争いと私
「はぁ…」
なんだかどっと疲れてしまった。絶対後で文句を言いに家に来るんだろうな…暫く姉と一緒に神殿で暮らそうかな…。ああ、憂鬱だ…。
「大丈夫?」
「はい…」
「残念だったわね、許可を貰えなくて」
「はい…」
あんな啖呵を切ったって、実際問題実行出来る訳じゃない。私の大切な人は姉とジェルミー、それに両親…兄は知らん。聖女である姉を長期間他国に連れて行く事は出来ないし、ジェルミーも公爵だから簡単に他国には行けないだろう。両親は…家の事なんてお構いなく付いて来てくれそうだけど、私の我儘に付き合わせるのは申し訳ない。
「巻き込んでしまってすみませんでした」
ジェルミーも姉も忙しい身の筈なのに、暴君のせいで無駄な時間を取らせてしまった。
「気にしないで。僕にも関係する話だったし」
「そうよ、家族なんだから気にする事ないわ」
「あ、ありがとうございます…」
2人の優しさに癒されながら、馬車乗り場まで向かう。
「そう言えば、皇帝陛下たちと最初何を話していたの?」
「最初ですか?」
「うん。僕も最初から話し合いに参加したかったんだけど、許可されなくて」
「そうなんですね…」
はたしてジェルミーに話してもいいのだろうか?好きな人に隠し事なんてしたくはないけど、結構重要な話だった気もするし、一応兄に相談してからジェルミーに話した方がいい気がする。
「今日は説明が難しいので、また後日お話しますね」
「…そうか、わかった」
なんだか悲しげに目を伏せるジェルミーに胸が痛む。気まずくなって早歩きで歩いていると、馬車乗り場に到着した。
「送って行こうか?」
「いえ、大丈夫です!ありがとうございます!」
「そう…じゃあ、気を付けてね。近々会いに行くから」
「はい!待ってますね!」
ジェルミーと一緒にいたら罪悪感で全部話してしまいそうだったから、急いで今日乗ってきた馬車に姉と共に乗り込む。神殿は皇城から近いから、転移魔法じゃなく馬車で行くことにした。馬車が動き出すと、私は未練たっぷりとジェルミーに手を振り続けた。ジェルミーが見えなくなってようやく、私は姉に向き直る。
「お姉様、大変なんです!実は私たちがシュノアート帝国に遊びに行っていた事、皇帝陛下たちにバレてました!」
「あら、そうなの?」
「はい。私の転移魔法の事も…」
バレた理由は流石に言えないけど、私は今日皇帝と話した事を姉に報告した。ジェルミーには話せなかったけど、姉にも関わる事だから問題ないだろう。
「シュノアート帝国と戦争だなんて、怖いわね」
「はい…皇女様さえ引き渡せば戦争は回避出来そうなんですけど…」
皇帝のあの様子だと皇女を引き渡すつもりはなさそうだし、代わりに姉を要求されたら困る。
「もしも皇帝陛下がお姉様をシュノアート帝国に差し出そうとした時は、私が全力でお姉様をお護りしますから!」
「ありがとう」
暫く姉と雑談していると、神殿が見えてきた。そう言えば、無断で姉を連れて来たけど騒ぎになったりしてないよね…?
「入口から堂々と入っても大丈夫でしょうか?」
「そうね……あら?大神官たちが外に出ているみたい。珍しいわね」
「大神官?」
神殿の入口付近に、確かに神官たちが数人いるのが見えた。神官たちと、何度か会った事がある大神官、それと貴族?がなんだか揉めているように見える。
「お姉様、もしかして今日何かご予定がありましたか?」
「さぁ?どうだったかしら?」
姉と関係ないならいいが、もし姉関係なら悪い事をしてしまった。
「取り敢えず、状況確認をしましょう。お姉様は馬車に隠れていてください。もし私がお姉様を無断で連れて行ったことで問題が起きていたら誤魔化さないといけないですし、関係ないなら黙ってお部屋に戻れば問題ないはずです」
「わかったわ」
外から中が見えないようにカーテンを閉め、馬車が神殿の入口に停まるのを待つ。馬車が停まると御者がステップを準備し扉を開けてくれたので、御者の手を借り貴族令嬢らしく優雅に馬車を降りる。
「どうも皆さんこんにちわ。こんな所で何をなさっているんですか?」
「ミィニャ様、今は取り込み中です。お帰りください」
私の質問を無視し睨み付けてくる大神官は、ツカツカと近付いて来て私を馬車に押し込めようとしてくる。馬車の中を見られるとマズイ私は必死で踏ん張り、大神官と取っ組み合いする羽目になった。
「何をするんですか!離してください!!」
「今はマズイのです。兎に角お帰りください」
「マズイって何がですか?今この状況が一番マズイでしょうが。私は一応公爵令嬢なんですよ?こんな無礼が許されると思っているんですか?」
「今はそんな事を言っている場合ではありません。シュノアート帝国の貴族たちが来ているんです」
「えっ?」
予想外の言葉に、一瞬力が抜けその隙に馬車に放り投げられてしまった。私が啞然としている内に、大神官は御者に馬車を動かす様命じ、馬車がゆっくりと動き出す。何が何だかわからず姉と顔を見合わせていると、突然馬車が大きく揺れ御者が何か叫ぶ声が聞こえてきた。
「やめなさい!!お前たち、直ぐに皇帝陛下へ連絡を!!」
「はい!!」
外が一気に騒がしくなり、恐る恐る窓から外を見ると、大神官たちとシュノアート帝国の貴族らしき人たちが剣を手に取り睨み合っていた。大神官たちって剣使うんだ。シュノアート帝国の貴族が持つ長い剣とは違い、大神官たちが持っているのは短剣だけど…。でも急に剣を向け合うなんて、何があったんだろう。
「お、お、おね、お姉様、に、逃げ…逃げないと…!!」
姉だけは安全な場所に避難させなければいけない。でも情けない事に、恐怖でテンパった私は転移魔法を使おうと試みるも、なかなかうまく魔法が発動してくれない。
「ミーニャちゃん、落ち着いて」
過呼吸になりかけていた私の背中を、姉がゆっくりと撫でてくれたお陰で、少しずつ落ち着きを取り戻していく。震える身体を必死に抑え込み、姉の手を握り神殿内にある姉の部屋を思い浮かべる。失敗しないように何度も深呼吸を繰り返し、一番落ち着いたタイミングで転移魔法を発動した。目の前にいた姉の姿は消え、私は急いで神殿を見上げると、姉の部屋の窓から手を振る姉の姿が見え、ほっと息を吐く。でも直ぐに外から剣をぶつけ合う音が聞こえてきて、恐怖がぶり返してくる。私も姉と一緒に行けばよかったと、後悔してももう遅い。私は出来るだけ身を縮め、耳を塞いでこの意味のわからない争いが早く終わるように祈った。




