13.嫌われ者は嘘をつく
「確かに受け取ったわ。じゃあ、明後日から試用期間ってことで一ヶ月よろしくね。期待してるわ、新しい助手さん!」
いくつかテストをしてから、カレンデュラさんは満足そうに頷いて合格を押してくれた。
筆記と実技、治癒魔法だけでなくその他の魔法原理や魔法式といったものもいくつか触れているあたり、国家が発行する証明書を鵜呑みにせず自身の目で確かめようという良い心がけが感じられた。
ともあれ、しばらくの間は試用期間としてこの薬品店でカレンデュラさんの手伝いをすることになった。
「ご家族のお世話で忙しい時は、遠慮なく休んで大丈夫だからね」
「はい。お気遣いありがとうございます」
今は陛下たちも忙しいから放置して貰えているだけで、時間が経てばそう上手いこと抜け出せなくなることは目に見えていた。
そのために、前もって『幼い妹がいるので、妹の世話で欠勤することがあるかも』と相談してみれば思いのほかカレンデュラさんは快諾してくれた。
「この街には来たばかりなのか? あまり夜遅くならないように気をつけろよ」
店を出てから、途中まで用心棒の彼女が送ってくれることになった。
女性にしてはずいぶんぶっきらぼうな口調だが、昔から傭兵をしていたそうなので、その名残だという。
魔法薬品店はカレンデュラさんの住居も兼ねているが、女性の一人暮らしは不安だということで、厄介な客を避けるための用心棒を務めているとのこと。
「わざわざ送ってもらっちゃってすみません。ええと……」
「ジェインだ。そういえば、まだ名乗ってなかったな」
「ジェインさん、これからよろしくお願いします」
彼女はこくりと頷く。
それから、こう付け加えた。
「あいつは無類のお人好しだ。期待を裏切るような真似だけはしてやるなよ」
「もちろんです」
「あんた、どうみてもワケありだからな。素性は探らないが、少しでも付け上がるような真似をしたらどうなるかは頭に入れておけ」
じろりと、彼女が睨みをきかせてそう言う。
「は、はい!」
慌てて背筋を伸ばし、私は返事をした。
三白眼の鋭い眼光は、用心棒というより警邏隊と言われた方が近いかもしれない。
やはり、ジェインさんは私の素性を疑っていた。
何もしないのなら黙ってやれるが、下手な真似をしたらすぐにでも正体をバラす……そう言われている気分だった。
(カレンデュラさんみたいな良い人には、こういう人が必要なのね)
私はひとりでに納得する。
彼女はカレンデュラさんを心配しているからこそ、私に釘を刺したのだ。
それだけで、ジェインさんは上司思いで、カレンデュラさんは部下から愛される人だということが分かる。
明後日を楽しみにしながら、私は住宅街でジェインさんの見送りを断り、少し遠回りをしてから王城への道に戻った。
***
「よしよし、上手くいったみたいね」
お仕着せからドレスに着替え、何食わぬ顔でソファに腰を下ろす。
今日の予定は特にこれといったものはなく、陛下とのお茶会ぐらい。
私は朝から体調が悪いと言い自室にこもっていることになっている。
そのため侍女たちに代役を任せたという体だが、お茶会なら彼女たちは得意だろうから上手くやってくれていると信じたい。
今こうして部屋にこもっていても誰も来ないことからして、私を忘れるぐらい自由な時間を謳歌しているのだろう。
(なんだ、私がいなくても全然平気じゃない!)
なんだかずっと気が楽になるようだった。
聖女ではないと発覚する前に、この調子で脱出計画を進めなければ。
(そうだ、このお仕着せを返さないと……買い取れないかしら? それか、彼女の私服と私のドレスか宝飾品を交換してもらうとか……)
支給品なのだから頼めばすぐ補充して貰えるだろうが、お給料から天引きされたら申し訳ない。
ほどほどのお礼の品と共に交換を申し出てみようかと、すっかり軽くなったドレッサーの引き出しを探る。
小ぶりなダイヤのネックレスなら問題ないだろう。
換金すればそれなりの金額になるけれど、他のネックレスのような豪華でいかにも派手な見た目のものより落ち着いているから受け取って貰いやすいはずだ。
私はそれを身につけると、こっそり部屋を抜け出す。
(一応王妃なんだから、出歩いても別に構わないでしょ……)
と思いつつ、人目を避けながらこっそり歩いていれば。
「わっ、ごめんなさ……」
「ひぃぃっ……!」
曲がり角でぶつかってしまい、倒れそうになる。
慌てて顔を上げて謝れば、相手は悲鳴をあげて後ずさっていた。
「あら、あなた私のところの……」
よく見れば、昨日王妃の代わりをお願いした不遜な侍女だった。
しかし、なぜか彼女は真っ青な顔をして今にも泣き出しそうなほど悲惨な顔をしている。
そんなにぶつかったのが痛かったのかと思えば。
「もっ、申し訳ありませんでしたぁぁ!」
「え? ちょ、ちょっと待って……!」
半ば絶叫のように謝りながら、彼女は一目散に逃げ出してしまった。
足音が立つのもかまわず、バタバタと逃げ足で、まるで淑女にあるまじき様子だ。
昨日まで何があっても私に頭など下げるものか、というような態度だったのに、この変わりようは一体なんなんだ。
「どうしちゃったのかしら……」
驚きのあまり、思わず呆気にとられてしまう。
「おや、そんなところでどうしたのかな?」
その声にびくりと肩が跳ねた。
聞き覚えのある低く通る声は、私の知る限り一人しかいない。
「陛下! あっ、いえ……ちょっと、ぼーっとしていて……」
なぜかオルクス陛下はわざわざ私の腰に手を回して抱き寄せてくる。
「風邪を引いて寝込んでいると聞いたんだけど、元気そうだね?」
「あ」
しまった。いきなり現れた陛下に驚いている場合では無い。
仮病の設定を忘れていた。
「ええと、少し回復したので散歩でもしようかと!」
「そう。なら良かった。昨日まで元気そうだったのに、急に風邪だなんて心配だったから。熱も無いみたいで、安心したよ」
へらへら笑って誤魔化そうとすれば、陛下は真に受けたのか私の頬を触って顔を覗き込んでくる。
陛下の手がひんやりと冷たい温度をしていて、ちょっと心地良い。
「ごめんね、あんまり時間を作ってあげられなくて。君には寂しい思いをさせてばかりだね」
「いえ、そんな!」
寂しいものか。むしろ、どんどん放置して欲しい。でないと逃げ出せない。
「本当はずっと一緒にいたいんだけど、君を会議に呼ぶわけにはいかないんだ。だって、前みたいに血塗れの姿を見せる訳にはいかないし……」
「わ、私のことはお構いなく!」
会議なのに血塗れってどういうこと、とは言えず、少々顔がひきつる。
私の頬に添えられた手をさりげなく外しつつ、私は陛下に微笑んだ。
「陛下こそ、お疲れではありませんか。私は十分良くして頂いてますから、陛下はご自分の健康に気を使って下さい」
「ありがとう、君は優しいね」
陛下はそう言いながら、距離を取ろうとする私にかえって近づいてくる。
「あ、あの、陛下?」
私が一歩後ろに下がれば、陛下も一歩詰めてくる。
「優しくて、小さくて、可愛くて……」
じりじりと攻防戦を繰り広げ、ついに私の背中が壁にぶつかる。
トン、と陛下が手をついて迫ってきた。
顔を上げれば、牡丹のような色をした彼の瞳がすぐそばにあった。
「ね……なんで今日、来てくれなかったの」
「え」
一瞬で背筋が凍る。
(……………………………………バレた?)
侍女ちゃんたちの断罪シーンを書いた方が良いか迷ったのですがイングリットの前ではオルクスはそういう姿は見せないと思ったので、ヒロイン視点だとあえて割愛しました……!




