12.嫌われ者と薬師さん
「こんにちは……」
緊張しながらドアを開けると、ドアベルがカランと音を鳴らす。
「いらっしゃい。あら、かわいいお客さん!」
出迎えてくれたのは灰色の髪の女性だった。
外見からして私と同じ年頃だろうか。
両腕いっぱいに空の小瓶を抱えて歩く姿は、なんだか危なかっしくて仕方がない。
彼女は小瓶たちをカウンターによいしょ、と下ろすと、私の方を向く。
「どんなお薬をお求めですか? うちにはなんでもありますよ、美容液に軟膏に、髪の染め粉に……」
「あの、治癒魔法師を募集していると看板にあったと思うのですが!」
私がそう切り出すと、彼女は一瞬きょとんとしてから頷く。
紹介されたラインナップからして、美容関連の品を探しに来た若者だと思われたのだろう。
「ええもちろんよ。もしかして、あなた治癒魔法師なの?」
「はい。試験も受けて証明書もありますが、エトルシアではなくフィルゼスタのものなんです。もしそれでも良ければ……」
「フィルゼスタから!? すごい偶然ね、うちにもフィルゼスタの人がいるのよ!」
「えっ」
薬師の女性はとても嬉しそうだが、それは困る。
万が一、王女イングリットの顔を見られていては怪しまれてしまうからだ。
「自己紹介を先にしなくちゃよね。私は薬師のカレンデュラ。店名は私の名前なのよ。まずは座ってお話しましょ、今お茶を持ってくるわ」
カレンデュラと名乗った彼女に促され、私は奥の部屋に通され、来客用の椅子に座らされる。
「私は……イングリットと申します」
「イングリットさんね。素敵なお名前! よろしくね」
ティーセットを持って戻ってきた彼女に名乗れば、彼女はにこりと微笑んでくれた。
少し悩んだが、証明書の名前と違うものを名乗るわけには行かない。
イングリット・ブラウンという庶民にはありふれた名前だから特に違和感はないはずだ。
「まず、カレンデュラ魔法薬品店について説明させてもらうわね。うちはその名の通りありとあらゆる魔法薬を取り扱う店よ。風邪薬に栄養剤から魔力増強剤までなんでもあるわ。もちろん、許可を得て開業しているし、治療院に薬を卸すこともあるわ」
カレンデュラさんの説明の通り、店内の薬棚には様々な薬品がぎっしり詰まっていて、見ているだけでも目が回りそうだった。
彼女いわく、ここでは治療院では処方されないようなちょっと不思議な薬も売っているため、様々な客が足を運ぶという。
ちょっと不思議、というのは美容関連の品だったり育毛剤だったりするらしい。
禿げを隠したい貴族がこっそり買い付けに来たり、外見に悩む年頃のご令嬢が相談に来たりと、確かに普通の薬屋ではあまり聞かない話だ。
「早速だけれど、治癒魔法はどのくらい使えるの? うちは薬屋だから、患者の治療がメインじゃなくて製薬が基本の業務で、時々患者さんの診察をしたりするぐらいなんだけど……」
「ええと、一通りの治癒魔法は使えます。上級クラスになると多少時間はかかりますが、骨折や被弾といった怪我の応急処置なら慣れています」
「なるほどね。うちでやってもらいたいこととしては、まず製薬ね。薬の効果を確かめてもらったり、患者さんに処方する薬を見極めてもらったり。新しく薬を開発するにあたって、治癒魔法の知識もたくさん必要になるから、その辺も手伝ってもらいたいの」
「なるほど、了解しました。薬品に関する知識も一通り頭に入れているので大丈夫かと」
「そう、なら良かったわ! とりあえず、詳しい契約書はここにあるんだけど……」
エトルシアで貰っていた治癒魔法師の証明書を提出すれば、とんとん拍子で話は進んでいった。
面接というほど硬いものではなかったが、業務内容についていくつか話をしてから、カレンデュラさんは私に契約書を差し出す。
「でも、等級も優秀みたいだしうちみたいなヘンテコなお店じゃなくて、すぐそこの治療院の方が良かったんじゃない?」
「それは……元々治療院に行くつもりだったんですけれど、カレンデュラさんのお店の方がとても気になったので……」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない!」
気になった大元の理由としては、治療院以外で治癒魔法師として雇ってもらえる場所があるのならそっちの方が絶対に良いからだ。
治療院は国家が運営している国立の機関である。そこに属するということは、いずれ陛下やヴィーラント殿下の耳に入るような可能性は排除できない。
国とは関係のない個人経営の店の方が、将来的な逃亡計画には合っているだろう。
「サインはここで良いですか?」
「――――おい、ちょっと待て。契約書は最後までしっかり読んだ方がいいぞ」
私の質問に答えたのはカレンデュラさんではない。
廊下から現れたのは、ハスキーボイスの背の高い女性だ。
「あら、ちょうど良かった! あなたにも紹介したかったのよ。ほら、募集した新しい治癒魔法師さんよ。あなたの体のこともあるから、できるだけ早く顔を合わせておかないとって」
「関係ないだろ。自分のことは気にするなと言ったはずだが」
「そんなこと言わないでよぅ!」
ツンとした態度の美形だ。
つれない彼女に、カレンデュラさんは頬をふくらませて怒っている。
(もしかして、彼女は何か病気を患っているのかしら?)
カレンデュラさんの発言がひっかかる。
それに、最初にカレンデュラさんは『うちにもフィルゼスタの人がいる』と言っていた。
「そこのあんた。世の中には小癪な詐欺師がごまんといるんだ。契約するなら、きっちり隅の隅まで読み込んでからサインしな」
にこりともしない冷たい態度だが、その発言は私を気遣ってくれている内容だった。
「ご忠告ありがとうございます」
私は一旦ペンを置いて、もう一度契約書を読み直そうとする。
彼女もここの従業員であるのなら、自分が働く店をそのように言うのはなんだか妙にも思えた。
「この子、フィルゼスタにいた頃に『契約』で失敗しちゃったことがあるのよ。言っておくけど、うちは怪しいお店じゃないからね!」
「もしかして、あなたがフィルゼスタ出身の方なのですか?」
私の問いかけに、彼女は小さく頷いた。
「あっ! もしかして、フィルゼスタで顔を合わせたこともあるんじゃない? あなた、フィルゼスタの治療院で用心棒してた時あったでしょ!」
「そうだな……確かに、そんな名前の治癒魔法師がいたはずだ。いつからか姿を消してしまったが」
(なっ!?)
思わず悲鳴が出そうになった。
女性の用心棒なんて見た覚えがないが、向こうは私のことを知っていたようだ。
どうしてこんなに遠く離れた国でピンポイントで出くわしてしまうのか、我ながら不運すぎて泣きたくなってきた。
「ええと、退職したんです。……ちょうど、エトルシアに移住する予定を立てていたので」
怪しまれる前に適当に理由を付けてみたが、彼女は私の顔をじっと見つめている。
「そういえば、この国に嫁いできた王女の名前もイングリットだったな」
心臓が飛び出るかと思った。
彼女の私を見る目つきは、まるで、犯人を尋問する捜査官のような鋭さをしていた。
「え、ええ。伝統的な名前ですから、フィルゼスタだとこの名前の女性は多いんです」
「そうなのね。王女様と同じ名前って、素敵だわ!」
カレンデュラさんはそう言ってくれたが、用心棒の彼女はまだ私のことをじっと疑うように見ている。
あまりの気まずさに、私は手早く契約書にサインをして話を切り上げることにした。




