33.王妃と陛下と二度目のキス
「へ、陛下……! まさか!」
「僕が知らない君のことなんてないって、君も分かってるんでしょ?」
どうやら私たちの予想は外れたようだ。
最初から陛下は私とプリシラ様の作戦会議を盗み聞きしていて、その上で乗っかってきたということらしい。
「ひ、人が悪いですよ! びっくりしたじゃないですか……!」
「でも、こうされたかったんでしょ? 君が僕に慣れてくれるまでもう少し待とうと思ってたけど、こうされることを望んでたみたいだから。気づいてあげられなくてごめんね」
陛下はわざと私の耳元に唇を寄せてくすくす笑う。
普段から距離は近いけれど、今日はいつもよりずっと強引で、その分だけ余計に色気のようなものを感じてしまいそうだ。
「へ、陛下! 離れて……」
「離れない。だめ。僕にして欲しいこと、あるんでしょ? 自分でおねだりできるまでずっとこのままだから」
陛下は綺麗な笑顔のまま、とんでもないことを私に言う。
(自分からキスしてくださいって言うまで、離してくれないの……!? こ、こんなはずでは!?)
陛下の指が私の唇をそっと優しくなぞる。
私を弄ぶようかのような手つきに、背筋がぞくりとした。
牡丹色の瞳は私を逃すまいと食い入るように見つめている。
「そ、その……わたしに……」
声が震えてしまう。
心臓はとくんとくんと跳ね上がって、今にも暴れだしてしまいそう。
頭の中が真っ白になって、もう何が何だか分からなくなってきた。
一息に言ってしまおうと思ったが。
「キスして……っ!」
ちゅう、と音を立てて私と陛下の唇が重なる。
より深く絡みつくように舌が挿し込まれ、口内の感覚が乱される。
キスなんて可愛らしいものではない。
食べられている。
蹂躙されるかのように、私は陛下の獲物になってしまった。
「っ……っはぁっ……」
息が苦しくなってきた頃に、ようやく唇が離れて解放される。
急にとんでもないことをしてきたと抗議しようとすれば。
「もう、だめっ……………………」
なぜか私よりも顔を赤く荒い息をした陛下が、ドサリと床に倒れてしまった。
「陛下!? 陛下ー!!!」
慌てて揺さぶるも、陛下は完全に気絶している。
初めて同じベッドで眠った時と同じだ。
自分から仕掛けてきたわりに陛下もかなりの初心で奥手なものだから自爆している。
とりあえず、ファニアかカーラか、誰でもいいから助けを呼びに行こうとしたが。
「あ、ああ、あなたたちなにやってるんですか!?」
タイミング悪く執務室に入ってきたのはヴィーラント殿下だった。
殿下の絶叫が執務室に響きわたり、壁を貫通して廊下まで飛んでいく。
倒れた陛下に覆い被さる私、そして二人とも真っ赤な顔で荒い息をしている。
とんでもない絵面になっていることは、想像にかたくない。
殿下が手に抱えていた書類が、バサバサと音を立てて舞い落ちてきた。
ひらひら降ってきた書類を手に取りながら、私は釈明を始めるのだった。
『夫婦円満は良いことですけど、時間と場所を弁えてもらっていいですか!?』
と、ヴィーラント殿下に夫婦揃ってこってり絞られてから、陛下は殿下に引きずられて執務室へ戻って行った。
思っていたのとはなんだか違う過程になったけれど、結果的にはまあ良かったのではないかと言える。
そうして何となく気まずさというか恥ずかしさを抱えたまま、その日は1日過ぎてゆき、夜が更けた頃に陛下は寝室へやってきた。
「陛下、お疲れ様です」
ネグリジェ姿でベッドの上で待っていた私を見て、陛下が驚きつつもはにかむ。
そういえば、いつもなら眠気に負けている時間だった。
「まだ起きていたの。眠れない?」
「いえ、陛下を待っていようと思って」
「本当に!? すごく嬉しい……けど! 睡眠はちゃんと取らないといけないよ」
「ですが、陛下も寝る間を惜しんで私の寝顔を描き写しているんですよね? ヴィーラント殿下からお聞きしました。陛下、絵がお上手だとか」
これを追及しなければと思って待っていたのだ。
案の定陛下はぎくりと肩を跳ねさせてから、平常心を装おうとしている。
「愛する妻の姿絵は、百枚でも二百枚でも足りないものさ」
なんだか聞こえのいいことを言っているが、そんなもので誤魔化されたりしない。
私もそれなりに陛下と長く時間を過ごしてきて、この人が言い逃れが上手だということは分かっているのだ。
寝顔を絵に描かれるなんて、こんなに恥ずかしいことはない。
せめて自分で中身を確認してから燃やすか残すか選ばなければ。
「見せてください」
「今日は夜遅いから、またの機会にね」
「いいから見せて」
「わあイングリット、すごく眠そうな顔だよ。早く寝ないと明日が大変だ」
「ああ、もう……」
陛下は私の言葉を全て流し、そのままシーツへ私を引っ張っていく。
やいのやいのと言い合っているうちに仲良く二人並んで横になってしまった。
「分かりました。今日のところは見逃してあげます」
「ふふ、ありがとうイングリット」
陛下が私の頬を撫でる。
優しい手つきに、少しだけ微睡みを感じてしまう。
「ねえイングリット」
「ふゎぁ……はい、なんですか」
「今週末、僕と一緒に来て欲しいところがあるんだ」
おもむろに、神妙な面持ちで陛下がそういうのだから一気に目が覚めた。
「もちろんです。どちらへ?」
「僕の……とても、大切な人の墓だよ」
陛下の表情は、いつもと変わらず穏やかに見える。
けれど、その心中はきっととても複雑なのだろうとすぐに分かった。
陛下から聞いていた、かつて陛下を支えてくれた医者の青年――――ローランの命日は、もうすぐだった。




