27.嫌われ者は推理する
「さて、これから皆様にお伝えすることは国家を揺るがす可能性のある重要事項ですから、決して口外しないようにお願いいたします」
翌朝、ヴィーラント殿下の会議は明日という宣言通りに話し合いの場が開かれた。
と言っても、宰相や大臣の姿はない。
ここにいるのは私と陛下、ヴィーラント殿下、そしてカレンデュラさんとジェインさんだ。
昨夜はいわゆる初夜失敗というものなのかもしれないが、陛下は大変満足そうな目覚めで、朝から上機嫌な様子だった。
「お城ってはじめて来たからワクワクしちゃうわ……!」
「おい、ここではしゃぐな」
キョロキョロとあちこち見回しては楽しそうにしているカレンデュラさんを、ジェインさんが横で窘めている。
ヴィーラント殿下は彼女(と彼)の様子を怪訝そうに見ながらも、こほんと咳払いをした。
「貴女方カレンデュラ魔法薬品店が情報収集を行っている薬品について、先日倒れた神父が摂取していた可能性が非常に高いことが分かりました」
「事件のあらましは聞かせてもらったけど、やっぱりそうだったのね。もう実用段階に来てるなんて……」
先程までのはしゃぎっぷりから一転、カレンデュラさんは表情を改めて真剣に考え込む。
神父様の証言と状況証拠からの判断だ。
当時、神父様は持病の薬を毎朝服用されていたとのことだが、ちょうど一昨日で無くなってしまい新しい分を薬屋に頼んでいたという。
ところが、昨日はいつもと違う薬が届いたのだと。
配達人に尋ねたところ、薬の見た目が新しく変わったのだと説明され、神父様は疑うことなくそれを服用された。
その結果があの症状だ。
その上、神父様が外出された直後に本物の薬が配達されていたという。
薬屋に成りすまして偽物の薬を届け、神父様を騙して飲ませた。
調査結果からも神父様が服用した薬は、カレンデュラさんたちの実験記録にあるものと成分が一致していたという。
ではそんな手の込んだことをなぜ、なんのためにかというと、思い当たるのは一つだ。
「わざわざ人前でこんなことをするっていうことは、理由は決まってる。僕らへの挑発だよ」
神父様を殺害するのではなく、神父様を大勢の前で倒れさせることが目的だった。
国王夫妻だけでなく貴族たちの前に立つ神父様が魔毒に倒れたとなると、騒ぎになるのは避けられない。
実際に私は治癒魔法を使ったが、聖女の力だと大騒ぎになった。
「その薬を届けた連中は、早々に姿を消してるんでしょう?」
「おっしゃる通りで。既に足取りが掴めなくなっております。何らかの勢力が関わっていることは間違いないでしょう」
ヴィーラント殿下は頷くと、手元の資料に目を落とす。
カレンデュラさんたちが集めた実験記録だ。
「それにしても、民間人だというのによくこれだけ調べましたね」
感心したように言っているが、それだけでは無い。
民間人がどうしてここまで、どのような手段で手に入れたのか……暗にそれを探っているのだ。
「そりゃあもう大事なお友達の一大事ですもの! なんとかしてジェインの立派な大胸筋を取り戻してあげなきゃって頑張ったんですよ!」
しかし、カレンデュラさんは気づいているのかいないのか、いつもと同じような調子で話す。
「重要参考人として呼び出されたから、もしかして法廷に連れていかれちゃうのかもって驚いたわぁ」
「その割には朝から楽しそうに化粧してただろ」
ヴィーラント殿下は二人の様子に苦笑しながら、直接的に質問する方向に切り替えたようだ。
「まず、ジェインさんはどのような状況で被検体となったのです?」
「フィルゼスタで、傭兵仲間からいい稼ぎの仕事があるって紹介されたのがきっかけで。治験なんてよくある話だし、子どもたちのための薬だと言われていたからあっさり信じ込んじまったんですよ。んで、まんまんと飲まされてなんとか俺は生き延びたってわけです」
「私とジェインは昔からのお友達だったから、私を頼ってエトルシアに来たんですよ」
契約書はよく読むことだ――――最初にジェインさんが私に忠告してくれたことは、実体験が理由だったようだ。
「その治験、誰が行っていたのかは分かります?」
「被験者たちを集めていたのは、フィルゼスタのある貴族でした」
「その貴族の名前は?」
それに答えたのはジェインさんではなく、陛下だった。
「ヘレヴィオ辺境伯、だろう?」
「ええ。表向きには隠されていましたが、少し調べりゃパトロンとして出資していることが分かりました。裏で手を回してたのは、十中八九あの辺境伯で間違いありません」
ヘレヴィオ辺境伯。私も知っている貴族だ。
だが、反王権派というわけでもなければかなりの穏健派だったはず。
それに、国境の森を領地に有しており、魔毒の災害でもっとも被害を被った貴族だ。
覚ている限りでは、現当主は聖女クリスティナを絶賛していたはず。
その辺境伯が、自ら魔毒を精製する理由が分からない。
だが事実として、ジェインさんが被害にあったように彼は実験を行っているという。
一体なぜ……。
「ねぇイングリット、あの面倒な女……アリアンナを覚えているかな」
「はい。レナルディ公爵家のご令嬢ですよね」
劇場で出会った公爵令嬢だ。
たしか、結婚式にも参列していた。
「権力者の腰巾着だったレナルディ公爵が、わざわざ僕の前に娘をけしかけた。野心はあれど小心者なレナルディ公爵にしては、かなり思い切った大胆な行動だった」
あの時ずいぶん失礼な態度を取られたが、私はてっきりいつものように見くびられているのだとばかり思っていた。
けれど、それは私を見くびっていたのではなく、私を蹴落とす絶対的な自信があったからだとすれば話は変わってくる。
「あれは、裏を返せばそれだけ勝算のある行動だったってことだよ。僕に自分の娘を嫁がせられる……言い換えれば、イングリットが失脚し娘がその立場に取って代わるだろうという自信が」
ヴィーラント殿下が、実験記録に目を落としながら話を引き継ぐ。
「想像してみてください。もし魔毒がエトルシアに広がった際、皆がイングリット様の力を求めて頼るでしょう」
「でも私に聖女の力は……」
「そこです。イングリット様が聖女ではないと犯人が知っているとすれば、イングリット様を怯えさせるには十分でしょう。イングリット様に対する脅しとなるのは間違いありません」
「じゃあ、私は犯人の思惑通りに逃げ出していたってこと……!?」
「恐らくは。万が一イングリット様が出奔なされずとも、解毒薬を用意しているのであれば魔毒が広まった際、それを使用しイングリット様の立場を奪うことは出来るでしょう」
どちらにせよ、勝算があるからこその大胆な行動だったというわけだ。
「そして、このところレナルディ公爵家はフィルゼスタの貴族とやり取りをしているという。万が一その相手がヘレヴィオ辺境伯だったとしたら、確定だな」
フィルゼスタ側で怪しい動きを見せる辺境伯と、エトルシアで不穏な動きを見せるレナルディ公爵家。
この両家に繋がりがあるとすれば、辻褄は合う。
「全部憶測だけどね。怪しい連中は他にもいる。ただ、ここ最近のレナルディ公爵の言動から鑑みて、疑わしいってだけさ」
陛下の言う通り、現時点ではこれは単なる推測でしかない。
旧派閥など陛下の周りには敵が多いのだから、他の可能性はいくつもある。
むしろ、一番怪しい公爵を隠れ蓑に暗躍している者たちがいないとも限らない。
「敵が多いって大変だなぁ。僕の優秀な弟くんがもっと早く片付けてくれれば良かったのになぁ」
「うっ……たしかに私の気の弱さが原因なのは分かってますが、客人の前で本当のことを言わないでください……!」
ヴィーラント殿下が陛下にいびられだしたが、否定しないで頷いてしまった。
なんだかんだ言って、この二人はやっぱり仲良しに見える。
だが、その時だ。
コンコン、とノックの音と共に現れたのはプリシラ様だった。
「いらっしゃいましたわよ。獲物の皆様が」
獲物とは、まさか。
私の驚きを肯定するかのように、プリシラ様が不敵に笑った。




