姉と私
そうと決まれば今直ぐ姉を呼びに行こう。ジェルミーと姉を会わせるのは少し不安だけど、私はジェルミーを信じている。でもここで転移魔法を使うのは憚られる。宰相やジェルミーは私が転移魔法を使える事知らないだろうし、一度休憩所から出て何処か人目のない所で転移魔法を使おう。
「あれ?今お姉様の声しませんでした?」
「え?」
皆不思議そうに休憩所の扉を見るが、当たり前だけど姉の声などしない。嘘だから。
「聖女が来る予定はないぞ」
「予定なら私が入れておきました」
私は小走りで扉まで行き、扉を開けると部屋から出る。
「じゃあちょっとお姉様呼んできますね」
「は?」
バタン!と勢いよく扉を閉め、ダッシュで近くにあった物陰に隠れる。幸い人目はないから直ぐに転移出来そうだ。呪文も何も必要ない。ただ姉を思い浮かべて転移魔法を使えば、一瞬で神殿に到着した。そして目の前には鏡を見つめる姉がいる。
「お姉様!」
「あら?ミーニャちゃん、どうかしたの?」
「それが…」
私は先程の出来事を姉に詳しく話した。泣きながら。
「皇帝陛下のせいで、このままじゃ私は行き遅れてしまいます!」
「まぁ、大変」
「お兄様は頼りにならないし、私にはもうお姉様しかいません!私がジェルミー様と結婚出来るよう、皇帝陛下にお願いしてほしいんです…」
「勿論いいわよ。じゃあその、コーディネートさんに会いに行きましょう」
「皇帝陛下ですお姉様」
「まぁ、そうなのね。コーヒーメイカーさんね」
あれ?神殿で暮らしてるせいで姉の知能指数下がったとかないよね…?元々姉は人の名前を覚えられない人だったけど、ここまで酷かったっけ?
「お姉様、お兄様のお名前覚えてます?」
「勿論よ。弟君でしょう?」
「なるほど〜」
まぁいいか。兄の名前は私も忘れる事あるし。
「じゃあ行きますね」
「は~い」
姉の手を握り転移魔法を使う。転移先は休憩所の近くにあった物陰だ。
「到着しました!」
「まぁ、ここは何処かしら?」
「お城の何処かですかね?あの扉の向こうに、憎っくき皇帝陛下がいらっしゃいます。準備はいいですかお姉様?」
「ええ。ナントカさんに会いに行きましょう」
「はい!」
バーンと登場したいところだが、休憩所の扉は外開きの扉だから普通にノックをして入る。
「お姉様を連れて来てやりましたよ」
「頼んでねぇよ」
姉を見て笑顔になる皇太子たちと違い、皇帝は引き攣った顔で椅子から立ち上がった。
「お姉様、あの尻尾巻いて逃げたそうな人が皇帝陛下です」
「あら、わんちゃんなのね」
「皇帝陛下は犬派だそうですよ」
「まぁ…私はねこちゃんが好きだわ」
「私もです」
姉と共にジェルミーと兄が座る場所まで移動し、姉にジェルミーを紹介する。
「お姉様、この方がジェルミー様です。見えますか?私とジェルミー様の小指を繋ぐ赤い糸が。ジェルミー様は私の運命の人なので、結婚しないと私は一生不幸になってしまいます」
「あら大変。赤い糸は見えないけど、悍ましいオーラはよく見えるわ」
「悍ましい?ジェルミー様からですか?」
「ええ。弟君も…いつもより真っ黒だわ。このお部屋、とってもよくない空気ね」
「…そうなんですか?」
姉の言葉の意味がわからず部屋を見渡す。私的にはジェルミーがそばに居るから空気が美味しいまであるけど、姉にしか感じられない何かがあるのだろうか。
「…聖女、君とは数日前にも会ったが、元気そうだね」
「はじめまして、こんにちは。貴方がミーニャちゃんと結婚するのね。貴方と結婚しないと、ミーニャちゃんは一生不幸になるみたいだから応援するわ」
「………どうも。応援してくれるなら、是非邪魔者たちをどうにかしてくれないかな?」
「ええ、頑張ってちょうだいね」
「………聖女は人の話を聞く耳を持たないのかな?」
「姉上もお前が嫌いなんだろ」
「それはありがたいね」
笑顔で会話しているけど、ジェルミーからはなんだか姉と関わりたくないという雰囲気を感じる。珍しい反応だ。
「ミファナ、会いたかったよ。さぁ、こちらに座ってくれ」
いつの間にか皇帝が座っていた場所に皇太子が座り、皇帝は随分離れた場所で仁王立ちしていた。
「皇帝陛下、お姉様からお話があるのですが」
「聖女関連は宰相の仕事だ。俺に話を振るな」
「皇帝陛下の許可がいるんですけど…」
「許可を出すかは宰相が決める」
「はぁ…」
宰相が皇太子の隣に座ったので、私もジェルミーの隣に座ると、姉も私の隣に腰を下ろした。三人掛けのソファーだから少し狭い。
「姉上はフィリエ殿下の方に座ってくれ。なんでミィの隣に座るんだよ」
「そ、そうだぞミファナ。こちらに座れ。そこは狭いだろ?」
「あら、ありがとう。じゃあ弟君たちはあちらに座ってくれる?空気が悪いとお肌が荒れてしまうわ」
「は?い、嫌だ。俺はミィの隣がいい。空気を悪くしてるのはジェルミーだから、そいつを追い出せばいいだろ」
「もう。弟君、我儘言わないの。あっちに行きなさい」
「なんでだよ!絶対に嫌だ!」
兄がまるで子供みたいに駄々をこねる。私の前では兄は兄だが、姉の前では兄は弟になるんだな。珍しい光景を眺めていると、私の身体が持ち上げられた。
「ミィニャ嬢は僕の膝の上に座ったらいいよ。こうすれば狭くないから」
「はっ、はい!ありがとうございます!!」
ジェルミーの膝の上に座った私は、恥ずかしさと緊張と嬉しさで顔が真っ赤に染まり、心臓は早鐘を打つ。硬直する私の身体を、ジェルミーの腕が優しく包み込み、私の背中がジェルミーの胸元にぴたりとくっつく。背中越しに、ジェルミーの心臓の音が聞こえる気がする。あまりの心地良さに、意識が飛びそうだ。




