25.彼がロマンチストになるまで(3)
ローランが死んだ後、僕は各地を放浪していた。
城には二度と戻るつもりはなかったし、他に行くあてもない。
ローランは診療所を僕に譲ると言っていたが、誰も居なくなった静かな家はかえって居心地が悪く、住み続ける気にはなれなかった。
流れ者の傭兵として日銭を稼ぎ、その日暮らしをする。
とても僕が元王子だったなんて言っても、誰も信じやしないぐらいのあり様だったが、僕はそれでも良かった。
だがある時、僕の跡をつける不審な連中がいるのに気付いた。
王宮からの連中だろう。
どういうわけか、彼らは僕がまだどこかで生きていると思っているらしく、僕の葬儀は開かれないどころか療養していると公式発表されていた。
新聞で読んだ時は目を疑ったものだ。
あれほど僕に死んで欲しがっていた連中が、どういう気まぐれを起こしたのか。
でも僕にはそんなものどうでもよかった。
とうに捨てた場所に、二度と戻るつもりはない。
どうやってこいつらを撒いてやろうか――――そう考えていた矢先、ある国で災害が発生したと耳にした。
「魔毒っつう恐ろしい病が広がってんだよ。そのせいで魔物が異常発生して、国は大混乱だ」
山道の途中、乗せてくれた御者のじいさんが語って聞かせてくれた。
「へぇ……フィルゼスタ、ね」
行き先が決まらなくて、どこか良い国はあるかと聞けば、じいさんはフィルゼスタはやめておけと言ったのだ。
魔毒に汚染され国が混乱に陥っている状況下で、観光どころか移住も薦められないと。
「傭兵じゃ働き口はいくらでもあるだろうが、割に合わんぞ。命かけてはした金貰ったってうまい飯も食えやしねぇ」
じいさんがぼやく。
普段は気候も安定していて良い国だそうだが、今だけはそうもいかないらしい。
裏を返せば、今この状況下では好き好んで足を踏み入れる人間は少ないということ。
(僕がフィルゼスタに向かったら、あいつらはどこまでついてこれるかな?)
連中の困った顔が今にも目に浮かんできそうだ。
その後、僕は適当な港町で御者に別れを告げると、意気揚々とフィルゼスタ行きの船に乗り込んだ。
僕が乗り込んだ三等客室には、もちろん追手の姿はなかった。
そうして僕はフィルゼスタで傭兵として、魔物狩りに参加した。
何も考えず戦っていれば、一日は過ぎていくし食事も貰える。
食事はどれも味気なかったけれど、騒々しい傭兵たちのおかげで、抜け殻のような診療所で一人食べるよりは気が紛れた。
魔毒が怖いのかエトルシアからの追跡者は完全に僕の足取りを掴めなくなったようで、僕は奴らの困り顔を想像してはほくそ笑んでいた。
そういうねじ曲がったことばかりしているから、痛い目を見るんだろう。
魔物の爪に切り裂かれて顔面に大怪我を負い、野戦病院に担ぎ込まれた。
いつぞやの再来だ。
あの頃よりかは強くなったから、何匹もの魔獣を屠ってきたというのに、そうやって油断してるから足元を救われたのだ。
でもそのおかげで、僕は女神に出会えた。
「あなたが『狂犬』なんて呼ばれてる傭兵さん? 話に聞くより若い人なのね」
なんてことを言って看病してくれたのは、僕よりもずっと年下の治癒魔法師だった。
金糸雀のような声をした、とても可愛い人だった。
狂犬呼ばわりは無我夢中で戦っているうちに周りが勝手に呼び始めたものだ。
どうでもいいと思っていた呼び名だったが、彼女に呼ばれるとなんだかくすぐったくて妙な気分になった。
「大丈夫……きっとすぐに良くなるわ。すぐに新しい物資も届くから、安心して」
自らが汚れるのもいとわず、患者の包帯を変えたり、明るい笑顔で励ましたり。
「別に、面倒見てくれなんて頼んだ覚えは無い。僕はいつ死んだっていいんだ」
捻くれたことを言って突き放しても、彼女は僕を嫌ったりしなかった。
「何言ってるんです! あなた、ここに運び込まれた時、必死に私の手を握ってくれていましたよ。あの時無意識にそうしたのは、まだ生きてたいって心から思ったからでしょ?」
図星だったのかもしれない。上手く反論出来なくなった僕を見て、彼女はにんまり笑っていた。
なんだかローランを思い出すような人だ。
それに気づいてから、やけに気になり目で追ってしまうようになった。
夜中、ランタンを手に巡回する彼女の姿を見て、まるで天使が降臨したのかと目を奪われたこともあった。
砂ぼこりと血なまぐささにまみれた野戦病院で、彼女の存在だけがいっとう光り輝いているように見えて、僕は顔だけじゃなくて頭までやられたのかと自分で自分を疑う羽目になったのは言うまでもない。
「ここに来たのはただの金目当てだ。他に理由なんかない」
「そうだったの。でも、お金目当てだとしてもフィルゼスタの為に尽くしてくれているのだから、お礼を言わせてください」
看病に来てくれた彼女に、どうして傭兵になったのか雑談の一環で聞かれて、誤魔化すようにそう言った。
自分のためにこの国の災害を利用したなんて、なんだか自分が恥ずかしいやつに思えて素直に彼女の目が見れなかった。
けれど彼女は、そんな僕に対して驚く程に優しくしてくれた。
「そういう君はどうしてこんなところで働いてるんだ」
白魚のような手は、こんな荒れ果てた場所にはふさわしくないように見えた。
まるで、どこかの温室でお茶会でもしているのが似合うぐらい。
「色々あって……ここには、お手伝いできているだけなの。だから、あまり長居はできないかも」
「そうか……」
彼女が居なくなったとて、自分にはなんの関係も無いはずだ。
それなのに、何故か僕はそれを寂しいとはっきり思ってしまった。
それと同時に、彼女をどうにかして繋ぎ止めたいとも。
「君なら、立派な治癒魔法師になれるだろう。どこへ行っても上手くやれるはずさ」
なんとか気持ちを押し殺してそう言えば、彼女は目を輝かせて喜んでくれた。
「ありがとう……! そう言ってもらえて、すごく嬉しいわ!」
自分だってここに住み着くつもりは無いくせに、何やってるんだろうか。
そう自覚しつつも、もう少しだけ彼女の笑顔が見たいとどうしても思ってしまった。
「ねえ。名前、なんて言うの」
「私の名前? イングリットよ」
イングリット……名前を聞いてから、何度も何度も胸の中で繰り返した。
彼女にふさわしい、歴史のある高貴で美しい名前だと思った。
そんな矢先のことだった。
戦いがいっそう激しくなった頃、野戦病院の窓から、まるで流れ星のようにいくつもの光が空を飛んでいくのを目撃した。
この世のものとは思えない美しい現象に、思わず弾かれたように外へ飛び出していった。
そして、目を凝らせば光が飛んでくる始点に、見覚えのある姿があった。
長い亜麻色の髪を風になびかせ、堂々たる出で立ちで魔法を次々と放っている。イングリットだ。
夜空に煌めく流星群のように、戦場に星を降らせるその姿は、まさしく女神ような姿だった。
(あの子は、女神なんだ)
そう理解したつかの間、激しい閃光が走り、僕の視界を奪っていった。
その後、この現象は第一王女クリスティナの力によるものであり、『聖女降臨』と人々は名付け賞賛するようになった。
あの治癒魔法師の彼女の正体は、聖女とうたわれている第一王女クリスティナなのかと愕然とした。
しかし、クリスティナの姿は僕の知る彼女とは似ても似つかない。
そしてついに、聖女の凱旋で僕はあの子の正体を知ることになる。
第一王女の陰でじっと彼女を見つめている小さな姿は、僕の知るイングリットそのものだった。
治癒魔法師イングリットは第二王女イングリットであり、聖女を祝福した女神の正体だ。
だけど、彼女も賞賛されるべきだというのに誰もイングリットの名を口にしなかった。
『もう行かなくちゃ。またどこかで会えることを願っているわ!』
去り際に僕に見せてくれた屈託ない笑顔は、今はどこにもない。
群衆は第一王女に夢中で、イングリットには見向きもしていなかった。
さらにイングリットは、世間では実像とかけ離れたひどい言われようをされている状態だった。
それを知った時、僕の中では形容できない怒りが込み上げていた。
あの子を救い出して、もう一度あの笑顔を見せて欲しい。
あの子を傷付ける全てを、僕の手で葬りさってやりたい。
あの愛しい金糸雀と、普通の恋人同士のように愛し合えたらどれほど幸福だろうか。
共にしたのはほんの短い時間だとしても、僕の中で既にイングリットは空虚な心に光を与えてくれた存在だった。
「あぁ……ローランの言っていたことは、これだったんだな」
いつか自分が愛するものに気付く。
これほどまでに彼女のことで感情を振り乱しているのは、それだけイングリットのことを愛しているからなのだと。
今更自覚してもどうにもならなかった。
イングリットは王女で、僕は自国から逃げた元王子だ。
釣り合う相手ではない。
もしイングリットとの再会を果たし、僕を選んでくれたとしても、僕と共にいることでイングリットにどんな危険が及ぶか分からない。
それでも、僕は彼女という運命の存在を手放したくなかった。
そして僕は、あることを思い付く。
釣り合わないのなら、釣り合う場所に這い上がればいい。
長い時間をかけてフィルゼスタに潜伏していた僕を見つけて迎えに来た弟に、僕はこう言い放った。
「フィルゼスタの第二王女が欲しい。それさえ叶うのなら、お前の代わりに王の首を跳ねてやる」




