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嫌われ者の王女殿下は運命の恋を信じない  作者: 雪嶺さとり


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34/34

34.彼の愛の名前


 よく晴れた午後、私たちは馬車で王都から離れたとある小さな村に来ていた。


「のどかで素敵な村ですね」


 運河をあまたの船が行き交い、常に水のせせらぎを感じられる王都も素敵だが、小高い丘の上から澄んだ大海を見渡せるこの場所もとても美しい。


 付近には田舎町らしい素朴な雰囲気の家々が並び、花畑なんかもある。


 畑ではオリーブが大きな身をつけており、時おり吹き抜ける風に葉を揺らして応えているかのようだった。


「うん。落ち着いてて、静かで、僕は結構気に入ってるんだ。最後に村を出たのはもうずっと昔だけど、ここは変わらないままだね」


 ちょっとだけ、陛下は照れくさそうだった。


 馬車から降りて、しばらく二人で歩く。


 今日はお互い庶民的な装いで、若い夫婦が出歩いているようにしか見えないだろう。


「まあ、ここにまた戻ってこられるとは思わなかったけど。お願いしてみるものだね」


 本当は休暇ではなかったのだが、予定を前倒ししてなんとか時間を作ったのだという。


 こういうところからもヴィーラント殿下は陛下に振り回されっぱなしに見えるが、実のところ、陛下が振り回してあげているようにも思えるのだ。


 ヴィーラント殿下が陛下に王位簒奪を持ちかけたのは、例の側妃がまるで前王妃の生き写しのようでヴィーラント殿下は自らの手を汚すことを躊躇ってしまったのだという。


 結局、今回の魔毒事件も亡き前王妃との関わりが公爵令嬢に野心を抱かせたとも言える。


 ヴィーラント殿下もこのところ精神的にも疲れ切っている様子だとプリシラ様が心配していたから、きっと彼らにとっても今日は良き休日となるだろう。

 



「あれ、あんた! 帰ってきたのかい!」


 小さな子どもたちを連れたエプロン姿の女性とすれ違った時、彼女は陛下の顔を見て目を丸くしていた。


「久しぶり。夏だから、帰ってきたんだ」

「ああ、そうか……もうそんな時期なんだねぇ……」


 二人は知り合いのようだ。


 女性がしみじみと呟くと、足元の子どもが不思議そうに陛下と女性の顔を交互に見やる。


「おかーさん、この人だれ?」

「あんたの学校を作ってくれた人だよ。挨拶しなさいな」

「こんにちは!」

「どうも、こんにちは」


 陛下はにこりと笑い手を振ると、子どもは恥ずかしいのかタタっと駆けていってしまった。


「あんた、結婚したのかい」

「そう。僕のお嫁さん」

「初めまして」


 とりあえず、ぺこりと頭を下げる。


「そう! こんな可愛い子をもらったなんて、あんたは運のいいやつだね。愛想つかされないように、大事にするんだよ」


 女性はそう言いながら、子どもを追いかけて去っていく。

 

 陛下が国王であることを知らないようだ。

 

 私がぽかんとしていると陛下が教えてくれる。


「昔住んでた診療所のご近所さんだよ」

「そうだったのですか。あの、学校というのは?」


 先程の女性が、陛下を学校を作ってくれた人だと紹介していた。


 だが、陛下が公共事業として建てたというわけではなさそうだ。


「診療所を改築して学校にしたんだ。出ていくつもりだったし、廃墟にすると色々面倒なことになるだろう。手入れして貰う代わりに学校として村に渡したんだよ」

「なるほど……!」


 子どもたちが読み書きを習う学校として機能しているそう。


 こういった小さな町は福祉が行き届くまで時間がかかったりする。


 陛下は面倒だから、と言っているが、この村のためを思ってそうしたのだと言うことは伝わってきた。


 村の中心部に向かうに連れて、すれ違う人に声をかけられることも増え、同じように妻のイングリットですと何度も挨拶した。


 皆一様に陛下を歓迎してくれて、まるで昔からの村の仲間のように賑やかな輪が広がっていた。


「お前、今までどこいってやがったんだよ! 全然帰ってこねぇからどっかで野垂れ死んだんじゃねぇかって心配してたんだ!」

「ごめんごめん。色々あって、外国に行ったりしてたんだ」

「やっと帰ってきたと思ったら、こんな可愛い奥さん連れてきやがって! さては自慢か、羨ましいぜ!」

 

 そうして囲まれていると、陛下も年相応の平民の青年のように見える。


「奥さん、良かったら持っていってくれ! 採れたてなんだ」

「俺んとこのも! こいつにうまい飯食わせてやってくれよ」


 なんていいながら、トマトや焼きたてのパンなど農作物やら食べ物やらが私の元に集められる。


 馬車から降りた時は手ぶらだったのに、手提げカゴまで貰ってしまい、カゴの中はたくさんの収穫物でいっぱいだ。


 この重みは、それだけ陛下がこの村の人々と親しくしていたという証拠だろう。


 久しぶり、と声をかけてくれる皆も、心から楽しそうな笑顔だった。


「奥さん、と呼ばれるのはなんだか新鮮です。普段は王妃としか呼ばれないので」

「そうかな? 僕のかわいい奥さん……いい響きだね」


 ふふ、と陛下は上機嫌に笑う。


 村人たちと別れてから、歩いてものの数分で目的の場所へたどり着いた。


「ここが、僕とローランの家だった場所だよ」


 陛下は懐かしむように紹介してくれる。


「今は教室だけど、ここは診察室だったんだ。こっちは倉庫で、二階にローランの部屋がある。キッチンはそのままみたい。たまにここでみんなでご飯を作るんだって」

「楽しそうですね! どこも大切に使われているみたいで、この学校が愛されているのが伝わってきます」

「ありがとう。といっても、僕が帰ってくるのはずいぶん久しぶりなんだけどね」


 広々とした室内には、小さな椅子や机が並び、あちこちに子どもたちの生活の跡が見える。


 今日は休みのようだが、普段の賑やかな様子が目に浮かぶようだ。


「それで、ローランの墓はこっち。裏庭に作ったんだ」


 子どもたちが遊ぶ場所から少し離れて、木陰になる位置に墓石が経っていた。


 刻まれた名前は、ローランと……もう一つ、シャーリー。


「お二人は、ここで眠っているのね」

「うん。一緒じゃないと、ローランは文句言いそうだし」


 そう言いながら、墓前に花と酒瓶を添える。


 村の売店で買うつもりだったが、ローランの墓参りの為に来たのだと言ったら、村人たちがこぞって譲ってくれたのだ。

 

「散々迷惑かけて、長年会いに来なくてごめん。でも、ローランのおかげで、僕はイングリットに出会えた」


 ローランに話しかける陛下の横顔は、どこか幼さを残していた。


 そっと横で見守る。


 陛下は長い間、これまでのことをローランに語っていた。


 楽しいことも苦しいこともあったが、陛下の表情は変わらず落ち着いていた。


 ローランは、陛下の中にある唯一の大切な思い出の人だ。


 ヴィーラント殿下も陛下の家族だが、ローランもまた、陛下にとっての家族なのだと私もよく理解している。

 

 遠くから、軒先に吊り下げられたベルの音がカランカランと聞こえてくる。


 爽やかな風が頬を撫で、服の裾をふわりと揺らした。


 見上げれば、青い空の海で、雲はゆっくりと流れている。


 穏やかな時間だけが、ただ過ぎていった。

 

 それから、去り際に陛下は思い出したように振り返る。


「ローラン、答え合わせだ。認めよう、僕の負けだ」


 僕も『(イングリット)』を見つけたよ――――――陛下はそれだけ言い残すと、前を向いて歩き出した。

最後までお読み頂きありがとうございました!

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