5.嫌われ者の憂鬱
暗い話が続きますが次回でヒロイン不憫パート終わります……!
ヒーローは7話からちゃんと出てきます!
毒殺未遂事件の容疑が晴れたものの、私の心は一向に腫れなかった。
トレイシーは優しく寄り添ってくれているが、今回の事件で彼女にも心労をかけてしまった。
カイル様とのことは話していないが、何かあったことは察しているようで、話は聞かず、ただそばに居てくれた。
今の私にはそれだけで十分だった。
今後は大人しくしてお姉様に関わらず、この静かな離宮で閉じこもって生きていくべきだろう。
(大丈夫……ほとぼりが冷めれば、また前みたいに治療院に行ける。そのうち、誰も私に見向きしなくなるはずだわ)
だけど私はどうしても最後にお姉様に謝りたくて、お姉様のところに謝罪に行くことを願い出た。
二度と関わらないと前で宣言すればお姉様も安心できるだろう。
カイル様には二度と顔を出すなと怒鳴られたが、カイル様に片想いをしていたことが知られた今、このまま放っておけば、お姉様に嫉妬していると誤解を与えてしまうのは間違いなかった。
幸いにも内密に短時間だけなら会うことが許され、トレイシーと二人でお姉様のいる華やかな宮へと向かった。
けれど、お姉様の部屋の扉の前で私は立ち尽くしてしまった。
「あの女には二度と近づくなと言っておいた。クリスティナが気にする必要はないよ。どうせ今日も近寄れずに逃げ帰るはずだ」
扉の向こうから聞こえてきたのは、カイル様の声だ。
わざと、お姉様とカイル様が一緒にいる時間に案内されたのだ。
「そんな。あの子は……イングリットは悪い子じゃないのよ」
「でも愚かだ。あなたが聖女として目覚めた時も、民を顧みず一人で逃げ隠れていたというじゃないか。ああいう愚かな者は、今後も面倒事を引き起こすに違いない」
憎々しげにカイル様が吐き捨てる。
その時まで私は、お姉様なら私を庇ってくれると信じていた。
『イングリットが頑張れば、きっといつか立派な魔法使いになれるわ』と優しく励ましてくれたお姉様が、そこにいるのだとばかり信じていた。
けれど聞こえてきたのは、呆れたような声だった。
「仕方がなかったのよ。あの子には、何も無いから……」
私はそれ以上耳に入れたくなくて、一歩後ろに下がる。
「イングリットは本当にかわいそうな子なの。王族として生まれたことが間違いだったのよ」
息が上手く吸えない。
生まれたこと全てを否定された。
それも、ずっと信じていたお姉様に。
「イングリット様、行きましょう」
焦ったようにトレイシーに手を引かれ、私は自分の離宮に逃げ帰った。
お姉様が私を妹として大切にしてくれていると思っていたのは、私だけだった。
お姉様はずっと、私を哀れんでいただけだった。
「私って、どこまでも馬鹿なのね……」
日当たりの悪い古びた小さな建物の中は静かで、余計なことまで考えてしまいそうだった。
それからの日々は、何事も無かったかのように以前と変わらず王宮に閉じこもって暮らしていた。
閉じこもっていれば外の賑わいは耳にしなくてすむ。
トレイシーにも変わらず接してくれるように頼み、笑顔を絶やさず慎ましやかな暮らしを送っていた。
けれど、真っ暗な夜になるとどうしても怯えてしまう。
これ以上厄介事を起こして、またあの目を向けられると思うと足がすくんで、ベッドから起き上がる気にもなれなかった。
生まれてきたことが間違いだった。その通りだ。
望まれて生まれた存在でもなければ、聖女にもなれない無能。
自分らしさなんて、傲慢なだけだった。
違うことを考えようとしても、頭の中は私の悪口でいっぱいで、眠ることすらできない。
(お母様……私は、どこで間違えてしまったのでしょう)
幼い頃に亡くなったお母様に、心の中で問いかける。
お母様は権力争いために嫁がされた人で、本当は気弱で健気な人だった。
正妃の嫌がらせは続き、私が生まれてからは一層激しくなったと聞く。
お父様の感心が少しでもお母様に向くことが許せなかったのか、正妃はお母様が護衛騎士と不倫関係にあると嘘の噂を流し、お母様を追い詰めた。
こともあろうにお父様はその嘘を信じてしまい、お母様は罪に問われてしまった。
けれども、お母様は私の前では最後まで気丈に振舞っていた。
『イングリット、よく聞いてね。世の中、生きてさえいればなんとかなるものよ。たとえこの先何があっても、辛いことの後には必ず幸せが待っている。人生なんてそういうものだわ。だから、絶対に生きることを諦めないで』
太陽のような笑顔で私を抱きしめてくれたあの人は、その後毒を飲んで死んでしまった。
私を罪人の娘にする訳にはいかないと、最後の抵抗だったようだ。
お母様が亡くなってから噂は事実無根であったと判明したため、後ろめたさからお父様は私に近寄らなくなった。
それが嫌悪に変わるのはあっという間だった。
今でも時々お母様を夢に見る。
あの頃は幼くて、政争なんてことはなんにも知らなかった。
今にして思えば、あれがお母様がただ一人の人間として高潔であるための唯一の手段だったのだろう。
(生きてさえいれば……そう言ってくれたのは、ほかでもないあなたなのに)
それでも、たとえ罪人だとしてもお母様が今ここにいてくれればと思わずには言われなかった。
その日は、睡眠不足のまま揺り起こされた。
事件以来誰も寄り付かなくなった離宮に、わざわざ人が来たのだ。
式典に出席するようにというお父様からの命で、急いで着替えさせられ、否応なしに連れ出された。
他国からの使者も出席するそうで、第二王女だけが欠席というのはよろしくないと、仕方なく呼び出されたようだった。
「イングリット様、あまりご無理をなさらないよう」
「大丈夫よ! 数時間乗り切れば良いだけだから」
久しぶりの日差しが眩しくて、歩くのもやっとだった。
トレイシーは心配そうに付き添ってくれたものの、上手く笑えていたか不安だ。
式典は華やかな王宮の庭園で行われた。
慣れない豪華なドレスに、きつく締めあげられて苦しいコルセット。
用意されたサイズの合わないヒールが痛くて、靴擦れが出来てしまった。
「イングリット、久しぶりね。元気だった?」
式典が終わり早々と退場しようとよろよろ歩く私の元に、お姉様が駆け寄ってくる。
「お姉様……!」
なんとか笑顔で答えるも、お姉様が私の元へ来たことで、一気に周りの視線が集まった。
この後はパーティーも開かれる予定で、大勢の貴族たちが集まっていた。
あれが噂の第二王女かと、不躾な視線がいくつも突き刺さる。
「早く座れ。そんな歩き方をして、みっともない」
「申し訳ございません」
私に小声で言い放ったのは王太子殿下だった。
あまり得意ではない相手に、私は足の痛みを堪えて頭を下げる。
昔、お兄様と呼んだ時は酷く機嫌を損ねてしまい、王太子殿下と呼べと命令された。
王太子殿下も、私のことは家族どころか王族として認めてくれていないのだろう。
「待って、イングリット。顔色が悪いわ。誰か、お水を持ってきてちょうだい!」
「クリスティナ様、私は大丈夫ですから」
「……!」
お姉様、ではなくクリスティナ様と呼び方を改めた私を見て、お姉様は驚いたように私を見つめた。
お姉様と呼ぶのもおこがましいはずだったのだ。
改めるのが遅すぎた。
お姉様は私に何も言わず、ただ悲しそうに運ばれてきた水を手渡してくれた。
私はそれを飲まず、手にしたままトレイシーの元へ逃げてしまった。
その間、皆が私を好奇の目で見ていた。
「聖女の結婚相手に懸想するなんて……」
誰かの囁きがいやに耳についた。




