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嫌われ者の王女殿下は運命の恋を信じない  作者: 雪嶺さとり


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16.嫌われ者と公爵令嬢


 劇の内容は喜劇だった。

 

 舞台は数世紀前のとある伯爵家。

 

 伯爵家に仕える従者とメイドが結婚することになったが、二人の雇い主である伯爵がメイドに手を出そうと企んでいた。


 従者とメイド、そして伯爵夫人たちは手を組み伯爵を懲らしめようと一芝居打ち、いくつもの騒動を経て二人は結ばれる、というあらすじだ。

 

 管弦楽団の美しい演奏と聞き惚れる歌声、そして登場人物たちの感情と様々な人間模様を表現し歌い踊る役者たち。


 私は隣に陛下がいることも忘れて、すっかり夢中で見入っていた。


「とっても面白かったです……! 演奏も演技も素晴らしかったですし、幸せな結末で私まで嬉しくなりました……!」

「喜んでもらえてよかった。演劇っていうのも、意外と面白いものだね」


 二人で感想を語りながら、ロビーに戻っていく。


「実はこの舞台、先代国王が上演禁止にしていたから、一度見てみたくて気になってたんだ」

「まあ、そうだったのですか!?」

「ほら、内容がさ。貴族批判だってことで、やけに怒ってたんだよね」


 従者が貴族を出し抜くかのような内容は、確かにそう捉える貴族もいるだろう。


 社会風刺に感じられる内容も脚本に盛り込まれていたが、どこの国にも風刺を禁じる君主はいるものだ。


「ですが、陛下はあえてこの舞台を選んだのですよね」

「そう。なんであんなに嫌ってたのか見たら分かるかなって。やっぱり、あの人はセンスがないってよくわかった」


 なんてことのないように言って笑っているが、先代国王は彼の父であり、他でもない彼が自身の手で殺めた人だ。


 二人の関係を私は詳しく知らない。


 ただ、あまり仲は良くなかったようで、陛下も若くして長い間戦場に送られていたと聞いている。


 きっと、複雑な思いがあってこの脚本を選んだことは言うまでもなく伝わってきた。


(陛下の心が、いつか晴れますように……)


 陛下はいつも、彼の父の話をする時は表情に翳りが見える。


 二人の関係性を私が無遠慮に探って、その心を荒らすような真似はできない。


 だから、今の私にできるのはそっと祈ることだけだった。


「まあ、オルクス様! こんなところでお会い出来るなんて奇遇ですわ!」


 ふと、向かいの廊下から着飾った美しい女性がこちらへ寄ってきた。


「まあ、本日は妃殿下もお揃いでしたのね! わたくし、レナルディ公爵が娘アリアンナと申しますわ。妃殿下のお噂はかねがね」

「初めまして、イングリットと申します。お会いできて嬉しいですわ」


 レナルディ公爵家は、王家にルーツを持つ陛下に好意的な貴族だ。


 その歴史は古いが、三大公爵家ほどの権力はない。


 しかし、時流に乗るのが上手いため現在までも家名を維持し続けられているそうで、今回の王位簒奪の際も真っ先に陛下側に付いたのだとか。


 しかし、それは言い換えると国王への忠誠心が薄く、保身のためなら簡単に寝返ることの現れだと、ヴィーラント殿下は評していたはずだ。


「時々陛下が妃殿下を金糸雀と称しているとお聞きしたのですが、本当に素敵なお方ですわ! わたくし、陛下とは幼い頃からの付き合いですから、陛下が異国から妃を迎えると聞いて本当に驚いたのですよ。わたくしにも一言申してくだされば良かったのに!」


 私が貴族名鑑とヴィーラント殿下から仕入れた知識を思い出している間に、アリアンナ様はそれはもう楽しそうに話していた。


 話題は私のことでもその視線は陛下にのみ注がれている。


 何目的なのか、一瞬で分かってしまった。

 

「そうだったのですか。陛下は私にずいぶん良くしてくださっているんです」

「まあそれはとても安心しましたわ。陛下は昔から気難しいところのあるお人でしたから、妃殿下との仲を取り持ってあげなければと心配していたのですよ」

「気にかけてくださりありがとうございます」

「今度、ぜひお茶会をしましょう。もう少し妃殿下とはたくさんお話をしたいですわ。異国からいらしたから、まだ陛下のことをよく知らないのでしょう? わたくしが教えて差し上げますから、なんでも聞いてくださいな」


 表面上は好意的でも、完全に挑発されている。


 妻に対して夫のことを教えてあげるなんて言う第三者がどこにいるというのだ。


 常識的に考えて、あなたの夫のことはあなたよりも知っています、なんて大胆なことを口にするとは、よほど自信があるらしい。


(なんだ……仲の良い人、いたじゃない)


 幼少期からの付き合いがあるということは、当然それ相応の仲だということだ。


 もしかすると、先代国王の妃がエトルシアの聖女に目をつけなければ、アリアンナ様は陛下の婚約者になっていたのかもしれない。


 運命だなんだと言っておきながら、やっぱり関係の深い女性はいたわけだ。


「陛下も、このところ何度もお手紙を送って差し上げたのに一向にお返事をくださらないものですから、わたくしすっかり退屈してしまって」


 アリアンナ様は艶っぽい笑みを陛下に向ける。


 きっと彼女は、側妃の座を狙っているのだろう。


(だったら、尚更都合が良いわ。私が出ていっても、側妃がいるのなら跡継ぎには困らないものね)


 王宮から出ていくつもりの私からしたら、側妃の存在はむしろ歓迎すべきだ。


 跡継ぎ問題が解決できるのなら、なんの心残りなく出ていける。


(そう、いいこと、なのよね)

 

 ……なのに、どうしてこんな気持ちになるのだろう。


 陛下と親しげなアリアンナ様を見て、まるでカイル様とクリスティナお姉様の姿を見た時のような疎外感を覚えるなんて。


 けれど、落ち込む私とは反対に、陛下は盛大にため息をついた。

 

「それで?」

「っ、オルクス様?」

「君のくだらない手紙と公務、どちらが僕にとって重要なのかも分からない人と話すことなんてないよ」


 あまりに冷たい物言いだ。


 これには、一人で喋り続けていたアリアンナ様も黙ってしまう。


「そもそも君と僕に関わりがあったのって、もうずいぶん前のことだよね。それに、僕が出征することになってすぐにヴィーラントと婚約したいとか言い出してなかったっけ」

「あ、あれはお父様が言い出したことですわ! わたくしはずっとオルクス様だけを……」

「じゃ、今日ここにいるのも父親の命令かな? 残念だけど、僕は側妃を娶るつもりは無いよ。それじゃあね」


 呆然とするアリアンナ様に目もくれず、陛下は私の腰に腕を回して歩いていく。


 背後からアリアンナ様の悔しそうな金切り声が聞こえてきて、かなり気まずい。


「あ、あの陛下……アリアンナ様は……」


 立場上きっと今後もお付き合いは避けられないであろう相手なのに、どんな顔でお茶会へ行けばいいというのだ。

 

「そんな顔をしないで。僕が愛するのは君だけだよ」

「いえ、もし側妃が必要となれば、私に構わずお選びになってください。その覚悟はしていましたから」


 陛下は私が側妃を不安に思っていると考えたようだが全くそうではない。


 だが、陛下は私の発言をまるで相手にしていないかのようだった。


「どうしてそんなことを言うのかな。僕が欲しいのは君の心だけだよ。他は何もいらない」

「陛下……」


 そう言われても陛下が一番欲しいものは、きっとあげられない。


 だって、私の心なんて陛下が思うような綺麗なものではないからだ。


「それに、彼女だって本気で僕の妃になりたいなんて思ってないだろうさ。ヴィーラントの婚約者に勝てないから僕の方に来たんだ。ガレッティ侯爵令嬢は昔から口が上手いから、みんな泣かされるんだよ」


 確かに、陛下の言う通りプリシラ様はしたたかなところがあるお人だ。

 

「でも、僕を選ぶのは一番の悪手だね。昔の僕の扱いを知る人間なら、僕と結婚しようだなんて死んでも口にしないだろう。今の僕に擦り寄ってくる奴らは、僕を利用したいだけで、本心から僕のことを好いていなんかいないさ」


 陛下は淡々と語る。


 本心から好きではないのに、それらしい振る舞いをしているのは私も同じだった。


 私の好きなところを語ってくれた陛下を思い出して、どうにも居た堪れない思いを抱えてしまう。


(私だって、あなたを利用して生き延びようとしているだけだわ……)


 私は嘘をついて騙して、王宮に居座っている。


 本当の私は陛下が思うような聖女の力も、美しい心も何も持たない、ただのちっぽけな人間だ。


(やっぱり……私は陛下に相応しくない)


 無能の嫌われ者と言うだけでなく、嘘つきの偽物なんて、誰が愛するというのだろうか。

舞台の部分はオリジナルじゃなくて元ネタは普通にフィガロの結婚です〜

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