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ふしだらな私

 目をつぶり耳を塞いでいても恐怖は消えない。シュノアート帝国にいた時、錆びた剣を向けられた事があった。必死に逃げたから無事だったけど、あの時の恐怖は未だに忘れられない。

 暫く息も殺し全てが解決するのを待っていたが、突然馬車の扉が開き慌てて目を開けた。そして馬車の扉を開けた人物を見て、私の涙腺は決壊した。


「何をしている」

「ロ、ローゼア様…!!」


 2年前大好きだった人が目の前に現れ、私は思わずローゼアに抱きついた。


「よかった…私、殺されるんじゃないかって怖くて…ローゼア様、来てくれてありがとうございます!!」


 私はローゼアの服に涙を染み込ませながら嗚咽を漏らす。


「おーい、俺たちも居るんだけど」


 よく知る声にローゼアの服から顔を離すと、オグリとロベル、シヴィルにスフィンがシュノアート帝国の人たちと対峙している姿が見えた。


「み、皆さん…私を助けに来てくれたんですか…?」

「当たり前だ」


 ロベルの言葉に、胸が高鳴る。私は今まで誰かを同時に好きになった事はなかったのに、胸の高鳴りを止められない。これが吊橋効果ってやつ?私は元々惚れっぽい性格ではあるけど、こんなのあり?流石にふしだら過ぎない?


「何故逃げなかった?お前なら逃げられただろう」


 ローゼアの怒った声に身体が強張る。そうだ、ローゼアたちは私が転移魔法を使える事知ってるんだった。


「こ、怖くて力を使えなかったんです…でも、お姉様はちゃんとお部屋に避難させましたから…」

「…………そうか」


 恐る恐るローゼアを見上げると、怒ってはいないが困ったような目で私を見ていた。 


「どうかしましたか?」

「…いや、何も…こうするのは久し振りだ」 


 ローゼアにギュッと身体を抱きしめられ、私の心臓が早鐘を打つ。なんて事だ。幸せ過ぎてこのまま死にたい。


「何故だ!!我が国の皇女殿下だぞ!!」


 私が幸せに浸っている中、シュノアート帝国の貴族が何かを叫んだ。


「残念ですが彼女は我が帝国の貴族です。難癖を付けられては困りますよ」

「難癖だと?あの髪色はシュノアート帝国の皇后陛下と同じ色じゃないか。オーズエルでは薄桜色の髪を持つ者は居ないはずだが?」

「居るじゃないですか。現に彼女の髪色は薄桜色なんですから。たまたまそちらの皇后陛下と同じ髪色だからと、我が国の貴族を連れ出そうとするなら、今ここで首を斬られても文句は言わせませんよ」

「巫山戯るな!!貴様らこそ今直ぐ皇女殿下を渡さなければ命はないぞ!!」

「ですから、彼女は皇女様ではないと言っているでしょう」


 シュノアート帝国の貴族と言い合うスフィンを見ながら、話の内容を整理する。もしかしてあの貴族は私が攫われた皇女だと思って文句を言ってる?確かにさっき皇帝が皇女の髪色は薄桜色だと言っていたっけ。勘違いでシュノアート帝国に連れて行かれるなんて勘弁してほしい。スフィンもロベルもオグリもシヴィルも、後ろ姿だけど凄く怒っているのがわかる。シュノアート帝国の貴族も、今にも暴れ出しそうだ。私のせいで皆が怪我するのは嫌だし、なんとか誤解を解かなければ。


「あの、すみません」


 私はローゼアの手を握り皆の元へ向かう。なんかスフィンたちから疎ましそうな目で見られたが、気にせずシュノアート帝国の貴族に話し掛ける。


「貴方たちは皇女様をお捜しなんですよね?」

「はい、今までは。お会いできて光栄です皇女殿下」


 跪く貴族に、私はゆっくりと首を振る。


「先程彼も仰っていた通り、私はシュノアート帝国の皇女様ではありません。髪色が似ているそうですが、私はアンガー公爵家の次女、ミィニャ・アンガーです」

「皇女様は産まれて直ぐに攫われたのでご存知ないでしょうが、貴方様は間違いなくシュノアート帝国の皇女殿下で間違いありません。皇女様、右の脇腹に黒子が2つありませんか?」

「黒子ですか?…いえ、脇腹なんて見ないのであるかないかは…」

「必ずあります。私は皇女様の事でしたら全て存じております。なんせたったの数日ではありますが、皇女様のお世話をしていたのは私ですので」

「へ、へぇ…」


 何故かドヤ顔するシュノアート帝国の貴族に、ロベルが舌打ちした。


「わかりました。貴方の中で私は皇女様なんですね。では私の髪色が違った場合はどうですか?皇女様は薄桜色の髪なんですよね?私が金や黒い髪色をしていても皇女様だと断言出来ますか?」

「勿論です!」


 皇女の世話をしていた貴族は即答したが、他の貴族はだんまりだ。そりゃそうだ。皇女は産まれて直ぐに攫われたって言ってたし、例え赤ん坊の時の姿を覚えていたって、14歳になった今の姿がわかるわけがない。唯一わかるのは髪色と目の色だけだろう。

 

「では逆に皇女様と同じ髪色と目の色、そして14歳の少女が沢山居たとしても、私が皇女様だと言い切れるんですか?」

「勿論です!」


 この貴族、中々しつこいな。


「もうやめた方がいい。これは話が通じないようだ」

「そうですね…」


 シヴィルに止められ、私は貴族の説得を諦めた。この貴族は私の苦手なタイプだ。令嬢たちから口達者で屁理屈上手と言われる私の完敗だ。

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