていたようだけど、足は痛まない?」
「えっ」
オルクス陛下は戸惑う私に、にこりと優しく微笑んだ。
「急いで用意したから既製品なんだけれど、新しい靴を買っておいたからもし良ければ使って」
「そんな、ありがとうございます。大切に使わせていただきます」
悩みの種が一つ解決するありがたい贈り物だが、完全に言い出すタイミングを失ってしまった。
だがそれよりも、私はあることを忘れていたのに気づく。
「あのう、そういえばフィルゼスタから来た侍女たちはどこへ……」
私と一緒に来た侍女たちの姿が見えない。
もしや偽物だとバレていて、彼女たちは既に捕らえられてしまったのか。
「ああ。気分が優れないと言うから休ませているよ」
「そうでしたか……」
「しかし……有事の際に主人を置いて逃げるとは、いただけないね」
陛下の口調は穏やかだったが、その目は笑っていなかった。
当然だ。
主人に対してあのような無礼な振る舞いしかできない従者など、陛下や殿下からしたらありえないだろう。
それも、特別な存在である『聖女』の侍女なら尚更だ。
「皆さん良家のご息女ですから、荒事には慣れていないのです。あの時はただ驚くあまりにしてしまっただけでしょうから、どうかお許しを……」
私が陛下に告げ口してしまえば、彼女たちにどんな恨みを買ってしまうか分からない。
とにかく今は穏便に済ませようとすると、オルクス陛下は引き下がってくれた。
「君がそういうのなら。でも、いらないものは早く捨てた方がいいと、僕は思うよ」
そう言った陛下の表情は、とても冷たかった。
(え……?)
ずっと穏やかだった彼の口から、いらないものと揶揄する言葉が出るとは思いもよらなかった。
優しげな雰囲気にとは似ても似つかない、感情がすとんと抜け落ちたかのような冷たい視線。
それは為政者としての顔なのか、それとも彼自身の性なのか、私にはまだ分からなかった。




