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嫌われ者の王女殿下は運命の恋を信じない  作者: 雪嶺さとり


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17.嫌われ者の二重生活


 あくる日、私は再びカレンデュラ魔法薬品店に来ていた。


 あれから二週間ほど、私はすっかり王妃と治癒魔法師の二重生活に順応していた。


「イングリット、次はこっちの調合をお願いね。私、ちょっと届け物に行ってくるから」

「はい、了解しました」


 カレンデュラさんに手渡された調合のレシピを片手に、薬瓶を用意する。


 今日は少し忙しいのか、朝からカレンデュラさんは薬の配達に何軒か向かっていた。


 年老いて出歩くのが難しいお客さん相手に自ら配達を申し出たのだという。


 やっぱりカレンデュラさんは優しい人だ。


「ええと、確かこっちの棚だったかしら……」

「そうじゃない。乾燥させた植物類は小さい棚の方だ」

「あっ、ジェインさん! ありがとうございます、助かりました!」


 見かねたジェインさんが声をかけてくれたおかげで、無事に材料が手元に揃った。


 手順通りに燻したり、挽いたり、混ぜ合わせたりしながら手早く進めていく。


 そうしていると、ふと、ジェインさんがじっと私の手元を見ていたことに気づいた。


「あんた、ずいぶん慣れてるんだな。綺麗な手をしてる割には、なかなか仕事が上手い」

「本当ですか? そう言っていただけて何よりです」


 確かに、ジェインの言う通り私の手は水仕事からは縁遠いものだ。


 ただ、仕事の手際を褒めて貰えたのは嬉しかった。


「魔法薬品の調合は、慣れると意外と楽ですよ。お菓子作りと一緒で、材料と調合方法をきっちり守れば失敗しませんから」

「そういう細かいのは、自分には向いてないな。いつも大雑把にやっちまうから、そのうちカレンデュラから材料の無駄遣いになるからって手伝いを頼まれなくなったぐらいだ」


 ジェインさんは苦笑する。


 二人の微笑ましいやり取りが今にも目に浮かんでくるようだった。


「フィルゼスタでは、どこかの学院に通ってたのか?」

「いえ……実はほとんど独学なんです。大半は、治療院での実践経験のおかげですね」

「そうか。フィルゼスタの魔法系の学校は学費が高いからな。昔、雇い主のお嬢さんの護送をしたことがあったが、いかにも金持ちの貴族連中専用って感じで門扉すら近寄り難かった」


 先天性のものや魔力を喪失する類の病を除いて、ほとんどの人間は魔力を持ち合わせている。


 けれども、全ての人が魔法を自由自在に操れるわけではない大きな要因として、この社会構造が根本にある。


 もちろん、個人により能力には差があるものだが、より専門性の高い学院に通うとなると学費も、通う生徒たちの社会階級も高くなっていく。


 そのため、騎士や剣士、治癒魔法師だけでなく、薬師や魔法技術士など魔法を扱う職業は数多くあれど、その道を選べる人にも限りがある。

 

「エトルシアは国立の学校が多いみたいですから、そこはフィルゼスタよりも優れているかもしれません」


 一部の特待生などを除き、フィルゼスタは未だ魔法は特権階級のものという古い認識が根強く、魔法学院というより半ば貴族学院のようなものが半数を占めるのが現状だった。

 

「だろうな。ま、自分はあんまり詳しくないが。あんたの妹は学校に行かせるつもりなのか?」

「え?」


 思わずきょとんとしてから、慌てて思い出す。


 そうだ、私は妹がいるという設定だった。

 

「ええと、それは……まだ、色々と考え中です」

「そうか。まあ、そう色々考え込むもんじゃないさ。困ったことがあれば、カレンデュラにも聞いてみればいい。あんた、このところなんかずっと難しそうな顔してるからさ」

「そうですか? 自分ではあまり自覚がなくて……気遣ってくださって、ありがとうございます」


 自分では気づかなかったが、顔に出ていたようだ。


 陛下とのデート以来、自分がエトルシアを騙してここにいるのが以前にもまして辛くなっていた。


 これまでは自己保身のために悩んでばかりだったが、陛下の想いを知り、陛下の期待を裏切ってしまうのが怖くなった。


 これまで誰からも期待されてこなかった私には、あのような眩しい感情を受け取り続けるのはあまりに荷が重い。


 それも、私は本来彼がその感情を向けるべきではない相手だ。


 今度レナルディ公爵令嬢のような方は何人も現れるだろう。


(そうなった時、私は……)

 

 あの時、私は確かに二人を見て疎外感を覚えていた。


 今はただ輪の中から外れたようで寂しく思うだけでも、そのうちカイル様とお姉様とのことと同じになるかもしれない。


 もう二度とあんな思いをしたくないから心を開かないと決めたはずなのに、私の内面はどうしても揺らいでしまっていた。


「あれあれ! なんだか私のいない間に二人とも仲良くなっちゃってるじゃないの! ずるいわよ!」


 ちょうどカレンデュラさんが帰ってきて、私たちの会話が聞こえたのか楽しそうにバタバタと駆け寄ってきた。

 

「別にそんなんじゃない」


 ジェインさんはフイと顔を背けてなんでもないというようなすました顔に戻るが、カレンデュラさんはニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

 

「ねえ、配達のお礼にフルーツタルトを貰ったのよ。休憩にして、みんなで食べましょ!」

「さんのとこか。そりゃあいい。あんたも早く来いよ」

「はい! これを片付けたら、すぐに向かいますね」


 二人とも楽しそうにキッチンへお皿とお茶を用意しに向かっていく。


 ジェインさんもカレンデュラさんの笑顔に釣られて、無表情ながらも嬉しそうだった。


 ちょうど作業がキリの良いところだったので、この辺りで切り上げて私もお相伴に預かるとする。


(ええと、鋏はここの引き出しに戻しておいて……)


 刃物はきっちり片付けておくべきだと、引き出しをあげる。


 しかし、引き出しの奥からガコッと何かが外れる音がした。


「えっ」

 

 そんなに力を入れた覚えは無いが、もしかして壊してしまったのか。


 弁償の文字を思い浮かべながら、恐る恐る手を伸ばしてみる。


 すると、私の指先にいくつかの紙束が触れた。

 引っ張り出してみると、糸でまとめられた紙束が出てきて、それにはびっしりと文字や絵図が書き込まれていた。


(このレポート……何、これは…………)


 真っ先に目に付いたのは、『魔毒精製の副作用による人体の損壊について』という一文だった。


 あまりに不穏な文章に、私は不安を覚えつつ、続きを見る。


『魔毒を人工的に精製するために必要な工程の実験――――――――』


 さらりと流し読みしただけだが、驚くべき内容が書かれていた。


 何かの間違いではないかと驚愕する。


 人を死に至らしめる毒を自ら作り出すなど、正気とは思えない考えだ。


 魔毒の恐ろしさを目の当たりにした私にとって、到底受け入れられない。


(じゃあ、なんで……こんなものがこのお店にあるの……)


 何かの間違いかもしれない。


 震える手で今度は詳しく読み込もうとするが、もし、一瞬よぎった不穏な考えが本当だとしたら……。


「イングリットちゃんー、仕事はもういいから早くおいでー!」

「はぁい!」


 向こうから聞こえてきたカレンデュラさんの声に返事をしてから、私は紙束を元の場所に戻し、何事も無かったかのように引き出しを片付けた。

 

 

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