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アウローラの魔王とウェスペルの勇者  作者: アンブロシウス
第1章 出会い
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第4話 闇夜に浮かぶは

 それから2,3日は森での生活の仕方をアイシャに教えてやることにした。旅をするにしろ,街で生きていくにしろ,森での生活の仕方は一通り知っておいて損はないはずだ。何から始めようか迷っていると,燃え尽きて黒くなった焚き火の跡が目に入った。


『まずは焚き火から作るか』


『朝なのに焚き火をするんですか?』


アイシャは不思議そうな顔をして小首をかしげた。これまでどうやって森で生活していたのか不思議になる。火をつけないと朝ご飯が食べられないだろうと指摘すると、ようやく気がついたというような短い声を上げた。


 焚き火用の薪を探しに出ると、アイシャは足元を注視しながら用心深く歩いていた。ときどきその場にしゃがんでは、大きな太い木の枝を抱きかかえる。その様子に思わず苦笑いしてしまった。本当に昔の自分を見ているようだった。


『アイシャ、太い枝も必要だが同じ物ばかりじゃなくて細い枝も拾ってくれないか。それとこの枝は薪には不向きだろう。』


腕の中から何本か枝を取り上げると、アイシャは困ったように眉尻を下げた。目をパチパチと瞬いて説明を待っている。


『この枝はかなり湿ってるからな。乾かせば使えなくはないけどまずは乾いた枝がないか探そう。』


頭上を見上げると、地に落ちきれなかった枝が数本、木に絡め取られていた。


『基本的には木の枝に引っかかっているもののほうが乾いていることが多い。今は夏だからまだいいけど、冬になると朝露で濡れて乾ききっていないものが多くなってくる。朝方は日が差し始めてからそれほど時間が経ってないから特にな。』


『確かに細い枝は木に引っかかっている物のほうが乾きが早そうですね。ただ、重たい枝は木に引っかからず落ちてしまうのではないですか?』


質問が帰ってきたことに少し驚いた。と同時に嬉しくもなった。この子はどうやら知的好奇心が旺盛な子かもしれない。


『確かに太い枝だと乾いた物が全く見つからないこともある。その場合は細い枝で燃やした焚き火か、魔法である程度乾燥させてから使う。』


その説明でアイシャはどうやら納得したようだった。


 薪用の枝を集め終わり野営地に戻ると、早速火付けの準備に取り掛かった。焚き火用にと掘っていた浅い穴に少し隙間をあけながら太い丸太を並べ、その上に細い木の枝を積み上げていく。着火剤に何を使うか迷ったが、せっかくなので久々にあれでもつくろうかという気になった。


 おもむろに腰から手のひらサイズのナイフを取り出し、柔らかそうな軽い枝を掴むと、興味深そうに手元を覗き込まれた。隣は気にせず、枝に当てた刃を寝かせ、表面を薄く細く削った。削られた表面は、少し丸く反った形になっている。木の先端付近で刃を立てると、削られた部分が枝にくっついたまま逆さまになった。そのまま位置を少しずらしてまた削る。枝の周囲が均等に削られるように枝を回しながら切っていくと、だんだん枝の手前側が細くなっていった。2回、3回ほど、枝を回転させた頃、枝の先端を持ち上げると、薄く削られた皮が彼岸花の花びらのように木の枝の周りにふわりとくっついていた。


 なかなかの出来栄えに満足して短く息を吐き出すと、隣から感嘆の声が聞こえた。思わず得意気な顔になった。気を良くして、そのままささやくように


『火と風の子よ。』


そう呟いて、枝を持ったまま開いた手を口元に添え、ふうっと息を吹きかけた。木の花びらを包み込むように炎が優しく燃え上がり、緩やかな風にゆらゆらと揺れた。隣からまた感嘆の声が聞こえてきた。


『すごいです!今のなんですか!』


アイシャのあまりの興奮度合いに笑いがこみ上げてきた。声をたてて笑いながら、乾いた落ち葉や白樺の皮みたいな着火剤が手元にないときに使うんだと教えると、自分もやってみたいと言い始める。あまりにやりたいと言うものなので、仕方ないなとやり方を教えてやっていると、結局朝ご飯を食べることなくいつの間にやら昼間になっていた。


 昼ご飯の後は魚捕りをすることにした。野営地の近くに渓流があり、ヤマメやマスなどが取れる。川につくと、厚手の手袋をつけ、アイシャにも渡した。アイシャは何も言わず黙って手袋をはめた。何を考えているのか何も読み取れないまっさらな顔つきをしているが、心なしか陽の光を反射して瞳がキラキラと輝いているように見える。魚のつかみ取りもしたことがないのかと尋ねると、生き物を取るようなことは一度もしたことがないのだと答えが返ってきた。


 足元が滑りやすいから気をつけるようにと言って、緋倭斗ヒィトは一片のためらいもなく堂々とした動きで川に脚を踏み出した。手を水につけ、しばらく水面を凝視していると、視界の端にゆらゆらと動くものが見えた。見ると、黒い斑点の手のひら大の魚が優雅に泳いでいた。


 アイシャを手招きして、ゆっくりこっちに来るように伝えると、緋倭斗はそーっと魚の後ろに忍び寄った。魚は何かを察知したのか、ゆったりと泳ぎながら少し距離を取る。少し近づいては距離を取られ、それを何度か繰り返すと、川の水をせき止めるように行く手に置かれている石積みが見えてきた。自然と口角が上がる。魚は岩の下に潜り込むと、隠れたつもりになっているのかそのままそこで呑気に泳いでいる。緋倭斗はさらに慎重に気配を殺して歩き、魚の後ろから忍び寄った。川の水で冷たくなった手をゆっくりと水面につけ、魚の尻尾の両脇にそっと差し込んでいく。そのまま手を少し上にずらしてゆっっくりと両手を握り込む。魚はまだじっとしている。手のひらに何かが触れたとき、それを思い切り鷲掴んで、思い切り上に持ち上げた。


 見慣れた艶やかな金色の鱗が水面のように陽の光を反射していた。微笑を浮かべて隣を振り返ると、アイシャは初めての玩具おもちゃを与えられた子供のような興奮と好奇心を宿した笑みを顔いっぱいに浮かべていた。


『わ、私もやってみます!』


そう言うやいなや近くにいた小魚に近づいていった。本人はゆっくり動いているつもりなのだろうが、高揚が隠しきれていない。心持ちせかせかと歩いて魚のそばに行くと、止まるのも待たずに手を水面に差し込んだ。魚はするりと華麗に躱して泳ぎ去ろうとする。アイシャは慌てて騒がしい水音を立てながら魚を追いかけ始め、近くの石積みまでたどり着いたが――


魚は勢い良く飛び跳ねて宙を舞い、アイシャは水の破裂するような音を立てながらすっ転んだ。石積みを飛び越えた魚は得意気に泳ぎ去っていった。


 口から爆笑が飛び出た。緋倭斗が腹を抱えてひとしきり笑っていると、頭から水をかぶって濡れネズミになったアイシャが不服そうな顔をしながら近づいてきた。


『小物かと思ったら中ボスでした。』


不満げに口を歪めて言った。思わぬタイミングでのネタのおかわりに、口が勝手にまた吹き出した。笑いすぎて声すら出なくなってきた。ヒーヒーと笑いながら浅い息を繰り返していると、アイシャは至って真面目に言っていたのか、訝しげな顔でこちらを見上げてきた。その反応にまた笑いがこみ上げてくる。その後、何度も繰り返される過剰な供給に緋倭斗はしばらく苦しめられることになった。




 夜ご飯はニジマスという魚の塩焼きをすることになった。アイシャは見様見真似で魚の尻尾付近に刃を入れ、腹からエラの下にかけて切り開く。川の水で内臓を洗い流してから腹にばってん印のような大きな切込みを入れる。辛そうなほどの多量の塩をまぶして串をさせば、あとは焼き上げるだけだった。


 ニジマスを焚き火で焼きながら、アイシャはふと気になったことを緋倭斗に尋ねた。


『そういえば、こんな森の中で焚火を焚いても大丈夫なのですか?特に魔獣には火を好むものもいると聞きます。』


アイシャが不思議そうに小首をかしげると、緋倭斗は感心したようにアイシャを見てから、空を指差した。


『魔獣が寄ってこないように結界を張ってるんだ。あいつらはどうやってるのか知らないが魔力に敏感だからな。少し多めの魔力で結界さえ張っておけば基本的に近づいてこない。』


そう言いながら、緋倭斗は少し苦笑いをした。


『まあ目に見えるようなものじゃないから、アイシャはあまり安心できないかも知れないが。』


アイシャを安心させるためにもう少し弁明でもしようかとも思ったが、隣の様子を見てやめておくことにした。アイシャはあまりこちらの話を聞いていなかった。完全に夜空に見とれている。


 緋倭斗もつられて見上げると、夜空にはあふれんばかりの星々が視界いっぱいに輝いていた。様々な輝きを放ちながら所狭しと並ぶ星たちは、私を見てと主張している。空の真ん中には世界を二分するかのように青白く流れる広大な天の川が見えた。隣から感嘆のため息が聞こえた。確かにこれは稀に見る美しさだった。


 遠くの地で見たいつかの夜空がフラッシュバックした。頭の奥に、あの鼻唄を唄いながら暖炉のそばで編み物をする母さんの姿が浮かび上がる。あの頃は、日常がいつまでも続くものなんだと信じて疑っていなかった。耳の奥で懐かしい友の声が木霊して、目頭がジワリと熱くなった。かつての情景に思いを馳せていて、アイシャが何か呟いたのには気が付かなかった。


≪なんて荘厳な魔法――≫


その言葉に呼応するように、一本の青白いほうき星が夜闇やあんを照らすように流れていった。

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