変態と私
「待たせたな、ニャーゴ!」
「んぐ…っ!!」
バーン!!と、前触れ無く勢いよく開かれた扉に驚き、私は食べていたケーキを喉に詰まらせ噎せた。
「ん?どうした?」
ゲホゲホ咳き込む私を不思議そうに見てくる皇帝に若干苛つきながら、私は兄が差し出してくれたジュースを飲む。
「なんだ?相変わらずお転婆なのか?」
「…私がお転婆なら、皇帝陛下は野蛮ですよね…」
「なんだと?俺程紳士的な人間は存在しないぞ」
「皇帝陛下と私では、紳士の定義が違うみたいですね。皇帝陛下の仰る紳士は、私からしたら野蛮なんです。一方私が知る紳士は、扉をノックし返事を受けてから開ける人物の事を言います」
「態々ノックする必要はないだろ?俺は皇帝だぞ」
「自分で紳士じゃないと言ってるようなものですよそれ」
皇帝の暴君っぷりに、はぁ、と深い溜め息を溢す。
「ミィナの言う通りですよ父上。ミィナは強がりですが根は臆病なので、ノックもせず部屋に入れば、心の臓が止まるかもしれません」
「確かにそうだな。昔からニャーゴは、あらゆる物にビビりまくっていたもんなぁ」
「……………」
なんだこいつ等。皇族じゃなかったらグーで殴れたのに。それよりなんで皇太子達までいるの?なんか知ってる人達がぞろぞろ部屋に入って来るんだけど。
「顔色は随分良くなってるね〜。デザート沢山食べたみたいだし、元気出た〜?」
「お陰様で、治った体調が悪くなってきました」
皇帝達が来るまで、皇家御用達のデザートを爆食いするくらいには元気だったのに、もう食欲が無くなってしまった。
「食べ過ぎただけだろ!いったいどれだけ食べたんだ!?皿が積み上がり過ぎだろ!」
「アーチェルド様、そういう事は口にしないのがマナーですよ」
「マナーを語るなら、まず僕の目を見て話せ!」
「体調悪いんで無理ですね」
口直しに温かいお茶を飲みながら話す私に、不満を垂れるアーチェルドには目もくれず、私の前の席に座った皇帝をちらりと見る。緊張のあまりデザートを食べ過ぎてしまったけど、それとは別の胃の痛みを感じながら、私は皇帝が話し出すのを待つ。
「体調が悪いなら手短に話すか。ミィニャ、聖女をシュノアートに連れて行ったのはお前だろ?」
「……………」
私は今程、口に飲み物を入れていなかった事を後悔した事はない。もし口に飲み物が入っていたら、心置き無く皇帝にぶっかけられたのに。びっくりする事を言ったのは皇帝だし、今ならどんな不敬だろうが許された筈だ。いつになく真剣な表情を浮かべる皇帝に、私は一度テーブルを見て動揺をやり過ごす。高く積み上がったお皿。前世では回るお寿司屋さんで、どれだけお皿を積めるか家族と競争したもんだ。
「お前についてはよく調べてある。恐らくお前よりも詳しいぞ」
「気色悪」
「おい、皇帝に対して不敬過ぎるだろ」
「だって、私よりも私に詳しいなんて気持ち悪いです。まさか私のスリーサイズも知ってるなんて言いませんよね?」
「知ってるぞ?この部屋にいる奴で、それを知らない奴なんていないと思うが」
「私は私のスリーサイズなんて知りませんよ」
「ほら見ろ。お前よりもお前に詳しいと言っただろ」
「そうですか…。吐くかもしれないんで、皇帝陛下のお胸を貸してくださいませ。さっき食べた物全部、皇帝陛下のお胸に返品しますから」
「いいぞ」
勿論冗談なのに、手を広げて私を迎え入れようとする皇帝に呆れてしまう。
「…皇帝陛下。どうして私がお姉様をシュノアート帝国に連れて行ったと思ったんですか?」
「お前はシュノアート出身だろ?それに…まぁ、なんと言うか、愛する者の事は全て知りたいと思う奴はそれなりにいるんだよ。それこそ、日常の会話一つ聞き逃したくないという、とんでもない執着野郎共がな…」
「気持ち悪」
「それについては否定しない」
なんてこった。つまり、姉だけが知ってる私の秘密を皇帝達も知ってるって事?私がシュノアート出身だって知ってたし、まさかずっと監視されてたの?日常会話一つ聞き逃したくないって、つまり盗聴器も仕掛けられてたって事?
「…つまり、盗聴していたと?」
「…ああ」
「ホントに吐くかも…」
「いつでも胸を貸してやるからな」
私は知ってる。そんなとんでもない執着野郎共を。
「まさか皇太子殿下達がそこまで変態だとは思いませんでした…」
「なっ、いや、盗聴なんて普通だろ!?」
「…まさか今でも盗聴してるんですか?」
「大丈夫だミィ。今は全部壊してるから」
「お前は!どうしていつもいつも邪魔するんだよ!この間仕掛けた盗聴具がどれだけ貴重か知らないのか!?」
「黙れ変態が」
私は隣に座る兄にぴったりくっつき、変態達を視界に入れないよう俯く。
「最低ですね。そこまでするなんて。お姉様が可哀想過ぎます」
「ん?何故そこで聖女が出てくるんだ?」
「何故って、盗聴されていたのはお姉様なんですから、当たり前じゃないですか」
「ああ、成る程な」
皇帝は何か言いたげに兄を見ていたが、兄は素知らぬ顔をして私を抱き締めた。
「ミィは俺が護るから」
「大丈夫ですよお兄様。私男性を見る目はありますから!」
あんな変態達とは違い、ジェルミーは盗聴とか監視とか、そんな頭おかしい事絶対しないし。
「今までの1から10全部大ハズレしてるんだけど…11も変わらず大ハズレだし…」
「確実に男を見る目はないな」
兄と皇帝がなんか言っているけど、私は精神的に疲れてしまったので、糖分補給をするためテーブルにあるデザートを食べる事にした。




