1.嫌われ者の嫁入り
「あぁ、やっと会えた……! 君は、僕の運命の人だ!」
「……え?」
年老いた王に売り飛ばされたと思ったら、出迎えてくれたのは血まみれの美丈夫だった。
さらにその人が、食い入るように私をうっとりと見つめている――――――なんて、誰が想像しただろうか。
この人は、今、私に運命の人だなんてことを口走った。
そして血まみれの白手袋を脱ぎ捨てると、私に駆け寄ってくる。
――――――え? 私、ここで死ぬの?
殺される……そう思った矢先。
彼は剣を捨て置き私の手を握りしめた。
かしゃん、という金属がぶつかる音が響く。
「僕はオルクス。僕こそが、エトルシア王だ。ようこそ、僕の花嫁さん」
きらきらと紅色の瞳を輝かせ、うっとりとした表情で彼はそう言った。
瞳は煌めいているけれど、その声は狂おしいほどの熱が込められている。
私を握りしめるその手は固く強く離すまいという意志に溢れていた。
(誰からも愛されず疎まれていた私が、運命の人……?)
目の前の彼が何を言っているのか、私にはさっぱり理解できなかった。
フィルゼスタの無能王女、嫌われ者の第二王女と呼ばれる私が彼の『運命』───────?
悪い夢でも見ているような気分だった。
どうして私がこんなことになっているのか。
全ての始まりは、遡ること、数ヶ月前。
「お前の結婚相手が決まった」
私を呼び出したお父様は、目線も合わせず吐き捨てるようにそう言った。
お父様の側では、宰相が苦々しい顔をしてこちらを見ている。
「結婚相手、ですか? そんな、急になぜ……」
「相手はエトルシアの王だ。目的は魔毒対策の為の同盟だろうが、お前のような者を側妃に迎えてくれるというのだ。それぐらいの対価は必要だろう」
「待ってください! エトルシアの国王陛下は、お父様よりも年上ではありませんか! 私はまだ十八で、成人になったばかりだというのに……」
南の大国エトルシア。海洋に面した半島の国で、貿易国家として古くから栄えている。
だがその国王は年老いており、私とは四十歳以上も離れている。
しかしお父様は、私の訴えに対し呆れたようにため息をついた。
「それがなんだと言うのだ。王族の結婚は国の為のものだろう」
国のためなら進んで犠牲になるのが王族として正しいあり方だ、と。
「それとも、お前自身でエトルシア王よりも利益のある結婚相手を見つけられるとでも言うつもりか? 出来ぬだろう。王宮に引きこもり贅沢三昧、挙句の果てに姉に危害を加えようとするなど……どこまで王家に泥を塗れば気が済むというのだ」
「お父様、それは誤解で……!」
「傲慢で欲深いところはあの女にそっくりではないか。いいか、エトルシアでこれまでのような振る舞いを一度でもしてみろ。離縁されたところで、我がフィルゼスタはお前を受け入れたりはせぬ」
「そんな……」
エトルシアから追い出されたら、王家に迷惑をかける前に死ねと言うことか。
引きこもっているのではなく、正妃の監視のせいで外に出られないこと。
お姉様に危害を加えようとしたわけではなく、ただ事件に巻き込まれたのだということ。
私やお母様にまつわる噂は全て嘘だということ。
言いたいことは山ほどある。
けれど、今ここで訴えたところで全て徒労に終わることは目に見えていた。
政略結婚で嫁ぎ、夫である国王からは愛されず、正妃からの虐めにも負け、実家から見放されて自死した側妃の娘。
それが私、イングリットだ。
後ろ盾などどこにもなく、外ではあることないこと噂を流され気がつけば悪女のイメージが作られてしまった。
今更ここで自分を嫌う父親と、自分を見下している宰相相手に弁解しようとしたところで無意味なのは分かっていた。
(生きてさえいればなんとかなると思ってたけど……まさかこんなことになるとはね)
再び身に覚えのない罪で捕えられるより、どんな形であれここを出ていけるのなら幾分かマシな話だと思うことにする。
それでもやはり、悔しいものは悔しいのだ。
「来月には輿入れだ。その間、せいぜい慎み深さを覚えることだな」
「来月なんて、あまりに急ですわ!」
「馬鹿なことを。お前も分かっているだろう。これ以上お前を王宮に置いておけば、いつ災いが起きることか」
押し黙る私に、にやついた顔の宰相が嘲笑うかのように口を開く。
「嫁入りの準備は全てこちらで手配致します。侍女の選定も我々が進めますのでご了承ください」
私を監視する為の人員を揃えるのだろう。
嫁ぎ先でも着る服さえ自由を与えないつもりなのだ。
「では、トレイシーは? あの子はどうなってしまうの?」
「いいえ。彼女は治療が終了次第、退職し生家へと戻るそうです」
「そう、ですか……」
唯一優しくしてくれていた侍女のトレイシーのことが気がかりだったが、鼻で笑われて終わってしまった。
一緒にいられないのは悲しいが、無事ならばそれで良い。
「分かったのならもう下がれ」
異論は認めないとばかりに、玉座の間から追い出される。
私はずっと王宮の嫌われ者だった。
立場もなく、取り柄もない。
魔法の才能はあったが、私の美点などあってはならないと正妃は考えているらしく、正妃の差し金で表向きはロクな魔法も使えない無能ということになっている。
だが、ただ無能の嫌われ者というだけならこんなに急に追い出されるようなことはなかったはずだ。
ことの発端は、三年前のことだ。
大地に穢れた魔力が溢れ、魔物が異常発生し国が混乱に陥った災害があった。
この世の人間や動物、植物に至るまで森羅万象に魔力が宿る。
そのうち、自然界に宿る魔力が穢れてしまうとこういった災害を招くと、古くから伝えられていた。
『魔毒』と呼ばれ恐れられているその現象は、魔物の異常発生を招き、土地を穢すだけでなく、酷い場合は魔毒が人間にも感染し手足を徐々に壊死させるという恐ろしい病でもある。
魔毒に感染した患者は特殊な治療が必要となるため、各地にある治療院に運ばれ治癒魔法師による施術を受けていたが、被害の拡大は進む一方だ。
しかしそこで、第一王女クリスティナが浄化魔法を発現させた。
古代より伝わる神器を用いる高度な魔法であるが、扱える血筋は途絶えてしまい、伝説上のものだと思われてしまっていた。
だがクリスティナお姉様は神器を目覚めさせ浄化魔法を使い、次々と国を救っていったのだ。
これはひとえにお姉様の努力によるものだが、天性の才能でもあったのだろう。
古代では浄化魔法を扱った魔法使いは聖者として崇められており、それにならい、お姉様は『聖女』として国の英雄となった。
お姉様は、誰からも愛されるような素敵な人だった。
こんな嫌われ者の私にも優しく、国民からも愛されている。
お姉様が聖女になった時は、私も本当に嬉しかった。
けれど、問題はその後の出来事だ。
お姉様の婚約者が、ユレアス公爵家の公子カイル様に決まった。
長い間各国を遊学していた彼は、帰国後お姉様と再会し一目で恋に落ちたのだと。
二人の再会は偶然のものだが、お姉様は神器の魔力に導かれるように教会へ足を運び、同時にカイル様も何かに呼ばれるような予感がして向かったと語っていたそう。
要するに、二人は神器の魔力に導かれるようにして出会い、一目見て互いに運命だと感じたそうだ。
それを聞いた当初、私は崩れ落ちる思いだった。
カイル様は、他でもなく、私がずっと想いを寄せていた人だったからだ。
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