居心地が悪い私
「取り敢えず、こいつ等全員城に連れて行くか」
「そうだな」
オグリとロベルの言葉に、シュノアート帝国の貴族たちは警戒したように剣を構えるが、構えた剣が一瞬で塵となり消えてしまった。
「この国でそれを使うんじゃない。限られた者しか許可されていないからな」
「…………」
シヴィルの魔法で消えた剣を啞然と見つめる貴族たちを、スフィンとローゼアがあっという間に拘束した。私は消えた剣に安堵しながら、神殿を見上げ窓からこちらを見ている姉に手を振った。
「その人たち、我が家の馬車で連れて行きましょうか?」
周りを見ても私が乗ってきた馬車しかない。馬も居ないし、皆はどうやって来たのかと疑問に思いながら提案すると、オグリが指を上に差した。
「あいつ等に乗せるから大丈夫」
上を見上げると数匹の空飛ぶトカゲ…いや、ドラゴンが居た。そう言えば、皆馬車よりドラゴンを移動手段としているんだっけ。アンガー家も数匹ドラゴンを飼ってるらしいけど、私が気持ち悪がるからか、今何処にいるかは知らないけど。私は前世から爬虫類が大嫌いだった。後高所恐怖症でもあるから、ドラゴンで移動なんて絶対に無理だと駄々を捏ねた結果、我が家は馬車移動が基本となった。
「うげっ」
オグリがドラゴンに何か合図を送った途端、数匹のドラゴンが一斉にこちらに向かって降下して来て、私は慌てて馬車に飛び込んだ。
「あ、悪い!直ぐ済ませるから」
「は、はい…」
シュノアート帝国の貴族たちはとくに抵抗する事なく、こちらを気にしながらもドラゴンに乗っていた。
「城まで頼むな」
ドラゴンに指示を出すと、シュノアート帝国の貴族が乗ったドラゴンはゆっくりと羽ばたき飛んで行く。馬車の窓から皆を見ていると、貴族を乗せなかったドラゴンも一緒に飛んで行き首を傾げる。まだオグリたちは乗っていないのに、どうしたんだろうか?
「俺たちも行くぞ」
そう言うと、ロベルが馬車に乗り込んで来て、あれよあれよと馬車の席は埋まってしまった。狭い馬車ではないけど、流石に7人乗ると狭く感じる。元婚約者の5人と大神官、そして私。何故か私はロベルの膝の上に乗せられているけど、ドキドキしている場合じゃない。馬車を曳く馬は2頭だ。酷使が過ぎる。
「いや、流石に7人は…皆さんはドラゴンに乗って行った方が速いんじゃ…」
「もう飛んで行っただろ」
「呼べば戻って来てくれるのでは…」
「面倒だ」
「……………」
ロベルに一蹴され、私は押し黙るしか出来ない。好きな人には強く出れない自分が情けない。いや、落ち着け。ホントに恋しちゃったの?以前一方的に婚約破棄して来た人たちだよ?そんな人たちをまた好きになるなんてあり得るの?いくらなんでもチョロ過ぎる。これはただの吊り橋効果だ。恋じゃない。
「というか、大神官様も皇城に向かわれるんですか?」
「はい。もしもの時は、私の力で彼らの記憶を消す事が出来ますので」
「そ、そうですか」
大神官は拳を握りにこりと嗤う。魔法で記憶を消すんであって、物理で消すわけじゃないよね?
「………………」
馬車の中が静か過ぎて居心地が悪い。幸い我が家の愛馬たちはしっかりと馬車を曳いてくれ、いつもと然程変わらない速度で馬車は動き続けている。帰ったらご褒美を沢山あげなくては。
「あ、そう言えばジェルミー様って」
「奴の話はするな。不愉快だ」
「…………」
せっかく楽しい話をしようと思ったのに、更に居心地が悪くなってしまった。仕方が無い。この場の皆が大喜びする話をするしかない。
「皆さんにだけ、特別にお姉様の秘密を一つ話してあげましょう」
「……ミファナの秘密?それは話してもいいものか?」
「はい。特別ですよ?この世でそれを知るのは私とお母様、後はお姉様のお世話係だけなんですから」
意味深に笑う私に、皆が固唾を呑む。
「それは、いったいどんな秘密なんですか…?」
「ふふ…実はお姉様の背中の中央には、3つ並んだ黒子があるんです!」
「なっ」
さっきシュノアート帝国の貴族が、皇女の黒子の話をしていたから思い出したのだ。姉は露出の高い服は着ないから、本来彼等が一生知る事の出来ない極秘情報である。
「…そのような事を、無闇に口にしてはいけない。罪悪感で胸が潰れてしまいそうだ」
「いくら家族でも、言っていい事と悪い事がある。今回は聞かなかった事にしよう」
シヴィルとローゼアの言葉に同調するように皆が頷き出し、私は何故か嫌な汗を流す。私はただ、皆が喜んでくれると思って話しただけなのに。
「あ、えっと…すみません…」
もう居心地悪過ぎて気分が悪くなってきた。早く皇城についてほしい。
「そう言えば昔、皇太子殿下が私の背中に黒子があるって言ってたんですよ。一つだけど、丁度背中の中央付近で、お姉様とお揃いだって大喜びした事があって…」
なんとか場の空気を変えようと、当たり障りの無い話をする。もう窓から皇城が見えているので、後少しの辛抱だ。
「それで、皇太子殿下ともお揃いの黒子がないかって、一緒にお風呂に入る度探し回って」
面白可笑しい話にしようと頑張って口を動かしていたら、ガン!!と突然馬車の扉が吹き飛んで行った。
「え…」
驚いて扉があった場所を凝視すると、扉の近くに座っていたローゼアの足が扉の外に出ていた。
「弁償する。請求書は我が家に送ってくれ」
「あ、はい…」
御者が慌てて馬車を停め何事かと聞いてくるが、私だって何もわからない。ただただ居心地が悪く、泣きたくなった。




