19.嫌われ者は決断する
(どうして神父様に魔毒の症状が……!?)
結婚式の最中、神父様におかしな様子は見られなかった。
以前から罹患していたのなら、この場に現れることすら難しいはずだ。
神父様の様子は、突発的に発症したような発作に近いものを感じられた。
「これは……まさか……」
ヴィーラント殿下も異変に気付いたようだ。
「ここでは口にするな。とにかく、まずは彼を安全な場所に運んで隔離しろ」
「っ、はい!」
ここで『魔毒』という単語を口にしてしまえば、参列者たちを不用意に怯えさせるだけだ。
不確定な情報が一人歩きして、混乱を招くことはまず間違いないだろう。
しかし、担架の上の神父様がふと、声を漏らす。
「お……お助けを……聖女、様」
震える手は、私の方へ伸ばされていた。
(私に、言っているの……!?)
神父様は間違いなく私に助けを求めている。
『フィルゼスタで奇跡を起こし人々を救った聖女』という皮を被っただけの私に。
途端、周囲の視線は私に集中する。
この状況下で神父様を救えるのはただ一人、私だとでも言うかのように。
「わ、わたし、私は……」
今ここで奇跡など起こせはしない。
私にできるのは治癒魔法だけで、どれだけ必死に祈ったって神の奇跡はどこにも起こらないのだ。
(でも……ここでやらなかったら私がエトルシアを謀ったことが知られてしまう)
それも、こんな公衆の面前で。
一度貴族たちに私が聖女ではないという疑念が広まってしまえば、二度と取り返しはつかないだろう。
「何をしている。早く運べ」
陛下の声で、私を見ていた皆はハッとしたように動き出そうとする。
その間も、神父様は呻きながら私の助けを求めている。
迷っている時間はなかった。
(ここで神父様を見捨ててしまうなんて、そんなの絶対に一生後悔するわ!)
「待ってください! 神父様をこちらへ!」
「イングリット、君が無理をする必要はない」
「私のことより、神父様をお助けしなければ!」
陛下が私を引き止めるも、私は神父様に駆け寄りその腕に触れる。
(やっぱり、壊死はしていない。となると、これは初期症状……簡単な治療の後は投薬でなんとかなるはずよ)
外見からしてさほど病状は進行していないようだった。
私の治癒魔法でも効果は発揮できると踏んだ上で、呼び止めたのだ。
(どうか、彼に救いを……!)
体の内部が痛むのか、神父様は苦悶の表情を浮かべている。
体内の濁った魔力を浄化するよう、必死に魔法をかけた。
手のひらから光が溢れ、熱を持つ。
聖女の奇跡とは程遠い、噂に聞くような派手さの欠けらも無い、ただの治癒魔法。
久々に力を使ったせいで、少し時間がかかってしまう。
それでも、懸命に魔法を続ける私を皆が見守っていた。
「ぐっ……っ、はぁっ、はぁっ……これは、一体……」
しばらくすると、神父様が声を上げる。
衝撃で記憶が混濁しているようだ。
(よかった……落ち着いたみたい)
肌の黒点は消えている。やはり、推測した通りに表面上だけの浅い症状だったようだ。
「落ち着いてください。今、私の魔法で神父様を治療致しました。一度安静にしていただいてから、症状をご説明します」
「あぁ……あなたが私を救ってくださったのか!」
神父様が嬉しそうに声をあげると、途端、参列者たちが沸き立つ。
「凄いわ、これが聖女の奇跡なのね!」
「瀕死の人間をここまで回復させるとは、なんと素晴らしい……!」
神父様は瀕死状態ではなかったが、遠目から見ていた参列者たちには分からないだろう。
重症患者を私が救ったかのように見えた……いや、そうでなくとも私がフィルゼスタの聖女だと思っている彼らにはそう映るのが当然だ。
今度こそ神父様は担架に乗せられ運ばれていくが、聖堂内の騒ぎは鎮まるばかりか大きくなっていく。
「聖女様、万歳!」
誰かの声を合図に、次々と歓声が私に降りかかる。
喜ばしいはずのそれは、まるで矢の雨のように私に突き刺さった。
(私は、聖女なんかじゃ……お姉様なんかじゃないのに……)
騙している。
国民を、皆を、騙している。
他人の危機につけ込んで、私は皆に自分の力を見せつけるかのような真似をした。
それも、ただの治癒魔法を奇跡だと言わせている。
ただ、手遅れになる前に神父様を助けたかった。
助けを求められたのなら、自分にできる分は応えたかった。
それだけのことが、私にこんな結果をもたらしてしまった。
――――――『この国に聖女は二人もいらないの』。
いつか、王妃様に言われた言葉を思い出す。
魔毒の兆候がなかったこの国に感染患者が現れたというのに、皆が私のありもしない聖女の力を頼りにしたら何が起こるかは明白だった。
私はまた、余計な真似をして災いを招くことになってしまう。
今にも目の前が真っ暗になりそうな、その時だった。
「イングリット、大丈夫だ。大丈夫だから、そんな顔をしないで」
呆然としている私を、陛下が抱き締めてくれた。
突然包み込まれて驚くも、陛下の胸の中に入れば他の人の顔を見なくてすむことに気づく。
国王夫妻の愛を讃える声は聞こえてくるが、陛下は私を離さなかった。
「大丈夫だ。誰も、君の力を利用したりなんかしない。君を脅かすものはこの国にいないと、絶対に約束する」
その口ぶりからして、陛下は私がエトルシアに聖女の力を搾取されることを恐れているのではないかと思っているようだった。
(まさか陛下は、こうなると分かっていたから私を止めたの……?)
あの時、陛下の言うことを聞いていればこんなことにはならなかったはずだ。
ここで神父様を見捨てるようなこと、そんなの私らしくないと思って、ただ助けたかった。
だけど、その結果は自分の首を絞めるだけで。
「ごめんなさい、私、余計なことを……」
けれど、陛下が私を責めることはなかった。
「そんなことはない。君は一人の人間の命を救ったんだ。これは素晴らしいことで、あの場ですぐにその選択をした君を僕は誇りに思うよ」
陛下は私を離すまいとばかりに強く抱き締める。
頬を撫でられる感触も、その声も、優しく私の心を溶かすかのようだった。
「頑張ったね、イングリット」
気が付けば、陛下を抱き締め返していた。
陛下に私のことを認めてもらえたのがこんなにも嬉しくて仕方がなかった。
それと同時に、私は気づいてしまった。
彼に認められるのがこんなにも嬉しくて仕方がないのは、陛下特別な感情を抱いているからなのだと。
(私は、あなたを好きになってしまった……そうなのね……)
もう二度と、誰かに恋はしないと決めていたはずだったのに。
一度自覚した感情から目を逸らしても、簡単には消えてくれない。
この関係を終わらせる時が来たのだ。
全てを打ち明けて、私はエトルシアから消える。
あんなに真摯な瞳で愛を語ってくれた人を、これ以上裏切ることは、もうできない。




