第4話 未来が、少しだけ揺れた日
見えなかった。
その未来だけが、どうしても。
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その日は、
ほんの些細なことから始まった。
昼休み、
いつもの静かな場所。
私と彼は、
向かい合って座っていた。
言葉は、少ない。
でも沈黙が、
不思議と重くない。
箸を動かしながら、
私は彼を見ないようにしていた。
――見てしまったら、
また未来が流れ込む。
そう思っていたのに。
「……目、疲れてない?」
彼が言った。
思わず、顔を上げる。
視線が、重なる。
その瞬間。
何も、見えなかった。
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いつもなら、
引き金みたいに始まる。
視界が歪んで、
胸の奥が冷えて、
「その先」が押し寄せてくる。
でも、今回は違った。
何も、来ない。
彼の壊れる未来も、
成立しない結末も、
どこにも、映らなかった。
ただ――
目の前にいる彼だけが、
確かに存在している。
「……大丈夫」
そう答えた自分の声が、
やけに現実的に聞こえた。
まるで、
未来なんて最初から存在しなかったみたいに。
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その日から、
小さな違和感が続いた。
彼と話しても、
未来が、途切れる瞬間がある。
ほんの一秒。
ほんの、呼吸ひとつ分。
でも、
確かに「空白」がある。
未来は、基本的に固定。
揺れることなんて、ない。
それを、
私は誰よりも知っている。
だからこそ、
この現象が、怖かった。
そして――
少しだけ、
期待してしまった。
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放課後、
校舎裏で雨宿りをしていた。
突然の雨。
傘を持っていないのは、
二人とも同じだった。
「……濡れるね」
彼が言う。
「走れば、いけるかも」
そんな他愛もない会話。
でも、
肩が触れる距離。
雨音に、
言葉がかき消される。
彼が、
一歩、近づいた。
心臓が、
うるさく鳴る。
未来を、見る。
――見えない。
見えなかった。
ここまで近いのに。
選びかけているのに。
それでも、
未来は沈黙したままだった。
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「……ねえ」
彼の声が、
近い。
「もしさ」
そこで、
言葉が止まる。
彼は、
それ以上踏み込まなかった。
視線を逸らして、
少し照れたように笑う。
「いや、なんでもない」
その一歩が、
踏み出されなかったことに、
私は救われて――
同時に、
胸が痛んだ。
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帰り道、
一人になってから、
私は立ち止まった。
未来が、揺れた。
ほんの一瞬だけ。
でも、確かに。
それは、
希望かもしれないし、
錯覚かもしれない。
未来視の限界。
感情のノイズ。
ただの、疲労。
理由はいくらでも考えられる。
でも。
もし。
もし、この人だけが、
例外だとしたら?
その考えが浮かんだ瞬間、
私は強く首を振った。
違う。
それは、いちばん危険な想像だ。
希望は、
選択を誤らせる。
私は、
もう間違えない。
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見えなかった。
その未来だけが、どうしても。
だから私は、
見なかったことにした。
それが、
この揺れを終わらせる、
唯一の方法だと思ったから。
――そしてまだ、
この時の私は知らない。
見えない未来ほど、
人を強く縛るものはないということを。




