21.嫌われ者が向き合う時
「いつから、知っていたんですか……! あなたたちはら一体、この店で何を……!?」
突然のことに頭が追いつかない。
カレンデュラさんたちを信用していないわけではなかったが、たしかに、あの実験記録はずっと心に引っかかっていた。
そして、今日目の当たりにした神父様の不自然な病状。
この店が関係していないとは思えない。
瞬時に浮かんでくるいくつもの嫌な考えに、私は思わず震えてしまいそうになる。
しかし、カレンデュラさんは緊迫した雰囲気を打ち消すかのように明るい笑い声を出した。
「うふふ! そんな怖い人を見るような目をしないでちょうだいよ! こんなに怖がってもらえるなんて、私って実は役者に向いてたのかしら!?」
「……おい、カレンデュラ」
ジェインさんがため息をつく。
(……あら?)
なんだかいつものような雰囲気に逆戻りだ。
急に笑い出して、まさか二人して私を脅かそうとしたのでは、なんて思うほど楽観的ではない。
「一体、どういうことなんですか」
「誤解しないでちょうだいね。あなたがここへ来たのは本当に偶然よ。私も、最初はあなたが王妃イングリットだなんてとても思わなかった。姿を見たこともなければ、どんな人かも知らなかったんだもの」
カレンデュラさんは笑いすぎて出た涙を拭いながら、ようやく私に説明してくれる。
「そしてこれは、私たちが集めた証拠よ。これは、私がやった実験じゃない。ある国で行われた倫理に反する違法な実験の記録なの」
差し出された実験記録を受け取り、もう一度眺める。
あの時は気が動転していて気が付かなかったが、よく見れば筆跡がカレンデュラさんのものとな異なっている。
「私とジェインは、以前からこの非人道的な実験について調べていたのよ」
「なぜ、そんなことを」
違法な実験の情報自体どこから手に入れたのかも分からない。
カレンデュラ魔法薬品店は普通の店で、カレンデュラさんも一般的な薬師だ。
司法機関でもあるまいに、なぜそのような事件を個人的に追うというのか。
「ジェインがこの薬の被害者だからよ」
「ジェインさんが……!?」
思わず驚愕してしまう。
ジェインさんは何も言わず、ただ頷いた。
(そういえば、最初に『あなたの体のこともあるから』って、カレンデュラさんは気にしていたわ!)
最初は、ジェインさんはどこか悪くしているのかと思ったけれどそうではなかったのだ。
「魔毒を人工的に生み出す薬品。それがどんな副作用を持つか、ここには書かれているわ。でも、これは一部でしかないの」
カレンデュラさんの説明に、ジェインさんが険しい顔で加わる。
「人体に様々な異変を引き起こすんだ。ここに書かれているのは臓器不全や髪色の変色、視力の低下ぐらい。だが、実態はもっと酷い。体の骨が溶けた奴、眼球が膨れ上がって飛び出た奴、体のあちこちが変化して、人間の形を保っていられなくなった奴……」
あまりに壮絶な内容に、私は愕然とする。
このような非人道的なこと、許されていいはずがない。
だと言うのに、今の今まで表に出ていないなんて有り得るだろうか。
今もなおどこかでその薬が流通していると思うと、あまりのおぞましさに震えてしまう。
しかし、ジェインさんは表情を変えず話を続ける。
「『俺』はそういう奴らをたくさん見てきた」
「俺、って……」
「俺は、男だった。副作用で体が変化して、女になったんだよ」
「そんな!?」
カレンデュラさんの方を向けば、彼女も頷いて同意してくれた。
「これは本当よ。私が診断した当時のカルテも残してあるわ。それに、私とジェインはもう長い付き合いだけど、昔は怖い顔の筋肉質なお兄さんだったのよ」
カレンデュラさんが微笑むと、ジェインさんはまたツンと顔を背ける。
スレンダーな高身長の美人だと思っていたが、元男だなんて誰が想像するだろうか。
だが、これで疑問に思っていた箇所の点と点が繋がっていく。
ジェインさんはフィルゼスタの治療院にいた頃の私を知っていても、私はジェインさんのことを知らないのは当然だった。
フィルゼスタにいた頃は男性の外見をしていた。だから、私には分からなかったのだ。
だからこそ油断して、私の正体がフィルゼスタから来たイングリットだとバレてしまったわけだが。
「俺はまだ幸運な方だった。体が半分魔物になった人間に比べれば、性別がおかしくなることぐらい痛くもない」
「なあんて言って、大慌てで私に泣きついてきたのはどこの誰かしら?」
「っ、うるさい。とにかく、そういうことだから城を出ていくのはやめておけ。厄介な事件が起きた時、あんたを守ってくれる奴がいなきゃ困るだろ」
ジェインさんの言葉に、カレンデュラさんもうんうんと首を縦に振って同意する。
けれど、私はそれを受け入れるわけにはいかなかった。
「私を守ってくれる人なんて、どこにもいないわ」
「何言って」
「あなたたちも、私の正体を知っているなら分かるでしょう? 私はフィルゼスタの嫌われ者、聖女の無能な妹よ」
「でも、それは世間の偏見なんでしょ? ジェインは、治療院で見たあなたは噂と全然違ったって……」
頑なな私に、カレンデュラさんはおろおろし始める。
彼女たちはまだ、私が聖女と間違われてエトルシアに望まれたのだと知らなかったようだ。
「たとえそうだとしても、私はもう誰かに頼ったりしない。今は優しくても、人の心は変わるものよ」
私に道を示してくれたカイル様は、私を疎み蛇蝎のごとく嫌うようになっていた。
あの時の思い出は、もうどこにもない。
私に優しかったお姉様は、私をただ哀れみ、生まれてきたことが間違いだったとさえ言った。
仲良しだと思っていたのは、私だけだった。
そして、大好きなトレイシー。
私のせいで彼女は命を落としかけた。顔も合わせられないまま実家に帰ってしまって、許しを乞うことすら出来なくなった。
私のことを今はどう思っているのかさえ分からない。ただひとつ確かなことは、私の周りにいる人間は、皆離れていってしまうということだけだ。
お母様もそう。
心を許した分だけ、より深く傷口が傷むようになるだけ。
「私を愛してくれる人は、みんないなくなってしまったわ……!」
だから、もう誰も信用しない。誰かに頼って心を開いて、もう一度裏切られることは嫌だ。
だけど、私の叫びを聞いてもジェインさんは引き下がらなかった。
「違うな」
鋭い眼光で私を見つめている。
「あんたは、傷つくことを恐れて見ないふりをしているだけだ。あんたを本気で思ってるやつは、ちゃんといるだろ」
「そんな人、いないわ!」
「……じゃあ、あんたの旦那に直接聞いてみろよ。聖女じゃない、嫌われ者の王女でも愛してくれるかどうか」
ジェインさんはそう言い、ドアを開ける。
まさか――――――、そう思った次の瞬間。
そこに立っていたのは、ずぶ濡れの陛下だった。
「へ、陛下……!?」
紺色の髪からは水滴が滴り落ち、上等な布地のコートはぐっしょりと濡れてしまっている。
外は雨音が聞こえるほどの豪雨だ。
まさか、傘も刺さずに追いかけてきたというのか。
「あんな紙切れ一枚で、僕が君を手放すとでも?」
感情が抜け落ちたかのような無表情に、思わず私は後ずさる。
「どうして、ここが……」
「知ってるに決まってる。僕が君を四六時中監視しているの、知らないのは君だけだよ」
陛下は少しずつ私の方へ距離を詰めてきた。
私を見つめるその瞳は濁っているようにも見える。
「ねぇ、そんなに僕が信用できない? 悲しいな、僕はこんなに君を愛しているのに。愛しているから首輪も鳥籠も用意しなかったのに、いつだって君は僕の前から消えてしまう」
ゆっくりと口の端を釣り上げて、陛下は歪んだ笑みを浮かべた。
なぜ、ここまで追いかけてきたというのだ。
私の残した書き置きを読んだのなら、私が陛下やエトルシアを騙していたことが分かったはずだ。
だけど、陛下は私を処刑しに来たようには到底思えない。
むしろこれは……私を追い詰めているようでいて、縋っていると言った方が正しいようだった。
「それとも、あの男みたいに裏切られるのが怖い?」
「な……」
あの男……それが意味するのは、たった一人しかいない。
私の初恋であり、私の全てを嫌うカイル様のことだ。
「どうして、陛下がカイル様のことを……!」
「他の男の名前なんて呼ばないで」
陛下が私の手を取り、胸元へ抱き寄せる。
布越しに感じる温度は、これまでで一番冷たかった。
「人生全てと引き換えに君を手に入れたんだ。君がなんと言おうと、僕は絶対に君を嫌ったりなんかしない。僕の全ては、君のためにある」




