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嫌われ者の王女殿下は運命の恋を信じない  作者: 雪嶺さとり


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32.王妃は陛下と触れ合いたい


「キスの誘い方?」


 二人揃ってまじまじと復唱され、その後に二人はひっくり返ってしまった。


 別に、冗談を言ったわけじゃない。


 本当に分からないのだ。


 もちろん恋愛なんて陛下が初めてで、基本的な恋人同士、夫婦の触れ合いを私はあまり知らない。


 これでも王女という立場だったために最低限の閨教育は受けているけれど、私が求めているのはそういうものではなかった。


 陛下とキスをしたのは、結婚式の時だけだ。


 あれからもう数ヶ月経ったというのに、もう一度キスをするどころかやっと隣で眠ることに耐性がついたぐらい。


 陛下は抱き締めてくれるし好きだとか愛してくれると言ってくれるけれど、その後は大概顔を赤くして目を回して倒れるかぶつぶつ小声でなにか言いながら逃げてしまうかで、甘い雰囲気が続かない。


 そういうわけで信頼できる友人である二人に聞いたのだが。


「う〜ん、専門外!」


 満面の笑みで断られ、隣でジェインさんも首を縦に振った。


 あっさり玉砕した私は、しばらくお茶会を楽しんだ後、次なる相談者の元へ向かうのだった。




 

「んまぁ〜! イングリット様ったら!」


 二番目の相談相手はもちろん、プリシラ様だ。


 私の話を聞いたプリシラ様は、目を輝かせながらにまにまと笑う。


「やっぱり、こういうのははしたないのでしょうか……」

「いいえまったく! お二人とも奥手で愛らしいと思っておりましたが、プラトニックなラブでしたのねぇ〜!」


 プリシラ様はこういう時が一番活き活きとしている。


 どうやらヴィーラント殿下との仲はかなり良好なようだから、二人はどうしているのかを聞こうと思ったのだが。


「え? わたくしたちがどうしているかですって? それはもうご存知の通りですわよ!」

「ええと……具体的には」

「殿下は口では遠慮していても体は正直なお方ですから、サッと押し倒して迫れば簡単に陥落しますわ」

「わあ……」


 さすが、社交も恋愛も強気なプリシラ様だ。


 私には真似出来ないかもしれない。


 ヴィーラント殿下が真っ赤な顔で恥じらう姿を想像すると、やっぱり陛下と殿下は兄弟だけあって良く似ている気がする。


「陛下は誰がどう見ても明らかなほど王妃様をそれはそれは愛していらっしゃいますから、王妃様の方から攻めてみるのも良い戦法とは思いますが……ここはひとつ、奇策を練りましょう」


 コホン、とプリシラ様は咳払いをする。


「王妃様は、押してダメなら引いてみろ、という言葉をご存知です?」

「ええと、それはどのような……」

「日頃からわたくしのようにグイグイしつこく好きだ好きだとかしましい相手が、いきなりスンとそっぽを向いてしまったら嫌でも意識してしまいますわよね? そうなれば、自分から手を出すしかなくなりますわよね? つまりはそういうことです」


 あえて冷たい態度を取って気を引こう、という趣旨の作戦のようだ。

 

「な、なるほど……! あ、でもこの会話をもし陛下が聞いていたら意味がないのでは」

「いえ、今の時間帯は会議中ですから大丈夫でしょう。先日軍務卿と外務卿の口論が大喧嘩に発展して大変なことになっているそうですから、忙しいはずですわ」


 プリシラ様の言う通り、昨日からその二人の一件で王宮の中が騒がしかった。


「まったく、この国は誰も彼も血の気が多くて困りますわよねぇ。オーホッホッホ!」


 渦中の人物である軍務卿はあなたのお父上ではなかったか、と思わず突っ込みたくなるぐらい、プリシラ様は愉快そうに高笑いをしている。


 しかし、軍務卿であるお父上と同じくして、プリシラ様はこと恋愛に置いては軍師のように頼もしい存在だ。


 ここはプリシラ様が考えてくださった作戦でいこう。


 そうして、私とプリシラ様はこそこそと作戦を練り始めた。


 


***

 

 

「ですから! これまで続いてきた伝統を陛下の代で壊すようなことをしてはならぬと!」


 陛下の執務室のドアから顔を覗かせてみれば、軍務卿でも外務卿でもない別の貴族の男性が怒鳴り散らしていた。


 もちろん陛下は椅子に座ったまま、つまらなさそうに視線すら合わせていない。

 

「でもその伝統とか慣習があるのって、君たちの私服を肥やすのが大体の理由でしょ? どうしても譲りたくないなら個人的にやってくれるかな」

「なんという無礼な! 陛下とはいえ、許せませぬぞ!」

「大声を出さないでくれ。話し合いがしたいのなら、もう少し冷静になってから来てくれるかな。要点を二行でまとめられるようになるまで戻ってこなくていいよ」


 貴族の男性は怒り狂ったまま、わざとらしく足音を立てて出ていく。


 エトルシアは外部からの敵に対しては過敏だけれど、びっくりするほど内輪揉めが多い。


 今日もそれは相変わらずのようだった。


「あのー……陛下……」


 ひょこっと顔を出せば、陛下はガタッと椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がった。


「イングリット! わあ、君が会いに来てくれるなんて嬉しいな! ガレッティ侯爵令嬢とのお茶会はもういいのかい?」

「はい」


 にこにこと駆け寄ってくる。先程とは別人のような態度の違いだ。


 思わず釣られて笑顔になりそうだが、気を引きしめる。


「今日は陛下にお話があってここへ来ました」

「どうしたのかな? なんでも言ってごらん」

「今日から別々のベッドで寝ませんか?」

「………………………………え?」


 陛下が固まった。


 数秒間まるで時が止まったかのようになってから、ようやく陛下は私の発言を理解したいようだ。


「今、なんて」

「で、ですから、寝室を分けようと……」

「………………………………………………なんで」


 低い声に少々気圧されるも、ここで負けるわけにはいかない。


 せっかくプリシラ様と作戦を立てたのだ。


「僕、何かしたかな。ねえ、どうして急にそんなことを言うの。僕のこと嫌いになっちゃったの」

「えっ、いや、そういうわけでは」

「じゃあなんで。急にそんなこと言うなんて、理由が無いとありえないよね。もしかして、僕ってちょっと鬱陶しい? 監視とか夜中に寝顔を四時間ぐらい見つめてるの嫌だった?」

「えっ、初めて聞いたんですが」

「勝手に寝顔を絵に描いたり、イングリットの行動記録を付けるのも嫌だった? ごめん、もう次からしないから」

「あの、なんですかそれ」


 知らない話がぽんぽん飛んでくる。


 早口でとんでもないことをまくし立てられたが、一体この人は私が寝ている間に何をやっているのだ。


 これではプライバシーの欠片もないではないか。

 

「君がいないと、僕はもう生きていけないんだよ……!」


 絶望したように陛下が私にすがりついてくる。


 私が後退れば、その分だけ陛下も迫ってくるものだから、ついに壁際に押しやられてしまった。


(え、えぇ…………)


 まさかこんなことになるとは。


 だが目的は陛下の心を乱すことなのだから、間違ってはいないはずだ。


「し、知りませんから。とにかく、しばらく別の寝室で……」


 何とか押し切ろうとしたが、陛下は私を逃さなかった。


 ドンっ、と陛下が壁に手をつく。


「どこに行くの」

「っ!」


 完全に身動きが取れなくなった。


 しまった――――そう思ったのもつかの間。


「どう? こういうのを期待してたんでしょ?」


 陛下はいたずらっぽく笑っていた。

 

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