第1話 恋愛成立確率は、0.00%
彼を好きになってはいけない。
それが、彼を壊さない唯一の未来だと――私は知っている。
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私は、人の未来が見える。
――正確に言えば、
その人が「どう壊れるか」が、見えてしまう。
いつ、どんな出来事で、
何を失って、
どんな表情で笑えなくなるのか。
映像みたいに鮮明なわけじゃない。
でも、理解してしまう。
そして一度理解した未来は、忘れさせてくれない。
ああ、この人はここで壊れる、と。
未来は、基本的に変わらない。
どれだけ避けても、
どれだけ願っても、
同じ結末に向かって、少しずつ形を変えながら近づいてくる。
例外があるとすれば――
「選ばなかった」場合だけだ。
近づかなければ、壊れない。
選ばなければ、始まらない。
始まらなければ、終わらない。
それが、私の知っている世界のルールだった。
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彼の未来を初めて見たのは、
入学してすぐの春だった。
教室の窓際。
少し眠そうな目で、
授業を聞いているふりをしながら、
ノートに落書きをしていた横顔。
その瞬間、
視界が歪んだ。
胸の奥が、ひどく冷えた。
彼を選ぶ未来では、
彼は必ず壊れる。
理由は分からなかった。
きっかけも、過程も、
まだぼんやりしていた。
それでも、結末だけははっきりしていた。
彼は、自分を責めて、
誰にも頼れなくなって、
笑うことをやめる。
その原因が、
――私だった。
喉の奥が、ひくりと鳴った。
「……最悪」
誰にも聞こえないように、
小さく呟いた。
まだ何も始まっていない。
話したこともない。
名前すら、ちゃんと知らない。
それなのに、
未来だけが、もう決まっていた。
理不尽だと思う。
でも、この力はいつもそうだ。
予告もなく、
救いもなく、
ただ「知ってしまう」。
⸻
だから私は、最初から決めた。
彼とは、距離を保つ。
目を合わせない。
関わらない。
恋なんて、論外だった。
恋愛成立確率は、
――0.00%。
計算するまでもない。
選んだ時点で、破綻する未来しか存在しないのだから。
それは、私のためでもある。
そして何より、
彼のためだ。
私は、もう二度と、
「選んだせいで誰かを壊す」ことをしない。
⸻
それなのに。
「消しゴム、落ちてたよ」
初めて彼が声をかけてきた日のことを、
私はやけに鮮明に覚えている。
足元に転がっていた消しゴム。
拾い上げて、
少し困ったように差し出す手。
視線が、ぶつかった。
優しい目だった。
未来とは、関係のない場所で。
計算も、確率も、
何ひとつ絡まない場所で。
ただ「今」だけを生きている人の目。
胸の奥が、
わずかに、痛んだ。
「……ありがとう」
それだけ言って、
すぐに視線を逸らした。
それ以上、見てはいけない。
知ってしまう前に。
好きになる前に。
私は、この恋を成立させない。
それが、いちばん優しい未来だと、
もう知っているから。
⸻
それでも――
この時の私は、まだ知らなかった。
確率0.00%でも、
感情が、ゼロになるわけじゃないことを。
そしてこの恋が、
成立しなくても、
確かに「存在してしまう」ことを。
静かに、確実に。
この恋は、もう始まってしまっていた。




