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嫌われ者の王女殿下は運命の恋を信じない  作者: 雪嶺さとり


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3.嫌われ者と聖女


 慰問の為の視察に向かった先で、魔物の異常発生が起こった。


 国境の森が発生地点であり、既に砦には魔物たちが押し寄せているとのことだった。


 お姉様を先陣に、万一に備えて住民の避難誘導など手を尽くしたものの、兵士たちは度重なる戦闘や魔毒の感染で疲弊しており、援軍の到着は間に合う見込みがない。


 このままではまた災害が起こる。



 私はお姉様の指示に従い避難したフリをして、武器を手に砦へ単身乗り込んだ。


 兵士たちは私の顔を知らず、王女から使わされた治癒魔法師だと王家の紋章を見せたところすぐに通して貰えた。


 酷い惨状だったことは覚えている。


 あまりの状況に、弱音を吐きそうになったのも嘘では無い。


 今でも彼らの悲鳴や苦しみの声は忘れてはいない。


 助けてくれと懇願され、弱々しく手を握られた時のあの温度は、今も私の手のひらに残り続けていた。

 

 兵士たちは次々と運ばれ、数が減る気配は無かった。



 こうなれば、戦自体を止めなければどうにもならないと判断した私は、弓矢を手に砦を登った。


 それは、王都の治療院で、ある治癒魔法師の発言がきっかけに得た戦法だった。


「一人一人回って治療するのでは時間が足りない。後方支援で、治癒魔法を戦場全体に行き渡らせる方法があれば……」


 もちろん、物理的に戦場を覆うほどの範囲の広い治癒魔法などは存在しない。


 似たようなことをしようとしても、本来治癒魔法とは繊細なものであり、広範囲にわたって複数人にかけられるようなものではないからだ。


 しかし、それを補助する道具があるとすれば話は変わる。


 砦にも武器としての魔道具はいくつもあり、その中で私が選んだのは、魔力を乗せて使用する弓矢だった。


 矢に魔力を乗せて使用するものであり、通常の弓矢と違って炎を矢のように放つことも、凄まじい速度で射抜くことも可能になる。


 災害のことを憂いでおきながら、兵士たちに最新式の魔法式狙撃銃をもっと支給することぐらいできないものかとお父様に苛立ちながら、私は弓矢を構えた。


 弓で魔物を射抜くのではない。


 兵士たちに後方支援として体力回復と魔力増強の魔法を届けるのだ。


「神様、どうか皆を助けて……!」


 祈るように兵士たちに向けて、魔力を一筋の光に束ね、勢いよく放つ。


 まるで彗星のように尾を引きながら、私の魔力は飛んでいき、兵士たちの身体に浸透していく。


 無我夢中で何度も魔法を放った。


 真昼だというのに空には流れ星が煌めいていたようだったと、後になって聞かされた。


 やがて私の祈りが通じたかのように、戦局が傾いたその時だ。



 私の魔法をかき消すほどの、まばゆい光が空に溢れ、数分後、魔物たちは全て消えていた。


 目を開ければ、神器である女神の神杖を掲げたお姉様が、天女のように舞い降りる姿が見えた。



 聖女降臨。


 人々にはそう語られ、私の放った魔法は全て、聖女の力によるものだとされていた。



「あの時流れ星が降り注いできたと思ったら物凄い力が出て、かと思えば聖女様が魔物を全て浄化したんだよ!」


 新聞記事には嬉々として語る兵士の話が乗せられていた。


 誰も私のことには触れていなかった。


 それで良いと思っていた。名声を得たくてこんなことをしたわけではなかったからだ。


 人々が救われたのなら、それだけで私の心も救われるかのようだった。


(平和を取り戻せて、本当に良かった……! お姉様はやっぱり凄い人だわ!)


 新聞記事を何度も読み返しては、嬉しくてくるくると踊り回る。


 たとえ国民から嫌われていても、私はこの国の平和を願っている。


 第一、この王宮で正当な評価を得たいなんて思ってもいない。


 国王も正妃も、王太子もどうだって良かった。


 私の名前を誰も覚えていなくとも、誰かの未来を繋ぐことができたのならそれだけで十分嬉しかった。

 

 やがて魔毒の騒動は収まり、お姉様の活躍により国は平穏を取り戻した。


 治療院も落ち着き、殺伐とした世間の雰囲気は一転、祝福ムードでいっぱいだった。


 少なくとも私のやったことは効果があったのだから、あとは他の治癒魔法師に託せば良いだろう。


 そうすれば誰かの名前で論文が公表されるはずだ。


 私の名前では出せないし、そもそも第二王女イングリットとして目立つ行動は取りたくなかった。


 下手な反感を買うことも、国王の関心を引きたいがための偽善だと笑われることも嫌だったからだ。

 

 そうして自己満足に浸っていた私は、この王宮は敵だらけの魔窟だということを忘れて油断していたらしい。


 

 私の存在をどん底まで陥れた、決定的な事件はこれからだった。



 お姉様の婚約者が、カイル様に決まったことは私にとっては悲しかった。


 だが世間は二人を祝福し、まるで運命のような恋だとまで言われている。


 お姉様もカイル様も相思相愛で、深く愛し合っていた。


 愛のない結婚で生まれてしまった私からしたら、それはとても祝福すべき出来事であり、同時に少しだけ羨ましかった。


 けれど仕方がない。


 カイル様は私のことなど覚えてはいないだろう。


 仮に覚えてくれていたところで、それが恋に発展するようなことはないのだ。


 由緒正しいユレアス公爵家の嫡男が、日陰者の第二王女を妻にするメリットなどどこにもない。


 そもそも私の母は前宰相であった侯爵の娘だが、母が自死し権力の掌握に失敗した侯爵はとうの昔に失脚している。


 カイル様とも幼い頃に会って以来、顔も合わせていない。


 関わった覚えもないのに想いを寄せられていると知られてしまえば、カイル様は私をきっと嫌悪するだろう。


 私に出来ることは二人を祝福し、邪魔にならないように陰に引っ込むことだけだ。


 顔を合わせたらきっと悲しくなってしまうから、お姉様の婚約発表パーティーに欠席の代わりに贈り物をすれば誠意は表せるだろう。


 お父様からも王女としてクリスティナを祝うようにとの言伝はあった。


 私が贈り物に選んだのは真珠のネックレスだった。


 せっかくお父様の許しも出たことだから、高価なものを差し上げたいと思ったからだ。


 贅沢をしていると言われているが、実のところ私の持っている装飾品はほとんどない。


 ドレスも同じものを着回している。


 昔はせめて見てくれだけはと装飾品を買わせて貰ったことはあったが、侍女たちにくすねられていることに気づいて以来やめた。


「お父様が予算を出してくださって良かったわ。このままじゃ、温室の花を差し上げなければいけなくなるところだったもの」

「クリスティナ様なら花束でもきっと喜んでくださいますよ」

「そうだけど、やっぱり見栄えがね。私のせいでお姉様の婚約発表パーティに水を差すわけにはいかないわ」


 トレイシーは私自身はネックレスの一つも持っていないというのに、とどことなく不満げではあったが、二人であれこれと話し合いながら最終的に真珠のネックレスに決めた。


 私のような者にも優しいお姉様の幸せを、お祝いしたい。

 

 

 だが、ただそれだけだったのに、このネックレスのせいで私はあわや投獄されかける事態になった。


 ネックレスに毒針が仕込まれていたのだ。

 

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