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嫌われ者の王女殿下は運命の恋を信じない  作者: 雪嶺さとり


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24.彼がロマンチストになるまで(2)


 ローランと名乗ったその医者は、野戦病院で毎日忙しく患者を診続けていた。


 僕がエトルシアの王子だと知っているのか知らないのか、怪我をする前からやたらと気にかけてきて鬱陶しかったのは今も覚えている。


「おおい、坊主。ちゃんと飯は食えよ! 食える時に食っとかないと俺みたいに背が伸びなくなるぜ!」

「どうした坊主、そんな辛気臭い顔して。ん? この顔は生まれつきだって? 減らず口ばっか上手くなりやがって」

「怪我したらすぐに俺のとこに来いよ。お前、包帯巻くのすっげえ下手くそなんだから自分で何とかする前に大人を頼れ」


 僕はもうすぐ成人だ、なんて言い返せば大口を開けて笑い飛ばされた。


 医者とは思えないほど、いつだって快活で気さくな奴だったから、あいつがいるだけで場が明るくなるようだった。


 僕にはそれがどうにもうざったくて、意図的に奴を避けていたというのに、それを察してかやたらと絡んでくるばかり。


 そんな矢先、肺に穴を開けて運ばれてきた僕をローランは必死に治療して、なんとか一命を取り留めた。


「俺の力じゃなくて、お前が必死に生きようとしたからだ」

「僕は別に……いつ死んだって構わない」

「滅多なことを言うな。それに、死にたい奴があんなふうに歯食いしばって必死に耐えるもんかよ」


 意識が朦朧としていてあまり記憶になかったが、どうも僕のことが死を恐れていたように見えたらしい。


 ローランはそれを、僕の生に対する渇望だからだと言うが、僕にはとても分からなかった。


「お前はまだ若い。世界を知らないだけだ。いつか自分が愛するものが何か、気付く日が来るだろうよ」

「じゃあ、今ここで教えてくれよ」

「馬鹿だな。それは自分で気づくもんだ」


 自分が生きたいと思ったことが信じられなくて、否定したかった。


 ローランが謳う、愛だとか希望だとか綺麗なものが理解できなくて、こいつを否定して言い負かしてやらないと気が済まないような気がした。


 僕にしてはずいぶん子どもじみた考えだったが、今にして思えば、図星だったんだろう。だから、認められなくてムキになっていた。


 戦争が終わってから、僕はローランに着いていくことにした。


 第一王子オルクスは戦地で死んだことにして行方をくらませ、ローランには帰る場所がないからお前の診療所で雇ってくれと頼み込めば、あっさり了承してもらえた。


 ローランの診療所は郊外の小さな村にあった。


 王宮のような贅沢な食事も広々とした部屋もないが、人々の営みの中にある場所で、診療所も村もいつも騒がしかった。


「お前、包帯巻くの上手くなったな。掃除は相変わらず雑だが。四角い部屋を丸く、ってやつだな」

「うるさいな。じゃ、もうローランの洗濯物は洗ってやらないから。僕みたいな雑な仕事は嫌なんだろ」

「おいおい、冗談だって!」


 相変わらず僕をからかうことが楽しくて仕方がないらしかった。


 王宮からは捜索はされていないのか、ローランの診療所まで嗅ぎつけられることはなかった。


 意図的に新聞や首都での情報を耳に入れないようにしていたせいもあるかもしれない。


 ともかく、村での僕はローランのところの無愛想な見習いという認識で、王宮にいた頃のように疎まれたり利用されたりすることはなかった。


 ローランの診療所に来てから、ひとつ分かったことがある。


 ローランの言う愛する人は、もう既にこの世を去っているということだ。


「おはようシャーリー。聞いてくれよ、坊主が昨日俺のためにキャロットケーキを焼いてくれたんだ。あいつ、最初は料理も家事もなんにも出来なくて、今までどうやって生きてきたのか聴きたくなるぐらいのぼんぼんだったのにさ――――」


 朝、カーテンを開けてから棚に飾られたペンダントに話しかけて、それから花瓶の花を差し替える。


 ローランは毎朝それを繰り返していた。


 返事もないのに、律儀にそれはもう楽しそうに話しかけていた。


 シャーリー、というのがローランの愛の名前らしい。


「恋人だよ。元々身体が弱くてあんまり長くはなかった。今は空の上から俺らを見守ってくれてるんだ」


 シャーリーのことを語るローランは、いつも穏やかな笑みを浮かべていた。


 そういう時だけいつもの大口開けて笑う仕草とは違って、なんだか妙に落ち着いている。


 人間は死んだらそれで終わりだ。


 僕の認識はそうなのに、ローランの中でシャーリーはまるで今も生きているかのような振る舞いだった。


 現実逃避からの行動なのだと思ったが、それは間違いだった。


「確かにシャーリーはもういない。でも、いつかあの世で再会した時に、笑われちまうような生き方はできないだろ」

 

 ローランはシャーリーのいない現実を行きている。

 

 シャーリーがもういないと分かった上で、明日を生きる活力として、心の中にシャーリーを道標として掲げている。


 僕には不思議なおとぎ話のように思えた。


 他人は他人であって、自分の内面に影響を及ぼす存在ではないはずだった。


 人を愛するということは、結局のところ表面的な感情であり、他者に自らを滅ぼしても構わないほど自身を捧げられるなんてのは単なる自己陶酔でしかない。


 愛なんてもの、主観的な話であって、簡単に移ろい、消えゆくものだ。


 あれほどまでにいがみ合っている両親も、そうであるように。


 けれど、そう口にした僕に対してローランはただ、まだその時じゃないだけだと言うだけだった。

 

「愛が何か、いずれお前も分かるようになる。それを知りたいと思うのは、既にお前の心の中に愛があるからなんだよ」

「そんなもの、あるわけないだろ」

「じゃ、見つけられたら俺と答え合わせをしよう。俺とお前の主張の、どっちが正しかったのか」


 ローランの語りは、酔っ払いの哲学論みたいな信用ならない夢物語でしかない。


 ただ、僕が愛とは何かを問うのは、自覚しないうちにそれに触れているからなのだと言われると、不思議と反論できなかった。


 陰謀も策略もない、小さな診療所での平凡な暮らし。


 朝起きて掃除して、働いて食事を摂る。そのどれもにローランがいて、もし僕に家族と呼べる存在がいたのなら、それはローランのことなのかもしれないと血迷ったことを考えさせられるぐらいには十分な時間を過ごしていた。


 ローランとの日々は、少しずつ僕を変えて行ったのだろう。


 いつの日かローランにとってのシャーリーが僕の元に現れたら、その時僕はどう思うだろうか――――――。




 だが結局、僕はローランからの難題を解くことができなかった。


 肝心の出題者が、死んでしまったからだ。 


 ローランは患者から病が移って、呆気なく死んでしまった。


 僕に難題を遺したまま、あっさり、自分だけシャーリーの元へ行ってしまったのだ。

 

 けれど、ローランの死は確かに僕を変えた。


 人を愛せるようになりたいと、僕が思えるようになるぐらいには。

 


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