第3話 私が彼を選ばない理由
選ばなければ、壊れない。
それが、私の世界の唯一のルールだった。
⸻
未来が見えると言っても、
私は神様じゃない。
全部が分かるわけじゃないし、
自由に覗けるわけでもない。
見えるのは、
「関わった先」だけだ。
目を合わせたとき。
名前を呼んだとき。
心が、ほんの少し近づいたとき。
その延長線上にある未来が、
勝手に、流れ込んでくる。
逆に言えば――
関わらなければ、見えない。
そして、見えない未来は、
壊れない。
少なくとも、
私が原因で壊れることは、ない。
⸻
過去に一度だけ、
私は「選んだ」ことがある。
あのときは、
未来が見えることを、
救いだと勘違いしていた。
壊れる未来が見えるなら、
避ければいい。
修正すればいい。
正しい選択をすればいい。
そう思っていた。
でも、現実は違った。
どれだけ回避しても、
どれだけ言葉を選んでも、
結末は、同じ場所に辿り着いた。
むしろ――
私が選び続けたことで、
壊れ方は、より残酷になった。
最後に残ったのは、
取り返しのつかない後悔と、
「選ばなければよかった」という事実だけ。
だから、私は決めた。
未来は、変えない。
変えられないなら、
触れない。
⸻
彼の場合は、
最初から分かりすぎるほど、分かっていた。
選んだ瞬間、
彼は壊れる。
それは、
事故でも、病気でもない。
もっと静かで、
もっと残酷な壊れ方。
自分の価値を疑って、
誰かを信じることをやめて、
それでも優しさだけを手放せなくなる。
そんな未来。
それを、
私が与える。
そんな役目を、
私は引き受けない。
⸻
だから私は、
線を引いた。
近づきすぎない。
期待させない。
名前を呼ばない。
彼が一歩近づいたら、
私は半歩下がる。
それで、均衡は保たれる。
壊れない未来。
成立しない関係。
安全で、
正しい選択。
――そのはずだった。
⸻
「ねえ」
ある日の帰り道、
彼が私の隣に並んだ。
夕焼けが、
校舎を赤く染めている。
「最近さ、無理してない?」
心臓が、跳ねた。
そんな未来は、
想定していなかった。
未来が、
ほんの一瞬だけ、
曖昧になった気がした。
「……どうして?」
「なんとなく」
彼は、困ったように笑う。
「いつも、少しだけ遠いから」
その言葉で、
私は理解してしまった。
私が引いた線は、
彼にも、ちゃんと見えていた。
それでも、
踏み越えない。
それでも、
責めない。
その優しさが、
胸を刺す。
⸻
未来は、
選択の先にある。
でも感情は、
今にしか存在しない。
私は、
正しい選択をしている。
――それなのに。
「遠くないよ」
そう答えた自分の声が、
ほんの少しだけ、
震えていた。
――この一言で、
すべてが壊れる未来を、
私は、もう知っているはずなのに。




