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嫌われ者の王女殿下は運命の恋を信じない  作者: 雪嶺さとり


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14.嫌われ者はすれ違う


 もし、仮病を使って脱走したことが陛下に知られたら。


 一瞬で、あの日見た血濡れの姿を思い出す。

 

「で、ですから風邪を引いてしまったと……」

「じゃあ、僕には見えない心の病ってやつ?」


 苦しい言い訳を続ければ、陛下はからかうようにくすりと笑う。


 だけど、その濃紅の瞳は笑っていない。


 一目で不機嫌を察せられるほど、日頃の落ち着いた雰囲気からかけ離れていた。

 

「あ、あの、……本当に風邪で……」

「ふふ、冗談だよ。でも、体調が良くないのは本当みたいだね。脈も早いし、なんだか熱っぽいね。頬も真っ赤でこんなに熱い」


 そう言いつつ、陛下は私の頬や額やらを触っている。


 それは多分、というか絶対に陛下のせいだ。


 本当にバレたのかと思って怖くて怖くて仕方がなかったし、あんなに暗い目をされて怯えない人はいないだろう。


「部屋まで送っていくよ。明日、また会いに来るから。その時は逃げないでね?」

「……に、逃げたりなんかしませんよ」


 元の穏やかな雰囲気に戻ったようだけれど、油断はできない。

 

 私には、なぜ急に陛下が怒り出したのかさっぱり分からなかった。

 

 お茶会に私がいなくて怒る人なんていなかったし、むしろ来ない方が喜ばれたぐらい。


(まさか陛下は、あの『運命』とやらをまだ信じているとでも言うの?)


 自分で考えてから、ありえないと否定した。


 今は色々と忙しい時期だから、とりあえず妃が必要なだけ。


 それも、フィルゼスタの聖女という華々しい肩書きがあるおかげで国民感情に有利に働きかけられるからというのがほとんどだろう。

 

 こんな嘘つきを運命の人と思い込むなんて、よっぽど世間を知らないか思い込みが激しい人ぐらいしかありえない。

 

「そうだ。君のところの侍女の……なんて名前だったかな。あの子、解雇したから」

「え?」


 先程泣きながら逃げていったあの侍女のことだ。

 

「まさか、彼女が何か不手際でも……」

「本人の希望だよ。代わりに人を増やしておくから安心してね」

「そ、そうですか」


 本人の希望なんてありえない。


 自分で望んで退職するなら、なぜあんな顔で逃げていくというのだ。


「僕ももっと、君に信頼して貰える夫にならないと」

「……十分信頼しておりますよ」


 口ではそういったけれど、すぐに答えられなかった時点でお察しだ。


(だって、他人は信頼してはいけないもの。今は優しくても、いつフィルゼスタの人たちのようになるのか分からないわ……)


 だから、陛下やヴィーラント殿下に自分のことは話せないし心は開いてはいけない。


 カレンデュラさんやジェインさんにも、自分の素性は決して明かしてはいけない。


 人の心は簡単に移り変わる。


 昔は私にとても優しかったのに、時が経ち侮蔑の視線しか向けてこなくなった人を私は知っているからだ。




***


「フィルゼスタの金糸雀(カナリア)は傷心中だから、そっとしておいてと言ったのはお前だよね」

「……はい」

「あまり過干渉をすると嫌われるから、適度に距離を保てと言ったのもお前だよね」

「…………はい」

「兄上は強引で思い込みが激しくて人に圧力をかけることが上手なので、常に彼女の意志を尊重するようにと言ったのもお前だよね」

「………………はい」

「で、なんでこんなことになった?」


 僕の目の前で膝をつきびっしょり汗をかいている無様な弟を見下ろし、僕は問い詰める。


 とても可愛い妃を迎えたから全力で可愛がらなければと思ったのに、周りの連中がああしろこうしろとうるさいのに素直に従っていればこの結果だ。


 僕の可愛い金糸雀はまるで心を開いてくれないばかりか、今日なんて会うのを拒否されて城下に逃げられてしまった。


 監視によれば魔法薬品店に向かったようで、そこで長いこと話し合っていたのだとか。


 城内での行動や前日のガレッティ侯爵令嬢への質問内容からして、彼女は治癒魔法師としての職を探しに行ったと推定される。


 王妃である彼女が、だ。


「私もなぜイングリット様がこのような行動に出たのか、理解できかねまして……」

「言い訳するなって言ったよね。あーあ、お前のこじらせた恋愛経験なんか参考にするんじゃなかった」

「兄上……! さすがの私も傷つきますよ!」


 ヴィーラントがめそめそし始めて鬱陶しいことこの上ない。


 今日なんてやっとイングリットとの時間を作れたと思ったのに、出迎えてきたのはあのうざったい侍女たちで、イングリットは風邪で寝込んでいるとのたまうものだから怒りを抑えるのに必死だった。


 結局、そのうちの一人が度が過ぎた行動を見せる始末で。


 ちょっと脅してやれば号泣して逃げ出したのは予想外だったが、あの子の周りの害虫が減るなら結果的にはマシなのかもしれない。


 本当は全員解雇してやりたいけど、イングリットの前であまり暴君のような振る舞いはしたくないから、結局手を出せずにいる。


 時間をかけて消していくしかなさそうだ。


「やっぱり、監視して囲い込むような真似をしなくても、時間をかけて仲を深めるべきなんですよ!」

「え? 国外まで僕を追いかけ回して連れ戻したお前がそれを言う?」

「うっ、胃が痛い……! 不機嫌な兄上はやはり、どこまでも容赦ない……!」


 どれもこれも上手くいかないことばかりだ。


 政治の方は安定してきたし、これまでの汚点を全て洗いざらい消し去り、新たな政治基盤を築けたとそれなりに自負している。


 だがその結果、真に優先すべき事項がこのザマでは意味が無い。


「あの子は僕の運命なんだよ。絶対に手放さない。僕だけの金糸雀だ」


 イングリットは覚えていないようだったが―――――あの日、戦場で彼女の姿を見た日から、僕の心はとっくに決まっていた。


 あの美しく輝く一等星を、手に入れたいと。

 

「あのう、そもそもどうして兄上はその運命とやらを信じているんです? 昔の兄上ならそういう類の言葉はあまり……」

「僕は変わったんだよ。お前が知ってる僕は今の僕を構成する成分の一割にも満たない。勝手に理解した気になるな」

「私に対しては昔と同じ態度なんですけど!?」


 ヴィーラントはひとしきり喚いてから、かたわらで眺めていた自らの婚約者であるガレッティ侯爵令嬢に泣きつく。


 彼女はヴィーラントの哀れな姿に愉悦を見出しているのか、扇で隠した口角がいつにもまして上がっているのは透けて見えた。


「まあまあお二人とも。喧嘩はよしてくださいな。私に、良い考えがありますの」


 彼女は僕の指示でそれなりにイングリットと交流している。


 ヴィーラントの話よりよほど参考になるだろう。


「聞かせてもらえるかな」

「ええ。私が思うに、お二人にはやはり会話が足りていないのですわ。ですから、まずお互いを深く理解するために『アレ』を致しましょう」


 彼女は声高に宣言する。


「形式張ったお茶会では、相手の本性など見せません! ここはひとつ、形にとらわれないお二人だけの自由なデートをすべきですわ!」

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