18.嫌われ者と結婚式
結局、謎のレポートについて私は聞き出すことが出来ず、それ以来見なかったことにしていた。
二人がとても毒薬を精製しているようには見えず、どうしても信じられなかったからだ。
それに、魔法薬品店のことばかりに気を取られているわけにはいかない事情があった。
王妃イングリットとしての大仕事がひとつ、結婚式が目前に迫っていたからだ。
「とてもよくお似合いですよ、王妃様」
新しく来た侍女のカーラが、髪飾りを挿し終えてそう言う。
あの日、最初に侍女が一人辞めてからそれを皮切りに次々と辞職されてしまい、今はほとんどエトルシアの人たちが私に仕えてくれている。
カーラは褒めてくれるが、鏡に映る私は浮かない顔を隠しきれなかった。
「本当かしら……あっ、あなたの腕を疑っているわけじゃないのよ、ただ……」
「ただ?」
「こんなに綺麗なドレス、私なんかには勿体ないわ」
カーラは盛大にため息をついてから、にこりと笑みを形作る。
けれどその瞳の奥は全く笑っていない。
むしろ、静かに闘志を燃やしているかのような鋭さだ。
「王妃様は自己肯定が不得手でいらっしゃるとお聞きしておりましたが、なるほど。これは重症にございます」
「重症……」
「貴女様のためにあつらえたというのに勿体ないと着て貰えないのでは、そちらの方がドレスにとって可哀想でしょう。さあ、次はこちらをお召になってください」
彼女はそう言い放つと、新しい衣装を用意する。
かれこれ二時間以上着せ替え人形状態だった。
それも、結婚式の後に開かれる夜会のための衣装合わせなので、気合いの入りようも段違いだ。
「カーラさん、持ってきましたよ! どれも王妃様によくお似合いになるかと!」
満面の笑みでトルソーやら衣装箱を運んでくるのは、新入りの侍女のファニアだ。
彼女もカーラと同じくして入った子で、真面目で仕事の早いカーラと少しおっちょこちょいだけど持ち前の明るさで周囲を癒してくれるファニアのおかげで、私の身の回りは一気に雰囲気が変わった。
彼女たちを筆頭に新しい侍女が入ってきて、残った者たちも大っぴらに私をいじめることができなくなったのかすっかり大人しくなっている。
今も、私の衣装合わせを皆黙々と手伝っていた。
「わあっ、とっても素敵です……! まるで、夜空に輝く月のような麗しさですわ……!」
私が着用したのは、鮮やかな濃紺のシルクのドレスだ。
生地には花の模様が織り込まれており、動く度に光の反射が模様を浮かび上がらせる。
繊細な金糸の刺繍は、ファニアの言う通り夜空と月のような印象を与えるようだ。
「陛下の髪色を想起させるようなカラーですから、夜会にも相応しいでしょう」
カーラはそう言いつつ、私の頭にティアラをのせる。
宝石がきらきらと光を放ち、シャンデリアの下で踊れば、光を反射してきっとより一層美しく見えることだろう。
「ささ、こちらをお持ちになって!」
満面の笑みのファニアに扇を手渡され、広げてポーズを取れば完璧なお姫様の完成だ。
「わぁ……王妃様、とっても美しいです!」
「やはり、こちらの紺色のドレスが一番お似合いなのではないでしょうか」
「でも、先程のヘリオトロープのカラーのドレスも捨てがたいですよ。アメジストのパリュールともぴったりでしたし……」
「そうね。でも私は、一番最初のアイスブルーのドレスも良いと思いますわ。フィルゼスタ伝統のサムシングブルーにも合いますし」
「あら、それなら濃紺のドレスだってサムシングブルーじゃない。パリュールだってサファイアがピッタリだわ」
私そっちのけで侍女たちが集まってあれこれ真剣に相談している。
完全に気疲れしている私に、さっと椅子とお茶を差し出してくれたのはファニアだ。
「ありがとう、ファニア。皆がこんなに熱中するとは思わなかったわ……」
「えへへ、一番美しい王妃様を皆様に見ていただきたいのですよ。私たち、王妃様のことが大好きですから」
ファニアの眩しい笑顔を見ると、疲れが癒されるようだ。
王室を代表する王妃として表にでるだけでもかなり気が重いが、そこに夜会まで追加されてしまって、正直どうしようかと思っていた。
けれど、こんなに皆が生き生きと楽しそうに衣装合わせをしてくれているのなら、私も頑張らなければと思えてくる。
「きっと、陛下も喜んでくださいますよ!」
「ええ、そうだと良いわね」
頷いたものの、陛下のことを思うとどうしても苦しさを感じてしまう。
陛下のことを知れば知るほど、私がいかに彼の純真な心を騙しているのかを思い知らされるかのようだった。
苦しいのは、自業自得だろう。
(結婚式の間だけは、なんとか乗り切ろう。アリアンナ様のような側妃候補が現れた頃に、私はそっと消えていけば……問題はないはずよ……)
エトルシアを謀ったとして処刑されたくなければ、全てを捨てて逃げなければならない。
ファニアたちも今は優しいかもしれないけれど、きっと、私がフィルゼスタでどんな扱いを受けていたか知れば、変わるはずだ。
(人の優しさすら素直に受け取れないなんて……本当に私は……)
『あなたの存在は迷惑です』
私に冷たく言い放ったカイル様を思い出す。
記憶の中のカイル様の姿と、陛下が重なる日はいつか来るはずなのに、どうしてこんなに目を逸らしたくなるのだろう。
***
そうして、ついに結婚式当日を迎えた。
会場は当初の宣言通り教会ではなく、王宮内の大聖堂で行われた。
ステンドグラスから光が降り注ぎ、大勢の参列者が並んで座っている。
私は純白のドレスを身にまとい、陛下も同様の礼服だ。
厳かな雰囲気で式は進められていくが、私がエトルシアで公の場に出るのは初めてで、内心は緊張でほとんどパニック状態だった。
参列した貴族からは、純粋な祝福や、私を見定めるかのような視線など、様々な思惑が感じられた。
もっとも、最前列にいるヴィーラント殿下は涙ぐみ、惜しみ無く感動をさらけ出しているご様子だったが。
一方でヴェール越しに注がれる視線はそれはもう熱烈で、花婿と花嫁の宣誓の間も、陛下は私ばかり見ていた。
「―――――それでは、誓いのキスを」
神父様の言葉で、陛下が私のヴェールを上げる。
「……緊張してる?」
小声で陛下が尋ねる。私はこくりと小さく頷いた。
「大丈夫、僕に身を委ねて」
陛下は私を抱き寄せ、私のおとがいを支える。
もはや緊張は一周まわって、陛下のまつ毛の長さだとか切れ長の瞳だとか、至近距離で見る陛下の美しさに見惚れていた。
私が目を閉じると、陛下が顔を寄せる。
「……」
暖かい感触が唇に触れ、数秒後、名残惜しそうに離れていく。
(これが、キス……)
あの日、劇場で私がされるかもしれないと想像したものは、こんなに熱いものだっただろうか。
陛下は私の緊張をほぐすように、ふ、と形の良い唇で笑みを作る。
私はなんと返せば良いのか分からなくて、しばらくの間、惚けたように彼を見つめ返していた。
その後は、神父様の言葉により私たちは夫婦として認められ、式は終わる。
だが、神父様の言葉は続かなかった。
ガタン、と重いものがぶつかるような音がする。
見ると、神父様は苦悶の表情を浮かべながら倒れていた。
途端、参列者たちから悲鳴が上がる。
「っ、ぐっ……!」
「神父様! どうされました!?」
慌てて駆け寄るが、神父様は胸を押えて苦しそうに荒い息を吐いている。
先程までは平常だったはずだ。
「お前たち、お運びしろ! 医者を呼べ!」
参列者の中からヴィーラント殿下が飛び出して、周囲に的確な指示を出す。
「神父様には持病が?」
「いいや、そんな話は聞いていないが……」
陛下はそう言いかけてから、担架に乗せられた神父に目を向ける。
「待て、様子がおかしい」
騎士たちは陛下に制され、動きを止める。
何が……と、そう聞きかけてから私も気がついた。
服の裾からのぞく皺のある手に、黒いあざのようなものがいくつも浮かんでいる。
斑点のようなそれはシミなどではなく、ましてあざや傷跡でもない。
(これは、魔毒の症状……!)
魔毒に感染した人には、皮膚に炎症やあざのような黒い痕が現れる。
神父様の様子は、まさしく魔毒患者のそれだった。




