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嫌われ者の王女殿下は運命の恋を信じない  作者: 雪嶺さとり


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8.嫌われ者と新国王


「簡単に説明いたしますと、我が父である先代国王は年老いてから酒と女に溺れ暴政を行うようになり、いくら諌めても聞く耳を持って貰えなかったので仕方なく兄上に蜂起して頂いた、という次第です」

「な、なるほど」

 

 私が目覚めるや否や、渋い顔で説明してくれたのはヴィーラント殿下だった。



 要するに、悪政に耐えかねたクーデターというわけだ。



「本当は王位なんか興味ないんだけどね。これ以上民を苦しめるわけにはいかなかったから」


 のんびり語ったのはオルクス陛下だ。


 私は気絶した後、城の一室へ運んでもらったようだった。


 ふかふかのベッドに真っさらなシーツに包まれていて、慣れない感覚に飛び起きたぐらい。


 そして目覚めるやいなや、二人が慌てて私の元へ駆け込んできて、事情を説明してくれた。


 殿下たちがクーデターを起こしたのは私が国を出発した直後のことだったようで、便りを飛ばしたものの間に合わず、仕方なしに到着を待つことになったらしい。

 

 たとえ船に知らせが届いたところで、あの侍女たちでは私に教えてはくれなかっただろうから、どの道変わりはない。


 それで、国内はまだ安定しておらず、オルクス殿下、いや陛下を国王に据え新政権を樹立したはいいものの、残党や反対派閥との争いが耐えないという。

 

 物理的にも、政治的にも、だ。


「ごめんね。君を怖がらせるつもりはなかったんだ」

「いえ……陛下がご無事でしたのなら、何よりですわ」


 なぜオルクス陛下が血みどろで現れたかというと、暗殺者たちの襲撃にあったからだった。


 それを見事撃退したが結果としてあの姿になったという。


 にへら、と気の抜けた笑顔を浮かべているが、この朴訥そうな青年が王座を簒奪してみせたなんて、あの姿を見なければ信じられなかっただろう。


(まさかこの展開は予想外だったけれど……ひとまず、私が追い出されることはないようね)


 眠っていたというより気絶していたのはわずかな時間だったが、なんだか久しぶりにぐっすり眠れたような気がする。


 というより、こんなにふかふかで豪奢なベッドなのだから寝心地は良いに決まっているだろう。


 まっさらなシーツにふわふわの枕、おまけに天蓋付きのベッドだ。


 それ以外にも、部屋は広く真新しいレースのカーテンや三面鏡の大きなドレッサー、調度品の飾られたキャビネットなどただの客室にしてはかなり凝っている。


(エトルシアの城は豪華なのね……それとも、私が世間知らずなだけなのかしら?)

 

 長年城に住んでいたといえども、日陰の部分で生きていたのでこういう綺麗で素敵な場所は落ち着かなかった。


 とにかく、私の結婚相手は年老いた国王ではなく新国王であるオルクス陛下ということで正式に決定してもらい、私はようやく居場所を得ることができたというわけだ。


 目下私がやるべき課題としては、この慌ただしい状況下で余計な面倒事を起こさず、陛下に従順に従うことだろう。


「もう少し休んでいたらどうだい? 来た時よりかは顔色は良くなったけれど、もしかしてあまり眠れていなかったのかな」

「ええ、まあ……慣れない船旅でしたので」

「そうか、そうだよね。君が安心して眠れるように、邪魔者は僕が排除するから大丈夫だよ」

「あ、ありがとうございます」


 ただ礼を述べただけなのに、彼は大げさなまでに嬉しそうだった。


「ああ、なんと愛らしい微笑みなんだ……!」

「え?」

「一時的ではあるけれど、君に相応しい国王になれるよう頑張るよ!」


 急に何をと呆気にとられていれば、横からヴィーラント殿下が陛下を止める。

 

「あの、一時的にではなく出来れば死ぬまで王でいて欲しいのですが」

「はは」

「兄上、ほんとに頼みますよ……!?」


 ヴィーラント殿下の追求に対し、オルクス陛下は笑ってかわしている。


 その口ぶりからして王位に興味がないというのは本当のことらしい。


 仲の良さそうな二人の会話を聞きながら、あれこれと考える。

 

(すぐに嫌われたらどうしようかと思ったけど……)


 彼が私に『運命の人』だなんて口にしたことは忘れていない。


 運命。


 それは私が最も忌むべき言葉だった。


 お姉様とカイル様は、運命のような恋だと世間では言われていた。


 王妃殿下からは、運命の女神に私は嫌われたらのだと言われた。


 運命というものは、いつも私を苦しめる。


 それなのに、これから私の夫となる人は私を運命だと言うのだ。


 何かの間違いだとしか思えない。


 やたら情熱的な視線を向けてくるのも、やけに私に優しいのも、全てが違和感でしかない。


(もしかして、私が祖国でどんなふうに言われていたのか知らないの……?)


 だとしたら辻褄は合う。


 祖国であんなに嫌われていたのだから、少しぐらい評判は耳にしているはずだ。


 父親が急に自分より歳下の側妃を迎えるなんてことになれば、相手を調べないはずがない。

 

 今は歓迎してくれても、いずれぼろを出せばすぐ手のひらを返されるに決まっている。


『――――クリスティナがあなたのことを庇うから信じていたものの、やはり噂通りのどうしようもないお人だったようですね』


 カイル様の侮蔑の視線が、頭の中にフラッシュバックする。


 そうだ。お二人が親切であったとしても、心を許してはいけない。


 もうカイル様の時のような思いはしたくなかった。


 お姉様のようにお淑やかに上品に振る舞い、余計なことは何もせず、求められる姿であればそれでいい。


 そこに感情は挟んではいけない。


 ここでは、自分を守れるのは自分自身だけなのだから。


「心配かい?」

「……え?」

「なんだか難しそうな顔をしていたから。やっぱり、こんな面倒事ばかりの国なんて嫌だよね」


 オルクス陛下はしゅんとした顔で眉を下げている。

 私は慌てて否定した。

 

「いえ、そうではなくて、考え事をしていたんです。お二人は、仲がとてもよろしいのですね」

「え?」

「あ、すみません、おかしなことを……」


 咄嗟に口にしてしまったが、まずかっただろうか。


 私は王太子殿下の妹として振る舞うことは許されなかったし、お姉様からはただ哀れまれているだけだった。


 だから、羨ましいというのは本心からだった。


 しかし二人はただ驚いただけのようだった。


「本当ですか? 嬉しいなぁ……! 私と兄上が仲良しだなんて、昔だったら考えられなかった話ですよ!」

「あはは、本当だね」


 そんなに驚くことだろうかと思いつつ聞いていれば、オルクス陛下が事情を説明してくれる。

 

「僕とヴィーラントは、色々あって仲違いをするように仕向けられてたんだ。王位争いってところだよ。僕たちの意志とは関係なしに、周りが勝手に競わせるんだ」

「その私と兄上が手を組んで謀反を起こすなんて、父上は夢にも思っていなかったでしょうね! ははは!」


 ヴィーラント殿下は快活に笑う。

 

「兄上との関係に色々思うところはありましたが、もう吹っ切れました。そうでもしないと、国は背負えませんから。兄上を矢面に立たせてしまった以上、私は裏方で支えねばなりません。この国の行く末を明るいものにするためならば、どのような努力も惜しみませんよ」


 ヴィーラント殿下は胸を張って語ってくれた。


 希望に満ち溢れた若者らしい顔つきで、まさしく、王族とはこうあるべきなのだろう。


 二人の間にも色々とあったようだが、彼がオルクス陛下を何よりも信頼しているのは十分に伝わってきた。


「さすが僕の弟。格好いいねぇ。このまま国王も目指そうよ」

「目指しませんから! やめてください!」


 仲良し兄弟なんて、羨ましい響きだと思いながら、自然と私の心は穏やかになっていた。

 

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