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嫌われ者の王女殿下は運命の恋を信じない  作者: 雪嶺さとり


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23.彼がロマンチストになるまで


 僕にとって王族に生まれたことは、身に余る贅沢だった。


 出来ることなら誰かに譲ってしまいたいほど、僕は自らの身分を持て余していた。

 

「その気色の悪い顔を二度と儂に見せるな!」


 唾を吐き散らして怒鳴る父親の命令で、僕は十五歳で戦場に連れ出されることになった。

 

 当時のエトルシアは、新興国と同盟国の戦争に巻き込まれていた最中であり、父の政治手腕の悪さから国内でもいくつもの問題が発生していた。

 

 最も注視すべきは王権を奪いたい貴族連中だ。

 

 愚王を操り実権を手にしたがる派閥、王位を奪い自らが王に取って変わろうと企む派閥、新興国と密通する派閥……内も外も揉め事だらけ。


 幼い頃から王族として甘やかされ持ち上げられて生きてきただけの男には、到底荷が重かった。


 父はいつも不機嫌で暴力的にしか振る舞わず、母との仲も悪くいつも言い争っていた。

 

 あいにく僕は容姿が父に似てしまったので母からすっかり疎まれており、数歳下の弟は母にそれはもう可愛がられ大切にされていた。

 

 母は弟に継承権を与えたがり、幼い頃から弟に僕を憎む敵だと洗脳するように教育していた。

 

 父もそんな母と弟を気味悪がり遠ざけ、一方で自分によく似ているがにこりとも笑わない不気味な子どもは顔も見たくないと隅に追いやる始末。

 

 そこへ国王夫妻の不仲に漬け込もうとする貴族たちが加わり、僕を唆し操ろうとする貴族や、わざと僕と弟が争うよう仕向ける連中など厄介事ばかりがやってくる。


 父も母のようにちょっとは僕を道具として上手く扱えば良かったものを、精神的に未熟で知性に欠けるものだから、宰相や侍従におだてられ言いなりの状態で、僕は影でそれを見ながら呆れ返っていた。


 僕にとって王宮は、金と権力に取り憑かれた魔物どもの巣窟でしかない。


 父が僕に出征を命じたのは、感情のまま衝動的に口にしただけで本気ではなかったのだろう。


 実際、傍らにいた侍従は顔が引きつっていた。


 だが僕は命の危険と引替えに、喜んで戦場へ向かった。


 煩わしい面倒事から離れられるなら、断る理由なんてない。


「殿下、今ならまだ引き返せます。もし殿下の御身に何かあったらどうなさるおつもりですか!」

「その時は弟が国王になるだけだ。別に、僕と同じ年頃の兵士なんて珍しくもないだろう。じゃあ、あとのことはよろしく」

「お、お待ちを……!」

 

 まだ僕を利用していたかった宰相は渋っていたようだが、僕は構わずさっさと出ていった。


 王宮にいる人間は、誰一人として信用出来ない。


 宰相だって僕に王位を継がせ裏で実権を握りたいだけで、本気で僕のことを案じているのではないことは、とっくの昔に分かっていた。


「兄上。戦場へ行かれるというのは本当ですか」


 追いかけてきたのは宰相ではなく、弟だった。


 宰相が告げ口でもしたのか、盗み聞きでもしていたのか。

 

「ああ。陛下からの命令だ。別に、お前には関係ないだろう。邪魔だからどけ」


 息を切らして駆け寄ってきた弟を一蹴すれば、彼の顔がひきつる。

 

「あ、あの……母上が、兄上に会いたいと申しております……。実は、先日の診察で、母上の病状が深刻であると……」

「ああ、あれ。仮病じゃなかったんだ。それで? 僕に何か関係ある?」


 いつ頃からか、母は病にかかったとかで床に伏せっていた。


 顔を合わせなくてすむのだから永遠に伏せっていて欲しいぐらいだ、なんて口にすれば目の前の脳天気なお坊ちゃまは烈火のごとく怒るだろう。

 

「母上は、兄上にこれまでのことを謝りたいと」

「面白い冗談だね。謝るって、僕に毒を飲ませた時のこと? それとも、僕の顔の皮を剥ぎ取ろうとしたこと? ああ、もしかして僕が昔飼っていた小鳥をうるさいからって殺した時のことかな」


 昔、かわいい金糸雀を飼っていたことがあった。


 とても綺麗な鳴き声だったのに、幼い弟の眠りを妨げるなと言い、母は金糸雀を殺してしまった。


 もちろん、何も知らない弟は自分のために小鳥を殺したなんて夢にも思っていないだろう。


「お前にとってはお優しいオカアサマかもしれないけどね、僕にとっては頭の狂った婆だよ。さっさとくたばれって伝えといて。それが出来ないなら、母上様のお膝の上で泣いてこれば?」


 突き放してやれば、弟はカッと頬を赤く染めて眉を釣り上げる。

 

「あ、兄上は、母上が死んでしまっても良いというのですか!」

「いいよ、別に。だって、僕には関係のない人間だから」

「なんてことを!」


 小さな拳を握りしめて、精一杯虚勢を張って僕に立ち向かおうとしている。


 母は弟の前では優しい顔しか見せないから、弟にとっての僕は薄情で非道な奴にしか見えていないのだろう。

 

「そんなに心配なら、陛下を殺して王位を奪えば? そしたら、あの女は喜んで元気になるかもしれないよ」

「なっ、なんてことをおっしゃるのですか! いくら兄上とて、そのようなことを口にしては」

「許されないって? 誰の許しも欲しいなんて言った覚えはないよ」


 鼻で笑えば、弟は僕が怖いのか目に涙をためながら必死に僕を睨みつけてきた。


 一生懸命怖い顔をしているつもりだろうが、僕にはハリネズミにしか見えない。

 

「お前は能天気で馬鹿で可愛いね。一生そうやって周りの馬鹿どもにいいように扱われて振り回されてればいいよ。それがお前にはお似合いだ」

「なっ……!」


 途端にチビは地団駄を踏んで癇癪を起こした。

 

「やっぱり、母上の言う通りだ! あなたには心がない! 私にはあなたが血の通った人間だなんて、とても思えない! あなたは最低な人だ!」

「はは。その通りだね」


 僕はその様をひとしきり笑ってから素通りする。


 王子より化け物の方が性に合ってるなんてこと、言われなくてもとっくに理解していた。



 それから僕は戦場で偽名を名乗り、兵士として戦地に立つことになった。


 外の世界は広くて何もかもが新鮮で、僕がずいぶんちっぽけな場所で生きていたと思い知るには十分だった。


 それでも僕は相変わらず世の中の全てを舐め腐って、何もかもがどうでもいいと惰性で生きていた。


 そんな時だった。あの変人が現れたのは。


「人であれものであれ真理であれ、愛するものがあるっていうのは素敵なことだ。俺は最愛の人のためなら全てを捧げて生きていける。お前にも、愛するものがあるんじゃないのか。だから、生きてたいって必死に思ったんだろ?」


 肺を魔法銃弾で撃たれ意識不明の重体からようやく目を覚ました僕を出迎えてくれたのは、あまりに気取ったセリフを平気でつらつら並べるキザな鬱陶しい医者だった。

 

 

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