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嫌われ者の王女殿下は運命の恋を信じない  作者: 雪嶺さとり


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15.嫌われ者はデートをする


「え? デート?」


 翌日、私の部屋を訪ねた陛下はデートをしようと唐突に口にした。

 

「デートって、あのデートですか」

「そうだよ」


 陛下はにこりと微笑んでいるが、さっぱり意味が分からない。


(……………………なんで?)


 なぜ、私と陛下が恋人同士のすることをしなければならない?


 公務の一環で外出するのならまだしも、わざわざ二人でどこかに出かける理由が分からない。


「新しく建設した歌劇場の売上金を、慈善事業に回す計画を立ててるんだ。視察も兼ねて見に行って欲しいって言われちゃって」

「なるほど! そういうことでしたらぜひご一緒させてください」


 なんだ、そういうことだったのか。


 結局、デートと言っても公務のうちならば問題ない。


「では、少々お待ちください」

「そうだ、もし良かったら僕があげたドレスを着てみて欲しいな。ピンクの、ふわふわしたの」

「ふわふわ……ああ、あれですね! 分かりました」


 陛下が言っているのはローズピンクのドレスのことだろう。


 サテン生地が美しいイブニングドレスで、観劇にはぴったりの華やかな衣装だ。


 ドレスやアクセサリーにはあまり詳しくないようで、ふわふわ、という形容がなんだか可愛く聞こえる。


(昨日はどうなることかと思ったけど、今日はずいぶんご機嫌みたい。それにしても、エトルシアは聞いていた通りしっかり福祉に力を入れているようね)


 ドレスルームに移動して、外出用に化粧直しもする。


 ちなみに、先日のお仕着せはなんとかネックレスと交換してもらい入手できた。


 クローゼットの隅の奥にこっそり隠してあるが、今のところ誰にも気付かれていない。


 さすがに陛下と出かけるというのもあって、侍女たちはわざとメイクを濃くしたりヘアセットの際に髪を強く引っ張るような真似はしてこなかった。


 けれど、どことなく彼女たちの視線は厳しいものを感じさせた。


「ずいぶん浮かれているようですけれど、あなたがどういう存在なのかお忘れですか?」

「……何が言いたいの」


 リボンを結びながら、一人の侍女が私に耳打ちする。


 それを皮切りに、他の侍女たちもくすくす笑い始めた。

 

「あなたは本来ここにいるべき人間じゃないってことですよ。陛下に取り入って私たちを追い出すつもりでしょうけど、そうはさせませんから」

「あなただって、陛下に捨てられたら終わるってこと、よく心に置いておいてくださいね」


 見えないところでは何をしたっていいと思っているんだろう。


 彼女たちは相変わらず、母国では嫌われていた無能の邪魔者が丁重に扱われているのが気に食わないようだ。


 要するに、「なんであんたなんかが」というものだろう。


(私だって忘れてなんかないわ。陛下は今は優しくても、私が聖女なんかじゃないって分かったられきっと捨てられる……)


 『いらないものは早く捨てた方がいいよ』と彼は言っていた。


 おそらく、この王城で最もいらないものは他でもない私だった。





***



「わぁ……とっても素敵な歌劇場ですね!」


 馬車に乗ること数十分。


 到着した歌劇場は、かなり大きく外観から既に圧倒されてしまいそうだった。


 ロビーは広々としており、ベルベットの絨毯が敷かれ華やかな印象を受ける。


 私たちのように着飾った紳士淑女が行き交い、賑わっているようだ。


「今日の公演はエトルシアの古典を題材にしたものだよ。僕はあまり芸術に明るくなくて、フィルゼスタより上等なものだと良いんだけれど……」

「実は、私もあまりこう行った場には出向いたことがないのです。エトルシアは昔から演劇文化が盛んでしたから、いつか観劇の機会がないものかと内心ずっと楽しみにしていたのですよ」

「そうだったのか。もっと早く連れてきてあげればよかったな。これからは、たくさん観に行こうね」

「はい!」


 慣れない場所に来て私も気分が上がっているのか、作り笑いからではなく本心からの笑顔だ。


 観劇の経験がないというのは嘘ではない。


 お姉様や王太子殿下はよく劇場に出向いていたそうだが、私を連れて行ってくれる人なんていないし、簡単に出歩く機会もお金もなかった。


 時々お姉様から舞台の話を聞いて、ずっと羨ましく思っていたのだ。


(まさかこうして連れてきて貰えるなんて……それも、一等席で本場エトルシアの演劇を!)


 さすが国王、一番良い一等席を越えてロイヤルボックスに座れるなんて。


 フィルゼスタにいた頃は、こんな日が来るとは夢にも思わなかった。


 円形のホールはあちこちに豪華な装飾が施され、天井には壁画とシャンデリアが煌めいている。


「気に入ってくれたみたいでよかった。数代前の国王が建設したものなんだけど、先代が取り壊そうとしてて。ちょっと手直しして再開させたんだ」

「そうだったのですか……! こんなに素敵な劇場ですから、きっと国民の皆さんも喜んでくださいますわ」

「そう言ってもらえてなによりだよ」


 私を見つめる陛下の眼差しがあまりに優しいものだから、なんだか気恥ずかしくなって視線を逸らしてしまう。


 そうすると、陛下の手が私の指先に重ねられた。


 思わず動かそうとして、そのまま手を握られる。


 手袋越しに感じる温度は、以前より暖かかった。


「ずっと、こういうのに憧れてたんだ。好きな人と一緒に出かけて、他愛もない会話をして、素敵な劇を観る、そんな普通の恋人同士に」


 普通の恋人同士……贅沢な悩みと言われるだろうが、私たち王族に生まれた者にとっては、普通は苦労しないと手に入らないものだ。


 私が知らないだけで、陛下にも様々な過去があったのだろう。


 シャンデリアの眩しい光を映すその瞳の中に、どれだけの感情が込められているのか、私はまだそれを知らない。

 

「……陛下は、どうして私のことが好きなのですか」


 私の質問に、陛下は少し間を開けてからいたずらっぽく笑った。


「どうしてだと思う?」


 質問に質問で返されるとは。


 無邪気な微笑みに、私はしばらく考え込む羽目になる。


「ええと………………顔、とか。いやまさか、それはないですよね、アハハ……」


 自分で言っておきながら、なんとも切ない気持ちになってしまった。


 平凡でこれといった特徴もない顔だ。


 フィルゼスタ王家の誰にも似てない上に、三十人集めたら三人ぐらいはこんな顔の女性がいる、みたいな地味な顔立ちを、陛下が好きになるはずない。


 けれど、陛下は私を笑ったりしなかった。


「ふふ。顔ももちろん素敵だけれど、それだけじゃないよ。長い亜麻色の髪も、金糸雀のような愛らしい声も、強い意志を秘めた瞳も……君の全てが、好きだよ」


 耳元の囁きは、私を甘く溶かすかのようなものだった。


 顔を上げれば、まるで真に想い合う恋人同士のような、熱の篭った眼差しを向けられていたのに気付く。

 

「僕は、君が思うよりもずっと君のことを愛している」

「……っ」


 見つめ合い、互いの顔が自然と近づく。


(え……ど、どうしよう……まさか、アレを………………!?)


 頭が上手く回らない。


 近づいてくる端正な顔に、反射的にぎゅっと目を瞑ってしまう。


 これは、アレだ。


 アレを、されるのだ。


 恋人同士がするという、口付けを――――――。


「……続きはまた今度、ね」


 開演を知らせるブザーの音で、我に返る。


(い、今私は何を!?)


 混乱しっぱなしの私とは反対に、陛下は少し名残惜しそうに離れていった。

 

 幕が上がり、歓声が響く。

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