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嫌われ者の王女殿下は運命の恋を信じない  作者: 雪嶺さとり


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28.嫌われ者は対峙する


「これはこれは! イングリット王女殿下!」


 プリシラ様の案内で向かった先では、予想通りの人物が待っていた。


 三十代半ばほどの背格好に、貴族らしい上等な衣装。


 記憶にある姿と変わりはない。


「……お久しぶりです、ヘレヴィオ辺境伯様」


 そして客人は一人だけではなかった。


「それに、レナルディ公爵令嬢もわざわざご足労頂きありがとうございます」

「とんでもございません! 私も、イングリット様に再びお会いできてとても嬉しいですわ」


 優雅にティーカップを手にし、彼女は上品に微笑む。


 二人とも王妃ではなくイングリットや王女と呼ぶあたり、私をどう見ているか丸分かりだ。


 レナルディ公爵家の騎士たちと思しき従者たちを数人引き連れていることから、彼らは自身が容疑者として扱われていることに気づいているのだろう。


 しかし、ヘレヴィオ辺境伯は以前お見かけした時よりもなんだかずいぶん生き生きしているように見える。


「王女殿下がお元気そうで安心いたしました。あんなに急にフィルゼスタを去ってしまわれるとは思わず、今頃どうしていらっしゃるかと心配で心配で」

「お気遣いありがとうございます。私はエトルシアの皆様によくしていただいておりますから大丈夫ですよ」


 おかしい。


(辺境伯が私を心配、ですって……?)


 以前だったらありえない。


 辺境伯は第一王女である聖女クリスティナをかなり賞賛していたはず。


 自分の領地で聖女が目覚めたのだと誇りにしており、私など気にも止めていなかったはずだ。


 それが、こんなに早口でまくし立てるほどだなんてとても信じられない。


「それで、本日は私にとても大切なお話があるとお聞きしたのですが……」


 なぜレナルディ公爵家の令嬢であるアリアンナ様と辺境伯が一緒にいるのか。


 それは、辺境伯がフィルゼスタからの使者として私に火急の用があるとのことで、かねてより親交のあったレナルディ公爵家が仲介しているということらしい。


 というのがプリシラ様から教えてもらったある程度の説明だが、何とも怪しい。


 フィルゼスタからわざわざ私に使者が来るなんて、それも遠く離れたエトルシアに、だ。


 よほどの重大な事がない限りありえない。


 それこそ、国王陛下が亡くなっただとか……。


「実は、フィルゼスタの国王陛下が危篤状態なのです」

「……え?」


 思わず唖然としてしまう。


 あの人が、危篤状態?

 

「まだ世間には公表されていませんが、もはや一刻の猶予はありません。お父上が亡くなられる前に、私と共に帰国いたしましょう」

「そ、そんな……! フィルゼスタには、お姉様が……聖女がいるじゃない! それなのに危篤状態だなんて、一体何があったというの!」


 お姉様の力があれば、大抵の病気や怪我は簡単に治る。


 お父様に持病などはなく、健康そのものだったはず。


 まさか適当な嘘をついて私を誘い出そうとしているのか。


 だが、あれほどお父様に疎まれていた私が、お父様の死に瀕して急いで帰国するはずがないだろう。


 私が嫌われているのは周知の事実で、今更帰国したところで煙たがられるだけだ。


「あらあら。やはりイングリット様はご存知なかったのですねぇ」


 アリアンナ様が笑う。


「フィルゼスタの聖女は偽物だったのですわ。神の力なんて実在しない夢物語だったのですよ!」


 彼女は勝ち誇ったかのように高笑いをした。

 

「でも、そんな、どうして……私はたしかにこの目で……」


 嘘だとしか思えない。


 私はあの戦場で、お姉様が聖女の力を使う場面をこの目で目撃したのだ。


 あの力が嘘だったなんて信じられない。


 お姉様はそれ以降も聖女として力を振るっていたはずだ。


 きっとなにか理由があるだけで、偽物だったなんてそんなはずはないだろう。


「第一王女クリスティナ殿下は神器を扱うことができなくなり、聖女としての力を事実上失っております。王太子殿下は無理にでも聖女の力を使わせたいようですが、それ以上はクリスティナ殿下の体に大きく負担がかかるとして婚約者であるカイル公子と揉めているのですよ」

「そんな……!」

「私の話が信じられないとしても、フィルゼスタにお帰り頂けばすぐに理解できますでしょう。もはや、王家の権威は失墜したも同然です」


 辺境伯は淡々と語る。


 あんなに聖女の栄華を誇っていた王家が、たった数ヶ月の間でそのような事態に陥るなど想像すら出来なかった。

 

「まあまあ。あなた、自分を虐げた女をずいぶん熱心に庇うのですねぇ。お優しいこと」

「っ!?」


 アリアンナ様が、呆然とする私を見下して嘲笑う。


「お姉様は、私を虐げては……」

「でも、あなたがフィルゼスタで嫌われていた理由のひとつは輝かしい功績を持つ姉の存在でしょう? 第一王女がいたからこそあなたは疎まれ、王宮での立場を奪われた。そうではなくて?」


 全て彼女の言う通りだ。


 お姉様がいたからこそ、私は王妃にあれほど徹底的に追い込まれることになった。


 それを恨んではいないが、エトルシアの貴族令嬢がそこまで知っているのはおかしい。

 

「どうしてそれを……」

「教えてくれたのよ。あなたの忠実なかわいい侍女が」


 アリアンナ様の言葉を合図のように、騎士たちの間から布を被った人が現れる。


 小柄なシルエットからは、布を取り払ったことでよく見知っていた顔が現れた。

 

「トレイシー!?」

「お久しぶりです、王女殿下」


 フィルゼスタでずっと私を支えてくれた侍女のトレイシーだった。

 

「無事でよかったわ……でも、どうしてこんなところに……」


 後遺症がないようで安心したが、こんなところで再会するとは思わなかった。


 トレイシーは実家に帰ったはずだった。


 それがどうして、辺境伯たちと共に姿を表すというのだ。


「辺境伯、これは一体どうなっているのです。私の侍女が、なぜこんなところに」

「私は彼女の忠誠心に心を打たれ、手助けをしてやりたいと思っただけですよ」


 辺境伯は恭しく頭を下げ、私に手を差し伸べる。


 まるで忠実な騎士のように、芝居がかった仕草だった。


「我々は王女殿下を助けに参りました。この国にいては危険です。共に我が領地へ参りましょう」

「なっ……」


 いよいよもって辺境伯の言っていることが理解できなくなった。


「この国が危険、ですって……?」


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