11.嫌われ者の逃亡計画
プリシラ様のお話では、エトルシアにも治癒魔法師たちによる治療院が各地で開院されているとのことだった。
以前世間に隠れて治癒魔法師として外に出ていた時のことは、今も忘れてはいない。
フィルゼスタでの仕事は全て中途半端に取り上げられて終わってしまったが、治癒魔法は私の唯一の武器だ。
『君なら立派な治癒魔法師になれるだろう』――――いつか、治療した患者さんからかけてもらった言葉だ。あの頃過ごした日々はずっと胸の中に刻んである。
治癒魔法を選んだことは結果的に私の立場を危うくしてしまったが、あの時の経験は私の中でとても大きなものになっていた。
心の支えと言うだけでなく、王宮の隅で生きてきた私が世間のことを学んだのも、この経験からだ。
外の世界で生きるには、お金と仕事が必要だ。
お金が無ければ住む場所も食べるものも得られない。
そして、職がなければお金は得られない。
私に出来そうなことは、治癒魔法だけ。
となると、道は一つだろう。
(いつ治療院に行こうかしら。結婚式までまだ日にちはあるし、できれば陛下たちが一日中忙しい日がいいんだけれど……)
問題は侍女たちだ。
イングリットの自室にお茶やお菓子を持ち込み我が物顔で寛いでいるご令嬢たちに目を向ける。
相変わらず彼女たちの話の中心はゴシップに、他人の悪口にと、よく飽きもせず話せるものだ。
「でも正直、エトルシアの貴族もパッとしない人ばかりよねぇ」
「王弟殿下も顔は良いけれど、婚約者がいるものね。あの人、いかにも嫉妬深くて意地の悪そうな顔だったわ」
「あなたもそう思う? 侯爵家の娘らしいけど、歴史が長いだけで大した実権もないんでしょ。王家の威光に縋りたいんでしょうね」
品のない話でくすくす笑っている。
(呆れた。なんて人たちなのかしら)
彼女たちの傲慢な振る舞いを見ているだけで、なぜ私の侍女に選ばれたのか理解できる。
弁えるという言葉すら知らないかのようだ。
「あらあイングリット様。何かご用でも? そんなところからじっと見つめて、気味が悪いですわ」
「いえ、特には……」
私が見ていることに気づいたのか、侍女たちが矛先を変える。
「そういえば今日、イングリット様がくださったイヤリングを王弟殿下の婚約者に罵られたのよ」
「まあ! なんてひどい」
「あの人ったら見る目がないのか、イングリット様のことがずいぶんお好きみたい」
あはは、と正直たちの甲高い笑いが響く。
「イングリット様がどういう人間か知らないからでしょう! フィルゼスタの人間が見たらびっくりするわよ」
「こんな辺鄙な田舎の国だし、フィルゼスタの常識が伝わってないようね!」
「本当に王妃に相応しいのは、イングリット様なんかじゃないのよ!」
どこまでも耳障りに、私を見下している。
だが、私を貶すのなら別に構わない。プリシラ様を悪く言われるのは、見過ごせなかった。
「そうね。私は王妃に相応しくないわ」
「ええ、ですからいつもそう申し上げて……」
「もしかしたら、あなたみたいな人の方が似合うのかもしれないわね。王妃に相応しい人間がどういうものか知りたいようだし、明日の公務はあなたにお任せするわ」
「……は」
侍女たちはぴくりと動きを止める。
唖然として、あんぐりと口を開いている。
私が言い返してくるなんて微塵も思っていなかったのだろう。
だけど、私にだって反論するための口は付いている。
「ふっ、ふざけないで! 急に何を言い出すかと思ったら」
「私は本気よ。私は王妃に相応しくないんでしょう。だったら、それ相応の振る舞いというものを見せてちょうだい。これは命令よ」
これまでの私だったら信じられないような発言だ。
正直、口にするまではちょっと怖かった。
でも案外、言ってみれば。
(なんだ、こんなちっぽけな人たちに私は怯えていたのね。なんだか、笑っちゃいそう)
彼女たちは本当に仕えたかった聖女ではなく、嫌われ者の王妃の次女を不本意でやっている。
そんなに不本意なら、別の仕事を与えてあげようと思ったのだ。
そう。
王妃という仕事を。
「私をバカにしてるのねっ!?」
掴みかかろうとしてきた彼女を、周囲が慌ててとめる。
「ちょ、ちょっと……それはさすがにまずいわよ」
「真に受けることないわ!」
けれど、そのうちの一人がこんなことを言い始めた。
「……もしかして、王妃でいることに自信が無くなったんじゃないかしら。だって、本当は望まれてない存在なんだから、イングリット様には荷が重かったんでしょ」
途端に、周囲の雰囲気が変わった。
世間知らずな彼女たちは、侍女が王妃に取って代わるなんて夢物語を簡単に本気にしてしまったのだろう。
(こんなにあっさりいくとは思わなかったけど……ひとまず、自由な時間は確保できるわね)
彼女たちの無知と無謀さを逆手にとっていいように誘導したのは私だが、ここまで簡単だと拍子抜けしてしまいそうだった。
失礼な物言いかもしれないけれど、彼女たちの本当の幸せを思えば、実家に帰って少しは勉強をさせてあげた方が良いのかもしれない。
翌日、私は華やかなドレスを脱ぎ捨てて簡素なエプロンドレスを身にまとい、城を抜け出した。
元々地味な顔立ちだったし、髪型を変えて下女と同じ服で堂々と歩いていれば誰も気にとめたりしない。
洗濯係の子にいきなり服を貸してなんて頼んだものだからものすごく驚かれてしまったが、彼女も新人のようで私が王妃だとは気づいていないようだった。
こういうものは、堂々としている方が怪しまれないのだ。
私は何食わぬ顔で城門をくぐり抜け、平然と街中を歩いていた。
(さすが、王都だけあってすごく賑わっているわね……!)
貴族のタウンハウスが並ぶ邸宅街や、高級なブティックや宝飾店のある通りではなく、市井の人々が暮らす大通りの繁華街の方へ足を運んだ。
昼間からたくさんの人で賑わっていて歩いているだけでも楽しくなってくる。
色とりどりの花が並ぶ生花店に、たくさんのお客で賑わうカフェ。
足音とざわめき、笑い声に馬車の蹄の音。
橋の上からは運河を行き交ういくつもの船が見える。
ゴンドラの船頭に合わせて、吟遊詩人の歌が聞こえてきた。
ぼーっとしていると置いていかれてしまいそうに思えるほど、街中は忙しなくも活気に溢れていた。
(もっと色々見て回りたいけれど、まずは目的を果たさないとね)
名残惜しさを感じつつ、目的地である治療院に向かう。
(ええと、次の区画を曲がったところに……)
慣れない道だが、あまりきょろきょろしているとお上りさんだと思われて変な輩に目をつけられたりする危険性がある。
適度に地図を確認しつつ、いかにもお使い中の下女を装って歩く。
「あら……ここは……?」
ふと、道端の看板が目に入った。
『カレンデュラ魔法薬品店』と書かれた木製の看板だ。
こぢんまりとした建物の一階にある店舗のようだが、魔法薬品というのが気になる。
文字通り、魔法薬を扱う店なのだろうがフィルゼスタではあまり個人店でこういった商売をしている店は見なかった。
少し気になり、覗いて見たくなる。
それと同時に、私はあることに気付く。
看板の隅に貼られた小さなメモ用紙に、『治癒魔法師募集中!』の文字があることに。




