最終話 恋愛成立確率0.00%でも
恋は、成立しなかった。
それでも――
無意味じゃなかった。
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数年後。
私は、
未来が見えることに、
少しだけ慣れていた。
慣れた、というより、
付き合い方を覚えた、
が近い。
無理に避けない。
無理に選ばない。
ただ、
知っている事実として、
受け取る。
それが、
私なりの折り合いのつけ方だった。
⸻
彼の未来を、
久しぶりに見た。
偶然だった。
駅前で、
すれ違っただけ。
一瞬、
視線が合う。
それだけで、
未来は流れ込んでくる。
――壊れていない。
胸の奥が、
静かに、ほどけた。
⸻
彼は、
笑っていた。
隣には、
知らない誰か。
恋人かもしれないし、
そうじゃないかもしれない。
でも、
それでいい。
彼は、
自分を責めていない。
誰かを信じることを、
やめていない。
優しさを、
失っていない。
私の知っている未来の中で、
いちばん穏やかな形で、
彼は、生きていた。
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私は、
立ち止まらなかった。
声も、
かけなかった。
過去に戻る必要は、
なかったから。
あの恋は、
終わっている。
ちゃんと、
終わらせた。
⸻
一日だけ、
恋人だった日。
未来を見なかった時間。
彼の手の温度。
何気ない会話。
沈黙の、居心地の良さ。
どれも、
今でも、はっきり覚えている。
それは、
失敗じゃない。
選ばなかったからこそ、
守られた記憶だ。
⸻
私は、
別の誰かを、
好きになったこともある。
未来を見て、
選ばないこともあった。
それでも、
後悔はしなかった。
だって私は、
知っている。
成立しない恋でも、
人は、確かに救われる。
少なくとも、
壊れずに済む未来がある。
⸻
彼を選ばなかったことを、
私は、
正解だったとは言わない。
でも、
間違いだったとも思わない。
あれは、
私の選択だった。
好きという感情を、
否定しないまま、
手放すという選択。
それができたことを、
私は、
少しだけ、誇りに思っている。
⸻
恋は、成立しなかった。
確率は、
最初から、0.00%。
それでも。
あの恋があったから、
私は、
誰かを壊さずに、
誰かを想うことを、
学べた。
だから――
無意味じゃなかった。
彼を選ばない未来が、
いちばん優しいと知っている。
それでも、
あの恋を、
私は確かに、
愛していた。




