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嫌われ者の王女殿下は運命の恋を信じない  作者: 雪嶺さとり


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26.嫌われ者は温もりを知る


 その後、私たちは迎えに来た馬車に乗り込み城へと戻った。


 ヴィーラント殿下が寄越してくれた迎えだったようで、もちろん二人して彼にものすごい剣幕で叱られた。


 夜会はつつがなく終わり、殿下と婚約者であるプリシラ様が取り仕切ってくれたそう。


 その裏で神父様の事件の調査もしつつ陛下と私の行方を追ってくれていたのだから、とんでもなく迷惑をかけてしまった。


「やっとここまで来たというのにあなたたち二人が出ていってしまったら、私はどうしたらいいのかと……! 本当にっ、あなたたちは揃いも揃って単独行動ばかり……!」

 

 どうも過去の話を聞く限り色々と苦労していそうなヴィーラント殿下だが、陛下はどれだけ叱られてもまるで聞く耳を持たず私の方ばかり見ていた。


 ヴィーラント殿下は、陛下は私と結ばれたことで目的を果たしたのだから、どうでもいい国は捨ておいて二人で逃亡される……なんてことまで考えたらしい。


「夜会の最中に若い男女が消えるなんて、それはもうアレですわよアレ! 皆国王夫妻がアレをなさっていると思ったようですから全然問題ありませんでしたわよ!」


 プリシラ様はそう言ってオーホッホッホと高笑いをなさっていたが、アレとはなんだと深入りするのはやめておく。


 とりあえず、二人のおかげで私たちの追いかけっこは上手く隠されたようだった。


 結局、ヴィーラント殿下もプリシラ様も私の正体は最初から知っていたとのことで、私一人が延々と勘違いしてから回っていただけだった。


「もういいです! 私は疲れました! 会議は明日からにします!」

「待ってくださいまし、夜はこれからですわよぉ〜!」


 なんて言って出ていってしまったヴィーラント殿下を、プリシラ様が追いかけていく。


 あちらのお二人はずいぶん仲良しのようだった。





 それからカーラとファニアによって入浴を済ませた後、あちこち磨きあげられた上になんだかへんてこりんな衣装を着せられてようやく私は寝室へ向かうことが許された。


「さあ王妃様、予定よりずいぶん遅れてしまいましたが今夜は大事な初夜ですからね。気合いを入れてご用意させていただきました」

「……………………ねえ、本当にこれを着なきゃだめなの?」

「もちろんですとも! 王妃様のためにお仕立てした最高級のランジェリーですから!」


 二人ともひと仕事やり終えたとスッキリした表情だが、こんな紐みたいなスケスケの服、何のための下着なのかさっぱり理解できない。


 いや、使用用途が分からないほど世間知らずではないが。


 せめてもう一枚羽織らせてと攻防戦を繰り広げたが、あっさり敗退し私は寝室へと放り込まれた。


「広い……」


 エトルシアの伝統に則り、正式に夫婦となった今夜から、私たちは共寝を許される。


 今後はこの部屋で陛下とともに眠るのだろうが、ベッドはふかふかで大人を四人ぐらい並べられそうな広さだ。


 ふわふわのクッションもたくさん置かれていて、この上で寝たらすぐに熟睡できそうなぐらい。


 が、それは私一人だった場合だ。

 

 広い寝室で二人きり……率直に言って気まずい。


 おまけにこんな破廉恥な格好だ。


 仕方なしに毛布を手繰り寄せてくるまっていれば、ドアががちゃりと開く。


「あ、陛下……」

「そんなところにいたんだね。どうしたの、寒い?」


 現れた陛下は、毛布にくるまっている私を不思議そうに見ている。

 

「あ、いえそれが」


 失礼かもしれないと毛布を脱ぎ捨て、慌てて姿勢を正そうとしたら、陛下は私の姿を見て目を丸くしてしまった、


「えっ…………えっ!?」

「すみません、やっぱり見苦しいですよね」

「だっ、だだだだだめだ! 女の子がそんな格好して! 体が冷えてしまうよ!」


 陛下は顔を真っ赤にながら、わたわたと大急ぎで私を毛布でぐるぐる巻きにしてしまった。


 私よりも陛下の方が恥ずかしがっている。


 まるで私がなにかしてしまったみたいじゃないか。


「ええと……」

「とっ、とりあえず今日は疲れたでしょ? もう少し、ゆっくりしようか」


 陛下はベッドの縁に腰掛ける。


 まだ恥ずかしいのか、顔はこちらに向けてくれなかったし、声が上ずっていた。


(監視はするけど下着はダメなんだ……)


 そのあたりの線引きがよく分からない。不思議な人だ。


「あの、陛下」

「ん?」

「陛下は、私が過去のことを忘れていると思ってるようですが、ちゃんと覚えていましたよ。あの時の患者さんのこと」

「本当に……!?」

「もちろんです。片時も忘れたことはありません」


 嘘では無い。あの時握った手の体温も、陛下からかけてもらった言葉も全て覚えている。


「ただ、お顔がほとんど見えなかったので気付けなくて……」

「まあ顔面ぐちゃぐちゃになってたからね。忘れられてても仕方ないとは思ってたよ」


 陛下はまたいつものように気の抜けた笑いをする。


 顔だけでなく、話し方も雰囲気も何もかもが違うものだから一致しなかったのだ。


 あんなにひどい怪我だったのに傷痕も無いから余計に。恐らく、あの後エトルシアに戻ってから高度な治癒魔法で治したのだろう。


 でも今思えば、包帯の隙間から見えたあの特徴的な色の瞳は間違いなく陛下と同じだった。

 

「陛下がどうして私を大切にしてくださるのか、ずっと私を聖女と勘違いしているからだとばかりに思い込んで、向き合おうとしなくてごめんなさい」

「な、なんで君が謝るの」


 これは謝らなければいけないと思っていたことだ。


 ずっと思い込んでばかりで、ジェインさんの言う通りだった。


 私は、傷つくことを恐れるあまりに逃げ続けていただけだった。

 

「私は女神ではありませんが……陛下が本当の私を好きでいてくださったことは、とても嬉しかったです」


 陛下はしばらくの間沈黙していた。


 それから、絞り出すように声を震わせて一言言う。

 

「……誰がなんと言おうと、君は僕の女神だよ」


 ようやく陛下はこちらに顔を向けてくれた。


 少し目元が潤んでいるけれど、彼らしい優しい笑顔だった。


「……それはそうと。どうしてそんなに遠くにいるのかな」

「えっ」


 気を取り直すように、陛下はぐいっとこちらに迫ってくる。


 私はその分だけ反射的に距離を取った。


「その……緊張してしまって」

「大丈夫だよ。怖いことは何もしない。まずは見つめあってキスをして、抱きしめあって眠るだけ。ね、簡単でしょ」

「こっ、心の準備が……!」


 牡丹色の瞳が、うっとりと私を見つめている。


 こんなの耐え切れるはずがない。


「やっぱり無理です! 陛下、どうぞベッドをお使いください! 私は床で寝ます!」

「なっ、なんで!? じゃあ僕が床で寝る」

「まっ、待ってくださいそれはさすがに……! 私が床で寝ます」

「駄目だよ。君のために誂えたんだから、君が使ってくれないと」

「でっ、でも!」


 私が頑なに譲らないものだから、陛下はしびれをきらしたのか私に抱きついてきた。


「ほら、平気でしょ」


 毛布越しに抱きしめられて、硬い筋肉質な腕の感触に包まれる。


 思わず硬直するが、たしかにだんだんと慣れてきた。


 陛下の手のひらはいつも冷たいけれど、こうしているとあたたかな体温が伝わってくる。


 トレイシーやお母様に抱きしめられた時とも違う、初めて知るぬくもりだ。


(好きな人と触れ合うというのは、こういうことなのね……)


 陛下の匂いが直に伝わってくる。


 お互い薄着だから、普段よりも密着しているようでちょっと恥ずかしい。


 だけど、それを上回る心地良さに包まれて、私の視界が次第に微睡んでいく。



 が、その直後。



「どうしよう……興奮してきた……」

「へ、陛下?」


 不穏な言葉が聞こえてきて顔をあげる。


 真っ赤な顔をした陛下が息を荒くしていた。


 興奮してきた、というよりも極限状態というか、のぼせ上がっているようにも見える。


 なにか小声でぶつぶつ繰り返しているが、上手く聞き取れない。

 

「この下、下着なんだよね? どうしよう触っちゃったよ。どうしよう、夢かな。夢だよね。ここは天国かな。あれ僕って天国にいけるタイプの人間だっけ。あ、僕もう耐えきれないかも」

「陛下……?」

「大好きな君がいてくれるだけでも嬉しいのに、こんなの、僕、もう死んでもいいよ……!」

「陛下ー!」


 それだけ叫ぶと、陛下はバトンと仰向けに倒れ込んでしまった。


 積極的なのか初心なのか全然分からない。


 ひとまず私は、自分が巻き付けていた毛布を陛下にかけてから、侍女たちを呼ぶことにした。


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