呪いと私
ジェルミーに身を任せて幸せを噛みしめていると、兄が突然立ち上がった。
「調子に乗るなよ!お前はもうミィの婚約者じゃないんだから、ミィに馴れ馴れしく触るな!」
「そうだよ!ミィちゃんは元々僕の婚約者だったのに、なんで兄様がミィちゃんの婚約者になろうとするの!」
「婚約者ではなくなっても、両想いなんだから問題ないだろ?マーシャも、本来お前じゃなく僕がミィニャ嬢と婚約する筈だったのに、お前が横取りしたんじゃないか。これ以上邪魔するなら家から追い出すよ」
「横取りなんてしてない!ミィちゃんも僕が運命の人だって言ってたし!いいよ、ミィちゃんと一緒に住むから、あんな家僕から出てってやる!」
「巫山戯るな!!お前らはもう我が家への立ち入り禁止だ!!」
「ロッズオール家から生きて出られるわけないだろ。馬鹿だなぁ」
兄とマーシャが煩過ぎて耳を塞ぐ。人の両側で騒ぐのはやめてほしい。
「賑やかね。ミーニャちゃん、あっちに座りましょう」
「え?あ、はい」
姉に手を引かれたので、私は渋々ジェルミーの膝から降り皇太子たちが座っているソファーに座る。こっちは広いから4人座っても余裕だ。ジェルミーが姉を睨んでいて戸惑ったが、私と目が合うといつもの優しい笑顔を浮かべてくれた。もしかしてジェルミーは姉が嫌いなんだろうか?ジェルミーが姉を好きにならないならそれは嬉しい事ではあるけど、なんだか複雑だ。
「それで、お話とは何でしょう?」
「そうね。ミーニャちゃんと彼の結婚を認めてほしいの。本当は応援したくはないんだけど…彼、凄く悍ましいオーラの持ち主だし、ミーニャちゃんを幸せに出来るとは思えないわ。でも、ミーニャちゃんは彼と結婚しないと一生不幸になるって言うから、応援しないと」
「大丈夫ですよお姉様。ジェルミー様と居ると、私の心が浄化される程居心地いいんで」
姉は悍ましく見えるのかもしれないが、私はジェルミーからマイナスイオンしか感じないし。
「…聖女様の頼みは何でも叶えて差し上げたいのですが、それは無理です」
「あら、どうして?」
「皇帝陛下が許可しないからです」
「許可を貰うにはどうすればいいのかしら?」
「…そうですね、ロッズオール公爵が知っている情報を全て話せば、許可が出るかもしれません」
「情報?貴方、何か隠し事でもあるの?」
姉がジェルミーに視線を向けると、ジェルミーは眉間にシワを寄せ、小さく舌打ちをした。
「話したところで、許可なんてしないでしょう」
「白い結婚は許可してやると言っただろ」
「…………」
遠く離れた場所で皇帝が宣う。ジェルミーは不愉快そうな目を皇帝に向けるが、一度目を閉じた後私を真っ直ぐ見つめてきた。
「君を悲しませたくない。ただその一心だった。5年前、マーシャに君との婚約を横取りされたのはある意味救いだった。あの時の僕はまだ、抗う術を知らなかったから…」
そしてジェルミーはゆっくりと話し始めた。私には何の話かわからないけど、皇帝や兄は食い入るようにジェルミーの話を聞いていた。
「……つまり、お前は聖女の魅了を無効化する為に自分を呪ったって?」
「はい。幸い姉が呪術に詳しかったので試行錯誤の末、先月ようやく聖女の魅了を無効化出来る呪いが完成しました」
「…それはどんな呪いだ?」
「知ったところで、皇帝陛下に呪いをかける事は出来ません」
「それは俺が決める。とっとと話せ」
暴君過ぎる皇帝に溜め息を吐きながら、ジェルミーは話を続けた。
「わかりました。僕には簡単な事でしたが、皇帝陛下はきっと知らない方がよかったと思うでしょうね」
「諄いぞ」
「……愛する人と結ばれなければ死ぬ呪いを宿した小刀で心臓を貫くんです。一度死んで亡霊として生き返る。…皇帝陛下にそんな事が出来ますか?」
「………お前…」
思わずジェルミーの心臓がある場所を凝視する。高位神官なら死者を生き返らせる事が出来ると聞いた事はあるけど、前世の記憶があるせいか死者が生き返るなんて信じていなかった。でも、ジェルミーが冗談を言ってるようには見えない。
「本当なのか?」
兄が疑わしげにジェルミーを見るが、ジェルミーは涼しい顔で頷いている。つまり、ジェルミーは本当に心臓を小刀で貫いたって事?どうしてそんな事…
「呪いの事を話したのは、少なからず君たちに同情しているからだよ。僕が君たちの立場なら、耐えられないだろうから。愛する人を愛せなくなるなんて、それって死ぬより辛い事だろ」
ジェルミーは一瞬、憐れみの目で元婚約者たちを見た後、私に優しく微笑みかけた。




